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第六話 京都の金・カゲメの黒

 目を覚ました時、周りは燃えて炭になった家ばかりだった。小さな村だったから、火が鎮火するのは早かったのだろう。それでも、夜中の間はずっと燃えていたみたいだが。

 村が燃える一部始終は近くに来ていた渡り鳥ならぬ渡り妖怪から聞いた。

 ただの火事ではなく、妖怪によって燃やされた村などそう有りはしない。そう言って、妖怪達は嬉々として語ってくれた。どんな怒りを買ったのかと勝手な憶測を飛び交わせ、自分達の現状を何も理解していなかった彼らの首を……私は無情にも刎ねた。

 そこからは、まるで蜂の巣を突いたような騒ぎになり、勇敢に立ち向かう者もいれば、命惜しさに逃げる者も現れた。

 私を取り囲んだ人数は二十弱。円形になって一斉に飛び掛かればなんとかなるとでも思ったのだろうか?だが、そんな戦法は通用しない。むしろ、獲物が波長を合わせてくれる分、首を刎ねやすくなっただけだ。

 殺意を向ければ向けるほど、自分の中の何かが囁く。

 こうすればいい。ああすればいい。次はこうして、次はこうする。

 誰とも知らない声が頭の中で響いて、私はその通りにしただけ。それだけなのに、私を取り囲んだ二十人の頭は一つ残らず宙を舞う。

 圧倒的な力を前にしては、小さき者は蹂躙される。子供ながらに、私はその時に気付いたのだ。

 ………ああ、この世界は残酷過ぎる、と。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 朝焼けが暗闇に慣れた眼を射る。

