花緑青3
気にしていても仕方がないので、私は深緋と蒲公英と手を繋ぎ、森をスキップ気味に歩く。せめて行動だけでも弾んでおこう。
「よーし、お歌の時間ですよー」
「おうた?」
「おうたコン?」
ここは一つ、童謡だ。私は大きく息を吸い込むと、美声とは言えないがまぁ適度に、普通に聴ける程度の歌声を腹から出す。
「おぉきなくりのー、きのしたでー。あーなーたーとわーたーしー、なーかーよーくあそびましょー」
手を大きく振って歌うと、二人がきょとん、と私を見上げる。失敗しただろうか、と思ったのだが顔面をくしゃ、と歪ませると二人は大はしゃぎで飛び跳ねた。
なにこれ可愛い!
歌い続ける私の音程に合わせて、尻尾や耳を動かす。口の動きを見て、同じ様に動かしてくれる。歌詞を覚えようと、懸命に言葉を紡ぐ。
「おおきなーくりのーきのしたでー」
暫くすると、二人は一緒に歌えるようになった。気に入ってくれたらしく、キャッキャッ笑いながら身体を動かす。
なにこれ堪らん!
思わず二人を抱き締める、くすぐったそうに笑いながら、覚えたばかりの歌を口ずさんでいる。
「母様、母様! とっても楽しいです!」
「なんだか幸せな気持ちになるコン……」
「よかった。まだまだあるから、ゆっくり覚えていきましょうね」
「はい!」
「はいですコン!」
なにこれ幸せ!
私は、素直で可愛い二人に夢中になっていた。森へは食料を調達に来た筈だったのだが、暫く歌って踊って遊んでいた。
枯葉が疎らに落下している森の中で、緑の葉も確かに存在するのに、一部茶色の色彩の中で。声高らかに気分良く、私達は歌う。
「じゃあ次は他のお歌にしましょうか、何にしようかな」
「母様はとっても物知りなのですね! 素晴らしいお方です!」
「あちきは嬉しいですコン~、ここに来てよかったココン」
瞳を輝かせて私の次の行動を待っている二人が、愛おしくて仕方がない。任せて、私は保育士の資格を持っているのだから! 子供達を悦ばせ、真っ直ぐな大人に成長させることが使命なのだから!
きらきら星の歌にしようと思い、息を吸い込んだ私の耳に何か聴こえた。
それは、非常にか細い声で、それでも懸命に何かに縋っているような声で。空耳ではない、掠れ気味のそれは私を動揺させる。
口を閉じ、周囲を見渡す。二人が不思議そうに私を見つめている中で、そっと二人の手を離すと、聴こえた声を探して歩き出した。耳に集中する、自分が歩くと落ち葉が触れて音を立てる、邪魔されながらも神経を研ぎ澄ました。
ピィ、ピィ、ピィ。
声がする、啼き声が聴こえる。鳥の鳴き声だ、雛だろう。
時折啼き声が止まってしまう、焦りながらも極力音を立てないようにゆっくりと脚を踏み出す。
「母様?」
「しっ、静かに。……何かいる」
二人の耳がぴくぴくと動いている、鼻も動いている。私よりも敏感だろう、どうにか探し当ててくれないかと期待を込めて見つめた。二人が首を傾げつつも同じ方向を指差したので、私はそっとそちらへ向かう。
団栗の木、だろう。小学校の裏山に、大量に団栗の木があって六年間見てきた。葉の形で断言しても良い、団栗で間違いない。見事なその木の下から、啼き声が聴こえてきている。思わず私はしゃがみ込むと両手をそっと広げて、啼いているそれを優しく持ち上げた。
ピィ、ピィ……ピィ。
よかった、啼いている。掌に一杯の卵が割れて、中から何かが顔を覗かせていた。一瞬驚いたが、ここは妖怪が住まう世界、不思議ではない光景か。
顔を出していたのは鳥の雛ではなかった、どう見ても小人だ。羽らしきものはあるけれど、裸の小人。髪は綺麗な栗色で、目を閉じたまま啼いている。
二人が駆け寄ってきて覗き込むと、驚いたように一瞬息を止めた。
「夜雀、だと思います」
妖怪だろう、聞いたことがなかったけれど。
でも、雀らしい。ということは、木の巣から落下したのだろうか。
