第二話 コルの陽だまり願望
沢山の友達が出来た。
コンとは違う、本当の友達が。
それは、今の私だからこそ手にいれる事が出来た人達、今の私だからこそ出会えた人達。
今となっては懐かしい、ただ在るだけの記憶が教えてくれる、楽しい日々も。
私とは関係の無い、他人がやっていた出来事に過ぎない毎日も。
今の私ならば、謳歌出来る。
ああ、なんと素晴らしい事だろう。
沢山の大切な日々、沢山の大切な仲間、そして、私達がお慕いするあの方を、自分の手で護る事が出来るのだから。
あのお方に幸福を、あのお方に安らぎを、それが、私達に課せられた唯一の義務であり、願望。
向こうで私の名前が呼ばれている。
コル、早くおいでと呼ぶ、あのお方の声が。
さあ行こう。
今日も楽しい日々を、皆で過ごす温かな時間を、謳歌するのだ。
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こんにちは、狐の刀の片割れ、コルです。
まずは自己紹介、と行きたいのですが、基本的にはコンとたいして変わらないのが残念です。
ですが一応、名前はコル、年齢、体重は秘密、好物は和食全般です。
因みに片割れのコンは髪がショートなんですが、私はツインテールにしています。
ですから、見分けは髪でつけられると思います。
「コンさん、コルさん。」
不意に後ろから声を掛けられる。
私は隣にいたコンと共に後ろを向く。
そこにはいつもの無表情に、私達とたいして変わらない身長の少女が立っていました。
「すみません、何か用事でもありましたか?」
「いえ、特にこれと言って何も無いですよ?」
「何かあったんですか?土花さん。」
彼女の名前は青田 土花さん。
今、私達を自分の屋敷に置いてくれている、心優しい方です。
ご主人様が修行をしている内に三人で何回かお話をして、仲良くなりました。
私は土花さん、コンは土花と呼んでいます。
「はい、狩りも終わりましたし、ここは一つ、派手にパーティーの様な物を開きたいのですが、コンさんとコルさんに手伝いを頼んでも良いですか?」
土花さんは相変わらずの無表情。
だが、彼女には彼女なりの思いがしっかりとあるのです。
私とコンは互いに顔を見合わせて、笑顔で土花さんに向き直ります。
「良いですね!やりましょう!」
「はい。私達も、是非お手伝いさせて下さい。」
私達の返答に土花さんも頷きで返して来る。
土花さんはポケットから一枚の紙を取り出してコンへと渡す。
「その紙に、買って来て欲しい物が書いてあります。お金は玄関に置いておいたので、それを使って下さい。」
土花さんはそう言うと再び家事へと戻り出す。
趣味が家事って言うのは、あながち嘘では無さそうですね。
「コル、どうする?今から行っちゃう?」
何やらコンが浮かれている。
狐の耳と尻尾がさっきから動きっぱなしです。
どうやら、パーティーをやるのが相当楽しみな様ですね。
かく言う私も、さっきから尻尾の揺れが治まりませんが。
「そうですね。ご主人様達にはまだ言っていないようですし、サプライズをするなら行動は早めの方が良いでしょう。…ついでにカゲメも連れて行きますか?」
カゲメとは、最近起こった『狩り』、と言う仕事で出会った新しい同居人です。
ご主人様を傷つけたと言う事で、暫くはギクシャクしていたのですが、まあ私達はそんなに器が小さくはありません。
今では、ご主人様を狙うライバル…くらいの認識しかありません。
「カゲメ、今日はまだ部屋から出ていない様ですし、良い機会です。ついでに連れて行きましょう。」
私の提案にコンは少し考えていましたが、土花さんから貰った紙を一瞥すると、すぐに了承してくれました。
何が書いてあるんでしょうか?
カゲメの部屋は玄関のすぐ側、逃げたければ好きな時に逃げろ、とでも言いたげですね。
この手の挑戦は、鴉の野郎がやりそうな事です。たいして気にしません。
「カゲメ〜、生きていますか?生きていたら開けて下さい。別に死んでいても構いませんが。」
カゲメの部屋の襖を叩く、しかし中からは一切応答がありません。
本当に死んでしまったんでしょうか?
