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えぴろーぐ!

 ぼんやりと、電車の窓から流れる外の風景を見つめていた。

「うららー、お弁当どれが良い? 私、この薬膳弁当にするけど」

「なら私、この鱒寿司ね」

「あとは鶏の照り焼き丼か、幕の内かぁ……地元の鶏らしいから私この丼ね」

 友人達と二泊三日の旅行に出かけた、その帰りの電車内だ。駅弁を買って、食べ終わると仮眠に入る予定である。もうすぐ暗くなる、直に外も電灯ばかりになるだろう。風景を見ていても仕方がない。

「駅についてお腹が空いていたら、居酒屋行こうか」

「またぁ? 旅行中に散々呑んだのに? いいけどね、もうすぐ気軽に旅行出来なくなるだろうし」

 春から皆社会人だ、休日が違う、勤務先も離れている友人達との次の旅行はいつになるだろう。

「ちょっとうららー、食べないのー? 辛気臭いなぁ」

 そうは言われても、落ち込んでいるのだからそっとしておいて欲しい。

 友人達は文句を言いつつも弁当を平らげると、瞳を閉じた。揺れる電車の中で、私はようやく弁当に手を伸ばす。冷たい駅弁、卵焼きに鮭の塩焼きに煮物、と目新しいものがないがとりあえず口にした。

 私が日本に戻って来てから、数日が経過した。

 墓参りの神社から、美形妖怪達が蔓延る妙な世界へ飛ばされて……こうして帰ってきたけれど。都合よく、時間はあの日のままだった、大急ぎで鳥居を潜ると見慣れた父の車があったので混乱することなく状態を把握した。

 帰ってきたのだ、と拍子抜けした。

 何故だろうか、戦乙女が戻ってきたからか。あの、地球の服を着ていた美少女。何者だったのか、今はもう解らない。

 私は何の為にあの場所へ飛ばされたのだろう、さっぱり解らない。

 何不自由ない生活にも、すぐに戻る事が出来た。食べ物は溢れている、購入する場所もお金もある、寒かったらホッカイロを購入し、雨が降ったら傘を買う。何処にでもその辺りに売っている。家には簡単にお湯が出てくるお風呂があるし、着替えも大量にあるから汚れても案心だ。汚れた衣服は、洗剤と洗濯機で一気に洗って乾燥すればすぐに着られる。自転車もあるし、自動車もある、電車もあれば新幹線も船だってある、お金さえあれば何処へでも行く事が出来る、自由な世界だ。

 私が望んだ、ここへ戻りたいと。

 あんな汚くて妖怪しか居ない世界になんて、滞在出来ない。懲り懲りだ。

 懲り懲りだ、懲り懲りだ……。

 私は、泣きそうになったので思わず鼻をすするとバッグからハンドタオルを取り出した。あの日も所持していたものだ、実は持ち歩いている。それをバッグに仕舞いこみ、別のハンドタオルを取り出すとそっと溢れた涙を拭う。

 西軍東軍という意味不明な決まりごとで戦っていた妖怪達も休戦し、本当の母親が見つかって、皆幸せになるだろう。

 皆は元気だろうか、私の事は憶えているのだろうか、忘れているのだろうか。

 行くな、と言って欲しかったけれど、かといって居られないし。

 言われなかったら、もっと哀しい。

 だから私は、無我夢中で自ら帰ることを望んだ。全ては、自分が傷つかない為に。

 おそらく、私を慕ってくれていたあの妖怪達は別れを拒んでくれただろう。けれども、それでは余計に帰りたくなくなる。 

 私は弱くて、卑屈だから。

 こうして、逃げてきた。あの、居心地が良いと思い始めてしまった異界の地に、未練はあれども二度と行けないことを望んだ。

 私は保育士になるのだ、この日本という場所で、もうすぐ。

 駅を降りると、結局友人達は酒を求めて近くの安居酒屋に入った。私も入る、帰りたいが友人達との付き合いだ。それに、お酒を呑んで陽気になりたい気もした。

 が、呑んだら余計に沈んだ。なんて悪循環。

「……うらら、あんたさ。好きな男でも出来たの?」

「は?」

 突然しんみりと一人が言うので、テーブルに突っ伏していた私は微妙に顔を上げる。遠き地に思いは馳せていたが、恋はしていない。

「べつにぃ?」

「……そう? 寂しそうだから、てっきり片想いでもしてるのかと。旅行中、会いたくて仕方が無いのかと思ってた。じゃあ、あんたが誰かを探して周囲を見渡してたのは何なの」