私は立ち上がると、団栗の木を見上げた。何処に巣があるというのだろうか、出来れば戻してあげたい。
親も困るだろう、このまま地面に置いておけば戻ってきた親が気付いてくれるだろうが、少し心配だ。それにしても、人間のような姿をしている雀なわけだが、親もそんな感じなのだろう。……どうやって生活したり眠ったりしているのだろうか、少し気になった。
「よく、生きていましたね」
ぽつり、と言った深緋に微笑みかける。生きようとする力は強い、産まれたばかりのか弱きものであっても、小さな身体に途轍もない生命力を秘めているものだ。
「……驚きですコン」
蒲公英も声を絞り出すように、驚きを隠せないとばかりに感嘆の声を出している。……いや、感嘆、だろうか? 何か声のトーンに違和感があるように思えた。
「おやおや、夜雀の子だ。拾ってどうする気なのかな、うらら」
声に振り返ると花緑青が、何時の間にか羽をたたんで森の中に降りて来ていた。一歩、一歩と彼が歩く度に、落ち葉が砕けて物悲しい音を出す。
やはり微笑んでいるけれど、不気味なことこの上ない。
「どうする、って。親の許に帰しますけど。それがこの子の幸せでしょう、というか、普通でしょう? この木に巣があると思うの、あぁそうだ、貴方空飛べるでしょう、この子を巣に戻してきてあげて」
当然の発言をした。
が、聴くなり周囲に下卑た笑い声が響く。目の前の花緑青が腹を抱えて爆笑していたのだ、先程までの愛想笑いのようなものではない、本気で可笑しくて嗤っている。涙まで浮かべて、嗤っていた。
「何が可笑しいの、私何か変なこと言った?」
言うと、彼は更に笑う。空気が震える、周囲の木から葉が零れ落ちる。
何故、ここまで嗤われるのか。私には理解出来なくて、苛つきながら深緋と蒲公英を見下ろした。
と、二人が俯いている。何も言わずに、ただ、俯いている。表情が見えないが、その姿には孤独が浮かび上がっていた。可哀想な、気がした。胸が苦しくなった、これではまるで迷子……いや、両親を失くしてしまい途方にくれている孤児だ。
私は言葉に詰まった、爆笑したままの花緑青は無視する。しゃがみ込み、二人の視線に合わせると、交互に顔を覗いた。
二人は、泣いていた。大きな瞳から、涙を何粒も零していた。身体が震える、こんな心痛な表情を私は見たことがない。かける言葉を、私は知らない。
「惨めな思いをする羽目になるよ、ならば今ここで見て見ぬ振りをすれば良い、一瞬さ。どのみち死ぬが定め」
気がつけば、花緑青の嗤い声が止まっている。先程の高らかな声とは反対に、おぞましいほど静かで優しい声だった。
二人が気になったが、立ち上がると私は一歩踏み出した。また一歩踏み出す、感情の読み取れない笑みを浮かべている花緑青の数歩前まで歩き続けると、真正面で止まった。
「どういうことなの、その言い方は失礼だと思う。見て見ぬ振りなんて出来るわけがない、この子は見つけて欲しくて啼いていたのに」
「親など来ないよ、来ないならば君が育てるのかい、うらら? それは夜雀の雛だ、卵から孵化したばかりのね。……西軍でも東軍でもない、謎の娘よ。死する運命のその雛を、苦しませるつもりかい? 今、君があの木の下に雛を戻して立ち去れば、寒さでじきに死ぬだろう。だが、違う行動をとるのならば。君が今から行うことは、残酷なことでしかない。一時でも暖かさを与えてしまい、生きられるかもしれないという希望をその雛に持たせてしまう。解るかい?」
一瞬、反論出来なかった。
確かに、妖怪は考えないとして、鳥の雛など私は育てたことがない。確か野鳥の雛も、保護はしては駄目だった。巣に戻すか、親が育てられるように、雛の位置を教えてあげることが最良だとは知っている。
「だから、貴方がこの子を巣に戻して」
「巣などない、それは親に捨てられた雛だ。不要だったから」
お読みくださりありがとうございました、あと何文字で五万文字なのでしょうか。
まだ続きます。