なんて思っている内に、静かに襖が開けられて行きます。
三分の一程開けられた襖からは、カゲメの手が見えてきました。
「何か用ですか?私はまだ眠いんですけど…。昼は私達、妖怪の活動時間外ではないんですか?」
「活動時間外ですが、活動出来ない訳ではありません。ここに住むのなら、時間を合わせるのが道理だと思いますよ?」
「剛に入っては剛に差し出せ、と言う事ですか…。」
うん、間違い。正しくは、剛に入っては剛に従え、です。
カゲメの手が徐々に上へと上がって行きます。
どうやら完全に起きた様です。
「カゲメ、今からパーティーの為に食材とか買いに行くから、早く準備してくれる?」
コンが襖に向かって話しかけます。
しかし、コンの言葉を聞いた途端、上がりかけていたカゲメの手が、どんどん下がっていってしまいました。
「ぱ、ぱーてぃー?何ですか、それ?もう少し分かりやすくお願いします。」
言語を理解出来ていなかった。
意外とカゲメは無知なのかもしれません。
「簡単に言うと…宴?」
「そうですね、…宴ですね。」
もう少し違う言葉もあったのでしょうが、残念ながら私達は基本的に、面倒事は回避の生き方をしています。
しかし、宴だけでなんとなく察しはついたのでしょう、カゲメの手が再び上がり始めました。
「宴…ですか。何か祝い事でもあるんですか?」
「祝い事、と言うか歓迎会ですね。私達含め、色々な人達がこの屋敷に来ましたから。土花さんの提案です。」
土花さんの名前を出した途端に、カゲメの手が震えだしている。
そう言えば、カゲメは土花さんの重力拘束を受けていましたっけ。
トラウマになってしまったみたいですね。
「ほらほら、カゲメの準備が終わらないと出かけられないんだから、迅速な行動を!」
カゲメの手が襖の奥に消えた後、すぐに襖は全開になり、いつもの黒いワンピースを着たカゲメが出てきました。
「私に準備の時間なんて、必要ありませんよ。服はこれしか持っていませんから。」
カゲメは黒いロングの髪を束ねる事なく生活している。
一緒にお風呂に入ったりしましたが、一切髪に対して気を払っていません。なのにあのサラサラ具合、無性に腹が立ちます。
「何をしているの?早く行きましょう?」
カゲメがこちらを向いて怪訝な顔をしている。
まさかライバルに気を遣われるとは、このコル、一生の恥。
「そうですね。行きましょう。」
少し拗ねた様な顔をした私は、隣で嬉しそうに跳ねているコンとカゲメと一緒に、近くの商店街へと足を運んで行きました。
あっ。勿論、尻尾と耳は隠してからですよ?
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「疲れた〜!」
「そうですね…。流石にあそこまで人が集まって来るとは…。」
今私達は買い物を終え、小さな公園のベンチにいます。
隣ではコンとカゲメがぐったりと互いの体を預けあい、疲労困憊の様相です。
「商店街とは聞いていましたが、昼はいつもこんな感じなんですか?」
「うん。大体あんな感じで、お店の人とか色んな人が集まって来る…かな。」
そう、私達は商店街に着くやいなや、商店街のおじちゃん、おばちゃんに囲まれてしまったのです。
脱出するだけでも一苦労だと言うのに、その上、買い物で遭遇したおじちゃん、おばちゃんにも大層可愛がられてしまいました。
危うくカゲメが影をだしかける、なんてハプニングもあり、本当に大変でした。
「さて、そろそろ移動しましょう。ここに居てはまた、見つかって追いかけられるだけですから。」
ベンチを立ってコンとカゲメを見ると、二人はいかにも不満一杯の顔をしていました。
「コル〜、もう少し休ませて〜。あと五分で良いから。」
「そうですよ、急いでも良い事はありません。妖怪はゆっくりしてこそですよ。」
二人の力説(?)に半分納得して再びベンチに腰を掛ける。
午後の陽だまりは心地良く、私達はゆっくり瞼を落としていきました。
意識の無い闇の中、夢を見る事もなく、ただ続く、水の中にいる様な浮遊感。
しかしその浮遊感の中に、確かな温かさがありました。…まるで、誰かに背中にいる様な。
いや、間違いない。確かに私は今、誰かの背中に乗っている。
そんな確信をしながら、まだ完全に働かない頭に鞭打ち、ゆっくりと瞼を開ける。
目の前には、見慣れた背中がありました。
「ご、ご主人様⁉」
「あ、起きた。おはよう、コル。」
ご主人様はこちらに顔を向けてニコリと微笑む。
そう言えば、この人はあの狩りから、前より笑うようになった。
何があったのかは知りませんが、何だかとても嬉しいです。
「ご主人様、えっ、あれ?私、確かベンチに…。」
「うん。いつまで経ってもコンとコルが帰らない、って青田さんが言うから、黒部さんも巻き込んで三人で探してたんだよ。そしたら公園のベンチでカゲメまで寝てるんだもん。本当に、三人で来て良かったと思ったよ。」