 元来、妖怪というのは夜に活発になり、昼はなりを潜めて力を蓄える。でも、私は一味違った。

 夜は活発になり妖怪としての面が強く、昼はテンションは上がらないながらも眠気を感じる事無くただ黙々と前へと歩を進める。

 私は字を理解する事が出来ない。

 それはいくら時間が経とうとも、誰も教えてくれる人がいないのだから変わるはずもない。

「次は…こっちね」

 だから、私は勘だけを頼りに道を行く。

 時には道ではない森の中を、また時には原理も理由も分からない乗り物が闊歩して走る硬い地面の上を。

 何回か青い服を着た人間に出会ったが、私の存在には気付かずに皆通り過ぎていった。

「暑いわ…」

 ジリジリと肌を焼く太陽。蒸し返る暑さは生きていた時よりも厳しく感じ、それを思い出す度に復讐心が鎌首をもたげる。

 村を焼く業火はこんなものではなかったのに、遠い昔となった今ではあの熱さよりもこの暑さの方が強烈に思えてしまう。

「まあ、まだ日も高いし、水無月を越えればこんなものかしら」

 妖怪は汗をかかない。

 汗だけでなく、人間が本来持つあらゆる欲望を持っていない。持っているのは、自分の存在を誰かの記憶の中に残したいという存在証明のような欲。

「お腹空いた…。…あっ」

 再度言うが、妖怪は人間が普通持っているような欲を持っていない。

 それは食欲も同じで、勿論私は今お腹など空いていない。

「まだ…人間だとでも思っているのかしら」

 だとしたら笑えてくる。この姿が見た事もない黒いヒラヒラの服を着だした時から、この体が血に濡れた時から、私は人間なんて尊いモノではなくなってしまったというのに。

 十年にも満たない習慣だったというのに、この数百年の間に今みたいなのがしょっちゅう起こる。

 すぐ左側ではもの凄い勢いで通り過ぎていく何かがある中、少しだけ腰を落として休む。

 感傷的になる事なんて今までにもあった。その度に、こうして腰を下ろして休む。そうすれば、すぐにまた動き出す事が出来るから。

 私に気付く者は誰もいない。

 妖怪とは、そもそもとして生きている区画には入らない。刃物を使えば血が出るし、痛みだって感じる。でも、やはり根本的な所では生きていない。

 普通の人間からすれば、私は存在すらしていない。中には気付く者もいるが、敢えて話しかけようとはしない。いずれ、記憶からも消え去る。

「ねえ、大丈夫かい?」

 だから、話しかけてくる人間には、この時初めて出会った。

 その男、…確かニジョウと言ったかしら。荒んだ目つきと寂しそうにしていたから、なんて理由で私に話しかけたのは。

「どこかケガでもしたのかい?警察署も近いし、なんなら送ってあげるよ」

「貴方…私に気付いたの?」

「えっ?……ああ、そうか」

 私の言葉を察したようで、その男は懐から一枚の紙を取り出して、告げた。

「妖怪関連の仕事の斡旋をしている、二条 信太だ。はぐれ妖怪なんかも保護しているから安心しなさい」

 そう言って、彼は手を差し出した。

 成人男性の手なんて自分の父親のしか見た事なかったが、大きく優しそうな手だったのは、なんとなく覚えている。

 私はしばらくの間、そのニジョウの元で暮らした。とはいえ、僅か一ヶ月程度の本当に短い間でしたがね。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「さあ、皆ご飯だぞ〜!」

「……」

 なんと言うか、異様な光景ですね。

 ニジョウの家に連れてこられた私はそこで暮らしていた妖怪達との顔合わせを果たし、自由きままに過ごしていた。

 初顔合わせの時の自己紹介にはほとほと困惑させられたが、そこは無口だと思わせる事で何とか避ける事が出来た。

 十数人いる力の弱い妖怪達が寄り集まって暮らしているのが、ニジョウの家。

 ニジョウの家は私と出会った空に浮いている道を下りてしばらく行ったなかなかに大きな街の中にあった。

 なんというか、昔一度だけ見た豪奢な服を着た貴族達がいる街並みに似ていて、街の名はキョウトと言うらしい。大きな五つの屋根のある塔や金色に光る塔があってらしくなく少しはしゃいでしまった。

「ねえねえ!おねえちゃんはどんな妖怪なの?」

「……」

 見ず知らずの、私よりも幼そうな少女が箸を持って話しかけてくる。それを、私は当然のように無視した。

 少女はまた私に話しかけようとしたが、今度は妖怪達の筆頭のような女に手を引かれてその場を離れていった。

「それで良いのよ。ここに暮らすのならば、自分が妖怪である事を忘れなさい」

 皮肉を交えて、誰も聞いていない独り言を漏らす。それは、偽善でこんな真似事をしている非難にも似ていた。

 ニジョウは手際よく配膳をして、茶碗を私の前にも置こうとする。私はそれを片手を挙げる事で制した。

「私は良いわ。…あまりお腹も空いていないから」

「そうかい?それなら、空いたら食べるといい。台所に君の分は置いておくよ」

 人の良い笑顔を浮かべ、ニジョウは自分の席に戻って食事を始めた。

 私としては、特にやる事もない。むしろその場にいるだけで申し訳ない気分になり、黙って部屋を出た。

 障子を閉めて後ろから聞こえる談笑を少しだけ聞き入る。

 楽しそうに語らい、楽しそうに笑う。人間と妖怪の共生した姿がそこにはある。…でも、私は知っている。人間と妖怪は相容れない。

「嫌な天気ね…」

 仄かに雨の匂いのする空を眺めて、一人でポツリと囁く。悲しいのか、羨ましいのか、はたまた何かを予見していたのか。

 その日私の哀愁は次の朝になるまで、抜ける事はなかった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 雨はあまり好きではない。

