深緋2
「離して!」
思い切り京紫を突き飛ばした、足元がよろめいて触れていた身体が離れる。身体の温もりが消えた、顔が熱くなるのを感じた私は、腕で頬やら口元やらを覆い隠すとそのまま走り出す。
あ、あぁびっくりした! まさか、褌を脱ぎ捨てるような男にときめくだなんて! 顔は良いとは思うし、細身ですらっとしていて足も長いような気がするけれど、変態なのに! まさか自分が顔を重視してしまうとは思わなかった、軽く自己嫌悪に陥ってしまった。
けれど、何故未だに胸がキドキド……ではなくてドキドキしているのだろうか。私、動揺しすぎではないだろうか。
後方で京紫がまだ何か言っていたが、無視した。
全力で森を抜けて、焚き火を見つけると安堵する。二人の可愛いもふもふ達がハンドタオルに包まれた雛を、恐る恐る覗き込んでいる。
可愛い、癒された。
私はリュックから最後の一粒であるキャラメルを取り出す、目を輝かせてこちらを見ている深緋と蒲公英には申し訳ないが、これはあげることができない。でも、飴をあげよう。
飴を手渡すと、しげしげとそれを見つめていた。キャラメルと違い、うっすらと透明の飴である。綺麗な宝石にでも見えるのだろうか、食べるように伝えると耳を大きく動かし、目を大きく開いて驚いている。
おっかなびっくり口に運んだ二人は、そっと舌の上で飴を転がしていたが、直様ふっくらとした頬が落ちそうなくらいの笑みを浮かべた。
可愛い、とても癒された。
私はキャラメルを細かく潰しながら小分けして、その一つを竹筒に入れる。そこに少量のお湯を注いで、柔らかくしてみた。
与えて良いのか判別出来ないけれど、キャラメルって結構栄養あるのではなかったか。指先につけて、雛の口元へ運ぶと直様食べてくれた。
可愛い、死ぬほど癒された。
飴を舐めながら左右で小躍りしている深緋、蒲公英、それにこの小さな雛。楽園だ。
例え目の前に、変態二人が揃っていたとしても、無視出来るレベルの楽園に私はいるのだ。視界に入れないようにしつつ、溶け気味キャラメルを夢中で雛に与え続けていた。
「みょうちきりん、先程のは」
「ねぇ、うらら。みんなに何をあげたのか知りたいな」
京紫と花緑青が話しかけてきたが、無視する。が、冷静になろう。
物々交換出来ないだろうか、飴しかないがこの世界なら珍しいだろう。宝石のような価値があるかもしれない、一か八か交渉してみようか。
私は咳をすると、飴を一粒、掌に乗せて二人に差し出した。
半透明の、綺麗な物。興味津々で二人は予想通り見つめている、これなら交渉成立出来るかもしれない。
もったいぶって、チラつかせながら二人の様子を窺う。大人が飴に夢中になるこの光景は、見ていて面白いかもしれない。オモチャを見せ付けられている子供のようだ、思わず笑いが込み上げた。
「京紫、花緑青。交換しましょう、この珍しいものと、おにぎりを。これはね、飴というの。口に含むと徐々に溶けていくの、甘い余韻を口いっぱいに残して。どう? 食べてみたいでしょう? 食べたいのならば、おにぎりを」
言うが早いか、花緑青が盛大に羽音をたてて空中へと舞い上がった。……成功したようだ、よかった。呆気なかったな。
飴を見つめている京紫には申し訳ないが、これはおにぎりを持ってくるであろう花緑青のものになる。飴を仕舞うと不服そうに私を軽く見てきたが、仕方がない。
交換してくれないのなら無視を続けるとしよう、雛にキャラメルを再び与え始める。
「さて、名前はどうしようか。えーっと」
「朽葉。落ち葉に埋もれていたから」
独り言のつもりだったのだが、京紫が突然会話に割り込んできた。おまけに今、名前を考えて言ってくれた……?
それはありがたいが、可愛い名前ではない気がする。なんだか響きが良くない気がするのだが。ムッとして睨み返し、反論する。
「私がつけます、勝手に決めないで。この子を捨てろと言っていた人が名前をつけるだなんて」
「朽葉。似合いだ」
「だから、勝手に決めないで」
連呼する京紫にイラついたが、深緋と蒲公英までもが、名前を呼び始めてしまった。
「朽葉、ですか。良い名ですね」
落ち着いて深緋、なんだか暗い名前だと思わない?
「朽葉コン、頑張って大きくなるココン。母様とあちき達がついているコン!」
違うよ蒲公英、この子はそんな名前ではない。
と、口を開きかけたが、雛が元気良くピィ、と鳴いた。……『朽葉』になってしまったようだ。京紫が私達を見つめている。
「名は、最初の親からの贈り物。しかし、親などいない」
「そうよ、だから私が名付けようと思ったのに! もっと真剣に考えてから」
「違う、朽葉はもう、みょうちきりんから色々貰ってしまった。だから、ワシが名を贈った。……親ではない者から多々貰い過ぎてはよくない、皆から少しずつ何かを与えるのが丁度良い」
思いの外真面目な話だったので、思わず口を噤んでしまった。
近づいてきたので多少逃げ腰になってしまったが、朽葉を見つめる視線の中に、何か優しいものを感じてしまった。
何故だろう、あれだけ先程捨て置けと言っていたのに。
「朽葉は、みょうちきりんを親だと思うだろう。命を救われ、温もりを与えてもらい、食べ物も運んで貰っている」
「生きられれば、でしょう? 一瞬でも助けることは残酷だとか言っていなかった?」
皮肉めいて、口を挟んでしまった。嫌味のつもりだったのだが、気にした様子はない。
「親でもないのに、見知らぬ捨て雛を甲斐甲斐しく育てるとは……思わなかった。気紛れで拾ったのだと、思っていた」
「失礼ね、拾ったのなら最後まで責任持って育てます。普通でしょう?」
「普通……みょうちきりんには、これが普通なのか」
前髪をかき上げて、京紫が真っ直ぐに私を見つめるものだから。変態だと解っているのにイケメンなせいでドキドキしてしまう、こんな自分が酷く情けない。
「……そうか優しいな、みょうちきりんは」
初めて、だった。初めて、京紫が暖かな笑みを見せた。瞳を細めて、今までの無表情さなどなく。下卑た笑い声も出さずに、ただ、本当に。慈しむように微笑んだものだから。
変態イケメンは怖いと、正直戦慄したのだ。
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