勧誘祭(前)
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「すごい人出だな…」
俺とティアラは昨日、大広場で発表された講義日程を確認しにきたのだが、俺と同じような考えをした生徒達が一斉に押しかけているため、まさに人だかりの山となっていた。
「うーん…遠すぎて見えん。ティアラは見えるか?」
「はい、何とか。後で書き起こしておけばよろしいでしょうか?」
「うん、まかせた」
望遠の描画魔法もあるのだが、さすがに人混みの中で魔法を使えばどんな誤解を受けるかわからないため自重している。どうやらティアラが全講義暗記できるようなので、それに任せた形だ。周りの人達はその場で書き上げているため、人が入れ替わるにはかなりの時間が必要になりそうなので、本当にティアラがいて助かった。
そしてこの人だかりだが、何も講義日程を書き写す人だけではなかった。書き写した講義日程を売り歩く生徒や、新入生のためにどんな講義がいいかを大声で解説している生徒とそれを書いた書類を売る生徒、人出を見越した屋台まで出てきていて、本当に祭りのような状態になっていた。
生徒が行う講義の解説には、新しく増えたおすすめ講義や去年の実績をまとめてあったりと、聞いてるだけで参考になった。そうすると、どこかで俺の名前を呼ばれた気がしたため、耳をそばだてると、ちょうど俺の講義について話しているようだった。
「と、言う事で、これがジェルム副理事のおすすめ講義だ。そして最後に発表する「理事のおすすめ講義」はこれだ!なんと学園長から話が聞けたぜ!まあ取材班が毛生え薬を渡したら、快く話してくれたけどな!」
ワハハと聴衆から笑い声が上がり、思わず俺も笑ってしまった。
「で、その講義だが…ソーイチロー講師の「新しい描画魔法の使い方」だ!学園長自らが勧誘したという話だったが、本人もどんな講義になるのはか知らないらしい。まあ三年前にも同じ名前の講義があったが、ちょっと残念な講義だったようだな。今更描画魔法?っていう思いもあるから、俺達は学園長のおすすめとはいえ、様子見で良いと思うぜ」
ふむふむと聴衆は頷いていた。俺も何の説明もしていなかったから、そんなもんだろうなぁなんて思っていたら、横にいたティアラが無言で壇上にいる解説者を睨んでいたのは怖かった。まあまあとティアラを宥めていると、解説者は次の話題に移っていった。
「そして最後に紹介する取材班おすすめ講義は…「セフィリアが教える負けない魔法使いの成り方」、これしかない!!セフィリアというのは、あの世界最強の魔法使いのセフィリア様で間違いないそうだ。これも学園長から確認済みだ」
おおおとどよめきがあがり、聴衆はどんな講義か手元の資料を探し始めていた。そんな聴衆の動きが一段落したのを見越し、解説者は話を続けた。
「今年からの新規講義で実績は無いが、弟子を取らない事で有名なあのセフィリア様の講義とくれば、まさに一生自慢できることは間違いない!!取材班の予測ではあるが、彼女の遍歴を考慮すると、あまり学園に長居しないだろう。となれば、まさに今!今しかない講義だ!!街を襲う狼どもを薙ぎ払い、肉を喰らうために竜を襲い、気に入らない貴族は屋敷ごと燃やし、魚を捕るためために湖を干上がらせ、彼女の歩く道には灰すら残らない、白髪赤眼紅蓮の炎を司る最強の魔法使いセフィリア様の講義は今だけだ!なお、詳しい資料は100zで販売中!さあ買った買った!!」
解説者が締めくくると、結構な人数が彼の元を訪れ資料を買いあさっているようだった。
「解説者じゃなくてアジテーターだな、ありゃ。つか、セフィリアは一体何してきたんだよ…」
以前もセフィリアの噂を散々聞いたが、所変われば品変わるように新しい話が追加されてる。まあセフィリアだし、と頭を切り替え次の場所に向かった。
講義日程の発表ともう一つ、このお祭り騒ぎになる要因が、講師陣による勧誘だった。大学のサークル勧誘を想像すればわかりやすいが、それの講師版だ。大手講義のように黙っていても生徒が集まる講義と違い、中小の講義や俺のような新人講師では、どのようなことが学べるか、会得することが出来るかをアピールする重要な場だった。
大広場を中心に東西南北に伸びる幹線道路沿いに、幾人もの講師が机を置き展示物を並べたり、パフォーマンスを行うなど、各種工夫を凝らして注目を集めようとしていた。中には講義の内容ではなく普通に物販を行っていたり、はたまた関係のない飲食の屋台を出すなど、講師陣が思い思いの事をやっているようだった。