 それは子供の頃から思っていて、でも雨が降らないと作物は育たないから口には出せずにいた。

 確かに雨は気分も落ち込むし、なにより濡れる。でも、作物と関わる者は雨に感謝しなければならないと父には言われた。

「嫌な天気ね」

 キョウトの街をあてもなく歩きながら、小雨を降らせる雲を睨みつける。

 結局、私にはあの場所は居心地が悪かった。笑顔で人間の生活を真似させるニジョウと、それに忠実に従う妖怪達。私はそれに違和感しか感じられなかったのだ。

「やっぱり、ここは本当に綺麗ね。雲があろうと、雨が降ろうと、輝き続けている」

 キンカクジ…というらしい金色に輝くお寺は私の憩いの場となった。毎日通って、毎日眺めて心に刻む。しがな一日中私はここで過ごすのが日課となった。

「ねえ、そこの貴女達、私に何か用かしら?随分前から、私を付けているみたいだけど?」

「ちょっと、何がまだバレてないよ!がっつりバレちゃってるじゃない!」

「これは相手をミスったかしらね?野良の妖怪は群れて行動する習性があるからおかしいとは思っていたけれど…ただのはぐれ妖怪ではないみたいね?フフッ」

「笑ってる場合⁉︎もしも、タチの悪い妖怪だったらどうするつもりよ!」

 長い髪を振り乱して相方であろう妖怪に掴みかかる女と、掴まれながらこちらを見て邪悪な笑みを浮かべる女。

 どうやらここ最近私を付けていた事がバレていないとおめでたい事に思っていたらしい。

「貴女達、いくら何でも気配の消し方がお粗末過ぎるわ。私が拠点を探られないように歩いていたの…気付いてないでしょうね」

「ええ、まったく気付いていなかったわよ。さっきも主人の言う通りに偵察に行ったけどまったく見当違いだったしね」

「キー!絶対合ってると思ったのに!」

「これで通算20連敗。おかげで無駄足を踏んだわ」

 20…そんなにも外しておいてよくも挑戦したものだと思う。私自身、確かに撹乱できるように歩いてはいたが、別段必死だった訳ではない。もしこの二人が一流であるならば、20も負け越すとは思えない。

「ダメね。貴女達では私の相手は務まらないわ。今すぐ家に帰って、せめてちゃんと戦えるようになってから出直す事ね」

 これが私に出来る最大の譲歩。

 私は影を操る妖怪。今日のように空が雲で覆われてしまっている日は影が出にくい。影が出なければ、私の戦力など半分以下だ。

 もし、これ以上私に構うというのであれば、最悪出来る限りの力を振り絞って影を操り首を落とす。私はそう決めていた。

 人間の女が負けず嫌いだという事が、半分以上予想出来ていながら。

「まあいいわ。恵、今日はもう帰るわよ。姿を見られた以上は危険しか伴わないわよ。…フフッ」

「なっ!ちょっと、待ちなさいよアンタ!」

 嫌な笑みを私に最後に向けて、女達は去っていく。一体彼女らがどんな力を持っているか知らないが、まあもう正面から仕掛けてくる事はないだろう。

「本当、嫌になるほどに綺麗ね」

 小雨の勢いが少しだけ和らぎ、輝く黄金の寺が更に鮮やかになったように思う。

 その日も一日、私はキンカクジを眺めて過ごした。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ちょっと、どこに行くのよ?」

「主人は黙ってついて来なさいな。貴女に散々歩かされたから、大体あのはぐれ妖怪の本拠地は掴めているのよ」

「それならそうと、さっきあそこで行ってくれれば良いじゃない。そうすればあんなに言いたいように言われずに済んだのよ?」

「貴女、やっぱり馬鹿なの?あそこで行ったら宣戦布告もいい所よ。そんなにアイツの怒りを買いたいのかしら?」

「うう…、で、でもアンタの能力があれば!」

「過信するんじゃないわよ。私の能力はあくまで隠密に長けているだけ。敵の力加減も分からないのに、姿を消した所で辺りを一掃されて終わりかもしれないのよ」

「じゃあ、どうするのよ?」

「簡単な話ね。真正面からぶつかって倒せないならば、外堀から埋める。それでも勝てないなら、敵の背後を取るのよ。フフッ、まあ見てなさい。これから……アイツの後ろ盾を壊しに行くわ」