「……知らにゃい」

 私は、ビールを六杯も呑んだ。三杯が限界だったのに、気がついたら呑んでいた。

 好きな男? 違う、なんだか不思議な妖怪達と会って離れてしまっただけだよ。

 片想い? していない、ただ、会いたくてあの場所に戻りたいだけだよ。

 会いたい? そうだね、確かに会いたい。

 誰かを探してた? そうだね、私はみんなに会いたかった。


 誰かの声がする、私を呼んでいる。誰? 京紫(きょうむらさき)深緋(こきひ)? 蒲公英(たんぽぽ)花緑青(はなろくしょう)? 朽葉(くちば)月白(つきしろ)? ごめん、誰だか分かんないー。

『本当は、知っている癖に』 


 呑みすぎた、気がついたら朝だった。部屋で寝ていたけれど、どうやって戻ってきたのかさっぱり解らない。

 頭痛がして胸焼けがして、顔面蒼白で一階へ下りて行くと母が困惑している。

「大丈夫なの? 明日から保育園でしょう? ほら、しじみとウコンのスープ」

 何度も頷いて、椅子に腰掛けると湯気立つ暖かなそれを手にとった。カップに入ったスープをゆっくりと飲み干す、カレー風味で飲みやすい。流石母だ、有り難い。

 時計の秒針が動く音を聞きながら、ぼんやりと時計を見た。

 午後一時……午後一時、だと!? 一体私はどれだけ寝ていたんだ!?

「お母さん、出かけてくる!」

「え、えぇ? 大丈夫なの、休んでいたら?」

「なんとかなるなる、合点承知の大船に乗ったつもりでわっしょい!」

「……不安だわ、救急車に乗らないようにね。何かあったら電話してね」

 慌てて部屋に戻る、頭痛の為額を軽く押さえつつ吐きそうになるのを必死で堪えて、パジャマから服に着替えた。

 あの日、墓参りの時に来ていたものと全く同じ格好だ。リュックも同じ、中身も同じ、飴も買って財布の中身も同じにしておいた。

 家を飛び出す、バスで最寄の電車の駅へと向かう。車で行くのは簡単だが、公共機関で行くとなると面倒な墓地だ、ぐずぐずしていると夜になる。

 駅のコンビニで栄養ドリンクと、パンにジュースを買った。

 空いている電車に乗り込むと、スマホで行き方を再確認する。パンを齧り、一気に平らげると私は無意味に外を睨みつける。

 今しかない、後悔する前に私は行かねばならない。

 四時間かかってようやく墓地へと到着した、疲れた。何しろ電車の駅が遠いので、一時間に一本しかないバスに乗るしかここへ来る手立てがなく、周囲は真っ暗だ。帰りのバスの時間を調べると、まさかのあと二本しかない。 最悪父に迎えに来てもらうとして……。

 私は大きく息を飲み込み、深呼吸をすると鳥居を目指す。薄暗い神社は不気味だ、時折森から聞こえる妙な音に震えながら、必死に境内に向かった。

 鳥居を潜る、足元がふらつくのは恐怖からか、二日酔いのせいなのか。私はようやく賽銭箱の前に立つと、呼吸を整えた。

 五百円玉を震える手で取り出すと、投げ入れる。

 何を、願えば良い? 私は、何をしたい? あの場所へ行きたい? でも、こっちへも戻って来たい。みんなには会いたい、けれどこちらの友達も捨てられない。 行ったら戻れる? 戦乙女は助けてくれる? 私の事忘れている? 居なくても平気? 

 会いたいのは、私だけ?

「……明日から保育士です。初勤務です、頑張りますのでどうか見守ってください。一生懸命頑張ります、子供達を愛し護ります」

 墓にも手を合わせておいた、蝋燭に線香は勿論所持している。

「明日から保育士になるよ……報告ね」

 私は、そのままバスに揺られて家まで帰った。帰りは、タイミングよく乗り継ぎが出来た為、行きの様に時間はかからなかった。

 私は、何をやっていたのだ。

 明日の準備をしなければならなかった、何故あそこへ行ってしまったのだろう。

 頬伝う涙に笑いが込み上げた、言いたい願いすら言えない、臆病者の私は。

 保育士という手にした職業の為に頑張るしかない、それしかない。あれは、夢だった幻だった。

 本当の願いは、おこがましくて言えやしない。窓から流れる風景を見つめて、情けない姿の自分に嘲笑することしか出来ない。


「行ってきますー」

「気をつけてね、休憩中にメールするのよ!」

 母に見送られ、手を豪快に振った私はバス停まで歩く。家から坂道を下って徒歩五分程度の場所にあるバス停、恐らく混んでいるのだろう。ここは住宅地で、このバスに乗らねば電車の駅まで行くことは自転車でもない限り苦しい。

