月白3
「愉しみにしています、最近は面白い事がなかったから良い退屈しのぎになると思いまして。……京紫と花緑青を“救った”というのは適切ではありませんよ、全ては私の退屈しのぎですから。気紛れです、哀れんで手を差し伸べたわけではありません。この世に産まれてはならなかった、非力な者の運命を少しだけ、変えてみたかったのです。淘汰されずに済むのか、それとも、運命は決められたものなのか」
私は、この妖怪が好きではない。全ては自分の興味本位で二人を助けた、と言っているのだろうか。聴きながら、妙に冷静になっている自分がいた。
産まれてくる者に意味がないわけがない、証明したいし反論したいが、今の私には何も言えない。悔しいが、唇を噛んで月白を睨みつけるという精一杯の抵抗をしてみる。
情けない。
「では、御機嫌よう」
「さようなら、月白。私にはここの妖怪達のこと、あまり理解出来ないわ。理解したいとも思わないけれど。だから、私は私の考えのまま行動させて頂きます」
「……成程、花緑青の言う通り面白い雌ですね」
私に視線を投げかけたまま、月白は左手を花緑青に差し出した。右手を京紫に差し出せば、二人が敬いながらその手を取り空中へと浮かび上がる。
河童だから空を飛ぶことは出来ないのか、二人に支えられないと駄目らしい。
浮かんでいる月白は、長い髪をなびかせて煌びやかな衣を風に揺らして、神秘的な妖怪に見えた。美しすぎて、怖い妖怪。一番摑めない、妖怪だった。もう会う事はないだろうが。
飛び去っていった妖怪達を見送ると、私は朽葉にご飯を与えることにする。お米はまだ残っている、ぴぃぴぃと鳴いているのでそっと持ち上げて口元に運び始めた。
夢中で食べている姿を見つめると安堵する、よかった元気そうだ。私の掌から今にも落下しそうな朽葉、ずっしりと重い。
そう、重い。
……おかしい、昨夜はこんなに重くなかった気がするのだが。こんなに大きくもなかった気がするのだが、気のせいだろうか。
首を傾げて見つめていると、背の翼を開こうとしているのだろうか、動いている。頼りないがゆっくりと開いたその翼は、私の掌から飛び出していた。
……昨夜見た時は翼らしきものが背にあっただけだ、気のせいだろうか。こんなに立派な翼だったろうか?
「ぴぃ」
「朽葉、もっとお食べ。大きくおなり、負けては駄目。変な妖怪達が先程妙なこと言っていたけれど、産まれて来たことに意味がない命などないのだから」
そう言うと、掌にいる朽葉が首を持ち上げてにこり、と笑った。
釣られて私も笑った、可愛い子だ。目が大きくて丸くて、堪らない!
……ん? 目が開いている! 何時の間に!?
「わぁ、この子母様を認識していますよ!」
「よかった、元気だコン!」
尻尾を振りながら朽葉を覗き込んできた深緋と蒲公英は、疑問に思わないのだろうか。
成長、早すぎやしないか? 妖怪とはこんなものなのだろうか? 不思議そうに見つめている私を、下から朽葉が嬉しそうに見つめていた。
さて、今日は何をしようか。何をする、というか食料確保が最優先なわけだが。朽葉を連れて食料を探し、焚き火で食べる。一日三食、おやつ付き……だった生活など遠い昔。決まった時間に食べる事もなく、自分の現状に溜息を吐きつつも辛くはなかった。
辛いと言えば辛いのだが、私の傍には可愛らしい子がいる。彼らが私を癒し、勇気付けてくれている。この子達の為にも弱音を吐いている暇はない。
それに、何故か京紫と花緑青が一日数回、訪れて来た。
「こんなところで会うとは奇遇だな、みょうちきりん」
「何を言っているの、さっきから後をつけてきていたでしょう。バレバレよ、羽音がしているもの」
「うむぅ、そんなわけがないだろう。昼寝をしていた」
何が昼寝だろうか、上空を睨みつけたらようやく降りてきたくせに。