「アンタのそういう時の笑顔、人に見せられたものではないわね」

「フフッ、アハハハハッ!久々に血が滾るわ〜。あの小娘の驚いた顔を見るのが今から楽しみよ!」

「本当に…性格最悪」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「またなの…」

「あっ、やっと帰ってきたか」

 ニジョウの家に帰ると、大広間でニジョウが私の分の食事を用意して待っていた。

 この一ヶ月、私は日付けが変わるまでキンカクジにいた後、帰ってみるとニジョウはいつもこうして私の帰りを待っていた。

「貴方、本当に飽きないわね。それに、いつも要らないって言ってるじゃない」

「そうはいかない!食事は豊かな生活の第一歩だからね。それに…君もそろそろ人間のように暮らしてみないかい?」

「 ‼︎ 」

 薄々気付いていた。

 妖怪である以上、自覚が無いは通用しない。人間のような生活をしていれば、人間に成れるなんて事は絶対に無い。いずれ綻びが出る。

 どんなに人間の生活をさせようと、それは真似でしかないのだと誰もが気付いている。そして、ニジョウ以外は更にその先に思い当たる。

「いい加減にしてくれないかしら…。寛容な私も許せない事はあるのよ?人間のように暮らす?……ふざけないで!貴方は私の何を知っているのよ!私の人生は理不尽なものだった…いや、理不尽なんてすらも存在しない。理由も無く、意義も莫く、命すらも亡くなった!夢なんて見られない。……もう、人間として生きられない」

 自分でも驚く程の大声で叫び、そして泣く。

 長年生きた。生きながらにして死んでいる。あの時皆と一緒に死ねたらどれだけ楽だっただろうか。あの時、あの時、あの時。

 後悔する時もあった。自分の存在を呪った。やがては誰かに殺されて、またあの苦しみを味わうのだと恐怖に震えた。

「私は!ここにいる妖怪とは違う!人間にいくら憧れても、本当の人間を知っている!生きていくのが苦しくて、生きていくので一生懸命で、食べる事も眠る事も自然に出来る人間と、化け物の私達は違う!……違うのよぉ」

