深緋3
イケメンの魔力から逃れる為に、視線を逸らした。そ知らぬ顔して、朽葉、と名づけられた夜雀の雛にご飯を与え続ける。……不服な名前だ。朽ちた葉、だなんて物悲しい。もっと明るい名前をつけてあげたかった。
蒲公英と深緋は寄り添って私の手元を熱心に覗き込んでいる、可愛い二人に癒されつつ目の前の突っ立っているイケメンは放置だ。
そこへ、盛大な羽音をたてて花緑青が戻ってきた。食料だ、食料のおでましだ。
私は自分でも解るほどに目を輝かせて、花緑青ではなく、手にしていたものを見つめる。お腹が空いているのは朽葉だけではないのだ、私も空腹である。やたら大きな布に包まれた何かを持っている、何個もあるのだろうか期待できそうだ。
「うらら、おにぎりだよ」
「なんて素敵なの花緑青! ありがとう!」
世の中、食べ物の価値は計り知れない。お金があっても、通貨が違えば意味がない。今の私がその状態だ、ここでは日本円など無意味だ。食べ物がないと飢えてしまう、昔の人のように物々交換して生活しなくては。
花緑青から布に包まれたものを受け取る、ずしり、と重みが来た。当分困らないだろうが、傷んでしまう前に食べきらねばならない。早速包みを広げて、中を確認した。
「わぁ……初めて見ました!」
「お、美味しそうですコン!」
歓声を上げる二人に、満足そうに踏ん反り返る花緑青、京紫もしげしげとそれを見つめている。
確かに、私も初めて見た。美味しそう……かもしれない、だが。どうやって食べるの、これ。
包みから出来てきたのは、人の頭よりも大きなサイズのおにぎりだった。とても片手で持てるサイズではない、両手でも困難である。絶句していると、自慢げに花緑青が鼻の頭を指で擦った。
「ひれ伏してごらん、皆の衆。おにぎりさまに頭が高い! 奮発してね、握り飯屋の桶にあった全ての米を使って握ってもらったのだよ」
「高額だな」
「勿論! さぁ、みんなで食べつつ先程の不思議な物を戴こうか」
……おにぎり十個と飴を交換、と具体的に言えばよかったと後悔した。おまけに、私達だけではなく、花緑青と京紫も食べるらしい。これではすぐに無くなってしまう。
手を伸ばし、無造作におにぎりを崩そうとしたので奇声をあげてそれを制する。
私の甲高い声に驚いたのか、皆の手が止まった。朽葉がピィ、と啼いた。
冗談ではない、汚い手でべたべたと貴重なおにぎりに触れられては困る。私は朽葉を蒲公英に預けると、焚き火の傍に置いてあった竹筒の水で手を洗った。大きなおにぎりを切り崩しながら、小さめのおにぎりを一個握ると、深緋に手渡した。
おにぎりを握ることは、別に得意ではない。だが、別に苦手なわけでもない。人並みに握ることが出来る程度なのだが、感心した様子で皆は私の手元を見ている。
「みょうちきりん、お前は何者だ」
普通の短大生でしたが、何か?
「うらら魅力的だよ、軽快に握る姿はおにぎりの女神の様だ」
おにぎりの女神、と言われても嬉しくないのですが。
「母様素晴らしいです、素敵です!」
ありがとう、普通だけど。
「あちきは感動しましたコン! 不思議な手ですココン」
ありがとう、多少歪んでいるおにぎりだけれどね。
全員分握ると、私は両手を合わせた。
「いただきます」
皆を見渡すと、ぎこちなく同じ様に手を合わせて「いただきます」と言ってくれた。うん、これで良い。おにぎりに齧り付きながら、米粒を朽葉に与える。皆も首を傾げながら食べ始めた。
「みょうちきりん、何をした? 美味くするまじないでもかけたのか?」
京紫がおにぎりを見つめながら、戸惑いがちに告げる。そういった習慣がないのだろう、教えてあげようか。
「ご飯を食べる前には『いただきます』と言って、手を合わせます。これは、感謝の意味を表します。このおにぎりにしても、お米の苗を田んぼに植えて、一生懸命育てて収穫して、それを誰かが炊いて売ってくれたから、こうして目の前にあるでしょう? 関わったその人達にありがとう、って伝えるの。直接は言うことが出来ないけれどね。
それから、食べるものにも命があります。『命をいただきます、ありがとう』って、お米にも感謝します」
「米に命はないだろう」
「いいえ、お米も私達と同じ様に大きくなるでしょう? しっかりと生きているの」
言うと、皆押し黙ってしまった。何か変なことを私は言っただろうか?
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