下水討伐
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下水のスライム討伐の依頼を受け現地に向かう途中、バッソは道端で喧嘩をしていた男たちの仲裁に入ったはずが自身が喧嘩を始めたり、酔っぱらいの介抱を始めたと思ったら酔っぱらいと喧嘩始めたり、腹を減らした野良犬に餌をあげたと思ったら犬と喧嘩を始めたりと、最初は善意で始まり最後は喧嘩で終わるというなんとも残念な行いをしていた。
歩みは速いが道草が多い行程をこなしながら、汚水の匂いが漂っていると報告された地域まで足を伸ばして、地上から状況を確認しておこうという話になった。
「このエリアで下水の匂いが漂っているらしいですね。言われてみればほんのり漂ってるような?」
この辺りは中流階級が住まう地域のため、派手さや広さは無いが造りのしっかりした一軒家が軒を連ねていた。そのためどこかの家が汚家になってるというのも考えにくいし、そんな簡単なことならすでに原因は判明しているはずだった。
「くんくん…確かに臭うな。だがどこからという訳ではなく、この辺りをまんべんなく臭気が漂ってるという感じだな。おいソーイチロー、魔法で調べられないか?」
「そんな便利な魔法有るわけ無いでしょ。どこかで下水管が詰まってるのかもなぁ」
「ちっ、使えん奴め。仕方あるまい、少しこの辺りを周って何か判るか確認するとしよう」
そう言ってズカズカと歩き始めたのだが、結局原因となる場所を特定するには至らなかった。原因究明は一旦諦め、目的の下水道に入り込んだスライム退治に向かうことにした。
そもそも下水処理の方法なのだが、スライムに汚泥を好んで食べる種があり、それを溜池に放し飼いしていてそこまで下水を引いている。このスライムが新鮮な汚泥を食べるために下水を遡ることがあり、これが下水管の中で繁殖してしまうと下水道が詰まることがあるらしい。その下水詰まりを防ぐために、下水道に入り込んだスライムを定期的に間引く作業を、冒険者ギルドがフィール辺境伯から請け負っていて、それを俺たちが引き受けたというわけだ。
このスライムは攻撃能力皆無であるため、適当な武器を振るえる者なら誰でも退治できる。下水管の中という過酷な環境でなければ誰でもこなすことが出来る依頼と言えた。ただし、年間予算の関係で報奨金が激安であるため、誰でもできるが誰もやりたくない依頼ではあるのだが。
少し歩くと俺たちが作業をする下水道の侵入口があるところまでやってきた。そこは小さな小屋があり、室内には木枠でできた粗末な蓋があるだけだった。その蓋を開けると下水道に降りるためのマンホールが口を開けており、中は真っ暗で様子を伺うことは出来なかった。それにしてもやはりというか、かなり臭い。
バッソがさっさとはしごを伝って降りたため、俺も彼に続いて降りることにした。はしごにべちゃりとした嫌な触感があり、眉をしかめながら数メートル下まで降りると、一層強い臭気と奥まで続く暗がりのトンネルが広がっていた。吐き気をもよおす臭いと灯りの少なさからか、さっそく俺のやる気はだだ下がりになっていた。
「さすがに臭いがきついな。おいソーイチロー、灯りくらいは出せるだろ?」
「はいはい。じゃあこういう時のための…『ライトセイパー』!」
描画魔法を起動すると、右手に光の剣が出現し辺りを明るく照らし始めた。若干赤みがかった光は下がったテンションを少しだが回復させてくれた。ただバッソは俺の描画魔法を見て、一気にテンションが上がったようだった。
「おおお?!なんだそのかっこいい剣は!!すげえ!俺も欲しいぞ!」
「俺が手を離してしばらくすると魔法が消えるから無理」
「くそ~…やっぱ無理か。そんな光る剣で斬り合いしたら楽しそうだったんだがな」
「俺もそう思って作ったんだよ。やっぱ憧れだし、作れて嬉しかったんだけど…『ライトセイパー』って剣の機能は付けて無いんだよなぁ」
「む、それは残念だな。だがしかし、ソーイチローは魔法使いなのに男のロマンというのを判っているな!これからもその想いを忘れずにいるといい!」
初めてバッソと共感することが出来たかもしれない。バッソも意外とロマンの判る男だな、と嬉しい気持ちになっていたのだが、