 嗚咽を殺し、流れてくる涙を隠す為に下を向く。

 激情に任せて言ってはみたものの、おそらくここの妖怪達も知っている。いくら生活を真似た所で、人間とは『こんなもの』ではない…と。

 憧れても、羨んでも、二度と手の入らない暖かな陽の当たる場所。

 初めて泣いた。

 妖怪となって、自分の人生を恨んで来たけれども、今までは一度として泣く事は無かった。きっと、現実を知らなかったからだろう。

 人間の温かさがこれほどまでに輝いているなんて、今まで気付かないようにしていたのだ。

 どうやっても叶わない。そんな願いを口にし続ける事は愚かだと、悟っていた。悟ってしまっていた。でも、やはり願わずにはいられないのだ。

 もし、あの時あんな事が起きなければ、私はとっくに死んでいる。でも、今とは違う、きっとこんな気持ちを知らないままに、何も知らないままに死んでいくのだ。

 無知とはある意味幸せだ。

 知ろうとしなければ、知らなければ、いくらでも前を向ける。まだ次があるさと開き直れる。

 知り過ぎるのは、罪だ。

 知ってしまえば、そこから先は一方通行で引き返せない。知らなかったには、戻れない。

「……悪かったわね。困惑させて」

「いや、ようやく君の本音が聞けたから、別に良いよ」

 眼が少し赤くなるまで泣いた私にニジョウはそれ以上何も言わない。ただ、私の前によそったご飯を置くだけだ。『とにかく食え』という事らしい。

 あれだけ泣いた後に食べるのも気がひけるが、よそわれてしまっては無下にも出来ない。

 一口、また一口とゆっくりご飯を口に運ぶ。

 妖怪は食欲は無いが、食べる事は出来る。一種の嗜好品のような感覚だ。

「……おいしかったわ」

「お粗末さまでした」

 時間をかけてゆっくりと食べ終え、箸を置いて二人で黙り込む。どうにも気まずくてしょうがない。

「ねえ、縁側に行かない?」

「別に構わないけど。どうかしたのかい?」

「別に…話したい事が少しあるだけよ」

 私にはお気に入りの場所が二つある。一つはキンカクジ。飽きもせずにずっと見ていられる程、私はあの輝きに感動した。

 そして二つ目は縁側。

 こちらは別に感動したとかではなく、晴れた日には月や星が綺麗に見えるのだ。今まであまり注視していなかったが、こちらも時間を忘れさせる程に神秘的な光が空にある。

 今までは誰も夜中に縁側には近付いてこなかったし、私も近寄らせるつもりはなかった。ニジョウの人間の真似事は夜眠る事も含まれるらしいから。

「私、もう発つわ」

「随分と急だね」

 縁側で二人並んで、夕方から晴れだした空を見上げる。今日も、綺麗な星と月がそこにはあった。

 空を見上げている所為でニジョウの顔は見れない。でも、その声色には少し寂しさが含まれていた。

「今日一組のペアに会ったのよ。いずれ、ここも突き止められる。私ならともかく、ここで暮らしている彼らを戦わせたくはないでしょう?」

「そうだね、出来る事なら戦闘は避けたい。皆、このまま生きていって欲しいからね。でも、それは君に対しても同じだ。君だけが犠牲になるなんて、俺は許せないよ」

「犠牲になんてならないわよ。…ただ元に戻るだけ。そうね、動けなくなっていた私を介抱しただけ、今回はそれだけの事よ」

 そう。私達は初めから縁など無かった。関係は無く、ただ見知らぬ人に道を尋ねられた程度の弱い縁だ。

 それならば、誰にも迷惑は被らない。

「そうか…それなら、一つだけ聞いて良いかい?最後まで名前も知らないのは、悲しいだろ?」

「……無いわ」

「えっ?」

「名前は無いのよ。人として生きられないのだから名前なんて要らないと思って、もう忘れてしまった。笑えるでしょ?誰よりも人間に憧れたのに、人間なら誰でも持ってるモノを簡単に捨ててしまったんだもの」

 本当に、これ以上ないほどの皮肉だ。言った私自身が笑えてくる。食事をする事も、眠る事も、人間として当たり前の事を私は捨てた。

 人間に戻りたいと願いながら、早々に諦めて切り捨ててしまった。

 私が笑っている横で、ニジョウは何も言わない。先ほどの私を思い出して自業自得だとでも思っているのだろうか?

