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明日天気になったなら  作者: 桃 春花
第一部 龍の娘
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 あてがわれた部屋に帰ると、イリス一人が中にいた。

 お行儀悪く窓枠に腰かけ、膝に布を広げて何かやっている。

「あ、おかえり。楽しかった?」

 彼は私にすぐ気づいて笑顔を向けてくれた。

「うん……何やってるの?」

「髪を切ってるんだよ。そろそろうっとうしくなってきたから」

 右手でつまんだ房に、左手のナイフを当てる。え、切るってそんな、鏡も見ずに――とか思っている前で、彼は何のためらいもなくざっくりとやった。

 …………。

「短くするの?」

 イリスの髪は長い。後ろは背のなかばまで伸ばされている。顔回りの一部だけカットされていて、よく言えばワイルド、ありていに言ってざんばら髪になっている。それを全部短くして、スタイルを整えるつもりなのだろうか。

「いや、このへんだけ。全部切っちゃうとめんどくさいからね」

「なんで面倒なの」

「髪はすぐ伸びるだろ? 短いとしょっちゅう整えなきゃいけないじゃないか。で、つい不精してるうちに伸びまくって、うっとうしくなるからさ。もういっそ、伸ばしといた方がいい。邪魔な時はしばってしまえばいいし。ただ顔回りだけはね、落ちかかってくるのがうっとうしいから切ってるんだ」

 …………。

 たしかに、ショートヘアは結構めんどくさい。すぐ伸びてスタイルが崩れるし、寝癖で跳ねたりもする。だから私もセミロングくらいに伸ばしている。イリスの言い分にもうなずける部分はあるけれど。

 伸ばしたら伸ばしたで、シャンプーが面倒くさいと思うのだが。

 月一の散髪と、毎日のお風呂。どちらがマシか考えるまでもない。

「ああ、まあ洗う時はたしかに短い方が楽だね。でもそんなに違わないよ。平気へいき」

 ……このようすだと、多分適当に洗って適当に拭いて、その後ろくに手入れもせずほったらかしなのだろう。

 それでこのきれいな髪を保てているのがにくたらしい。私なんて毎日苦労しているのに。

「どう?」

 ナイフを下ろして、イリスは私にチェックを求めてきた。たいへんかっこ悪いですと正直に答えてもいいだろうか。

「えっと、このへんをもう少し……」

「切るの? ここ?」

 言いながらまたイリスは適当にナイフを当てる。だからなぜ鏡も見ずに!

「あの、よかったら私がやりましょうか?」

 見かねて提案すると、彼はうれしそうにナイフを渡してきた。

「やってくれる? ありがとう、頼むよ」

 受け取ったナイフは、けっして散髪用に作られたものではない。明らかに違う用途だ。もっとサバイバル的な、肉を切ったり狩ったり戦ったりとかそんなための。

 ずしりと重みのある刃物を受け取り、私は怖々と髪に当てた。人に刃物を向けるというのは、それが散髪のためでも何か怖い。おまけに使っているのはこんな凶器まがいだし。

 左右で長さがアンバランスになっている部分を調整して、どうにか見られる状態にしてやった。私もけっして慣れているわけではないから、おしゃれに仕上がったわけではないが、本人にやらせておくよりはよっぽどましだろう。どうにかワイルドと言えなくもないスタイルに落ち着いた。

