入野うらら6
荒れ果てた地を一瞥して、私と深緋は鳥居をくぐって進む。相変わらず急な斜面だ、息が切れている私を置いて、元気な深緋はすいすいと歩いていた。
大木を見上げる、一体何故私をこの世界に飛ばしたのだろうか。全ての出来事は偶然ではなく、必然だと私は思っている。きっと意味があるに違いない、こんな不毛な世界に飛ばされた事実でも。
でないと、私が可哀想だ。
大木の裏手に回ると、深緋が集めて作ったという秘密基地のような仮住まいがあった。大きな布と縄を器用に木の枝を使って、雨を凌げるようになっている。地面にも布が敷いてあり、ここで眠っているのだそうだ。
食事の為、狩猟に行くと言い残し去って行った深緋。
私は地面に座り込むと、深い溜息を吐く。疲れた。
静かなその場所で、私は手にぶら下げていたリュックサックに気がついた。そうだ、持ったままだった。中身を確認しておこう。お気に入りのブランドのリュックは軽めだ、そして丈夫なので愛用している。
中身を、地面に一つ一つ並べていく。
まずは、お手製のエプロンだ。何かの役に立つかもしれない。
そして、ここでは全く意味がないであろう財布。けれど失くすわけにはいかない、元の世界に戻った時にないと困る。
あ、やった! ペットボトル! 飲みかけだけれど、お茶がまだ入っている。とりあえず、今それを半分飲んだ。あぁ、美味しい。
と、飴にガム。飴は柚子味だ、口元が寂しいときにはよく舐めている。小さめの袋に入っているが、残りは……6粒くらいだろうか。ガムは普通にミントだ。これは4個残っていた。
ハンドタオルとポーチが出てきた。ポーチの中身は油とり紙、ソーイングセット、保湿リップ、薄桃の愛用リップ、スプレー式化粧水に、香水入りアトマイザー。ファンデーションとティッシュとチークと……虫刺されの塗り薬に、目薬、痛み止めが二錠、あとはバンドエイドが四枚。
ハンドクリームは薔薇の香り、これがないと困る。
あ、それにキャラメルも一箱入っていた。非常食になりそう、助かった。
お墓参りに使ったお線香セットのあまりもあった、蝋燭が二本とマッチが一箱、十本くらい入っている。
あとは、全く動かないアイフォン。どうにもならない、せめて曲でも聴けたら気晴らしになったのに。
……そんな程度か。結構使えるものがあるみたいだ、よかった。特にマッチは必須だろう、大事に使おう。
そうこうしているうちに、深緋が戻ってくる。手に、何かを持っていた。あれは……魚だ。
「母様! 見てください、イワナとアマゴが獲れましたよ」
五匹もいる、主食がないけれど美味しそうだ。まだ生きている魚もいるし、新鮮そのもの。これは早速火を熾して焼かないと。お腹空いた、死にそうだ。
きらきらと輝く魚を見て、思わず大きく唾を飲み込む。丸々と太っていて、申し分ない大きさだ。
岩の上にそれらを並べて、二人で物色していると深緋が突然声を荒げた。
「にゃっ!」
叫ぶなり、数メートル離れた地面に飛び込んだ。唖然と様子を見守ると、にゃーにゃー言いながら、必死に両手を動かしている。
数分して、満足そうにこちらを振り返った深緋。首を傾げて見ていると、大きな瞳を何度も瞬きさせ、二本の尻尾を大きく振って戻ってくる。
「獲物がいました、ご馳走ですよ! って、にゃにゃにゃっ!」
手にしたものを振り回していた深緋の瞳が鋭く光り、再び地面にダイブする。シュパ、と右手を風のように切ると、私の目の前に何かが跳んできた。
ボトリ。
再び右手をシュパッ! と振ると、やはり私の目の前に何かが跳んできた。
ボトリ。
「母様、凄いですよ! 栄養満点です!」
頬を上気させ、誉めて欲しそうに近寄ってくる深緋。
しかし、流石の私も思考回路が停止する。今までこの悲惨な異世界でなんとか耐えてきたのが、これは無理だった。
「巨大鼠に、大百足、それにゴキブリです! さぁ、ご飯にしましょう!」
あぁ、もう無理だ。私は目の前に跳んできたそれらのおぞましいモノを見つつ、目を回して気を失った。
助けて。
お読み戴きありがとうございました、サブタイトルがうららではなくなったら、恋愛対象相手が登場すると思っていただけると……嬉しいです。