朽葉4
「ありがとう、母様……いや、うらら。愛しているよ、生涯君を護り抜くよ」
……誰? 今の声は誰?
夢の中で、私はそんな声を聴いた。手を伸ばしてみるが、その人物は軽く微笑んで消えてしまった。今の、誰?
「おはよう、みょうちきりん。か、変わらず良い匂いがする」
「おはよう! うらら、よく眠れたかい? 観てごらん美しい朝だよ」
「おはようございます、母様。朝の入浴になさいますか?」
「おはようございますですコン、母様。一緒に湯浴みをしましょうですココン」
「ぴ……ぴ、ぴはぴよ」
考える間もなく、現実に引き戻される。重たい瞼を必死にこじ開けて見れば、私を取り囲んで妖怪の皆さんが覗き込んでいた。性格はともかくとして、皆美形揃いだ。圧巻である。流石に恥ずかしくて、顔を背けた。
「おはよう。……温泉に浸かって来るから、邪魔しないでね。蒲公英と深緋は一緒に来ても大丈夫、おいで。京紫と花緑青は、ここにいて朽葉のお世話をしていてね、焚き火にお芋を入れて焼くの。朝御飯はみんなでそれを食べましょう」
気だるく起き上がり、額を押さえながら指示を出す。不本意そうな声を出した変態二人はさておき、愛らしいもふもふを連れて私は温泉へ出向いた。
滾々と湧き出ている温泉は、つねに新鮮だ。源泉かけ流しである、優雅だ。はしゃいで飛び込んだ二人の後から、ゆっくり冷えた爪先を沈めた。
ふぅ、落ち着く。やはり日本人は温泉に限る。これがなかったら、私は挫けていただろうなぁ。大きく腕を空へと伸ばし、瞳を静かに閉じた。
先程の声が気になる。元彼でもないだろうし、何故突然あんな夢を見たのだろうか。
聴いた事があるような、ないような声だった。地球ならば、直様夢占いで検索をかけるのだが、生憎そのようなものここでは使えない。
ただの夢、にしては妙に胸がざわついている。
入浴後、焼き芋が出来ている筈の焚き火へ向かうと、京紫が朽葉にご飯を与えていた。言われた事は護れるようだ、少し安心した。
最初は会話が噛みあわずにどうなることかと思っていたが、そういうわけでもないらしい。変な部分はあるが、素直なのだろう。
「ぴ、ぴぴ、ぴか、ぴりなさぴ」
……朽葉が会話可能になりつつあることに気がつき、思わず私は抱き締めようと腕を伸ばした。京紫の足の上でご飯を食べていた朽葉は、私と視線が合うと屈託のない顔で無邪気に笑う。
言葉を失った。
急に大きくなっている、どういうことだろう。いきなり巨大化したのだ、あんなに小さかったのに普通に人間の赤ちゃんサイズになっていた。
待て。
寝る前はタオルに隠れるくらいだった筈だ、もうタオルでは包む事が出来ない。
絶句したまま大口を開いて見ていると、不思議そうに首を傾げる。
「ぴいも、美味しい」
……お芋、美味しいと言ったのだろうか! 成長速度が異常である。
「もしかして、驚いている? 夜雀はこんな感じだ、他種族よりも成長速度が速いから、戦士としては重宝される」
京紫が教えてくれた、余程変な顔で見ていたのだろうな。「そ、そうなの」私は絞り出した声でそれだけ告げると、木の枝でかき回し、突き刺して取ってくれた焼き芋を花緑青から受け取った。
手の上で転がしながら、息を吹きかけ熱々のお芋の皮をむく。サツマイモに見えるが、中身も黄色いので恐らくサツマイモだろう。お腹が膨れる優秀な食材だ。湯気と共に甘い香りが立ち昇り、思わず私は直様齧りつく。
齧りながら、横目で朽葉を見つめた。こちらを見ていたので、目が合った。
こうして京紫の膝に座っていると、父子にしか見えない。懸命にお芋を口に運ぶ姿は、見ていて微笑ましい。
「楽しそうであるな、好き事好き事」
「月白様!」
いつ来たのだろうか、月白までこの場にいた。相変わらず豪華絢爛な衣装を身にまとって、白檀の香る扇で顔を隠している。瞳は見えているけれど、高貴な雰囲気が漂う。その場の空気も一転した、やはり緊張する人物のようだ。皆、身体を強張らせている。やはり霊力だかが高いと、そうなるものなのだろうか。私には全く解らないが。
「おはよう、月白。二人から聞いたけれど、貴方偉い人なのでしょう? ここへ来ても大丈夫なの?」
そんな私の質問など無視して、月白は細い瞳を更に細めると皆を見渡した。扇で顔が隠れているので、上手く表情が汲み取れない。
緊張している蒲公英と深緋を背に隠しつつ、私も気を抜けないので威嚇気味に睨みつける。
「警戒しないでおくれ、大丈夫。……面白いと思うてな、うららが来た頃だろうか水がざわめいておった。今もそれ」
月白が瞳を閉じると、地面が軽く揺れた。小さく悲鳴を上げた私を支えに走ってきた京紫と花緑青の腕を思わず掴み、軽度の地震を体感する。
「水脈が、妙に騒がしい。面白い現象よ」
私のせいなのだろうか、月白はそう言っているのだろうか。
お読み戴きありがとうございました、年内で完結です。
あと三日、毎日更新(予定)です。
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