たたかう母様! 2
険悪な雰囲気になってしまった、どうすべきだろうか。人前……いや、この場合妖怪か。大勢の妖怪の前に立って説得する度胸も勇気も、私にはない。可愛らしい子供にならば、なんとか。
……幼い子だと思ってみようか、それなら出来るかもしれない。私は乾いた唇を舌で湿らせると、ゆっくりと開いた。
「戦う事で、何か得られましたか」
瞳を閉じる、目の前にいるのは妖怪ではない、妖怪ではない。言い聞かせる。
「戦わなければ親と離れることもなく、兄弟達の命が消えることもなく。温かい家庭が出来上がるとは思いませんか、誰も犠牲にならない世界に住みたいとは思いませんか」
隣人の手を取りなさい、だったろうか。微妙に違う気がするが、そんな感じだった。
「急に互いを信用することは無理かもしれません、でも、命の危険に曝され牙を剥き出しにして生きていくよりも、疑いながらでも歩み寄ったほうが楽だとは思いませんか。もし、相手に悪意がないと解れば更に寄り添えると思いませんか」
少しずつだが、妖怪達のざわめきが鎮まっていく気がした。頑張ろう、説得するのではなく語りかけよう。
「仲が悪いままでは、何も生まれません。けれど、親しければ感謝も歓喜も共有し合えます」
「それは西軍・東軍内でも同じ事、共にいる意味が不要」
誰かがそう叫んだ、再びざわめきが広がる。震える足よ、止まれ!
「一人は寂しいです、ですが、二人だと安心しませんか」
「一人のほうが楽な時もある」
そうだろう、けれど。
「ですが、一人では生きていくことが出来ないのではありませんか。自分がいて、兄弟がいて、家族がいて、仲間がいて、尊敬する人がいて。嫌いな人も出てくるでしょうが、そんな時一人で抱え込むよりも親しい人に相談する事で解決出来ます。もし、交わってみたら。自分と違う新たな考え方に驚く事が出来るかもしれません、議論を交わすことが出来るかもしれません。
それは、誰だって同じだと思いませんか。今こうして分かれていますが考えていることはみんな同じではないですか、ただ、一緒になることに怯えているだけで」
性格は違えども、全員同じ妖怪だ。一人きりで生きてきたのではない、軍という決められた中で皆と協調して生きてきたのだ。大きくなれば軍内でも問題が起こるだろう、けれどまとめていけるだけの人材は揃っている筈だ。
「まず、武器を棄てて。他人を、そして自分を傷つける恐れがあるものは棄ててしまいましょう。そうして、納得がいくまで話し合っては如何ですか。戦う理由なんてないでしょう? 戦乙女が消えて、何故戦う事になったのですか? 戦わなくとも良かったのではないですか? ……争いを止めて、平穏な暮らしをしていたら戦乙女が戻ってくるとは考えないのですか?」
「東軍が戦乙女様を隠したのだ!」
「何を言う、西軍が戦乙女様を我が物にして連れ去ったのだろう!」
地面が揺れる程の咆哮に耳を塞ぐ、地雷を踏んでしまったのか再び騒動が勃発した。必死に桜鼠達が暴動を抑えようとしてくれているが、これ以上は押さえられないかもしれない。
諦めるな、私。と、思うのだが騒音と上手くいかない自分への不甲斐無さに苛立ちが募る。あぁ、もう駄目だ。堪忍袋の緒が切れた、私までもみくちゃにされそうだったので抵抗するしかない。何処まで戦乙女に依存しているんだ、ここの妖怪は!