「しかしソーイチロー、何故”セイバー”ではなく”セイパー”なのだ?」
「…色々な事情があるんだよ、色々と」
そんなバッソの疑問で俺のテンションは少しだけ下がってしまった。
下水道の中を改めて観察すると、トンネルは逆Uの字になっていて、ところどころに開けられた穴から下水が垂れていた。両脇に歩道はあるが汚物やら何やらが乗っていてかなり気持ちが悪い。
「『楔の盾、防護服』」
新たな描画魔法を起動すると、普段は防壁として使う『楔の盾』を体に纏うような形にして形成した。そうすることで汚水を被ったりすることなく作業が出来るようになるのだ…まあ元々は、沼の中に落とされた時の対策用に作ったという、情けないきっかけではあるのだが。
「あっ!てめえ卑怯だぞ!お前ばっかそんな魔法使いやがって!!」
「卑怯って言われても、俺は魔法使いだしなぁ…それに今のバッソの格好だって汚れてもいい装備なんでしょ?」
そう言い返すと、バッソは冷や汗を一筋垂らし、まるで宿題を忘れた事を先生に告げる時のような顔をしていた。
「…これは俺の一張羅なんだよ」
そういうバッソの装備は、よく磨かれた革鎧を全身に纏い、1m少しの長剣を腰にぶら下げていた。
「え?本当に?王弟の息子なんだから装備をとっかえひっかえじゃないの?」
「俺んとこ小遣い制なんだよ…足りない分は自分で稼げっつって、一月1000zしかくれないんだ」
だから今の装備も必死に働いて買った装備だ、と呟いていた。1000zっていうと、日本円にして1万円くらいか。まあバッソは独り立ちしていてもおかしくない年齢だから小遣い制というのもどうかと思うが、それにしても貴族に連なる人間としては残念な気がする。
「あ~…じゃあギルドに戻る?確か下水道に降りる時の装備を貸し出しているはず」
最初は貸出装備は置いていなかったようだが、さすがに応募者が少なすぎたため補助の一環として取り揃えたらしい。
「なっ!?どうしてそれを教えてくれなかったんだよ!!」
「言おうとしたらとっとと歩き出したのバッソじゃないか」
「ぐぬっ…そ、それにだ、ギルドの職員が教えてくれてもいいんじゃないのか!!」
「下水臭くなった貸出装備を洗ったりしてメンテするのが嫌なんでしょうね。だから言われるまで黙ってたんじゃ?」
「なんてこったい…」
「そんな世の中に希望は無くなったような顔をしなくても…で、ギルドに戻る?結構時間押してるし、決断は早めに」
「…いや、戻らん!ギルドに戻って装備を借りるなぞ、俺のプライドが許すことはないのだ!!それに下水なんぞ俺が華麗に回避してみせる!!」
そう言ってバッソは突然元気を取り戻し、ズカズカと先に歩いて行ってしまった。だがしかし、道が暗いことに気づいたバッソはくるりと振り返り、俺に文句をつけてきた。
「おいっ!灯りを持ってるお前が来ないと先が見えないじゃないか!」
「はいはい…」
なんともグダグダではあるが、やっと下水のスライム討伐が始まった。
下水道用の装備を借りてこなかったバッソは、苦し紛れに「俺は下水を被らん!」と言っていたのだが、その言葉に偽りはなく、両脇の歩道を何度もジャンプして渡りながら本当に一滴すら被らず、避けながら剣を振るっていた。
「おー、すごいな。左右に飛びながら空中で剣を振って、それでいてしっかりスライムだけ切ってるんだから大したもんだ」
「お前もっ、見てるだけじゃなくっ、少しはっ、手伝え!」
バッソは少しでも汚れの少ない歩道を歩くため、忙しなく左右にジャンプしていて会話がしづらい。
「いいけど誤射が怖いから、バッソは俺の後ろを歩いてほしんだけど」
一応手元にはショットガンを出していて、いつでも射撃が出来るよう待機しているのだが、俺の前をぴょんぴょん跳ねるバッソがいては攻撃のしようがない。
「断る!!俺はいつでも前を行く男だ!」
「…俺にどうしろと」
結局バッソは俺に働かせるのと自分が前に行くのを比べた結果、前に出るほうが良かったらしく、それ以上俺に何か言ってくることはなかった。
下水道の中という猛烈な臭気が漂っている場所ではあるのだが、人間というのは不思議なもので、あまり臭いを感じなくなってきていた。
