入野うらら7
パチパチパチ……焚き火を前に、げんなりとしている私は項垂れていた。心配そうに深緋が正面から見つめてくれているけれど、今は言葉を発することが出来ない。どうしてゴキブリを見つめねばならなかったのか、出来る限り見たくない生物である。
「ごめんなさい、母様。まさか苦手だと思わなくて」
「う、うん、気にしないで……とりあえず、今後は見たくないかな」
「栄養あるのに。筋張っててコリコリした食感とか美味しいの」
「止めて」
ぽわわん、と幸せそうにおぞましいことを口にするものだから。思わずぴしゃりと言い放ってしまった。
どのくらい気を失っていたのかわからないが、気がつくと焚き火が用意されており、木の枝に刺した魚達が焼けて美味しそうな香りを放っている。
どうやって火を熾したのだろうと思ったら、火打ち石があるのだそうだ。成る程、原始的だ。マッチは、緊急事態に備えて保管しておくことにした。
普段深緋は魚を生で食すらしいが、たまにこうして焼くらしい。私がひっくり返り心配した彼が、身体を温める為に焚き火を熾した。そのついでに、魚も焼くことにしたと。
優しい子だが、先程のおぞましい生物達はいただけない。
ところで、それらは何処へ行ったのか。まさかもう食べてしまったのだろうか。……こんな可愛らしい容姿なのに、あれを口にするだなんて。
考えたくない。
「母様、焼けましたよ! 食べましょう。お茶もあります」
焚き火に刺さっている魚串を手渡された、素直に受け取る。……良い香りだ、塩がないのが残念だが仕方がない。齧りつくと、ほろほろと身が零れ落ちる。柔らかく、臭みのない身に一気に空腹が増した私は齧り付いた。
小さく笑って、深緋も食べ始める。うん、美味しい。綺麗な川で育った魚だからだろう、本当に美味しい。幸せだ。
竹筒の中に水を入れて、湯を沸かす。竹の良い香りが漂ってきた、癒される。何をするのかと思えば、茶葉を取り出してきた。香りから察するにドクダミだろう、身体によさそうだ。独特の苦味はあるけれど、香りは好き。
まるでキャンプにでも来た様だ、少し心が落ち着いてきた。
「魚美味しいね」
「はい、母様三匹食べてくださいね! 僕は焼けた百足を」
「見せないで」
木の枝で焚き火をかき回した深緋は、焼け上がった百足他を見せてきた。一気に食事が不味くなった気がした……。
視線を逸らし、心を落ち着かせる。食べている姿を視界に入れることだけは避けなくては。触れることが出来なくなりそうだ、幾ら愛らしいもふもふでも。
二本目の魚に手を出す前に、ドクダミ茶で口内をさっぱりさせる。よし、落ち着いてきた。
「あ、美味しいですコン、この魚! 香りに釣られて来てよかったココン」
……ぇ?
二人しかいない筈なのに、聴いた事がない声がする。焚き火を見れば、魚串が一本無くなっていた。
もぐもぐもぐ……何時の間にやら焚き火にあたり、金髪の少年が魚を食べている。
も、もふもふ第二段! 耳の形と太いふさふさ尻尾から判断するに、狐っぽい。白い衣服を身に着けて、首に大きな鈴をかけていた。若緑色の腰紐が鮮やかだ、深緋よりも小さい気がする。
「もっと食べたいですコン」
コン、ではない。誰だこの子は。
魚を綺麗に食べて、残った木の枝を私に差し出してきた。にっこりと無邪気に笑って、私におかわりを請求しているようだ。
お読み戴きありがとうございました。