 私も自転車を購入すべきだろうか、しかし盗まれても困るし何よりこの坂を上って帰宅する勇気が私にはない。行きは良い良い帰りは怖い、である。

 スーツ姿のサラリーマンが前方を歩いている、恐らく同じバスに乗る人だろう。皆、坂を下っていた。多いなぁ、座ることが出来ないかもしれないなぁ。

 いきなりどんよりと沈んだ私は、憂鬱になって地面を見つめる。

 ふわり、と新緑の香りが香る。擦れ違ったその香りに、思わず立ち止まって深呼吸した。

 まぁ、春だし、何処もかしこも鮮やかな色彩で溢れているから、この清清しい香りくらい……。

「お疲れ様でした、保育士、頑張ってくださいね。応援しています」

 何処かで聞いた声に、背筋が震えた。

 振り返らずにはいられない、この時間に坂を上る人なんているだろうか、いや、今間違いなく擦れ違った!

 美しい新緑の髪が揺れる、陽に反射して輝くその髪は見間違える筈がない。華奢な身体、細い腰、しなやかに伸びている長い手足は後姿だけでも美少女だ。惜しげもなくその美脚を曝して、ベージュのショーパンにブラウンのグラディエーターサンダル、ピンクのチュニックが風に吹かれて舞い上がる。

「いくさ、おとめ……!」

 その名を呼んだ、一瞬彼女が振り返り、美しすぎる微笑を見せる。

 手を伸ばしたが、掴んだのは空気のみ。けれども桜が舞い散っていた。もうとうに花など散って、若葉しかなかった木から突如桜が咲き出した。

「おい、桜だぞ! この間散ったばかりだろう!? どういうことだ!」

 騒然とするその場所で、私だけがなんとなく、状況を理解した。

 戦乙女だ、戦乙女は不可能を可能にする。桜で私を送り出してくれたに違いない、と思った。

 少し、元気が出た。バスに慌てて乗り込むと、震える手を握り締めた。

 心配して、様子を見に来てくれたのだろうか? 丁寧な人? 妖怪? 神様? だ。結局彼女は何者なのか、何故今ここにいるのか。やはり地球人なのか、となると、妖怪達はまた二手に分かれて戦争でもしているのだろうか? ……それは困る。


 電車に乗り、駅から徒歩で数分。

 ようやく保育園に到着したので、意気込んで乗り込む。保育園の名前は『つきみや保育園』今日からここが、私の勤務先で日々家よりも長い時間過ごす事になりそうな場所だ。

 そよそよと吹く風に頬を撫でられて、一歩足を踏み入れた。

 一度訪れた場所だから解る、職員の玄関へと行き他の保育士の方と合流した。

「今日から宜しくね、入野さん。私達との顔合わせは後にして、まずは園長のところへ。貴女ともう一人、新しい人が来るの。彼はもう、来ているわよ」

「え、男性ですか?」

「そうよ。子供の頃、素敵な人に育てられて自分も保育士を目指したって……さっき大声で話していたわ。多分貴女と同じ歳でしょうね、イマドキのイケメン君だったわよ」

 へぇ、男性か。希望動機が似ているし、仲良くなれると良いな。

 年配の朗らかな方にそう教えてもらい、園長室へと通される。

 ノックし、彼女が園長に声をかけた。

「月宮園長、入野さんお連れしました」

 彼女が一歩下がり、目配せしたので緊張した声で私は「入野うららです、失礼致します」と告げるとドアノブに手をかけてまわした。震える手と声、失敗でもしたら即日首だろうか。

「園長はね、奥様方からも大人気のイケメンなのよ。独身だしね」

 こんな時にそんなこと言わないでいただきたい、引き攣った笑みで私は会釈をすると、右手足を同時に出して部屋に入った。

 こじんまりとした部屋だが、良い香りがする。なんの香りだろうか、お香だろうか。とりあえず、周囲を探る余裕が無いので、真正面のソファに座っている園長に深々とお辞儀をする。椅子が反対を向いているので、顔が見えない。

