蒲公英1
2013.11.08
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yamayuri様よりイラストを頂きました!
早速挿入です、ありがとうございますー!!!!
可愛いけれど、私は空腹なのだ。腹が減っては戦が出来ぬ、食い物の恨みは恐ろしい。貴重な魚を一匹食べられてしまった、あんぐりと口を開いてこの狐っぽい子を見つめる。許し難い行為だが、こうして見ていると……可愛らしくて愛でたくなる。魚をもう一匹与えてしまいそうになる、思わず、串に手を伸ばしかけたが深緋の張り上げた声に我に返った。
「母様! 惑わされては駄目です、それは妖狐ですよ、他人を騙すに長けた種族です!」
妖狐……九尾狐とか玉藻前が有名な、文字通り狐の妖怪だ。成程、確かに見つめられると意のままに動いてしまいそうになる。私は自分の甲に爪を立て、痛みを持ってして妙な呪縛から逃れた。
深緋を睨みつけ、頬をぷくっ、と膨らませたこの狐は私に向き直ると首を傾げた。その仕草がまた憎たらしいくらいに可愛い。
「そんなことを言ったら、そこにいる猫又だってそうですコン! あちきは無害ですコン、そっちの卑しく狡猾な猫又こそ怪しいですコン。油断させて食べる気ですコン、美味しく食べる為に太らせているだけですコン」
なんだと。
思わず深緋に侮蔑の視線を投げかけると、その大きな瞳がすぐに潤んで首を横に振る。否定しているようだ。
「違いますよ、母様、逢ったばかりの狐に騙されないでください!」
「あちきのほうが信用出来ますコン、その猫又の正体を暴いてやりますコン! ……その為に力をつけたいのでもう一匹魚をくださいココン」
猫と狐は仲が悪いものだろうか、というか、深緋は妖怪だったのか。どうりで尻尾が二本あると。
言い争う二人? 二匹は放置して、私は最後の魚串を手に取ると食べながら思案する。この世界、妖怪が主要なのだろう。となると、先程の桜鼠と潤朱も何かの妖怪なのだ。……この二人の様に、猫耳でも狐耳でもなかったが、あれは何だ。ダイダラボッチ一族なら納得出来そうだ、きっとそうだ。
狐が私の衣服を掴む、擦り寄ってきてそのフサフサ尻尾をゆっくりと振った。可愛い。
深緋が私の衣服を掴む、擦り寄ってきてその華奢な二本の尻尾を素早く振った。こちらも可愛い。
「真似するなコン!」
「それは僕の台詞です、母様に障るな!」
「この雌さん、良い匂いがするコン、気に入ったコン」
「発情狐め! この人は僕の母様なんだ!」
「あちきの母様になってもらうコン、邪魔な猫は葬り去るココン」
二人の愛らしい童子が、私の取り合いをしている。悪い気分ではない、魚を食べつくすと焚き火に骨と串として使っていた木の枝を投げ入れた。
さて。
「二人共、いい加減にしなさい! 喧嘩は駄目!」
一喝する。二人の身体がビクリ、と大きく震えた。
「深緋、大人しく話を聞いておいて。出来るね、いい子だから」
「……はい、母様」
頭を撫でながら、不服そうにしていた深緋に優しく告げる。撫でていると幾分か落ち着いたのだろう、唇を軽く噛みながらも何も話さなくなった。
「話を聞こうかな、まずお名前は? 私はうらら」
「あちきは蒲公英と申しますココン、見ての通り妖狐ですコン」
見たままだと妖狐というか、狐耳人間なのだがスルーしよう。
手首をチェックする、七分丈の服を着ている蒲公英は、深緋と同じく右手首に模様があった。ということは西軍だ、二人は仲間同士なのだ。ならば話は早い、いがみ合う必要などない。
「蒲公英、深緋も同じ西軍なの、二人が喧嘩する必要は何処にもない。解る?」
「それは匂いで解りましたコン、でも、猫又ですココン」
「それは理由になりません、東軍が今ココに攻めて来たとしたら二人は一緒になって逃げるしかないでしょう?」
「そうなったらあちきだけで逃げますコココン」
深緋と違って、素直に言葉を受け取ってくれない子だ。
「うん、じゃあ一人で逃げよう。私は深緋と逃げるから」
「え……あちきは一人?」
「そう、一人。ね? 一人は寂しいでしょう? なら、一緒に逃げよう。だから今喧嘩していては駄目なの。仲良くするの」
必死にイメージして考えているのだろう、蒲公英は唸りながら、首を左右に振りつつ何かと葛藤している。こちらは二人、でも自分は一人。それを想像したら寂しくなったのだろう、だが、猫と共にいるのはプライドが許さないのだろうか。
「うーうー……癪に障るけれど、解りましたコン、喧嘩しないように努力するコン」
というか、この子も居座る気なのだろうか?