「じゃあ、カゲメだ」

「へっ?」

「名前だよ。安直過ぎるかもしれないけれど、君に抱いたイメージを名前にしてみた。…隠してたみたいだけど、時々影が不自然に動いてたよ」

 予想外の出来事に、視線を空からニジョウに向ける。すると、彼もこちらを見て笑っていた。私とは違う、卑下する笑いではなく、温かさのある思いやりの笑顔で。

「カゲメ…。本当に安直ね」

「でも、君らしい名前だ。服も髪も綺麗な程に黒いからね。『影』っていう単語は絶対に入れようと思ったんだ」

 カゲメ…影…黒…私のイメージ。

 そうだ。私の色は黒だ。何処にも行けず、何処にも行ける。その先は何も見えず、何があるか分からない。だから、いくらでも道がある。

「カゲメ…気に入ったわ。ありがとう」

「ああ、どういたしまして。そして、行ってらっしゃい、カゲメ」

 話はそこまで。私は何も言わずに立ち上がり、玄関へと向かう。

 薄情かもしれない。ここまでされて、私は何も言う事が出来ない。感謝の言葉も、今までの非礼の詫びも、そして……

「…行ってきます」

 彼の前で、このたった一言も。

 ゆっくりと扉を閉めてまだ暗い夜の闇へと身を溶け込ませる。

 胸には、小さな温もりが宿っていた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「さて、行くわよ」

「本当にココなんでしょうね?」

「貴女と一緒にしないで頂戴。伊達に二十回も行ったり来たりしてないわ」

 敵の数は二人。そのどちらともが見覚えのある顔。まったく、あれほど忠告しておいたと言うのに。

「ほら、さっさと火を放ちなさいな。そうすれば、煙から逃げてきた所をグサリと出来るわよ」

 そう言うと、二人の姿がだんだんと薄くなっていく。なるほど、そういう能力だったのね。

 影から伝わる情報を頼りに更に二人の動向を見守る。すると、確かに二人は木造の屋敷に近付いていく。その右手に『何か』を持って。

「さ〜て、点火五秒前!…三、二…一!」

「はい、そこまで。一歩たりとて動くんじゃないわよ」

 傍観はここまで、私は二人が持っている影を伸ばして首に構える。一歩でも動けば、その首を空に飛ばせるように。

「ほら、ビンゴだったわよ」

「ビンゴだったわよ、じゃないわよ!完全に裏を読まれてるじゃない!」

 人間の女がその手に持っていた『何か』を落として甲高い声を上げる。その『何か』が何かは分からないが、先程火を点けるなどと言っていたからその手の物なのだろう。

 人間の方は完全に戦意を喪失したようで、こちらの言う通りにして全く動かない。ただ甲高い声を上げて相方を罵るだけだ。

 そして、その相方はと言うと肝が据わっているのか、はたまた私に殺意が無い事が既に分かっているのか、首だけは動かしてあの邪悪な笑みを浮かべていた。

「やっぱり、貴女だけは只者ではないと思っていたわ。いつでも落ち着いているその胆力は相当な実力者ね」

「そこまで言われる程じゃないわよ。ただ、アホな主人に仕えてると自然と身についちゃっただけ。あなたは……命のやり取りで磨かれたみたいね。ご愁傷様」

「余計なお世話よ。しかし、懲りないわね。このままでは貴女達の首を落とさねば私に対する追撃は止まらなそうね?」

「めめめっ、滅相もありません!もう、何もしませんのでどうか命だけは!」

「……だそうよ」

 なんというか、少しこの妖怪は不服そうだ。どうやら人間と違ってこっちはかなりの戦闘マニアらしい。まあ、流石に主の言う事は聞くようだが。

 影の刃を首から離して二人を解放する。

 この二人の言は完全に信用出来るものではないが、この二人が私を追っているのは明白。なら、もうこの街を出る事を伝えれば、少なくとももう動く事はないはずだ。

「貴女達もご苦労な事ね。そこまでして私を追って何がしたかったの?」

「特に用なんて無いわよ。主が好き勝手言われて悔しい、って言うから手を貸しただけ」

「ちょっと、完全に私の所為みたいに言わないでよ!」

「どっちでも良いわ。何にしても、貴女達の言は信用に値しない。私はこの街を出る事にしたわ。追ってくるならお好きにどうぞ」

「そこまではしたくないわ。それに、これ以上関わると首を本当に取られかねないしね」

 賢明な判断だ。やはり、こっちの妖怪は相当に頭が良い。どうやっても私には勝てないという事を、先の一瞬で理解している。

