蒲公英5
転がっているおにぎりを見つめる。都合良く三個ある、どういうことだろうか。首を傾げた、推測してみる。
妖怪が上空を通り過ぎていく際に、所持していたおにぎりを落下させてしまった……それはないだろう、三個も落下したら気付いて取りに来そうだ。
雨ではなく、おにぎりが降る……それならば蒲公英と深緋がこんなに驚かない。
誰かが落としてくれた、欲しがっていたから……これが有力だろうか? 三人分あることがまず故意だと思われる。
真剣に思案しているのに、この二人ときたら早速おにぎりを食べようとしていた。竹皮に包まれたおにぎりを、大きな口を開けて食べようと……。
「毒入りってことはない?」
私の言葉に二人が口を同時に閉じた、困惑気味におにぎりを見つめている。
「敵の攻撃だったりしない? お腹が空いている人の頭上に毒入りおにぎりを落とす攻撃、名付けて”空腹握り飯毒殺法”」
「それはないと思います」
あっさりと深緋に返されてしまった、少し傷ついた。
何度か躊躇いを見せていた二人だが、空腹に耐えられずついにおにぎりに齧りつく。食い入る様に見つめる私だが、万が一毒だったらどうしようという不安とは裏腹に、おにぎりはどんどん減っていった。気がついたら、二人のおにぎりはなくなっている、綺麗さっぱりと。
「母様、食べないなら僕貰います」
「あちきも欲しいですコン」
「いえ、食べます」
二人が私のおにぎりに手を伸ばしたので、思わず奪い取ると胸に抱き締める。どうやらおにぎりは毒入りではないらしい、しかし、時間差の毒だったらどうしようか。
私は、狙われるおにぎりを抱えたままじっと耐えた。目の前にある食事にありつけないこの辛さ、現代日本にいたならば気がつかなかったかもしれない。お腹の虫がけたたましく鳴ろうが、必死に耐える。
一時間ほど経過した、と思うので食べてみることにした。
竹皮をめくる、もう冷えているが玄米で作られているようなおにぎりが出てきた。美味しそう。
恐る恐る一口齧ると、香ばしい味が口いっぱいに広がる。塩気はないが、それでも粘り気があって満足できる味わいだ。少し固めなので、顎を動かし噛む。これだけでも満腹感を得られるだろう。
具は何もなかったが、素朴なおにぎりだった。とても美味しかった、私の空腹はとりあえず満たされたのだ。
ふぅ。
私はリュックからペットボトルを取り出すとキャップを外し、飲む。残りは四分の三だ、次が最後だろう。
物珍しそうに二人がペットボトルを見つめている、プラスチックなど知らないだろうから、気になるのだろう。
しかし、説明が上手く出来ない。ペットボトルはペットボトルだ。プラスチックで出来た液体を入れて持ち運ぶ入れ物だ。
「母様、もしかして母様には物凄く貴重な力が備わっていて、願ったものが出てくるとかではないですか?」
ペットボトルを見つめながら、深緋がそう言う。
隣で蒲公英も神妙に頷いたが、そんな馬鹿な。
私にそんな神がかり的な力が備わっているのだろか? だが、異世界に飛ばされたのなら、何かしら能力があっても良い筈である。
私は、騙されたと思いつつ期待の眼差しを向ける二人に咳をして、願ってみた。
「服が欲しい」
そう、服。空腹が満たされたのならば、次は服が欲しい。寒いし恥ずかしい、何より間抜けだ。
服が欲しい、と口にしてみたものの、特に何も起こらない。
残念そうに唇を尖らす二人と、苦笑いするしかない私。そうそう奇跡なんて起こらない、おにぎりは偶然だったのだ。
と、思ったら。
ヒュー、ボトン。
目の前に何かが落下してきた、思わず三人でそれに手を伸ばす。あ、あぁ、だってこのままでは!
蒲公英の手が宙を掴んだ、深緋の肉球からそれが滑り落ち、私の手は焚き火の熱で行く手を遮られ悲鳴を上げる。
ぎゃー!
落下してきたそれは、灰を舞い上がらせて焚き火に落下し、豪快に燃え始めた。取り出すことなど出来ない、何かが燃えているその様子を唖然と見つめる。
燃えているということは、燃えやすい物だったということだ。もしかしたら本当に服だったのではないだろうか。
どうして焚き火に落としてくるのだろう、燃えているものを今すぐ返して欲しい。
焚き火はごうごうと勢いよく、燃えている。……だからどうだというのだろうか。
お読みいただきありがとうございました、更新間に合いました(@@)