「やぁうらら、奇遇だね!」
「何を言っているの、さっきから後をつけてきていたでしょう。バレバレよ、羽音がしているもの。今京紫に言ったばかりだけれど」
「えぇ、おかしいなぁ。昼寝をしていただけなのに」
もう少し気の効いた嘘をつけないものだろうか、二人揃って飛んでいたのに。
無視して、森で収穫した茸を持ち帰る。毒キノコが怖いが、利巧な深緋と蒲公英が選り分けしてくれたので安心だ。
焚き火に戻ると、水で洗ってから木の枝に茸を刺して焚き火にくべる。木が燃えないように、茸に火が通るように。豊潤な香りが漂い始めると、腹の虫が情けなく鳴いた。
無視をしたがついてきてしまった京紫と花緑青に、チラリと視線を投げかけた。何故か焚き火を囲んでいる、すっかり馴染んでしまっているように思える。
「あの。月白に怒られないの? 私の事好くは思っていないでしょう」
私の疑問に、直様返答がきた。
「別に行動は制限されていない、ワシらが何をしようと月白様には関係ない」
「それに、月白様はお忙しいからね。こちらのことなど気にしないよ」
「偉そうだものね、普段は何をしているの?」
意味などないが、気になったので訊いてみた。全員の視線が私に注がれる。流石に少し、身体が引き攣った。驚いた、何か変なこと言っただろうか?
口篭りながら、京紫が何か呟いていた。全く聴こえない。
挙動不審気味な花緑青は、地面に何やら模様を書いている。
深緋と蒲公英は不安そうに私の衣服を掴み、朽葉もこちらを見て瞬きを数回している。
「どうしたのよ、答え難いの?」
「い、いや……月白様が気になるのかと思って」
ようやく聴こえた京紫の声に、思わず私は眉間に皺を寄せる。気にしてはいけないのだろうか、初めて出てきたまともではないけれどまともな妖怪だったから。色々とこの世界の事情を知っている妖怪だと、判断しただけなのだが。
「きょ、興味を持ったのかな、なんて」
「褌を投げ捨てた妖怪や、洋服を盗む妖怪よりかは気になるけれど」
しれっと言うと、二人は硬直してしまった。当たり前だ、美しい衣装を身に纏っていた河童のほうが気になる。
「そ、そうか」
「そ、そうだよね」
「なんなのよ、早く教えてよ」
小刻みに身体を震わし、何故か涙目になっている妖怪に呆れ返って私は溜息を吐く。衣服を軽く引っ張られたので蒲公英を見つめると、こちらもまた、涙目になっていた。一体どうした。
「あ、あちきのことは気になりますかコン?」
「何を言っているの、そこの二人と違って大事な子だから気にしているよ」
「よ、よかったですココン!」
どしゃぁ、と音がしたので思わずそちらを見ると京紫と花緑青が地面に倒れこんでいた。ひっくり返っている、何なの。
「母様!? ぼ、僕は! 僕は気になりますか!」
「当然でしょう、一体どうしたの」
嬉しそうに抱きついてくる二人に困惑しつつ、掌にいる朽葉に何気なく視線を送る。と、物言いたげに私を見上げていたので、思わず告げた。言っても解らないだろうが。
「朽葉のことも、ちゃんと気にしているからね、大事な子よ」
言うと、嬉しそうに羽をばたつかせている。……言葉、解るのだろうか?
急に身体がガクガクとブレる、左右の深緋と蒲公英が私を必死に揺さ振っているのだ。激しすぎて、脳が動く!
「母様!? 僕は大事ですか!」
「あちきのこと、大事ですコン!?」
揺さ振られて、舌を噛みそうなのだが!
「だ、大事に決まっているでしょうっ」
そう言うと、揺れが止まる。強い力で抱きしめてくる二人に引き攣った笑みを浮かべつつ、ひっくり返っている変な妖怪二人に蔑んだ視線を投げかけた。
「ねぇ、早く教えてよ」
「……こ、怖くて訊けない」
「大事、大事……ワシは大事だろうか」
駄目だこの妖怪達、一体どうしたのだろうか。