今はスタート地点より上流に向かっているのだが、何故か徐々に下水の水が綺麗になってきているようだった。水が綺麗になるに連れスライムが少なくなり、バッソが剣を振るう回数が少なくなってきていた。その数少ないスライムもバッソの一振りで命を散らし、その死骸は打ち上げられたクラゲのようにベシャリと潰れていった。
「むう、つまらん。切って手応えのある敵ではないが、かと言って振るうことすらできんと余計につまらん。スライム共も少しは反撃してこればいいものを」
「あんたは辻斬か。それにしても下水が綺麗になりスライムが減っているのは…」
「スライムどもが俺に恐れをなしたからだろう」
「違うでしょ。水が綺麗になる理由としては、下水を出す家庭が少なくなった、下水を希釈する清水が供給されている、あとは…大量のスライムが下水を綺麗にしている」
そう言うと、バッソは足を止めしばしの間俺と視線を交わした。
「はっはっは、大量のスライムなぞ居るわけがあるまい。何を寝ぼけた事を」
「うっわ、そのセリフでフラグが確定しちゃったよ…」
しかし結果はというと俺の予想は外れてしまった。大量のスライムがいるのではなく、一匹の巨大なスライムがいただけだったからだ。
巨大スライムは高さ2mほどの下水道をまるまる塞ぐほど巨大で、スライムと下水道の隙間から汚水が勢い良く吹き出ていた。そして不用意に近づこうとしたバッソに対して、巨大スライムはぶるりと身を震わせて、こちらを警戒しているようだった。
「お、あいついっちょまえに戦う気らしいぞ」
「どんな攻撃手段があるか判らないから、無闇に突っ込むのは…」
「ハッハー!やっと戦い甲斐のあるヤツとやれるぜ!」
最後まで俺の言葉を聞こうとはしなかった。そして突っ込んでいくバッソに向かって、巨大スライムは水鉄砲のように水を吐き出し、彼を迎撃しようとしていた。水鉄砲の威力は鈍器で殴るくらいのようで、流れ弾に当たった下水道のレンガ壁が少しえぐれていた。
「そんな子供だましで、俺の足が止められると思うな!」
そうバッソは叫びながら、両脇の歩道を足場にしつつ水鉄砲を回避している。スライムも次々水鉄砲を発射しているのだが、先読み出来るほどの賢さは無いようで、バッソの居た場所を無駄撃ちするだけだった。ジグザグに移動しながら突っ込んでいくバッソの動きは危なげ無く、これならそのまま彼にまかせても大丈夫かと考えていたのだが…
「さっきから何か引っ掛かるんだよな。巨大スライム自体は脅威じゃない。じゃあ何が一体…」
そこでふと目についたのが、巨大スライムの脇から勢い良く吹き出ている汚水。そしてスライムは死ぬと体を維持できなくなり平べったくなる。それが示すところは、最も起きてほしくない事象。
「あ、やばい!バッソ!!攻撃を止めてこっちに戻れ!」
「馬鹿言うな!あと、ちょっと…これで、どうだ!」
巨大スライムの肉を切り落とし、バッソはスライムの核まで剣を届かせる。下水道という狭い場所でありながら、舞うような華麗さと男らしい力強さを同居させたバッソの剣技は、こんなところでなければ見惚れる武技だった。
「フハハハハ!巨大スライム、討ち取ったぞ!」
「いいから逃げろバッソ!俺はもう逃げる!!」
そう言いながらスライムに背を向け、俺は走りだした。しかし、バッソは何事か分からずきょとんとしているようだった。
「ソーイチローは何を言ってるんだ?」
「巨大スライムがせき止めてた汚水が、鉄砲水になってこっちくるんだよ!!」
「え?」
核が破壊され殺された巨大スライムは、ぶるりと巨体を震わせると、普通のスライムと同じようにべちゃりと潰れた。巨大スライムの背後にあるのは満ち満ちた汚水。その大量の汚水が地鳴りと共に俺たちのほうへ押し寄せてきた。
「うおおおおおおおおお!ソーイチロー、まてえええええ!!」
「なんで待たなきゃいけないんだよ!」
「俺一人じゃ寂しいからだ!あっ……ガボガボ…」
男に言われても全く嬉しくないセリフが聞こえてきたが、背後でバッソが足を滑らす音が聞こえた瞬間、汚水に飲み込まれ見る影も無くなっていった。
「くっ、バッソのことは忘れない!とか言ってる場合じゃないな。『楔の盾、室内戦』」
