京紫2
すっかり火に溶け込んでしまった褌を、この男は唖然と見つめている。褌などぺらぺらな布切れだ、あっという間に燃え尽きるのは当然。表情が変化しないので、本当にショックを受けているか解らない。この人、なんだろう。悪い人ではないけれど、「服が欲しい」と言われて褌を脱いで差し出すような変態だ。イケメンだろうが、変態だ。
なるほど、これが残念なイケメン!
「君達二人は、何故ここに? そしてこの雌は一体?」
開き直ったのか急に焚き火から視線を外すと、深緋と蒲公英に向きって今更な疑問を問いかけてくる。
上空にいたということは、飛べる妖怪なのだろう。真っ黒な妖怪というと……何がいるだろうか。そもそも、降りて来て今の質問をしつつ、私に服を手渡ししてくれたら焚き火の燃料にならずに済んだのではないのか。
まさか、変態なだけでなく頭も残念なイケメンなのだろうか。勿体無い。
「雌ではありません、うららです。入野うらら。この子達は親と逸れてしまった迷子です」
二人を庇いながら、気丈に振舞ってみた。京紫はじっと私達を見つめている、感情が読み取れないから怖い。
「迷子? ……へぇ……ところでうらら、と言ったね。何者かな、みょうちきりんな雰囲気だね。だから気になって言うがまま、おにぎりと服と褌を投げ入れたけど」
「褌を脱いで投げ捨ててあまつさえ人にそれを渡したいという発想がまず、理解出来ません。変態にみょうちきりんな雰囲気だといわれる筋合いはありません、でも、おにぎりはありがとうございました」
失礼だ、みょうちきりん、だなんて。しかし、飢えを助けてもらったのだから一応お礼は伝えておいた。
「母様はみょうちきりんではないですよ。僕は戦乙女様の化身ではないかと……思っています」
ひょっこり顔を出して、控え目にそう告げた深緋。戦乙女様、って今行方不明になっているという問題の人だが、私ではない。そもそも、戦も出来なければ乙女でもない。
違うとは思っているが、目の前で腹を抱えて笑い出したこの京紫には腹が立った。
「げひーっひいいっひっひっひっひ! 戦乙女! そのみょうちきりんが! ぃいーっひっひっひっひ! ひ、ひひひひ」
無表情だったくせに、顔が変形する勢いで笑い出している。なんて下卑た笑い声だろうか、何処かの低俗な雑魚キャラの笑い声である。聴いていると、不愉快極まりない。
「猫又の少年よ、戦乙女様を知っているのかい?
豊かな新緑色の柔らかく艶やかな髪に、温かみのある光を帯びた大きな瞳は深い森の聖域を思わせる色合い。軽く頬を桃色に染めて、熟れたさくらんぼの様な唇を持つ愛くるしい顔立ちは見るもの全てを魅了し、その御前では全ての争いごとが無に返るというあの戦乙女様だよ。美の集結、直視するには眩し過ぎるあのお方……。
そんなみょうちきりんな雌ごときが務まるものではない、もっと高貴なお方なのだから。いぃ~ひっひっひっひ」
「その魔女みたいな笑い声は止めなさい、不愉快」
ギリリ、と歯軋りして睨みつける。京紫は私の声にピタリ、と笑うことを止めた。近づいてきたので反射的に後退りする。
「貧相な身体」
「なっ」
腰に布を巻いた裸エプロン状態の私の身体を舐めるように見つめ、放った一言がそれだ。この残念な変態イケメン、殴りたい。寧ろ、後ろの焚き火に叩き込みたい。
「敵とはいえ、桜鼠は見目麗しい雌だ。天晴れ。彼雌に比べたら、こんなみょうちきりん」
……もしかしてこの世界の女性の美の基準は、あぁいう感じなのだろうか。筋肉ムキムキで、地面を揺らしながら歩き回るタイプが好まれるのだろうか。ならば私は無理だ、無理で良い。
目の前でうっとりと桜鼠を思い浮かべつつ、恍惚の笑みを浮かべている京紫が、非常に憎らしい。
「京紫と書いて、残念な褌変態イケメンと読む」
「いけめん、ってなんだい? みょうちきりんな雌うららよ」
イチイチみょうちきりん、をつけないでもらいたい。拳を握り締め、必死に怒りを抑えつつ引き攣った笑みを浮かべる。なるべく丁寧に対応しよう。
「顔は良い、ということです。顔だけは美形だ、と誉める言葉です」
「ほぅ、ワシはいけめん、というのか。初めて聴いた」
イケメンが気に入ったのか連呼している京紫はさておき、未だに隠れている二人に怯えなくても良いと諭す。変態だが、悪い奴ではないだろう。
「……京紫さん、でも母様はとても良い匂いがするのですよ」
「そうだコン、不思議な香りがするのだココン」
え、そうなの?
私は頬を寄せてくる二人に癒されつつ、興味を持ったらしい京紫がにじり寄って来ていたので足元にあったリュックを振り回した。
「寄らないで、変態イケメン」
「良い香りとは、これ如何に? みょうちきりんな雌よ、匂いを嗅がせておくれ」
「変態だ!」
振り回していたリュックがあっという間に奪われ、気付けば目の前に京紫が立っていた。
確かに、間近で見ると綺麗な顔をしている。……騙されるな、うらら。下半身は丸出しだ、残念なイケメンなのだ。
「失礼……ふぅ、何が哀しくてこんなみょうちきりんな雌に近寄らねばならないのか」
ならば寄るな、失礼な。
だが、首筋に顔を近づけた京紫は、すんすんと鼻を啜る。
私は硬直し、耳やら首筋に触れる髪とか息に身動ぎした。変態だがイケメンだ。イケメン、イケメン、イケメン……。
「ふむ、みょうちきりんな雌のくせに、確かによい香りがする」
「でしょう! 母様はお日様みたいな香りがします。ほわほわしていて、あったかくて、落ち着くのですよ! 大好きです」
ぎゅ、と脚に抱きつく二人の可愛いもふもふと、ずっと首筋辺りの香りを嗅いでいるイケメン。
……何この図。
お読みいただきありがとうございました、イラストを描いている時間がありませんでした(吐血)。