「こういうお祭り騒ぎを見ると、俺も出しておけばよかったとちょっと後悔しちゃうね」
俺の開く講義に生徒を勧誘する気も無かったことから、事務局からの問い合わせには不要と返事をしていたのだが、すこしもったいない事をしたのかもしれない。ちなみにセフィリアは事務局側から参加を見合わせてくれと、直々に謝罪されていた。なんでも学園長からの指示で、「学園が壊れるからやめてください、お願いします」らしい。
「ティアラももし見たいところがあったら遠慮なく言ってくれ」
「いえ、私はすでに取る講義は決まっていますし、それ以外に割く時間は無いかと思います」
「あー…そういやそうだったね」
ティアラは四大王宮王室規範という4つ一組の超難関講義を受ける事になっている。90%の生徒が不可判定され、8%が可、2%が良、優判定は数年に一人というレベルらしい。どれくらい大変かというと、覚える事は図書館一部屋分の文章量、体力測定や実技、戦闘訓練などなど、超人養成講座じゃね?というレベルだった。
ちなみにコロネはいくつかの戦闘系講義と罠、採取のような外での活動を主にする科目を取らせている。ティアラと同じ講義を取るか?と聞いたら、笑顔で「いや」と答えやがった。
途中の屋台で腹を満たしつつ、好奇心の赴くまま出し物(?)を見て回ると、奇妙な出し物があった。小さなテーブルと椅子が一組用意されているのは、どの出し物でも変わらないのだが、そこには金髪碧眼のかなりのイケメンが座っていた。まるでお伽話から出てきた白馬の王子様という様相で、仕立てもかなり高級であるためかなり良い所の出に見えた。そしてその王子様の隣には背の高いメイドが一人控えているのだが、これもかなりの美人だった。一本に縛った赤茶の髪を背中に流し、鋭い目つきに細いメガネで掛けているため、メイドというより女教師に見えるのだが。
そして最も異様なのが、彼らの横にはメイド服を着せられたマネキンが四体並んでいることだった。それぞれ材質や形状など意匠を凝らしたメイド服ではあるのだが、何故か共通しているのが全てミニスカメイド服ということだった。
それがずらりと並んでいるため、王子様の周囲にはこれだけの人混みにも関わらず近寄る人は誰もいなかった。それでも俺はメイド服が気になるため、王子様に近寄って話を聞くことにした。ただ少しに気になったのが、俺が近づくとメイド(本物)さんの目つきが鋭くなり、こちらを探るような視線に変わったのには違和感を覚えた。
「やあ、君もメイド服に興味があるのかい?」
「大好物ですね」
王子様の問い掛けに俺の本心をもって返答すると、王子様はぱーっと笑顔が広がり、本当に嬉しそうにしていた。
「そうか!じゃあちょっとだけ僕の講義の概要を聞いて行かないかい?」
この王子様、名前をアルト・フリーディッシュ・ノクトラダムという名前でパルメネテス帝国の貴族の三男らしい。結構有名所の貴族のようだったが、興味の無いことだったので聞き流していたらアルトは苦笑いをしていた。
で、肝心の講義は「メイド服の過去と今、そして未来」という名前だった。そして唐突にアルトの講義が始まった。
「まずメイド服の原型と思われるのはおよそ1100年前の統一王国の洗濯女中の服装と言われているんだ。残念ながら現物は残っていないが、羊皮紙に書かれた”洗濯女中の心得”にその挿絵が残っている。これが挿絵の写しだ」
と言って机から挿絵を見せてくれた。それからおよそ1時間、メイド服の偏移を根拠と資料を交えて説明し、それから30分ほど、現在の各国のメイド服の違いまで解説してくれた。
「と、これが国別のメイド服の形状違いだな。そして面白いことに、国の歴史の長さとメイド服の価格が比例しているだ。これがその表だな」
また新しい表を出してきたが、グラフじゃないので非常に見難い。すでに滅びた国の分まで集めてあるらしく50カ国ほどの数値が記載されていた。
「なるほど、比例しているように見えるが、メイド服の形状の変化はどうしている?価格じゃなくて、例えばスカートの丈を短くしたから値段を下げた、みたいに主従が逆転している可能性は?」
「鋭いね。実はメイド服学会でも意見は統一できていないけど、歴史と価格は比例するという説は八割の会員から賛同されてる。だから通説として取り扱っても大丈夫なんだ」
「…メイド服学会なんてあるんだ」
「うん。世界唯一さ。ちなみに会員数は6人」
