たたかう母様! 1
「私を見て、私は東軍でも西軍でもない。戦士ではないの」
何度か舌を噛んだ、桜鼠の後方にいる女戦士達が含み笑いをしているが気にしてはいけない。震える腕を差し出し、手首を見せる。
私は人間だ、この世界の者ではない。
「そんな私と共に居るこの妖怪達を見逃して、彼らは戦士ではない。異界からやって来てしまった私を還そうとしてくれている。そんな役割を担っているわ」
口から出任せを言った、なんとかして助けなければと思った。彼らは役立たずなどではない、私と語り、傍にいてくれた。
「……成程、アンタの世話係だと。とすればアンタさえいなければ不要な者達になるねぇ?」
私を見据えるその瞳に一瞬怖気づいた、だがこの妖怪は話せば解る気がする。値踏みするように私を見ている、先程から私は恐怖で歯が鳴っているが気丈に振る舞った。
「出来ない。貴女は私を消すことが出来ない」
声を絞り出し、握った掌に爪を立てて口元に笑みを浮かべる。意外そうに眉を動かした桜鼠に、私は確信を持った。
「貴女は高潔な戦士だから。無抵抗で戦とはなんの関係もない私を消すことなど出来ない、それは貴女自身が赦さないはず。……きっと、そういう女性だわ」
腕を組み、私の話に耳を傾けている姿は凛としている。説得するしか方法はない、力では勝てないのだから。
「一つ訊きたかった。……どうして争っているの? 戦乙女がいなくなって不和になったとは聴いたけれど、そんな些細なきっかけで? 貴女達は賢そうだから、本当は理解しているのではないの? 無意味な争いだ、って」
女戦士の一人が武器を構える音がした、思わず身体を引き攣らせたけれど、額に嫌な汗を浮かべながらも私は微笑む。心理戦というか、耐久戦というか。少しでも気を抜けば私が負ける。
「何故戦うの、戦乙女が不在ならば新たな戦乙女をつくれば良い! 不毛な争いはもう止めて」
桜鼠が女戦士を制し、感情を露にしないまま私に応じてくれた。
「さぁ、なんだろうねぇ。そういうものだと受け入れてきたから、今更ねぇ。戦乙女様が戻られたら、状況は変わるかもしれないが」
瞳を細めて見つめる、今の口調は『変わりたい』もしくは『変えたい』と思っているにとれた。現状に僅かでも疑問がある気がする。
「……戻らなくても変えれば良いのに」
決め事だから。ただそれだけで起きている争いなど、いらない。
「貴女なら出来るでしょう、皆に慕われているもの。きっと中心人物としてまとめていける人だわ、私の話も今こうして聴いてくれている。戦乙女のこと、私は知らない。けれど、思うの。不在なのは何か試練を与えたのだと、その試練を乗り越えるためには西軍東軍が手を取り合っていかねばならないのではないか、と。手を取り合って仲良くやっていくことが大事なのではないの?」
「……あたいは弓の名手、他の姉妹達は見限られ親の期待を一心に受けて育ったあたいがこうして生きている。私の為に死んでしまったと言っても過言ではない、見たこともない姉妹達の為にも戦士として生きねばならないねぇ」
「貴女の子供が、友達が、そんな辛い思いをしなくても良いように変えていきましょう。戦乙女が居た時と同じ状態のまま過ごせていたら、桜鼠だって姉妹で一緒にいられたのよ。戦いさえ止めれば」
思うのだ、誰も疑問を投げかけなかったら続いてしまったのではないかと。
「色々問題は出てくるだろうけれど、兄弟を殺すよりも簡単なことだと思う。お願い、桜鼠。どうか東軍をまとめて西軍と話し合う場を設けてください、お願いします!」
深く頭を下げた、大丈夫だと信じる。戦闘が好きなだけの人ではない。私には、こんなことくらいしか出来ない、これ以外に出来ることなどない。
どのくらいの時間が経過しただろう、遠くなっていく足音が聞こえたので慌てて顔を上げる。退散してくれることはありがたいが、それでは何も進まない。
「待って、さ」
「こちらはあたいが責任持ってまとめよう、そっちも言ったからにはきちんと頭数揃えるんだね。二回太陽が沈み上がったら、西軍東軍の境にある切り株の前で」
「桜鼠! ありがとう!」
思った以上に話が解る人だった、去っていく姿を涙目で見つめる。助かったのだ、そして希望が出来た。
吹き飛ばされた皆は無事だろうか、一目散で駆け寄ると一人ずつ抱き起こす。息はあるし、致命傷でもないらしい。皆無事なようだ。目立った外傷はないので脳震盪を起こしている程度だろう。
運んで寝かせて、名前を呼び続ける。
皆口々に私に詫びているが、何故詫びるのだろう。私は、何処も怪我していない。感謝すべきは聞き入れてくれた桜鼠だ。
「聴いていた? 二日後に東軍と会合がある、それまでに人を集めないと。それは月白が適任だよね、京紫に花緑青も手伝えばよい。力がないものが虐げられる世界は終わる、母親と離れる事も無くなる、誰もが生きる権利を持つ世界になる」
力なく京紫が口を開いた、話す元気があるなら十分だ。
「すまない、みょうちきりん。危険な目に遭わせてしまった、怖かったろう?」
大丈夫なのに、心配性だ。
「怖い目に遭わせてしまったね、飛ぶことしか脳が無くてごめんよ、うらら」
花緑青まで謝罪してきた、だから平気だと何度も。