私は結構短気だったらしい、いや命の危険に曝されたら逆ギレするだろう。
「だーまーれー! 戦乙女戦乙女と、煩いな! そんなに戦乙女が必要なら、桜鼠と潤朱が戦乙女になれば良いでしょう!? 今から二人が戦乙女です、この二人の指示に従ってください!」
掠れた声で私は叫んだ、金切り声だったので聞き取り難かったかもしれないが、インパクトは与えられたようだ。皆静まり返る、何故か狼狽している二人の女傑をいちかばちかで睨み付けると指差す。
「異世界から来た、人間の私が任命します。桜鼠と潤朱、貴女方を戦乙女に任命致します! 先代の戦乙女のように、皆を纏め上げて和平し平穏へと導いてください!」
「無茶苦茶だ、みょうちきりん」
か細い声で京紫が呟いたが、踏ん反り返った私は二人を睨み続ける。お願い、応えて二人共。私は必死に目を見開いて訴えた、もう、彼女達に頼るしかない。
情けなくて申し訳ないが。
ぎこちなく互いの顔を見合わせた二人は、どう反応して良いのか解らないらしく身体が小さく見えるほど、恐縮している。
皆が固唾を飲んで二人を見守っている、困惑気味に見つめ合ったまま微動だしない二人は完全に硬直していた。戦乙女を知らないから、偉大さが解らないことが悔しい。もっと情報を聞いておくべきだった。
「何を躊躇うの! みんなで手を繋いで笑うことがどれだけ素晴らしい事か想像したことがある!? 一人、二人、三人と互いの手を取っていけば大きな輪になるでしょう!?」
私は無理やり桜鼠と潤朱の手を握らせた、驚いて手を離そうとしたが、必死に押さえつける。近くに居た妖怪を、そのまま無理やり手を取って繋げていく。
「隣の人と手を繋いでください! こう、こうするの!」
一体何をしようとしているのか私にもよく解らないが、駆け回って両隣の人と手を握らせていった。西軍同士だと手は握り易いので、素直に握ってくれる妖怪が多かったが問題は反する軍だ。そこは無理やり私が繋げた、おっかなびっくり悲鳴をあげながら手を握った妖怪達だが、その手を私は包んで撫でると皆挙動不審気味だが手を離す事はない。
やがて大きな一つの輪が出来始める。皆、自ら握り始めてくれた。
「さあ京紫、深緋」
落ち着かない様子で不安そうに私を見つめていた二人の手を握る、それが最後だった。私が二人の手を握ることで輪が完成したのだ。
大きく息を吸い込む。
「これが人の……ではなくて、妖怪の輪です! みんなで一つの大きな輪を作りました、隣の人の手はどうですか、あったかいですか、柔らかいですか、落ち着きませんか? こうやってみんなで色々なものを作り上げていったら楽しいと思いませんか! 戦いなど忘れられると思いませんか!」
皆が左右を見つめ、遠く離れた誰かを見つめ、途切れることのない輪を不思議そうに見渡していた。輪になると、仲間意識が高まる気がする。円陣だってそうだろう、左右の人としか繋がっていない筈なのに、全員と手を繋いでいる気がしてこないだろうか。
「こ、こんなの初めてだ」
驚愕しているのか興奮しているのか……良く解らないが花緑青は低い声を絞り出した。手を握ること自体、あまりないのかもしれない。
私は瞳を閉じる、温かい手がそこにはある。誰かが隣に居てくれることがどれだけ幸せなことか、実感出来る気がする。そっと瞳を開くと、私を真似たのか皆瞳を閉じていた。
大丈夫そうだ、これならいける。私はようやく口元に笑みを浮かべて、握っている二人の手を揺すってみた。驚いた二人だがそれを真似したらしく、互いの身体の揺れを感じる。伝達ゲームのように、私から左右へと揺すられた手は浸透していった。瞳を開けば、誰かの腕が動いている。どうしてよいのか解らず、皆真似するしかないのだろう。
可愛らしくて、思わず吹き出す。やがて私の真正面にいる桜鼠と潤朱の繋いだ手が、揺れた。
その時だ。
「遅くなりました、ごめんなさい!」
豊かな新緑色の柔らかく艶やかな髪に、温かみのある光を帯びた大きな瞳、軽く頬を桃色に染めて、熟れたさくらんぼの様な唇を持つ。まるで少女漫画に出てくる正統派美少女、御伽噺の中のお姫様のような容姿。愛くるしい顔立ちは、見る者全てを魅了してしまうと言っても過言ではない……途轍もない美少女が輪の中心で浮かんでいた。その声色と言ったら! 柔らかい高音はまるで水の滴のよう、一度聞いたら忘れられない美声である。
私にも解った、まさか、いや、もしかしなくてもこの美少女が。
「戦乙女様!」
妖怪達が叫んだので、私も思わず零していた。なるほど、この人が戦乙女。
思ったよりも幼い、中学生くらいだろうか? いや、最近の若者は発育が良いから小学生かもしれない。いやいや、戦乙女は日本の学校などに通っていないだろう。
煌びやかなオーラを纏い、戦乙女の出現に皆が慌てて跪く。私も釣られて跪いてしまった、いや、この神々しさはそうせざるを得ないのだ。
「あ、いえいえ、そんなことしなくても良いのです。皆さんお顔を上げてください……不在にしてしまって、ごめんなさい。申し訳、ありません」
それにしても気になるのは、彼女が着ている衣服がどう見ても地球産に見えるわけで。小花柄の茶色をベースにしたチュニックに、デニム素材のショーパンを穿いているように見えるが気のせいか。おまけにあれ、若い子に人気のブランドではないだろうか。雑誌で見た記憶があるのだが、気のせいに思えない。それの上にポンチョには見えない純白のマントを羽織っているが、よく見たらスニーカーには日本人というかある程度の地球人なら誰でも知っているスポーツブランドのマークが入っている。見間違いではない。
え、戦乙女何者なの。
唖然としている私に、戦乙女は一人一人に謝罪をしてまわっていく。神の出現だ、妖怪達は涙を流しながら彼女を見つめる。
「……私が不在だったばっかりに、皆さんには苦痛を与えてしまったようで。本当に謝罪し足りないです、ごめんなさい」
戦乙女に謝られては皆恐怖に慄くしかない、手を離して互いにがっちりと抱き合い、先程の険悪なムードは何処へやら親密さをアピールし始めてしまった。
恐るべし、カリスマ。
私には無理だ、懸命に説得を試みたがやはり本物には敵わない。
「深緋!」
「母様!? 母様!」
引き攣った笑みのような気もするが、西軍東軍関係なく笑い合い始めると深緋を呼ぶ声が聴こえる。長い金髪を揺らめかせ、猫耳の美女が立っていた。
この人が、深緋のお母さんか!