「少ないな!?」
「あ、6人目は君ね」
「勝手にいれんなよ!」
「大丈夫、君は特別優遇会員だから、入会金も年会費も会員維持費も一切お金が掛からないよ。ちなみに正会員だと年会費100万z掛かるけど」
「たっかいな!?正会員とか無理すぎる、惹かれるけど」
「特別優遇会員も正会員もお金以外は待遇変わらないから、特別優遇会員でいいと思うよ」
「でもそれだと正会員が不利にならないか?」
「だからね、特別優遇会員には一つの義務があるんだ。ニ年に一回、メイド服の過去史や新しいあり方、使い方などの研究結果を提案すること。どう?」
「あ、じゃあ特別優遇会員に入会します」
「入るんだ…」
アルトの後ろで控えているメイドさんがボソリと呟いていた。メイド服の新しいあり方や使い方なんかだったらいくらでも発表できる。世の中の男なら、100人いれば100種類の、そして100通りのメイド服のあり方があるだろう。
「よし!良い決断だねっ!えーっと…」
そう言われて自己紹介していないことに気づいた。
「ソーイチローと言います。アルト様…でいいのかな?」
すでにツッコミを入れていたので、敬語は今更な感が否めない。
「同志に様付も敬語も不要だよ。アルトでいい、アルトで」
「ではアルト、よろしくな。俺もソーイチローで」
どちらからともなく手を差し出し、アルトと熱い握手を交わしたが、アルトのメイドは「変態が増えた」と呟いていた。
「ソーイチロー、これ会報になるから渡しておくよ。研究の成果は奥付まで送ってくれればいいから」
「ありがとうって、随分と立派な会報だな…」
紙切れ数枚かと思ったらそんなことはなかった。表紙は何かの魔獣の皮を鞣した物が使われていて、角には金の金具、金糸で書かれたタイトルと、かなり立派に装丁された本だった。
「そうそう、ソーイチロー、君の意見を聞きたい。最近の流行を取り入れてスカートを短くしたメイド服を作ったんだけど、何かが物足りないんだ。それが何か分かるかい?」
そう言って顔を向けたのは、アルトの隣でずっと立っていたメイドだった。背が高い美人であるため、メイドというよりモデルとも言える体型の人だが、そのメイドが着ているのは材質が良さそうなミニスカメイド服。紺を基調とし、真っ白いエプロンドレスをミニスカートの丈に合わせてあり、そのミニスカートは膝上20cmほどか。モデル体型のメイドであるため何を着ても似合うが、アルトはこれでは足りないという。ならば…
「ティアラ、あれを」
「かしこまりました」
そう言って手を出すと、渡してくれたのはハイニーソともオーバーニーソックスとも言われている、太ももまでの長さがある白いソックスだった。
「アルト、これをそこのメイドさんに履かせてくれ。新品だし、そのままあげるから試してくれるか?」
「ど、どうしてこれを持っていたのかは聞かないよ。ルカ、頼んだ」
ルカと呼ばれたメイドは蔑んだ目をしながらも、言うことには従ってくれた。靴を脱ぎするすると着けると、スカートの丈より10cmほど低いようだが無事装着できたようだった。そしてその10cmが神の範疇である絶対領域を生み出していた。紺色のメイド服に白いエプロンドレス、10cmほどチラリと見える太もも、そして白いハイニーソが、清純さの中に情欲を同包するという離れ業をやってのけていた。
「これは…まさかこんなことが…」
わなわなと震えていたアルトはルカの前に跪き、突然太ももに頬ずりを始めたが、ルカはゴスッと拳骨を落としてアルトの目を覚まさせていた。
「痛いじゃないか…変な所を見せてしまったね。しかし一体このアイテムはなんだ?前より露出面積は減ってるのに、逆にエロスは増えてる。それでいてメイド服の爽やかさはそのまま。たかだか10cmの太ももに、これほど視線を釘付けにされるとは…」
「そう、そこは何人たりとも犯すことは出来ない場所、絶対領域と言われている。ミニスカメイド服とハイニーソが作り出す桃源郷は、そこにあるんだ」
アルトの肩を抱きながら絶対領域に向かって指を向けた。こっそりとルカさんの後ろを魔法で光らせ、絶対領域に後光がかかるようにしておいたため、まるで神がかったようなありがたみを感じている。アルトに至ってはありがたやありがたやと絶対領域に向かって拝んでいた。
「…私はいつまでこうしていればよろしいのでしょうか?」
最初より更に冷ややかになった目で、ルカさんはアルトのほうを睨んでいた。そこで正気に戻ったアルトが咳払いしつつ、
