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蒲公英2

 電柱がないので、陽が落ちれば周囲は闇に覆い尽くされる。今は目の前の焚き火だけが頼りだ、火を絶やさないように三人で落ち葉やら枯れ木やらを拾ってきて投げ入れた。予備の木々を近くに置いておいて、暗闇では何も出来ないし眠る事にする。

 眠る。

 こんな何もない場所で。

 断腸の思いで、私は眠る事にした。悩んでいても仕方がない、起きているわけにもいかないだろう。なんだかとても疲れたし。

 メイクを落としたかったが、クレンジングなど持っていない、洗顔フォームすらない。肌が荒れることを承知で、私は川の水を汲んで竹の筒に入れ、焚き火に近づけぬるま湯にすると、丁寧で顔をすすぐ。水で洗うよりも落ちそうだから、ぬるま湯にした。

 懸命に作業を繰り返す私を、二人が不思議そうに見つめている。が、今は構っていられないので、無心で顔を洗い流した。お風呂に入れないことが痛いけれど……って、もしかしてこのままここにいたら、永遠に身体を洗うことが出来ないのだろうか。

 我ながら、汚い。なんというホームレス生活! 身震いして、懸命に顔を洗う。

「母様?」

 無視する、今はそれどころではない。

「あの、母様? もしかして身体を洗いたいのですか? 大樹の裏手に温泉が湧いていますよ?」

「それを早く言ってよ!」

 思わず、竹の筒を引っくり返した。……助かった、毎日身体を洗うことは出来そうだ。

 しかし、もう暗い。夜行性の二人には周囲が見えるらしいが、私は全く見えないので早朝に温泉に浸かることにした。なので、引っくり返した竹筒を再び火にかけ温める。

 一時間程度同じ作業を繰り返した、持っていたスプレー式化粧水で顔に水分を与える。乳液がないので余計に乾くかもしれないが、これしかないのでどうにもならない。それほど目立ったトラブルのない肌が自慢だったのだが、それも今日で終わりなのだろうか。

 地球に帰ったら、今後ポーチの中にクレンジングと洗顔が一緒になっているコスメと、オールインワンジェルを入れておこう。『異世界へ飛ばされた時に必要なもの~女子編~』執筆し出版したら、売れそうだ。今度書いてみようか。

 と、そんな馬鹿な事を言っている場合ではない。寝よう、本当に疲れた。空腹だから、このまま起きていると余計に減りそうだ。無駄な体力を使ってはいけない。

 焚き火に枯木を追加し、眠くないという二人を無理やり寝かせる。地面に敷かれた布の上に、三人で川の字になった。気温は低くなっていたけれど、焚き火の微かな暖と、二人の体温でなんとか眠れそうである。

 二人を左右に抱き締め、私は瞳を閉じた。張られている布の上には、見たこともないような満天の星が広がっている。アイフォンが動かないのでどうにもならないが、出来れば撮っておきたかった。人口で投影されたプラネタリウムでも、ここまでの量の星は映し出せないだろう。色が個々に違い、大きさもまた違う。素晴らしい星空だった。

 ここが何処だか判らないけれども、何故かパニックにならなかったのは……。

 この可愛らしい二人が居てくれたから、だろうか。そうだろう、一人きりだったら泣いていた。自分よりも小さなこの子達に癒されていた、そして保護本能が働いた。

「ねんねんころりーよ、おころーりよ。ぼうやはよい子だ、ねんねしな」

 子守唄を聞かせる、二人は大きな耳をぴくぴくと動かしていたが、ぽんぽん、と私が優しく身体を撫でる様に叩いていると眠りに入っていく。いつしか私も、歌えないほど睡魔に襲われた。あぁ、眠い……。

 焚き木の燃える音だけが、妙に周囲に響いていた。


 目が覚めた、瞼がはっきりと開いたが周囲はまだ真っ暗だ。早く起き過ぎたらしい、欠伸をして再び眠りに入ろうと瞳を閉じる。と。

「かか、さま……行かないで」

 深緋(こきひ)の声だ、夢を見ているのだろうか苦しそうな声だった。思わず強く抱き締め、私がここにいるよ、と解らせる。暗くて表情は見えないが、苦痛で歪んでいるようだった。怖かったのだろう、一人きりで。

「まって、行かないで……」

 今度は蒲公英(たんぽぽ)の声だ、やはり魘されている。同じ様に抱き寄せて優しく腕を擦った、二人共母親を恋しがっている。

 まだ幼いのだから当然だろう、私だって大人になったけれど両親と離れただけで今もこんなに辛い。顔に出さずに済んでいるのは、この子達がいてくれたからだ。

 母親もこの子達を捜しているだろう、大事な息子達なのだから。いつか逢える筈だ、ここで動かずにいれば、捜し回っている親が通りかかる筈だ。

 私は二人を優しく抱き締め、唇を噛むしかなかった。捜し出そう、この子達を親の許に届けよう。それまでは何があっても負けない、私は子供達に愛される保育士になるのだから。そんな人間が、今ココで人間ではないとはいえ、こんなか弱い二人を見捨ててはいけない。

「大丈夫だよ、蒲公英(たんぽぽ)深緋(こきひ)。私が傍に居るからね。安心して」

 そう言うと二人が私のほうを向き、服をしっかりと握り締めた。

 再び、眠りに落ちていく。頑張ろう、起きたら、頑張ろう。まずは何を……。

 悩むことはない。まずは……温泉だ! 言えなかったけど実は獣臭い!


お読みいただきありがとうございました、こういう作品を書いていると、自分の鞄の中身を再確認したくなります。

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