身体強化の魔法を使っているとはいえ、鉄砲水より早く走れるわけではないため、ここらでどうにかしないとジリ貧だった。そこで起動したのが、廊下のような狭い通路で戦闘を行うことを想定した『楔の盾』の室内戦モードだった。起動した描画魔法は道いっぱいまで防壁を広げ、壁との隙間を無くし、下水の濁流を全て受け止める。
しかし引っ掛かりの無い下水道では、濁流を受け止めた『楔の盾』が水圧によってズルズルと押されてしまい、およそ10mほど下水道の壁を削りながら後退し、なんとか踏みとどまることができた。
「はぁはぁ…やっと止まった…深呼吸で肺の奥まで汚水の臭いが入りこんじゃったな」
透明な『楔の盾』の向こう側では、茶色い汚水が渦巻きながら水位を増している。
「さて、見てる場合じゃないな。『楔の盾』に穴を開けてっと…」
防壁の下部に穴を開けると勢い良く汚水が吹き出し始め、増していた水位は緩やかになり、そして段々と水位が下がり始めると、汚水に沈んでいたバッソが出てきた。出てきたバッソは何故かドブネズミを口に咥え、磨かれていた皮鎧は汚泥まみれになり、それでも長剣を手放さなかったバッソは剣士として立派だった。汚水が無くなり『楔の盾』を解除し、バッソに近づく。
「バッソよ、安らかに眠れ」
「生きてるわ!!それにこんなところでは死んでも死にきれん」
「やっぱ生きてたか…」
ぺっとドブネズミを吐き捨て勢い良く起き上がったバッソに怪我は見られなかった。鉄砲水に飲み込まれれば、壁などに叩きつけられ無事では済まないはずなのだが、どう見てもピンピンしていた。
「どんだけ頑丈なんだよ」
「うるさい、ほっとけ。父上に付き合えばこれくらいどうって事なくなるんだよ。それよりもこれでスライム討伐は終わりでいいよな?良いと言ってくれ」
「あー…いいんじゃないかな。地上で汚水の臭いが充満してた理由は、巨大スライムの汚水詰まりのせいだろうし、これが解決されれば多少スライムが残ってても文句言われないだろ。むしろ、あの巨大スライムを倒さなかった前任者のほうが問題だろうな」
「くそっ、前のヤツはサボったんだな」
「恐らくは。まあ早いとこギルドに報告しにいこう。ってその前に…『出水』」
魔法で作った水をバッソに掛けると、わぷっと最初は驚いたがすぐに俺の成すままに黙って浴びていた。大きな汚れは落ちたが、服のシミ…どころか茶色く染めたようになってしまっていた。
「ああ…装備のメンテが…」
がくりとうなだれたバッソ。皮鎧は水に濡れたらしっかり陰干しし油を塗りこまないと、すぐにカビが生えて使えなくなってしまうし、長剣の持ち手の革帯も巻き直し、ポーチの中身も買い直しだろう。
「まあなんだ、がんばれ?」
「うるさい!とっとと戻るぞ」
はしごを登り外にでると、すでに日は傾き光は柔らかくなっていた。そんな夕日を堂々と浴びながら、バッソは胸を張って歩いていた。メンテ代を考えれば明らかに赤字であろう今回の依頼、それでもきっとバッソには何か得るものがあったと考えているのだろう。
「でも実は、大して得るもの無かったりするんだけどね」
「だからうるさい!そう思わないとやってられないだろ?!」
涙目なバッソの小さなプライドをへし折ってしまい、若干頭を垂れながら冒険者ギルドへ報告しに戻ってきた。扉を開けると俺たちと同じようにギルドへ戻ってきた冒険者達でごった返している。ふと、背後から風が吹くと、中にいた冒険者達が一斉にこちらへ振り向き、叫んだ。
「「「「「「くっさ!!」」」」」」
「しょうがないだろ?!下水のスライム討伐してきたんだから!」
バッソの大声がギルドに轟くと、同じ依頼を受けたことがある者は苦笑いを浮かべ、まだ受けたことの無い者は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。そして報告をする列に並ぼうとすると、俺達より前に到着していた冒険者達が、
「こっちくんな!あっちの列のほうが速いぞ!」
「ばっか言うな、そっちの列は人多いが進みは速いぞ!」
「俺の列はさっきから全然進んでないから、絶対こっちくるなよ!」
「き・さ・ま・ら…そこまで言うなら、こうだ!!」
プルプル震えていたバッソはプチッと切れ、誰かれ構わず抱きつきながら下水臭い匂いを擦り付け始めた。
「ぎゃあああ!来るな来るな!」
「こっち来たら殴る…ぶほっくっさ!」
