蒲公英4
何処の誰だ、私の下着から衣服まで持って行ったのは。どうしろというのだろう、下着泥棒ではなく、衣装泥棒がまさかこの場所にも存在しただなんて。
湯に浸かり、転寝していたのがいけなかったのだろうか、それにしても堂々と盗むとは。
服がないと今後私はどうしたら良いのだろう、身動きとれない。せっかく穏やかな気分でいられたのに、最悪だ。
深緋が持ってきた布では、上半身、下半身、もしくは前身しか隠すことが出来ない。面積が身体を隠すには狭すぎた。
ともかく、身体を拭き上半身に布をあてがって焚き火へと向かう。うぅ、なんて間抜けなのだろう。
焚き火まで辿り着き、リュックの存在に気がついた。そうだ、エプロンがあった!
私はエプロンを引きちぎる勢いでリュックから取り出すと、布を腰に巻く。これで下半身は大丈夫だ、そしてエプロンを身に着けた。
……ギリ裸エプロン?
ともかく、辛うじて耐えられる見た目になった。温泉に入る際ならば二人に裸体を見られても構わないが、流石に日常裸族でいるのはプライドが許さない。そもそも二人は衣服を着ているのに、だ。
おまけに夏でもないのに寒いではないか! 今もかなり寒かったりする。焚き火から離れると死んでしまう。
実はお父さんの車内にはジャケットが置いてあったのだが……持って来ればよかった。そうしたらこんな寒い思いをしなくて済んだのに。
「母様、取り返しましょう!」
「そうですコン、許せないココン!」
勿論だ、こんな変態一歩手前の格好で始終いるわけにもいかない。
だが、しかし。
「蒲公英、深緋。……お腹が空いて動けない」
あぁ、何処からともなくアンパンで出来た顔のヒーローが助けに来てくれないだろうか。アンパンよりも、クリームパンのほうが好きだが。ジャムでもいい。というか、パンよりもご飯が食べたい。ねぎとろ丼でもサーモンとイクラの親子丼でも、天丼でも牛丼でも中華丼でもいいから、ご飯が食べたい。白米が食べたい。
切なくなってきた、焚き火にあたっていると右往左往した二人が、もふもふ尻尾を揺らして全速力で去って行き、暫くして戻って来る。
手には何か持っていた、あぁ、林檎だ!
二人は両手一杯に林檎を抱えてきてくれた、だが身体が小さいので持てる数に限度がある。
「母様、死なないで! これを!」
空腹では死なないけれど、今の私はそんなに衰弱しているのだろうか。確かに、寝起きで空腹で温泉に入ったから体力が激減した気はする。
蒲公英から林檎を受け取り、心配そうに見上げてくる深緋の頭を撫でる。蒲公英もそれを待っていたようで、身体を左右に揺すっているから、撫でておく。
嬉しそうに尻尾を振る二人に、力なく微笑んだ私はリュックからハンドタオルを取り出すと、林檎を拭いた。そして齧る。
うん、甘い果汁が口内に一杯広がって……なんて瑞々しいのだろう、素晴らしい林檎だ。
「美味しい!」
「よかったですコン、頬に赤みが戻ってきたココン!」
「母様! 死んでしまわれたらどうしようかと」
そんな大袈裟な。しかし、出遭って間もないのに私を信頼し、丁寧に扱ってくれるこの子達が本当に不思議だけれど愛おしい。
焚き火にあたりながら、三人で林檎をシャクシャクと齧る。水分も摂取できて一石二鳥だ、栄養の面で林檎だけでは不安だけれど。
「お米食べたいな。梅干しおにぎりで良いから」
ぼそり、と呟くと、二人が顔を上げる。
「母様お米好きですか。……露店に行けば購入できると思いますがお金がないと」
店はやっぱりあるんだ、最悪服もそこで調達出来るだろう。問題はやはりお金、かぁ。日本円では無理だろうな。
「なんとかしますコン」
二人の頭を撫でる、申し訳なさそうに告げる二人だが何も悪くはない。
しかし、露店に私が出向いて良いのだろうか。この子達は妖怪だけれど、私は人間だ。……襲われたりしないだろうか。
物々交換出来るのならば、飴やキャラメルでなんとかならないだろうか。リュックを漁り、手放してもよさそうな物を把握しておく。
一円玉、十円玉なら交換に使っても良いけれど、百円五百円は嫌だ。
と。
ボトリ。
目の前の焚き火の中に何かが落下した、小さく悲鳴を上げてその場から離れる。が、用心深く蒲公英が焚き火を覗き込み木の枝で落下物をつついてみる。
反応は何もない、なんだ、何が落ちてきた。音からして軽いものではなかったけれど。
と。
ボトボトリ、ぽて。
「痛いですコン!」
蒲公英の頭上に何かが落ちてきた、地面に転がったそれを目で追う。
……なんだ、あれ。
怖々近寄る深緋だが、それを指先でつついた瞬間に嬉しそうにこちらを振り返る。丸いもの、何か皮に包まれているもの。
蒲公英も焚き火の中に落下したそれを、木の枝で器用に転がし救出する。
三個、同じものが並んでいるが、これは一体。直径八㎝程度のそれは。
「母様、奇跡です! おにぎりですよ、これ!」
なんだってー!?
お読み戴きありがとうございました、文字数が間に合いません(白目)