瞳を潤ませて走ってくると、思い切り深緋を抱き締めている。
「あぁ、ごめんなさいね! 寂しかったでしょう!? ……もう大丈夫よね、戦乙女様がいるものね! これからは一緒にいられるのよね!」
「……母様、僕の事嫌いではないですか? 足手纏いではないのですか?」
そんなわけないでしょう深緋、戦の世界は終わったのだから。家族が離れる必要はなくなったの。
「蒲公英!」
「う、うぁ、母様」
気付けば蒲公英もお母さんと再会している、戸惑いがちに手を伸ばした蒲公英に、細身で銀髪のこれまた美女が抱きついていた。
流石イケメンの母親だ、美形揃いである。私の居心地が非常に悪い。
「ふ、これで安心だねぇ。戦乙女様の代役など務められないよぉ」
「くくっ、けれどアンタと共にいるのは愉しそうだと思ったがね」
桜鼠と潤朱が笑い合っていた、巨大な身体つきが煙に掻き消える様に徐々に小さくなっていく様を目の当たりにした私は、盛大な悲鳴を上げたくとも上げられない。
ツインテールの美少女と、緩やかウェーブの美女が親しげに寄り添っていた。二人共瞳はキリリと鋭いが、小顔で髪も艶やか、胸がボインで腰が細く足が合成じゃないかと思える程長い。……なんだあれは。まさか、戦闘の為に姿を大きく見せていただけで、あれが真実の姿なのだろうか。というか、どっちがどっちか解らない変貌なのだが。
しかしあれならば納得出来る、彼女達がカリスマだということが。他の女戦士たちも美人だが、一際目立っている。
この世界は変だと思っていた、驚きの連続だったが顎が外れる程口を開いたのはこの件だろう。
妖怪達は美形前提なのだろうか、人間の私は……みすぼらしい。
「うららのほうが美人だよ」
何時の間にか隣に来ていた朽葉のその言葉を聞き流し、外れそうな顎を必死で押し戻した。あぁ、びっくりした。
「……お前、もしかして私の子?」
羽音がして振り返ると、小柄な美少女が不安そうに私達を見つめていた。その羽根は何処かで見たことがある、雀の模様だ。ポニーテールにツバキを一輪刺し、忍者のような衣服のその美少女を、唖然と朽葉は見返した。
お母さんだろう、解るのだろう。
「オレの母親は、うららだっ」
「その声……私の子よね? その方に育てていただいたのね? ……ごめんね、ごめんねぇ!」
狼狽し、後退りしている朽葉の背を強く押した。必死に抵抗し、泣いているお母さんから逃げようとしているが私がそうはさせない。
「いきなさい、朽葉。棄てられたかもしれない、けれど本当は棄てたくなかったのよ。赦してあげて、そんな世界で仕方なくとっただけだったの」
「そんな、今更!? オレはうららに育てて貰って救われて」
「お母さんに抱き締めて貰いなさい!」
思い切り突き飛ばした、よろけた朽葉を助けるように抱き締めたお母さんは号泣しながら謝罪している。抱き締められたら落ち着いたようで、朽葉は抵抗しなかった。
……よかった、愛情は皆持っていた。我が子を愛さない親など、きっといないのだ。
いて欲しくない。
京紫に月白、花緑青は三人で固まって何かを話している、今後の方針だろうか。
私は、そっとその輪を抜け出した。
皆の母親は見つかったのだ、私の役目は終わったのだろう。見ていたら、涙が出てきた。上手く会話出来なさそうだったから、離れるしかなかった。私は人間だ、もう直ぐ保育士になるのだ、帰りたい、帰らねば。
私が居なくても、皆は幸せだ。私は何も出来なかったけれど、望んだ以上の結末を迎えられた。
留まりたくなってしまう前に、戻らねば!
無我夢中で走り出していた、皆と過ごした場所へと走った。焚き火がまだ燃えている、食事していた鍋が置いてある。見ていたら、皆が見えて微笑んだ気がして。
私は泣きながらリュックを持ち上げると鳥居をくぐり抜ける、大木の前へと走っていた。
あぁ、よかったね、って。
みんなに言いたかったのに、言えなかった。だって、言ったら私は帰りたくなくなってしまう。居場所などないのに、皆と離れたくないと思ってしまった。
リュックを背負って、俯きながら財布から夢中で小銭を取り出した私は。
「お願い、元の場所に返して!」
叫んで、目の前の大木に小銭をぶちまけていた。
遅くなりました、次回で完結になります。
長い間お付き合い戴き、そして更新頻度にばらつきがあり申し訳ありませんでした。
あと一話だけ、お付き合いくださればと思います。
お読み戴きありがとうございました。