「この後デートなんだから絶対にくるな!ってくっさ!どうして俺だけ執拗に抱きついてるんだよ!!」
そんな騒動を尻目に、俺はとっとと受付嬢のところに向かい依頼を完遂したことを告げた。
「はい、お疲れ様でした。あの様子なら…サボったりしていないようですね」
「ええ。巨大スライムが下水道を塞いでいて、そのせいで汚水が詰まっていたようです」
それであのザマなんですが、とバッソのほうを指さした。
「恐らくですが、そのせいで地上まで臭いが漂っていたと思われます。時間が立てば、汚水の臭いは消えるでしょう」
「分かりました。上の方にもそう伝えておきます。ではこちらが報奨金と…粗品です」
そういえば原因究明したら粗品進呈とか書いてあったな。
「まだ原因が確定した訳じゃないのに、いいんですか?」
「本当に粗品ですので、見当違いでも問題ありません」
渡された粗品は大衆浴場の割符だった。お前は臭いから洗って来いというフォローのつもりなのだろうか?まだ騒がしいバッソに軽く挨拶し、せっかく貰った入浴券を活用するべく大衆浴場に向かった。
◇
バッソとの下水討伐から何日か経った。その間も、ティアラとコロネ、ルーナは彼女が出発する寸前まで共に過ごしていた。遊んで過ごしたり、共同で依頼を受けたり、魔獣の森を散策したりと思い思いにしていたようだった。懸念したバッソの横槍だが、汚水の臭いが未だに取れないらしく、コロネの前に顔を出せないと嘆いていた。その割には冒険者ギルドにこまめに顔を出していたので、偶然会えたらいいなという思惑は透けて見えた。
そしてルーナとモンドが護衛依頼で旅立つ日になった。人目も憚らずコロネとルーナは泣きながら抱き合い、ティアラは目を瞑り涙をこらえているようにも見えた。しかしいつまでも別れを惜しむわけにもいかず、モンドが頃合いを見て声を掛けていた。
「ルーナ、そろそろ集合場所に向かうぞ」
俺たちも見送りにフィールの郊外に出てきている。そして本当にもう時間なのだろう、遠巻きにモンド達の護衛対象者がこちらをチラチラと見ているようだった。
「うん…コロネちゃん、ティアラお姉ちゃん、里に着いたらお手紙出すからね」
「ルーナちゃん、私も書くから…字、下手だけど…」
「…」
ティアラは黙って頷いていた。
「クスッ、私も字が下手だからお揃いだね。お手紙書いて上手くなろ!じゃあ行くね」
「うん!…また会おうね!!」
「ソーイチローもティアラお姉ちゃん達を大事にしないと駄目だからね!」
「任せとけ。つらい目には会わせるが、泣かせたりはしない」
「そ、それもどうかと思うけど…もう会えないかもしれないけど、あんたも元気でやるのよ」
「元気なのはコロネに任せてる。それに…もう会えないかどうかは、本人達の気持ち次第だぞ」
俺の話を聞いたルーナは、はっと目を見開き少し考えた後、
「コロネちゃん!ティアラお姉ちゃん!絶対にまた会おう!」
「うん!」
「…」
先程とは違い、希望ではなく目標として再会の言葉を告げた。
一時の別れと決めたルーナは泣き笑いになりながら集合場所へと走っていった。程無く商隊は出発となり、街道をゆっくりと進み始めると、コロネはぶんぶんと大きく手を振り、ティアラは胸元で小さく手を降っていた。ルーナも5歩進んでは振り返り手を振り返すということを繰り返しながら、丘の向こうへと消えていった。
「いっちゃったね…」
「…」
「まあいつか必ず再会するさ」
「おにいちゃんが言うと簡単に出来そうだなぁ」
コロネは目に貯まった涙を拭きながら笑っていた。というか、コロネ達は忘れているかもしれないが、俺の描画魔法で空を移動できるようになる(予定)。ルーナが勘違いしたような「目標に向かって頑張ろう!」ではなく、純然たる事実として述べただけなんだが…まあ、再会する意思が無い者同士では再会する術が無いのも確かだし、問題は無いのか。
ひとしきり感情に区切りを付けたコロネだが、突然俺の胸元に鼻を寄せて匂いを嗅ぎ始めた。
「それにしても…くんくん、おにいちゃんじゃないね。さっきから下水の臭いがしてるんだけど…」
「さあ?下水で泳いだ馬鹿がどっかに隠れてるんじゃないかな?」
※注意:バッソはソーイチローたちと関わるな、と言われたことをすっかり忘れています