朽葉1
金の屏風、貝殻で作られた繊細な花々、一風変わった陶磁器に、深紅の絨毯。桃源郷の様な捕らわれの館の奥にひっそりと佇む、優美な妖怪……というか河童。女性のような細い身体で、一日に何人かの女性を相手するという。綺麗な長い髪だった、艶やかで。肌も嫉妬するくらい滑らかだったし、あの男がこう、絡み合っているシーンを想像すると……なんともまぁ、卑猥ではなくて一枚の絵画の様にも思える。
ここまで言うと、妙に耽美な世界だ、河童だけれども。
しかし、色々と疑問が浮かぶ。
「ねぇ、種族が違っても大丈夫なの? 月白は河童でしょう? 河童以外と交わった場合、子供ってどうなるの」
異端児とか産まれないものなのか。
「どちらかの親の種族に産まれ出るから、問題はない。河童になるか、交わった雌の妖怪になるのか。ただ、優秀な親同士だから能力値は計り知れない」
そういうものなのか、子を成す、という昨日は異種族間でも働くものらしい。てっきり河童なら河童しか駄目なのかと思ったが、違うようだ。
しかし、そうなるとまさか、深緋と蒲公英のお母さん達も月白と交わることになるのだろうか? 二人の親も優秀な戦士ならば、その可能性がある。
それから気になっていたのだが、私が知っている女戦士というと例の二人である。あの、豪傑達だ。
「あの……月白潰れたりしない? 桜鼠や潤朱みたいな人達を相手にしているの?」
そうだった、先程の想像を変更しなければならない。
金の屏風、貝殻で作られた繊細な花々、一風変わった陶磁器に、深紅の絨毯。桃源郷の様な捕らわれの館の奥にひっそりと佇む、優美な妖怪……というか河童。女性のような細い身体で、一日に何人かの自分の十倍もありそうな豪腕女性を相手するという。綺麗な長い髪だった、艶やかで。肌も嫉妬するくらい滑らかだったし、あの男がこう、絡み合って……。
否。
『アーハッハッハッハ! もっと腰を振れぃ月白ぉ! そんな女々しい腰使いでは、あたしらを満足させられないよぉぉぉ!』
絡み合って、ではなく、もみくちゃにされて、圧し掛かられて、四肢が引き千切られそうなくらいに取り合いになっていて、そう、まるで幼子が可愛い衣服を着たお人形を振り回して遊んでいるかのように、ヒィィィィ!
思わず口元を押さえる、想像したら怖くなった。どうやらこちらが当たりである気がする、そんなことをしていたら月白の精は搾り取られて、やつれて死んでしまうのではないだろうか。
体力持たないだろう、どう考えても。
「落ち着け、みょうちきりん。何を想像したのか知らないが、桜鼠や潤朱のような雌は稀だ。みょうちきりんまで貧相ではないが、もっと小柄で魅惑的な雌も多々いる」
鼻につく言い方だが、そういうことらしい。私は月白が心配になっていた、絶対嫌気が差していると思う。そういう世界であり、自分の置かれている現状を受け入れていたとしても、心は抗っている筈だ。
戦士として生き、引退したら自由に動けない籠の中の鳥だなんて。
「京紫と花緑青は……そんな状態だとしたら嬉しいものなの? 私がその立場だったら絶対に嫌なのだけれど。この世界の妖怪達は、それで良いの?」
少し間があってから、二人は顔を見合わせていた。意味深にこちらを同時に見つめられ、少し胸が弾んだ気がする私に気付いているのか、いないのか。
「以前は、羨ましいと思っていたよ。母に愛され、母と共に戦地に出向き、様々な贈り物を受け取り。食にも困らず、暖かな場所で綺麗な衣服を身に纏い、死に掛けていた俺らに手を差し伸べられるような、余裕のある大妖怪。それに雌と交わる特権を持っている」
「うむ、雌と交われるとは羨ましい。天にも昇る快楽を得られると聞いた、ワシも交わりたい」
「うん、俺も雌と交わりたい!」
……げんなりした、何故先程こやつらの視線にときめいてしまったのか疑問を感じる。ただのエロ妖怪達ではないか、所詮は煩悩が勝るのか。
「けれども、最近は嫌かもな、と思うようになったよ。どのみち俺らは月白様と違い落ち零れだから、雌と交わる機会など一生ないけれども。子孫など残してはならないけれども、こうして不自由もあるけれど好き勝手生きているから、こちらのほうが楽しいのかもしれない」
「うむ、こんなワシらと交わろうとする雌などおらぬし。子が産まれたら産まれたで、苦しい思いをすることになろう。だから、これで良いのだ。ワシは何故生かされたのか、時折月白様を恨む事もあった。雌からは冷ややかな視線で見られ、衣服や食料も簡単には手に入らぬ。けれども、今は少し違うのだ、なんというか、たの、しい」
穏やかに微笑んだ二人に、少し安堵した。あぁ、そうか。世界が違っていた、”交わりたい”という言葉も意味合いが違うのだ。
私の世界の様に、快楽を求め交わることなど、この世界では存在しないのだろう。子孫を残す為に交わる、それしかないのか。
けれど、何処かに。何処かにこの世界を疎んで、優秀な子を残すという意味合いではなく、愛する人の子を産む為に生きている妖怪がいると信じたい。
朽葉が鳴くので、ご飯をあげながら、寄り添っている蒲公英と深緋を撫でる。撫でると二人共うっとりと瞳を細める。
可愛いけれど、この子達も過酷な経験をしてきた。母親に見捨てられる、という辛くて笑えなくなるような痛ましい思いを乗り越えて、それでも明るく私と共に居てくれる。
私には、術がない。こういう世界なのでどうしようもないのだろうが、せめて関わったこの子達だけは、どうにかしたい。
けれども、いつかは元の世界へ帰りたいのも事実だ。そうなった時、この子達はどうなるのだろう。置いて、帰ることが出来るのだろうか。
「みょうちきりんといると、楽しい気がする」
「俺もそんな気がする」
「母様といると、幸せです」
「とても穏やかな気分になれるのですコン」
「ぴーぃ!」
……嬉しいけれど、どうしたら良いのだろう。ついでに、変態二人はいつからそんな感情を抱いたのか。