「ああ、すっきりした。ありがとう」

 切った髪を捨てた後、鏡でチェックすることもなくイリスは爽やかに笑顔をふりまいた。

 ……ちょっと、だまされていたな。見た目のかっこよさに惑わされていた。この人、ものすごく大雑把で適当だ。実に男らしい。悪い意味で。

「なごむわ……」

「え、なに?」

「なんでもない」

 さっきまで(カーメル公)と化かし合いをしていた身には、彼の無頓着ぶりがゆるキャラ並みに癒しとなった。なんでもない時だとイラっときそうだけど。

「ハルト様たちは?」

「一旦船に帰ってる。そろそろこっちに戻ってくると思うけど」

「イリスは行かなくてよかったの? 護衛なんでしょ」

「誰もいなくなったらティトがびっくりするだろ。大丈夫だよ、他の連中が同行してるし、何よりトトーがいる」

「トトー君……」

 疑問が顔に出てしまったか、イリスはくすりと笑いをこぼした。

「ああ見えてあいつは強いよ。剣なら僕よりずっと強い」

「そうなの」

 あんなに小柄なのに。いつもぼやーっとした雰囲気で、荒っぽさを感じないのに。人は見かけによらないものだ。

「つまり、イリスは剣以外の物が得意なのね。どんなの?」

 訊ねると、イリスはちょっと目を瞠り、そして肩をすくめた。

「そう切り返してくるところがティトの鋭さだよね」

「鋭くなくてもわかるでしょ。剣ならって、それ以外のものを意識した言い方じゃない」

「いやー……どうだろうね。普通の女の子はそこまで考えないと思うけど」

 なぜか苦笑される。

「僕は飛竜騎士だからね。使うのは主に弓と槍だよ」

 なるほど。たしかに飛んでいる竜の背中で剣を振り回しても意味はない。

「トトー君は自分の竜を持ってないわよね。竜騎士じゃないの?」

「いや――そうか、言ってなかったね。竜には二種類あって、飛竜と地竜がいるんだ。トトーは地竜騎士。船に地竜を乗せても意味ないんで、連れてきてないんだよ」

「地竜……翼がない竜?」

「そう。そのかわり、身体は飛竜より大きいし力も強い。走らせても早い。地竜隊は怖いよ。騎士の戦闘能力だけじゃなく、竜そのものが強いからね。あれが地響きを立てて向かってきたら、大抵の軍は逃げ腰になる」

 飛竜だって馬より大きいのに、それよりさらに大きな竜か。たしかにそんなのが突進してきたら恐怖だろう。

「飛竜隊の売りは?」

「そうだな、やっぱり機動力かな」

「空からの攻撃っていうのも、相当な恐怖を与えそうだけど」

「ふふん、どうして?」

 む。なんだその挑戦的な表情は。

「自分も飛べないなら、手の届かないところから一方的に攻撃されるわけでしょ。ひたすら逃げるか防ぐしか手がないわ。魔法が使えれば対抗できるけど」

「魔法は使えないねえ。ティトの世界には魔法使いがいるのかい?」

「物語(二次元)の中に腐るほど。矢を射かけるにしても、飛竜は動きが早いから狙いにくいでしょうね。頭上に向けて射るわけだから、外れれば自分たちに向かって落ちてくる。かなり嫌な敵よね」

「ふむふむ」

「私が飛竜騎士だったら、その辺の兵士なんか無視して、いきなり敵の本陣まで飛んでくかな。で、上空から油をまいて、そこに火矢を射かければいい。本陣が燃え上がったら前線で戦ってる兵士も浮き足立って、総崩れになるでしょうね」

「おいおい……」

 話しているうちにイリスの笑顔が引きつり気味になってきた。何を驚いているのだろう。イリス自身が機動力が売りだと言ったのではないか。

「ティトは兵法でも学んでいたのかい?」

「まさか。そんなの学校で教えたら大問題よ」

「……平和な国なんだね。けど、それならなんで戦のことに詳しいんだい」

「なんにも詳しくないわよ。今のは適当に考えただけ」

 ゲーム画面上ではさんざん戦ったが。

 飛行系の敵は厄介だった。すばしっこいし通常の攻撃は届かないし。だからゲーム中ではちょっと上ランクの敵として登場することが多かった。また自分が飛ぶ場合は、移動距離や攻撃回数が制限されていた。でも実戦ならそんな制限はないから、さっき言ったみたいな反則技が使えるだろう。

「適当であれか……」

 イリスは何やら考え込むようすだ。こっちにはゲームなんてないのかな。コンシューマーゲームとはいかないまでも、ボードゲームくらいあってもよさそうだけど。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

「竜を持っているのはロウシェンだけだって聞いたわ。他の国には竜騎士がいないのよね?」

「ああ」

「つまり、相手には飛行能力がない。ということは、飛竜隊が出てきた時点で勝敗は決してるわよね。地竜も威力があって恐れられるでしょうけど、やっぱりいちばん怖いのは飛竜隊だと思うな」

 昔、戦闘機に竹槍で対抗しようとした国があったっけ。馬鹿馬鹿しい限りだが、普通の兵士と飛竜騎士とでは、そのくらい能力(スキル)に差があるはずだ。

 どれほど強固な砦を築いても、どれほど屈強な兵士をそろえても、そんなもの無視して頭上を通過してしまえる。飛竜騎士は反則だらけな存在だ。他国にとっては腹立たしくもあり、また垂涎の的でもあるだろう。

「だったらロウシェンはとても強い軍を持っているってことよね? 攻められたりしないって安心してもいい? 私戦争なんて怖い……」

 ちょっと気弱っぽく言ってみれば、イリスは器用に片眉だけ上げた。

「そんな気の弱そうな子には見えないけど? ティトはおとなしいけど胆は据わってそうだよね」

 失礼な。私は普通のかよわい少女だ。戦争を知らない平成生まれだ。怖いに決まっているじゃないか。

「ま、戦争はしてないから安心しなよ。少なくともリヴェロとは、カーメル公の即位以来友好関係が続いてる。アルギリとはたまにもめるけど、大がかりな武力衝突なんて百年も昔にやったきりだ」

