深緋1
頭にきた、この世界の妖怪はこんなものなのだろうか。ご飯を自分で食べる事すら出来ないこの雛、誰かが手を差し伸べないと死んでしまうという事実を解っている筈なのに。自分達だって最初から一人で食べていたわけではないだろう、誰かが口元に運んでくれたから食べて大きくなった筈だ。
私はリュックからあるモノを取り出すとポケットに無造作に突っ込む、雛を覗き込んでいたもふもふ達に話しかけた。
「深緋、蒲公英この子を見ていてくれる? なるべく焚き火に近づけて、暖めてあげて」
「母様はどちらに?」
「うん、ちょっと」
変態男二人よりも数百倍役に立つ、可愛いもふもふ二人に雛を預けると、立ち上がった。不安そうに見上げる二人に微笑んで、突っ立っている変態男達を睨み付けると森へと急ぐ。
話しても無駄な相手なのかもしれない、おにぎりをくれたのはただの気紛れだろう。説得するよりも先に、何か食べ物を探してあの雛に与えたほうが早そうだった。
その前に、やらねばならないことがある。
私は先程の大木へと急いだ、駆け足気味に向かった先で、目を背けたくなる光景が待っていた。雛の兄弟達、このままにしておくことなど出来ない。
割れた卵の殻を一箇所に集める、地面に目を走らせて、大きめの石を掴むと、私は思い切り地面を掘った。穴を掘るのだ、なるべく深く。
スコップがないから石で掘る、草の細かい根がびっしりと地中を埋め尽くしていて掘り難いけれどやるしかない。手を汚しながら、時折爪を傷めながら掘った。
なんとか8cm程度掘れたので、冷たくなっている雛達を震える手で持ち上げ、丁寧に地中に置いていく。なるべく重ならないように、そっと。
並び終えると、自然と涙が出てきた。目の前に横たわっているのは、小さいけれど人間の姿だ。羽は生えているけれど、動物や昆虫ではない。
私は肩を大きく震わせ、鼻が熱くなるのを感じながら雛達に土を被せていく。見えなくなっていく雛達、可哀想に。
「生き残った君たちの兄弟は、護ってみせるからね」
そう呟いて土を被せ終えると、掘る為に使用した石を穴の後ろに置く。そこでポケットから、先程リュックから持って来たものを取り出した。
蝋燭と、マッチだ。墓参りで使用したものがここで役に立つとは思わなかった、苦笑いするしかない。
蝋燭を土の上に軽く埋めて、マッチを擦り火を灯す。ぼんやりと明るい火が、ふわりと揺れた。
私は両手を合わせて瞳を閉じると、暫しそのままその場で祈る。
何を、と言われても困るが、安らかに眠れますようにとかその程度のものだ。それでも祈らずにはいられない。
擦り終えたマッチは焚き火に投げ込もうと、持ち帰ることにした。
立ち上がって振り向くと、人影に悲鳴を上げる。
「びっく……りしたぁっ」
思わず声を出してしまった、相手を睨みつけた。邪魔なソイツは退いてくれない、変わらない無表情のまま突っ立っている。
「退いて京紫。私忙しいの、貴方と違って」
「……今のは? 理解出来ない、みょうちきりん、何をした?」
雛達の簡易な墓を見つめ、そう呟く京紫を思わず突き飛ばすと私は進む。全く、付き合っていられない。
「みょうちきりん、今のは? 何故、穴を掘って死んだ夜雀を埋めた? 何故、石を置いた? 何故、不思議なもので火をつけた? 何故、火はまだ揺らめいている? 何故、手を合わせていた? 何をしていた?」
質問のオンパレードだ、だが、私は忙しいのだ。
無視して突き進むと、京紫が上空を飛んで私の前に降り立つ。怪訝に睨み返し、再び突き飛ばして進もうとした。力一杯両腕を突き出したが、先程の様に突き飛ばせなかった。その為、反動で私の身体が後ろに反り返る。思わず悲鳴を上げ、虚しく空を見つめた。
あ、駄目だ、転ぶ。
と、思ったけれど、背に温かい何かが触れてそのまま温かい何かに包まれた。
「あぶ、ない」
……一瞬、目の前が真っ白になる。どういう状況だろうか、京紫に抱き締められていた。腕を伸ばして私を助けてくれたのだろう、そしてそのまま引き寄せたのでこうなったのだろう。
細い腕だと思っていたが、案外力があるらしい。
京紫の心臓の音が聴こえる、いやこの脈打つ音は私のものだろうか! ときゅときゅときゅん、というこの妙な音はなんだろうか! 恋人でもない男に抱かれたのは初めてだが、まさか、まさか。
褌を脱ぎ捨てるような変態に、ときめくだなんて。
お読みくださりありがとうございました、今月中には完結予定です。




