蒲公英3
目が覚めると太陽の光が燦燦と照り輝いていて、眩しい。私は大きく欠伸をしつつ身体を思い切り伸ばした、ん~、よく寝た!
野宿で熟睡出来た自分に正直驚いたが、もう何が起ころうとも多少のことでは驚かない精神力が身についた。
しかし、お腹が空いた。自給自足なので近くのカフェに行くだの、コンビニへ入るだの、そんな手段は使うことが出来ない。仕方がないので飴を口の中に放り込む、柚子の香りが口内に広がり、私は少し落ち着いた。
蒲公英と深緋はまだ眠っている、思ったよりお寝坊さんだ。それとも、人の中で眠りについて安心出来たのだろうか。温もりの癒し効果は凄い。
二人が起きて伸びをし始めたので、早速温泉へ連れて行ってもらった。あの大木の後ろに回りこみ、数歩進むと岩肌が見える。なんともまぁ風情ある岩風呂が姿を現した、立ち上る湯煙と、微かな硫黄の香り。天然でこれが出来たというから驚き、文字通り秘湯だ。
近づいて底を覗き込む、細かい石の間からコポコポと泡が浮かんできている。そっと右手を湯に入れてみた、温度は……うん、少しぬるい気がするけれど大丈夫だ。長時間使っていられるだろう。
大きな岩に囲まれており、のぼせたら休憩も出来そうだ。素晴らしい、この世界へ来てようやく感動に打ち震えることが出来た。
「ありがとう、じゃあ私は温泉に入っているから」
軽く手を振ると、二人が揃って首を傾げる。
「え、あちきも入りますよ」
「母様と一緒に入りますよ」
……そうなのか、なんだか騒がしくなりそうだ。木々に囲まれて、しっとりとした雰囲気を味わうつもりだったのに。
断ることも出来ず、頷いた私に二人は満面の笑みを浮かべる。この笑顔が可愛らしいから困るのだ、愛でたくなる恐ろしい効果だ。良いように使われてしまいそうだ、このままだと。
二人は衣服を脱ぎ捨てると、そのまま豪快に湯に飛び込む。飛沫が上がった。
「にゃにゃにゃ!」
「コココン!」
楽しそうにはしゃいでいる、昨日はあんなに険悪な雰囲気だったが、共に寝た為かすっかり心を許しているようだった。子供は単純で可愛いなぁ、これが大人になるにつれて、一度苦手だ、嫌いだと思った相手とはなかなか打ち解けられなくなるものだ。
素直な子供が羨ましい、私達とて、子供の頃はそうだった筈なのに。喧嘩しても翌日には普通に遊ぶことが出来たのに。
大人になるって、難しくて厄介だ。
と、そんな真面目に考えている場合ではなかった。堂々と衣服を脱ぎ、折り畳んで岩に置くと右足から湯にはいる。
じんわりとした温かさが爪先から徐々に身体中を駆け巡った。おほぉう、気持ちイイ!
だぶんと肩までつかる、ほっと一息。三人入れば窮屈なこの温泉、だがなんだか楽しい。
と、視線に気がついた。二人は、しげしげと私を見つめている。なんだろう。
「母様、とても綺麗」
「ココン、すべーすべー」
私の二の腕をさすり始める二人、恥ずかしいけれど悪い気はしないな。そんなことを言われたのは初めてだった、嬉しいじゃないか。
お風呂から出たら、柚子の飴をあげよう、うん。そうしよう。
瞳を閉じて岩に寄りかかる、二人は今も二の腕を撫で続けている。なんだかくすぐったいが、嫌な気はしないのでそのまま放置しておいた。
「蒲公英、深緋。温泉から出たらどうする?」
「ご飯食べましょう、狩猟の時間ですよ」
深緋が、嬉しそうにそう言った。そうだね、お腹空いたものね。
「あ、あの、あちき……ここから少し離れたところに、林檎の木があるのを知ってるコン。美味しかったコン、二人には特別に教えるココン」
よくやった、蒲公英!
私は思わず瞳をカッと開くと、蒲公英を抱きしめる。無農薬林檎だ、とても美味しそうではないか。あぁよかった、今日も食べ物にありつけることに感謝しよう。
少し頬を赤らめて、蒲公英は私の腕の中で恥ずかしそうに身じろぎしている。ムッと顔を顰めた深緋が叫んだ。
「ぼ、僕だって知ってますよ! この森に美味しくて大きい茸がはえている場所があるんです!」
茸、か。ナイス低カロリーだ。……毒茸ではないなら、それも有難い。
深緋も抱きしめると、嬉しそうにうっとりと瞳を閉じている。
ふふ、可愛いやつらめ。
なんだか少し、楽しくなってきた。二人は先に湯から上がった、私はまだ温泉を堪能する為に使っている。
動物らしく、身体をブルブルと震わせて水滴を弾き飛ばしている二人、耳がもふっ、と膨れ上がっている。
身体を拭くタオル……というか布を持ってきてくれるらしいので、清潔であることを願いつつ私は再び瞳を閉じた。
木の葉の音、小鳥の囀り、森林の香り、硫黄の香り。贅沢だ、ここが異世界でなかったら。
うとうと、うとうと。
「母様! ご無事でしたか!?」
……何事だ。深緋の慌てふためいた声に思わず飛び起きる、全裸で。
タオルを手にして走ってきた二人、無事も何も特に何も起こっていないのだが。
「今何か気配がしたコン!」
なんだって?
「でも、母様が無事なら……はい、これ、布です」
深緋から受け取った布の香りをさり気無く嗅ぐ、うん……まぁ……使えないこともないかな。今後石鹸が欲しい、川で洗濯して干したいから。
服も何か欲しいなぁ、深緋達が着ているのだから、何処かに売ってはいるんだろうけれど……。
そして私は気がついた、岩の上に畳んで置いておいた私の衣服が綺麗さっぱり消えていることに。
なん……だと!?
お読み戴きありがとうございました!