「コホン、うん、ソーイチロー素晴らしい物をありがとう。ぜひこれを最初の論文として仕上げて欲しい。楽しみにしているよ」
「分かった。では「ミニスカメイド服と補助具による視覚的効果──ハイニーソによる世界平和の可能性──」という主題と副題で送ろう」
「素晴らしいタイトルだね、期待しているよ」
「おう、期待していてくれ。ではそろそろ俺は行こう」
「また会おう、友よ」
「ではな、また会おう、友よ」
アルトと固い握手を交わし、俺は雑踏の中へと踏み出していった。今日はとてもいい出会いがあったと、心の底から思うことができた。
◇
ソーイチロー達が雑踏に消えるまで見送っていたアルトは、再び椅子に座り直し、とても満足気な表情を浮かべていた。
「いや~、僕、学園に飛ばされて初めて良かったと思えたよ。彼となら旨い酒が飲めそうだ」
「私は馬鹿が増えたようで、頭痛が止まりません、はぁ…。ですが、規定通り彼について”犬”に探らせます」
「えー、いらないんじゃない?どうみても裏は無いよ、ソーイチローは。100%本心で話してくれたのはルカもわかってるでしょ」
「だから頭痛がしてると言ってるじゃないですか、馬鹿殿下。それに少々気になることもあるので、とにかく調べます」
「気になること?彼の趣味なら僕分かるよ」
「黙れ腐れ殿下。彼の側で控えていたメイドがどこかで見たことある気がするんですよ。咽に小骨が刺さったみたいで、気になってしょうがありません」
「ああ、あの子?あれヴァウンス家出身のメイドだよ。ほら、優秀なメイドや執事を輩出しまくってるっていうところの。そんなことより、彼女のメイド服気づいた?メイド服そのものが暗器になるという、とても変わった一品なんだよ。袖口は魔獣の蜘蛛の糸で出来ていて、糸を引き出して敵対者の首を絞めたり、スカートの裾にも極薄の刃があるんだったかな?指くらい簡単に切り落とせるらしいよ。いいなぁ、あのメイド服、手に入らないんだよなぁ…ソーイチローに頼み込んで貰えたりしないかな?お礼にヴィンテージ物のメイド服と交換じゃダメかなぁ」
まだブツブツ言っているアルトの頭に向かって、ルカは拳一閃、とても軽い音が鳴り響いていた。
「ウググググググ…」
「いい加減こちらに戻ってきてください、妄想殿下。それにしてもヴァウンス家ですか、滅んだと聞いていたのですが…」
「滅んで無かったんじゃない?暗器仕込んだメイド服って本家筋でも認められたメイドしか着られないって言ってたし」
「一体誰に聞いたのですかって…そういえばヴァウンス家の流れを汲むメイドがうちにも居ましたね。ああ、既視感を覚えたのは、どことなく似ていたせいですか。彼女の戦闘力にも、納得できました」
「へー、やっぱり強いんだ」
「私ほどではありませんが、部下では敵わないかもしれません。それよりも変態二号…失礼、ソーイチロー様のほうが気になりました」
「ソーイチローも強いの?さすがメイドスキーなだけはあるね」
「メイドが好きだと強いと仰るのでしたら、貧弱殿下も強い事になりますが。そうではなくて、ソーイチロー様が色々とアンバランスなのです」
「どゆこと?」
「なんといいますか…私達の脅威に成り得るかどうか、その判断が付きません。佇まいも魔力も普通の青年、ですが何故か戦って勝てるイメージがまったく湧きません。かなり高級なローブを羽織っていましたが、中は普通の服装、お金持ちの息子には見えないのに、従者を侍らす。よくわかりません」
「難しい事考えるなぁ…いいじゃない、ソーイチローはソーイチローで。彼が何者だろうと、大事な友として接するだけだよ、僕はね」
「殿下…」
悩み多きルカだったが、アルトの言葉にふっと肩が軽くなった気がした。が、次の言葉で台無しだった。
「あ!そうだ!早いとこソーイチローにハイニーソをどこで手に入れたか聞かないと。そのままだとルカが可哀想だしね」
「…?どういうことでしょうか?」
「ソーイチローのメイドが持ってたハイニーソだとルカのサイズと合ってないようなんだよね。ほら、太ももに紐が食い込んでて、少し余分なお肉が…あれ?ルカ、どうして僕の首を握ってるの?ちょっと苦しいよ?い、息が…コケッ!?」
「あら、戯言殿下がお疲れのようですね。仕方がありません、このままお屋敷までお連れしましょう」
そう言ってルカは、白目をむいて変な方向に首が曲がったアルトを引きずりながら、屋敷に戻っていった。
メイド服に顔を埋めてスリスリしたい。
だめだ、疲れてる…