 これなら、本当に問題無いか。

「そう。それじゃ、私は行くわ。あまり深追いするのはやめなさいよ。…そんなんじゃ、寿命を縮めるわ」

「以後、気をつけま〜す。…ねえ!あなた名前は?」

 後ろから聞こえる名前を問う声。

 今までも手合わせした妖怪が名前を聞いてくる事は何度かあったが、その度に私は無視した。…名前が無かったから。

 でも、今は違う。

「…カゲメよ」

「あっそ、私は神隠しの怪異 エンよ。機会があったらまた会いましょ、カ・ゲ・メちゃん♪」

 邪悪な笑みで挑発するように言ってくるエンという妖怪。挑発されたなら、返すべきだろう。

「そうね。お互い、神様に消されないように、気をつけましょう」

 笑う。エンを真似るように、それを超えられるように、黒く深く笑う。

 深淵を覗き込む事を許さない、絶対的な黒。それを体現するように。

「真っ黒ね」

「当たり前でしょう?私は…『影』だもの」

 また歩く。無限に広がる闇の中を模索するように、誰にも分からない道を拓いて行くように。



 街の外に出る頃には、少し空が白んでいた。

 きっと、彼は自分の寝床で寝ているのだろう。街を振り返って、彼の家がある場所に見当をつけて呟く。

「行ってきます」

 誰にも拾ってもらえないその声は、私の人生を狂わせた奴を探す為に流離う。

 きっと見つけ出す。あの日の惨劇を引き起こした犯人を。そして、終わらせてまた歩むのだ。今度は帰れる場所を、探しに。

「お腹空いた」

 つい癖で呟いたその一言は少し清々しさが入っているような気がした。

コン 「久々の〜スピンオフ〜!」

コル 「本当に久しぶりですね。…約一年ですか?」

カ 「作者の怠慢もあるのでしょうけど、流石に一年は長過ぎるわね」

セ 「まあ良いではないか。スピンオフよりも本編を重視した結果じゃし。そもそも、本来はここで入れるつもりも無かったみたいじゃぞ」

コン 「そうなんですよね〜。本来はもう少し後にするつもりだったみたいですが、そこの黒い幼女がネタ引っ張り出した結果がこれですよ」

コル 「まあ、今回は一話完結で済みましたし、私達も文句はあまりありませんが」

セ 「お主達、なかなかに鬼畜な手段を取ったものじゃな?作者が書き始める前から監視しに行くなぞ、本人はもっと長くする予定じゃったみたいじゃぞ?」

カ 「本当は三話完結にするつもりだったみたいね」

コン・コル 「長過ぎるわ!」

カ 「まあ、流石に三話完結は長過ぎると私も思うわね。正直そんなに話す事は無いのよ?本当に一ヶ月間ずっと眺めて過ごしてたし」

コン 「そういえば、一つ気になったんですけど、アレっていつぐらいの事なんですか?」

カ 「そんなに前ではないわよ。確か…冬を三十回位過ごしたかしら」

コル 「実質三十年以上前ですか。流石に長年渡り歩いただけの事はありますね」

コン 「既に私達よりも歳食ってるわね」

カ 「体はいつまで経っても十から進まないけれどね」

セ 「狐共と大して変わらないのじゃな?」

コン・コル 「一緒にしないで!」

カ 「そこまで否定しなくても…」

コン 「私達はまだまだ若いのです!ご主人と共に人生を歩んでましたからね!」

コル 「体は子供でも心は十七!まさに最盛期です!」

セ 「最盛期…のう」

カ 「セレ、考えるだけ無駄よ。この手の輩は事実を認めないから」

コン 「その大人な対応に腹立ちます!」

コル 「もっと年相応に!」

カ 「そんな事言われてもね…」

コン 「決めました!次回こうして皆が集まる時に、カゲメあなたは年相応の可愛さを見せなさい!」

カ 「はっ⁉︎」

コル 「良いですね、ソレ。では次までにシチュエーション並びにセリフを考えておきましょう!」

カ 「ちょ、ちょっと待ちなさい!私の意見は!」

コン・コル 「問答無用!」

カ 「え〜…」

セ 「なんというか…不憫じゃの」

コン 「というわけで、今回はここまで!」

コル 「次回は本編の方でお会いしましょう。出来れば、その時までには考えておきます、はい」

セ 「またの〜」

カ 「私の…意見」

コン・コル 「さよなら〜!」

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