ご主人様はそう言って笑顔のまま、前方へと視線を向ける。
そこには、鴉の野郎に背負われたカゲメと、土花さんに背負われたコンが、幸せそうな顔で寝ていました。
「そう言えば、商店街の人が僕達が来る前から探していたけど、何かあったの?」
ご主人様の質問に思わず苦笑いで返す私。
あまり触れたくない領域になってしまいました。この商店街。
「あ、あのご主人様?土花さんから他に何か聞きましたか?」
「他にって?」
「いえ、何故買い物に行ったか…とか。」
今回の買い物は土花さんが企画したサプライズパーティー、ここはバレていない事を祈ります。
「ん〜、青田さんからは、ただ買い物に行った、としか聞いていないよ?それがどうかした?」
「い、いえ。何でもないんです。気にしないで下さい。」
どうやら土花さんは完全に隠してくれたみたいですね。…私達の所為でサプライズ失敗とか、洒落になりませんから。
「はあ〜、何だか疲れました。」
「まあ、最近色々あったし、仕方ないよ。何ならもう少し寝ていても良いよ?」
「いえ、それより、ご主人様に聞きたい事があるんです。」
「ん?何?」
「ご主人様は、何故今回の『狩り』に参加したのですか?」
ご主人様が狩りに行った理由、それをまだ私達でさえ具体的に聞いていないのはもどかしい。
故に私は今、ご主人様に問いかけます。
何故、あんな無茶をしたのかと。
「あはは、理由って言うか、少しでも華蓮を殺した奴が見つかる可能性がある以上、じっとしていられなくて。」
ご主人様はバツが悪そうな顔で答えます。
しかし、それは今までの様な怨みだけの表情ではなく、何か他に、理由を隠している様な…
「って言うのは、表の事情。裏の事情は、何の事はない、ただのストレスだよ。」
そう言ってご主人様はまた笑う。
本当の本心を晒した様な、観念した様な物言いで、私に告白する。
「らしくなく、怨みとか、苛立ちとか、そんな物を溜め込んでいたから、僕はその捌け口が欲しかっただけかもしれない。」
ごめん、とご主人様が謝罪する。
負担をかけてごめん、と操られていた糸が切れた様な、清々しい声で。
「…っんく、えぐっ、すん。」
「ちょっ!コル、何で泣いてるの⁉そんな泣かれる程の事したの⁉」
ご主人様の慌てる声がする。
ご主人様の顔と一緒に綺麗な夕焼けの空が、視界の中へと流れ込む。
その光景は神秘的で、私の心を溶かしていきます。
何でもありません、と言ってご主人様の背中に顔を埋める。
何があったのか知らないけれど、何も知らなくて構わない、そんな事を思わせてくれる程、その謝罪と夕焼けは私に元気をくれました。
涙が溢れる、感情が溢れる、感謝が溢れる。
これまでも、これからも、彼と一緒に居たいと思いました。
彼の刀になりたいと、彼の命を護りたい…と。
ああ、屋敷が近くなる。
私は結局、泣いたままです。
また、コンに泣き虫と言われそうですね。
ですが、今なら答えられそう。
これは、嬉し涙だ!…と。
「コル、コンが呼んでるよ。何か手伝ってくれってさ。」
「はい。…はい!行ってきます!」
ご主人様の背中から降りて、コンと土花さんの元へ走る私、すると背後から、あの声が。
「コン、コル!食堂で待ってるから、早くおいでよ!」
「「はい!」」
私達は笑顔で応えます。
私達は彼の刀、彼の家族、彼の相棒。
私達は、彼が居れば何にでもなれます。
彼を護るのが義務であり願望。
いえ、そんな言葉は建前です。私達は、義務や願望なんて言う理由で護っているんじゃありません。
それは前世の約束の様に、拘束力の無い空っぽの内容です。
ただ単に、私達は彼だから護る。
たとえ好きな所に行けと言われても、絶対に離れない。…そういう欲。
私の今の人生を楽しむ為の、愉しむ為の、欲望なのです。
彼と共にあれば楽しめる、何でもない日々も、辛く厳しい嵐の日も。
さあ、謳歌しよう。その日々を、その幸福を、その毎日を、その一瞬を。
私が、私達が、彼と共にある限り。
片府「ふい〜、疲れました〜。」
コル「やっと私の出番ですか。何か遅い気もしますが。」
コン「まあまあ、今回も泣いてしまったコルの為に私がサプライズを!」
ガス!ガス!ガス!
コン「コ、コル、ちょっとまっ!」
コンさんは退場されました。
コル「ふ〜。これで余計な事を言う人は居なくなりました。ここからは、私のターンです!」
片府「コルさ〜ん。そろそろ時間が。」
コル「えっ⁉私まだ何も言ってませんが⁉」
土花「何をしてるんですか?」
片府「あ、どうも土花さん。今ちょっと後書きで色々な人にコメントもらってるんです。土花さんも、どうですか?」
土花「そうですね。…では、次回も狐の事情の裏事情を、スピンオフ含め、宜しくお願いします。さようなら。」
片府「さよなら〜。」
コル「私の出番は、…どうなっているんですかーー‼」