朽葉2
ニコニコと、気味が悪い笑みを浮かべている変態二人はさておき、食料がなくなってきた。なんとかせねば。
私はリュックを漁った、使えるものは使ってしまおう。マッチを取り出すと、鳴いている朽葉の頭をそっと撫でる。
小さいけれど、今が一番大事な時だろう。栄養のあるものを食べさせてあげないと、大きくなれない気がする。
私は、遠慮がちに見つめてくる京紫と、爽やかな笑みを浮かべている花緑青を交互に見つめると、咳を一つマッチを二人に見せた。
箱に入っている、なんの変哲もないただのマッチである。何かの為にとって置こうかとも思ったが、火は目の前の焚き火があるからどうにかなりそうなので、売ることにした。私が店に出向いて交渉しても良いが、人間の私が好印象を与えられるかが問題だ。重要な役だが、この変態二人に任せてみよう。
飴一粒で大きなおにぎりと交換できたのなら、マッチ一箱で相当のものが手に入りそうだ。と、獲らぬ狸の皮算用をしてみる。
「よく見てて。箱の中に、こういう棒が入っています。箱はこうやってスライド……えっと、滑らせて開けます。棒を一本取り出して、箱の側面にザラザラする箇所があるから、そこに棒の先、赤く膨れた部分を押付けて一気に擦ります」
「単語が卑猥な気がする、ワシ春画集で見た」
「黙れ」
春画集ってなんだ、エロ本のことか。この世界にもそういうものがあるのか、やはり変態だ。気を取り直して。
「……一気に擦ります、するとほら! 火がつきます」
シュッ、と音を立てて、マッチに火が灯る。普通の光景だが、その場に居た全員が感嘆の悲鳴を上げた。
「な、なんと! みょうちきりんは火使いだったのかっ! 小さく頼りないが、紛れもない火!」
「感動した、うららは万能だ!」
「母様、こんな能力をお持ちでしたか! 僕感動ですっ」
「ココン! 一瞬にして火が灯ったコン! 狐火みたいだコン」
「ぴぴーい!」
よし、反応は上々だ。マッチを京紫に手渡し、使い方を再度説明する。
「これを、大量の食料と交換してきてほしいの。出来れば長期保存が可能な物とね、鍋とかあるとありがたい。大役を任せる、京紫、花緑青、二人を見込んで任せるのだからね」
使い方を間違えないが不安だが、手取り足取り教え込んだ。マッチを一本使うと、それだけ価値が減る。その場で実践してもらうので、この場では擦らせなかった。
「みょうちきりん、ワシらを信じてこれを託すのか。妖力の源である、この摩訶不思議な箱を」
摩訶不思議というか、元の世界に戻ればカフェとか居酒屋とかどこでも無料で貰える物なのだけれどね。
神妙な顔つきで頷いた二人に、思わず釣られて頷いてしまう。
「良い? 相手が雌かどうかしらないけれど、ホイホイ言う事を聞いては駄目、チラつかせるの」
「む、むぅ、解った。難しいが全力を尽くそう」
些か不安だが、マッチを持った二人は飛んで行った。よし、これで食料はどうにか確保出来るだろう。上手く交渉出来ると良いのだが、信じるしかない。
残り物を朽葉に与え続けると、なんだか重くていよいよ片手では持てなくなってしまった。……成長が早すぎやしないか、こんなものなのだろうか。重いので、タオルの上に乗せて地面に置いてご飯を与える。
付きっきりになってしまって、つまらなそうにしている蒲公英と深緋には申し訳ないが……。食べ続けているので手が離せないのだ。しかし、哀しそうに俯いている二人を見るとなんとかしてあげたい。
手は塞がっているが、口は動くので歌うことにした。童謡を歌うと、二人は嬉しそうに耳をぴくぴくと動かし、立ち上がって踊り出す。
これくらいしか出来ないが、声が嗄れるまで私は歌い続けた。何か楽器があればよかった、そんなもの持ち歩かないけれども。
そして陽が暮れて、夜になった。
変態二人が戻らないので空腹で声が出なくなってしまった頃、可愛い二人も疲れて座り込んでしまった頃。
ようやく変態達が戻ってくる、嬉しくて思わず私は立ち上がると手を大きく振った。
「すまない、暗くて位置が解らなくて。焚き火の香りを頼りに帰ってきた。た、ただいま、みょうちきりん」
「遅くなってごめんね、うらら。頑張ってきたよ」
焚き火近くに舞い降りてきた二人は、直様謝罪してくれた。素直で嬉しい、思わず手を差し伸べる。疲労感たっぷりな表情が気になるが。
「おかえりなさい、京紫、花緑青。無事でよかった、それで成果は?」
二人の沈んでいた顔が、突如明るくなった。小刻みに震えながら、差し出した手に掴まってくる。冷たい手に驚いたが、手から徐々に腕を伝ってきたことに硬直した。
抱き締められそうなくらいに近寄られたが、二人の肩がぶつかりあって抱きしめられないようだ。
「た、ただいま、みょうちきりん! も、もう一度”おかえりなさい京紫”と言ってくれ」
「ただいま、うらら。君の事を想って帰ってきたよ、ただいまただいま!」
……なんだか気味が悪いので、引き攣った笑みで二人を振り払うと、地面にあった交渉物に目を走らせる。
しょんぼりと悲痛な溜息が零れていたが、腹が減ったのだ。
大きな布に包まれたそれを開くと、野菜や米が出てきた。素晴らしい!
思わず歓声を上げ、目の前のご馳走に感謝しつつ二人に抱きつく。
「ありがとう、京紫、花緑青! 素敵よ、落ち零れではないよ。さぁ、食事にしましょう!」
細い腰つき、まぁそれはともかくとして早速準備だ。
嬉しそうに食料を眺めている蒲公英と深緋の頭を撫でながら、何を作ろうか思案する。
鍋まで貰ってきたようだ、とりあえず手早くお粥にしようか。たっぷりのお水にご飯を入れて、茸を入れて煮込む。何か解らないけれどほうれん草みたいな青菜も、千切って入れてみよう。味付けは……岩塩らしきものがあるから、これで。素晴らしい!
煮込みながら、鍋を囲んでいる私達を尻目に変態二人が言い争いをしていた。
「ワシの名を先に呼んだ、ワシが気に入られている」
「何言ってんの、俺のほうだよ。そもそも京紫はうららのこと名前で呼んでいないだろ。絶対に嫌っているよ」
「し、しかし、みょうちきりんは良い香りがして、温かくて、なんだかこう、ぼうっとするな、はふん」
「う、うんそうだね、うららは柔らかくて、不思議な香りがして眩暈がしそうになるよね、ぇふん」
……気味が悪いな、食事抜きにしておこうか。
お読み戴きありがとうございました、明日の更新が出来るように頑張りたいと思っているところです(白目)。