「お母さんは? もしくはお父さんは? ここまでどうやって来たの?」
まさか、また迷子だろうかと不安になって聞いてみた。予想通りの返答が戻ってくる。
「はぐれてしまいましたコン、捜していたら良い香りがして、ここに来たんだココン」
蒲公英を深緋がじっと見つめている、二人の視線が交差し、けれども互いに何も言わなかった。神妙な顔つきだ。
同じ、迷子。親と逸れてしまった可哀想な迷子の妖怪だ、仲良く出来るだろう。一人でも二人でも同じ事なので、蒲公英もここに居たい、と言えば受け入れよう。
受け入れるも何も、この場所は私のモノではないけれど。
「一緒に、居たいコン……」
俯いて泣き出しそうに言うものだから、私は思わず蒲公英を抱き締めていた。この子も心細かったろう、先ほどの様に大人の戦いに巻き込まれながら、必死に両親を捜していたに違いない。
憶測だが、皆が戦闘しているわけではないに違いない、きっと平和を望む妖怪もいるのだ。この子達は、安息の地を探して両親と共に旅をし、戦禍を被ってしまった哀れな犠牲者なのだろう。先程のような熾烈な戦いが目の前で起こったら、身を護る事が精一杯で逸れてしまっても当然かもしれない。
「よし、では二人共握手して、握手。出来るかな?」
握手、と言われて戸惑う二人の右手を私は優しく掴むと、しゃがみ込んで視線を合わせる。手を組み合わせて、ゆっくりと上下に振った。
「仲良くしましょうね」
二人を見つめ、小さく頷くと二人もぎこちなかったが不思議そうに頷いてくれた。上下している自分の手を見つめている、握手は互いの体温も解って安心出来るのではないだろうか。
私が手を離しても、二人は握手をしたままだった。繋がっている手を暫し眺めていたが、どちらが、というわけでもなくその視線は上がり、互いの瞳を捕らえていた。
もの言いたげな瞳だったが、二人は何も言わない。
そうだ、ご褒美にキャラメルでもあげようかな。リュックから箱入りのキャラメルを取り出すと、一粒ずつ二人に手渡す。しげしげと掌に載っているキャラメルを見つめていたが、私が先に包み紙を開いて口に放り込むと、おっかなびっくり真似をする。
「飲み込んじゃ駄目、溶けるから口の中に置いておくの」
その仕草が可愛らしい、蒲公英の手は指が四本だが私と同じ様な手をしているので紙もはがしやすかった。すぐに口に放り込むと、その甘さに口元を緩ませて感動している。深緋の肉球では上手く紙がはがせず、四苦八苦していたので私が紙を取り除いてあげた。口元にキャラメルと持っていくと、恐々と舌を出す。その上に乗せてあげると瞳を硬く閉じ、舌を引っ込め、数秒して瞳を輝かせた。
ミルクキャラメルだ、歯にくっつく普通のキャラメル。
しかし、妖怪には物珍しかったのだろう、当然か、二人は感動して打ち震えていた。
「歯にくっつくから、なるべく動かさずに舌の上に乗せたまま、熱で溶かして味わうのね」
言いながら私も甘さを愉しんだ、すぐに無くなってしまったけれど、二人は必死に甘さを堪能するかのように、どうにかして溶けないものかと口内で舌を上下左右に揺すっているようだ。
可愛いな。
数分して完全に無くなってしまったキャラメルを欲した二人は、私を上目遣いで見つめてきた。あざとい、脚に腕を絡ませ、頬を摺り寄せてくる。
……誑かす、ということに関していうなら二人共長けているじゃないか。くっ、もふもふ達め! キャラメルは十二個入り、今三個食べたので残りは九個。
しかし、何故だろう、約二時間後には最後の一個になっていた。二人は満足そうに、頬に手を添えて、甘さの余韻に浸っている。
お読み戴きありがとうございました!