「あ、あの、初めまして入野うららです。よろしくお願い致します、粗相のないように頑張ります」

「知っているよ……久し振りだね、うらら」

 声が聴こえた、腰を折って床を見ていた私の足元に、ぽたん、と水滴が落ちた。

 聞き間違いだろうか、いや、しかしあの声が聴こえる筈はない。

 ぽたん、ぽたぽた、と何個も水滴が床に染みていく。あぁ、粗相をやらかした。

「うらら、泣いてる。ほら、ハンカチ」

 目の前に、水色のハンカチが伸びてきた。その声に驚いて顔を上げ、声の相手を見つめる。声が、出てこない。名前を呼びたいのに、出てこない。相手が誰か解るのに、言えない。

「こっちのうららは、大人しいなっ! ……会いたかったよ、うらら」

 抱きつかれたけれど、声が出てこない。代わりに涙だけは止まらずに、頬を伝い続けた。

「朽葉! ……違うか、朽木だったな。うららから離れなさい」

「うっさい、おっさん」

「私は君の上司にあたる、首にされたくなかったら……離れなさい」

「職権乱用、パワハラ反対!」

 二人のやり取りを別次元のものだと聴いていた、有り得ない。まさかこんな、有り得ない!

「許しがたい、朽葉」

「うっわー、ムカつくよねぇ。月白様、首にしてよ。代わりに雇ってよ」

「皆さんはまだ接点が大きくていいですよ、あ、うらら! 久し振りですね」

「母様ー、母様ー! えへへ、僕の担当だといいな」

 みんな、と言いたいのに声が出ない。口をぱくぱく、必死に呼吸する魚のように、ただそれしか出来ない。胸が熱くなる、見ていたいのに目が涙でかすんで見えない。

「泣かないで、うらら」

 朽葉(くちば)が私の背を撫でた、優しくて温かくてまた、涙が溢れた。咽る、もう無理、立っていられない。

「大丈夫だよ、うらら。落ち着きなさい、みんなここにいるよ。……よく一人で耐えたね、心細かったろう、寂しかったろう?」

 月白(つきしろ)が近づいてきて、私の頭を撫でてくれた。大きくて細長い指が心地良くて、私はまた、泣くしかなかった。

「入れてくださいよ、月白様! そっち、入らせて」

 窓からこちらを覗いている京紫(きょうむらさき)深緋(こきひ)蒲公英(たんぽぽ)花緑青(はなろくしょう)が私に手を振っている。嬉しそうに、手を振っている。

 ど、どういうこと、なの。

 震える私を来客ソファに座らせた月白(つきしろ)は、軽く会釈すると優美に微笑んだ。

「ようこそ、我がつきみや保育園へ。私が園長の月宮白金(つきみや しろがね)です」

 上品なブラックスーツを着こなしている、長髪の美形園長。整った顔立ちは、変わっていない。髪の色は黒いけれど、それ以外は間違いなく河童の月白だ。

「うらら、一緒に頑張ろうな。オレは朽木葉月(くちき はづき)、今年から一緒に保育士になった同期な。よろしくー」

 茶目っ気たっぷりの愛嬌ある顔で笑う朽葉(くちば)は、茶髪のイマドキ青年だ。まさか、同期が彼だったなんて。

「母様、って呼ぶのは変でしょうか? 僕は深川緋色(ふかがわ ひいろ)、この保育園の年長です。一年しか一緒にいられないから、小学校の先生に来年からなって欲しいな」

 京紫(きょうむらさき)に抱き抱えられて、嬉しそうに手を叩いているのは深緋(こきひ)だ、彼も全く変わっていない。可愛らしい園児だ、そうか、私が教えられるかもしれない子なんだ。

