花緑青2
屁理屈言っているこの変な妖怪、ギリリと歯軋りしつつ睨み付ける。狼狽している深緋と蒲公英の姿が視界に入った、心配そうに私を見ている。……相手は恐らく妖怪だ、人間の男に見えるが違うのだから気にせず着替えてしまおうか。
私は意を決し服を着ようと思った、とりあえず腰に巻いていた布を外し地面に置く。妙にパサリ、と薄布が地面に落ちる音が響いた。下着を身につければ、水着と同じ状態だ。どうにでもなりそうな気がしたので、急いでショーツを手にすると素早く穿く。まさに、神業。その間も、目の前の花緑青は笑みを絶やすことなく私を見つめている。
……非常に気になる視線だ、一体何がしたいのか。嫌がらせとしか思えない。
恥ずかしさ、というよりも怒りが込み上げてきた。何故、こんな目に合わねばならないのか。好きでもない男の前で裸エプロンまがいを曝け出しつつ、下着を身に纏う姿を観られねばならないのか。
「ねぇねぇ、早く着てみせてよ」
あまりにも爽やかに、幼子が手品を待つかのように、シャボン玉を空に飛ばすのを待つかのように、おやつの美味しそうなケーキを待つかのように、新しいオモチャが与えられるのを待つかのように……言い放つものだから。
「黙れ」
私は自分でも驚くほど低い声を出し、有無を言わさずに目の前にいた男に右ストレートを繰り出していた。我ながら俊敏な動きだったと思う、綺麗に突き出された拳が、男の胸板にヒットする。そのまま体重をかけて、拳に重みを乗せると一気に押し倒す。
というか、突き飛ばす。
「ぅごはっ」
間抜けな声を出し、ドシャァ! と盛大な音を立てて地面に倒れ込んだ花緑青を確認すると、私は急いでエプロンを外した。そのまま無造作にブラを掴んで持ち上げると、カップに脇の肉を強引に押し込みつつ普段通りに谷間をつくりながら装着する。これは、贅肉を寄せて胸に変えることが出来る機能ブラなのだ。よし、出来た。
あったかBABAシャツを着込み、ジーパンを穿き、倒れている男が起き上がる前に衣服を着替えた。そしてエプロンを上から身につければ完成だ。
入野うらら、完成。ふぅ、あったかい。
ようやく花緑青が低く呻きながら上半身を起こした、妖怪といえども軟弱で助かった。私は仁王立ちになると視線を落として、鼻息荒くそっぽを向く。
「服は受け取りました、今後は気をつけて物を拾うことです」
「残念、もう着てしまったのか。見たかったのに」
胸元を擦りながら起き上がった彼は、それでもにっこりと微笑んだ。ゾッとするような綺麗な瞳の奥に、光などない。このまま殺されるのではないか、と思ってしまうほどに冷酷な瞳だった。
「母様、行きましょう!」
「お出掛けですコン!」
空気を察知したのか、深緋と蒲公英が駆け寄ってきた。私の手を繋いでくれたので、思わず安心し大きな溜息を吐いてしまう。その姿を見た為なのか、花緑青が鼻で笑った。思わず顔を赤らめた私は、唇を噛み精一杯睨み付けて、もふもふ二人と歩き出す。
これ以上関わらないほうが身の為だ、早く離れてしまおう。
……と、思ったのだが羽ばたく音が後方から聴こえてきた。
嫌な予感がして小さく振り返ると、案の定花緑青が朱赤の羽を広げて追ってきていた。距離を縮ませる事も広げる事もなく、笑みを浮かべたままついてくる。
深緋と蒲公英も当然気がついているのだが、何も言わずに早足になりつつ、森の中へと私を連れて入って行った。
それでも、羽ばたく音は止まることがない。木々の間は羽を広げていては通れないだろうと思ったのだが、どうやら木の上を飛んでいるらしい。上空から羽音が響いてきた。
「なんなの、あのストーカー」
「すとーかー? ではないですよ、あれは天狗だと思います、天狗の花緑青なら聴いたことがあります」
え、あれ天狗なの?
人を魔道に導くとかいう? ……そうは見えないけれど。天狗というと、鼻が高くてもっと化物的なものを想像してしまう。まぁでも、この猫又深緋、妖狐蒲公英、八咫烏京紫と見れば、見た目は一般的なものと掛け離れていて良いだろう。
何故か皆イケメン揃いだ、変態と変妖怪だけれど。深緋と蒲公英はまだ小さいけれど、途中で屈折しなければ心優しく、身も心も素敵なイケメンになるに違いない。
それともまさか、ここの妖怪は成長すると変態になってしまう残念な世界なのだろうか。そうではないと思いたい、切実に。
せめてこの可愛いもふもふ二人を、護りたい。……変態という未来から逃れるようにと、願わずにはいられない。
お読みくださりありがとうございました、連続投稿しないとアリアンローズに応募ができませんので死に物狂いで頑張っております。