「母様、大きいあちきは嫌いでしょうか。小さい姿のほうがよろしければ、すぐにでも戻ります……コン」
「今は休んで。元気になったら戻ってもよいけど、私はどちらでも構わないよ。でも、小さいほうが撫でやすいかな」
「……嫌いにならないでいただきたいです、ココン。嘘をついていてごめんなさい」
まったく、見た目など気にしないのに。確かに私と同じ位の青年になると、抱きつかれても困るが。嫌悪などしない、唇を噛み締めて泣きそうな蒲公英の額にそっと触れて撫でる。どう見ても立派なイケメンだ、髪長いし、お人形さんみたいだ。
「母様は、素敵です。東軍と会話するなんて、そして理解してもらえるなんて。やっぱり、僕達とは違うのですね」
深緋の頬に触れると、嬉しそうに微笑む。触れた指を掴んで、離そうとしない。
「ごめんよ、うらら。愛する雌を危険な目に逢わせるなんて、死ぬしかないよな」
「朽葉は大人しく寝ていなさい、急いで大人になっても良い事ないと思う……けど、そういう種族なのかな。ところで、飛べないの? 翼はあるのに?」
「……何度か飛ぼうとしたけど、無理だった。折れているから、かっこ悪いなぁ、また、助けてもらった。何も出来ない」
まさか地面に放り出されていたから、骨折でもしているのだろうか。元気そうだったからご飯しか食べさせなかったけれど、しっかり診るべきだったろうか。
「生きていれば。生きていれば良いから、今は眠って。疲れたでしょう、怖かったでしょう?」
頭をなで続けると、困惑気味に顔を顰めたがそれでもすぐに眠ってしまった。やはりまだ子供なのだろう、見た目はデカいが。
「月白、勝手なことしてごめんなさい。なんとか西軍もまとめて会合に参加してもらえないかな、賢い貴方だもの、疑問だったでしょう? この機会に全員で思いをぶちまけてしまおう」
「やれやれ、不思議な娘だと思えば。……礼を言おう、うらら。まさか東軍の戦士と対等に会話出来るとは思っていなかった、それこそ、何もないと言っていた君に与えられていたものだよ。唯一無二の能力だ」
「大袈裟な」
口の端に笑みを浮かべ、閉じていた瞳を開く。長い髪が地面を彩る、水に漂っているようで、本当に幻想的だ。
「その、うららの心が……ここにいる皆にとって何よりの安らぎで愛おしいものなのだろう。謙虚だが、言いたいことは言う、自分の思いは曲げずに伝える。そして他人を心配する……それを“普通だ”と言える心が、何よりの力」
そう言われると照れるな。
「任せなさい、うららが作ってくれたまたとない機会だ。無事に成功させてみせよう」
太陽が二回沈んで上がったら、切り株で。
霊力の為か、皆より早く回復した月白が話をまとめてくれたようで当日を待つだけになったのだが。
それまで私は、この傷ついた妖怪達の為に食事を作り食べさせて、訊ねてきた西軍達と会話した。私の事が噂になっているらしい、恥ずかしい。やはり疑問に思っていた妖怪達が多かった、私と何も変わらない。安堵した。
それは目まぐるしい時間で、あっという間に太陽は回る。
なんとか歩けるようになった皆を連れて、待ち合わせの場所へと向かった。最悪の事態に備えて武装している戦士もいたが、説得して武器は置いていくことにした。
話し合い、なのだからそんな物騒なものはあってはいけない。文句を言う人もいたが、私は断固として引かなかった。負けて入られない、武器はもう不必要だと理解してもらわねば。渋々了承して貰えて、本当によかった。
東軍も武器を所持している戦士は一人もいなかった、恐らくは桜鼠の計らいだろう。
物々しい雰囲気の中、ついに始まった会合。何もない荒野に、東軍西軍が座り込んで向かい合っている。桜鼠と潤朱が司会をしてくれるようだ、二人共緊張した面持ちだが皆に信頼されている二人だし、大丈夫だろう。彼女達の言葉なら素直に聞いてくれそうだ。
最初は静かに、停戦の言葉が口から出た。望んでいる妖怪は多いだろうが、半信半疑らしい。『こちらは望んでも、あちらが卑怯な方法で不意打ちをしてこないだろうか』
哀しいことだが、信じられないのだろう。確かに今まで争っていたのだから、素直に手を取り合うことは難しいかもしれない。しかし、これを乗り越えなければ。
一人が呟き、一人が呟き、口論になる。あぁ、収集がつかなくなってきた!
「どうしよう、月白。このままだと」
「うらら、君に頼って申し訳ないが言葉をかけていただけないだろうか」
……えぇー、大役。
背中を押されて前へ足を踏み出した私を、皆が不安そうに見つめている。痛いほどに視線が注がれる、こういうの苦手だ。
しかし、注目を集めてしまった以上やるしかない。
「あ、あのー西軍東軍に分かれる前はみんな同じだったような気がするので、えーっと、この際手首の模様を隠して生きていきませんか? 自分がどの軍だったか話さない。隔たりを手っ取り早く取っ払ってしまってはいかがでしょ」
怒涛のブーイングに私は尻込みする、あぁ、怒っていらっしゃる。……もしかして火に油を注いでしまったのだろうか、失敗した。
お読み戴きありがとうございました、旅行に行くので次の更新が4か5になりそうです。
どちらかで完結します。
イラストが間に合わない予感、見つけたらまた立ち寄ってくださいませ(^^)