「うぃっす、うらら! 俺はつきみや保育園のバス運転手なんだよね、それ以外は雑用をこなしているよ。花咲緑青(はなさき ろくしょう)、以後お見知りおきを」

 花緑青(はなろくしょう)が、飄々と窓の外で手を振っている。バスの運転手……って金髪に近いけど、大丈夫なのだろうか。苦情来ないのだろうか。

「うらら。そろそろ仕事に戻らなくてはならないけど、毎日来るからね。蒲生公英(がもう こうえい)、この地区担当の……見ての通り宅配屋さんだよ」

 蒲公英(たんぽぽ)は、大きくなった青年の姿だった、美形で長身だからモデルでも出来そうなのに、全国的に有名な宅配業者の制服を着ている。思わず、笑ってしまった。

 そして。

「……うらら。京町紫苑(きょうまち しおん)、この保育園に子供を預けているバツイチの父親だ」

「衝撃」

 スーツを着て突っ立っていると思ったら、父親なのにバツイチとか一番強烈なキャラを叩き出してきた京紫(きょうむらさき)に、ようやく私の声が出た。

「血は繋がっていない、消えた女の子供で……」

 眉を顰めて弁解を始めた京町紫苑さん? に、咳を一つ月宮園長が声をかける。時計を指差し、爽やかに微笑んでいる。

「紫苑さん、会社間に合わなくなりますよ?」

「ふむ……いたしかたあるまい、またな、みょうちきりん」

「まだそれで呼ぶのね」

 言いつつも、何故か立ち去らない京町紫苑さん……えぇい、面倒だ! 京紫(きょうむらさき)

 私は、まだ泣いていた。

 ずっと、こちらへ戻って来てから夜になると泣いていた。

 哀しくて、泣いていた。

 けれど、今日からの涙は違う。哀しくて泣くのではない、嬉しくて泣くのだ。

 願いは、最良の形で叶えられた。神社には願わなかった、けれど心の奥底で願っていた。我儘すぎる願いだった、だから言えなかった。

 また、みんなに会いたい。でも、保育士は諦めたくない、家族も友人も傍にいて欲しい。だから地球の日本という場所で、みんなに会いたい、一緒にいたい!

 願いは、叶えられた。

 こうして、叶えられた。みんなが、私の名を呼んでいる。微笑んで、呼んでくれている。手を伸ばしてくれている、あぁよかった、私はみんなと居てもいいんだ!

「今回は勝手に消えたら許さないからな」と、朽葉。

「ふふふ、そろそろ私も結婚して落ち着きましょうか」と、月白。

「母様、小学校の先生が無理なら家庭教師やりませんか?」と、深緋。

「保育園に勤務先変わろうかな、うららと一緒にいたいし」と、蒲公英。

「掃除洗濯なんでもやりますよー、あ、仕事終わったら呑みに行こうね」と、花緑青。

「……うらら、あのな、その、あれだ」と、何が言いたいのかわからない京紫。

 私は、笑った。

 まさかの再会に驚いたけれど、もう泣いて笑うしかない。だって、こんなにも嬉しいんだもの!

 私は、手を伸ばしていた。誰にだろう、恐らく一番会いたかった相手に、だ。目の前に彼は立っている、私を愛おしそうに見つめてくれている。少し、照れたような表情で。

「入野うらら、園児達と共に日々をたたかい抜き、彼らの第二の母様となれるよう精一杯努力します!」


 ついでだけれど、桜鼠と潤朱は……園児の母親で再会出来た。案の定、美しい。ちょっと、悔しい。

「ついで、って何よぉ、うららセンセ」

「失礼しちゃうねぇ、全く!」

 元ヤンではないが、その雰囲気を醸し出している美女二人は、今では仲良し友達だったりする。

「で、センセ? どの殿方を選ぶんだい? 噂だよぉ、美形一同、うららセンセにゾッコンだって、ね」

「くくく、安心しなよ。嫉妬に狂った母親が出たら、あたい達が抹殺してあげるよぉ」

 ……冗談なのか本気なのか、怖いな。

桜子(さくらこ)さん、朱美(あけみ)さん、ご心配には及びません」

 絡んでくる美女二人は、我が子を見つけると駆け寄って抱き上げた。エプロンをしている二人の母親は、私に笑うと去っていく。我が子の頬に擦り寄って、幸せそうだ。


 私は、保育士。つきみや保育園の、新しい保育士だ。

 ……素敵な男性達に囲まれながら、思わず顔がにやけてしまうような毎日を送っている。どうなるのかは、解らない。誰かを選ぶのだろうか、このままでなんていられないだろうな。誰も選ばないかもしれないけれど。

 でも、実は決まっている。

 日本へ戻ってきて、一番に顔が浮かんだ人。何度も夢で声を聴いた人。

 私は、彼とたたかう。恋の駆け引きをせねばならないのだ……が、それはまた、後日談。


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