 うん、予想どおりだ。もし紛争中だったなら、君主が大した数の護衛も連れずに国外を旅行するはずがない。船に乗っている人員はおそらく三十人ほど。この離宮を訪れるにあたっては、たった六人しか連れてきていない。いくら腕の立つ人や飛竜がいるにしたって少なすぎる。

 他の国は海の向こう。この世界に長距離弾道弾なんてなさそうだし、船を使うにしてもあの帆船クラスじゃ大した数の兵士は運べないだろう。そんなに遠征するなら、軍を維持する糧食はどうするのかという問題も出てくる。海を越えて戦うのは難しそうだ。

 そしてロウシェンには竜騎士がいる。

 安心していい材料ばかりだった。なのに私の頭には、ずっと警告灯が点滅していた。

 本当に大丈夫?

 イリスは戦闘を経験している。おじいちゃんから伝え聞いた話という口ぶりではなかった。自身の経験に裏打ちされた、実感のこもった話し方だった。

 そうした出来事が近い過去にあったのだ。

 ならば、この先だって起こり得る。

 その相手は、どこの国なのだろう。




 その後私は一人考え込む時間を過ごした。一度に入ってきた情報を整理し、まとめなおす作業が必要だった。足りない情報もある。時折イリスやハルト様に訊ね、また考える。そんな私を彼らが不審そうに見ているのは知っていた。

 ハルト様の方から呼ばれたのは、翌日の昼過ぎだった。

「カーメル殿からそなたのことについて打診をされた。そなたの身の振り方が決まっていないのなら引き取りたいという申し出だったのだが……昨日、彼とどのような話をしたのだ?」

 さっそく来たか。まあ当然だな。ハルト様もそう長期間滞在するわけではないから、ぐずぐずしている暇はない。

 驚くみんなに反して、私は冷静だった。もう大体の考えはまとまっていた。

「詳しいことは何も話していません。私が一人で生き延びたこと、今後のことが全く未定だといった部分だけです。細部は省きました」

「省いた?」

「あちらがどう解釈されたのかは知りません。私がどこかの村娘で、襲撃を受けて生き残ったとかそんな風に思われているかもしれませんね」

「なぜそんな話し方を……」

 理解に苦しむといった顔のハルト様の正面に立ち、私は真剣に訊ねた。

「先に確認させてください。以前にお願いした、私がこちらで自活していくための支援は期待してもいいのでしょうか。贅沢を言う気はありませんが、衣食住を確保できて、将来的にはちょっとくらい貯金もできて老後に備えられるようなお仕事がほしいです」

「その歳から老後を考えずとも……むろん、いい加減にするつもりはない。そなたのことには責任を持つ気だ」

「最初はお世話になりっぱなしでしかいられません。恩返しができるのは何年も先でしょう。それも大したことはできないと思います。それでもかまいませんか?」

 ハルト様は大きく息をついた。呆れた顔だった。不快感も浮かんでいた。

「見返りを期待していると思っていたのか? そなたのような小さな娘があやうく死にかけて、異境で一人頼るものもない立場にあるのを、ただ助けようと思うのが信用できぬか? そなたなら、そういう時相手を損得だけで助けるのか」

「無条件の善意はとても素晴らしいことだと思います。でもそれを実行するにはいろいろと障害があります。個人の力ではとても大変です。社会の助けがないと難しい。私は善意だけでは動けないことを非難するつもりはありません」

「……言っていることはわかる。だが私は公王だ。娘一人を助けるくらいなんでもない。そなたの危惧は不要だ」

「はい、そうですね」

 私はにっこりとほほ笑んだ。

「大変失礼だとは承知していますが、ハルト様の反応が見たくてわざと言いました。ごめんなさい」

「…………」

 ハルト様はあんぐりと口を開けた。周りの騎士たちも同様の反応だった。

「一体……何を……」

「私、基本的に他人が信用できないんです」

 本来なら口にすべきではないことを、私は告白した。嫌われてしまうかもしれない。でも、この人にはちゃんと思うことすべてを伝えたかった。

「意地悪な人をたくさん見てきました。嫌がらせをいっぱいされました。もっと大勢の人に、見て見ぬふりをされました。うわべだけ優しそうにしても、内心では面白がっているような人も多かった。だから他人の言葉も笑顔も信用できません」

 なぜだろう。こんな話、家族にだってしなかったのに。私を心配してくれた姉や弟にも、いつも大丈夫だと笑って愚痴なんか言わなかったのに。

 この人には聞いてほしいと思ってしまう。話して、それで嫌われることになっても、この人とは本音で向き合いたかった。

「誰もかれもが悪意にまみれているなんて思いません。善良な人も多いでしょう。でも基本的に、人は自分のことで手一杯なんです。私自身そうです。なかなか他人のために損得抜きで尽くせるものじゃない。それができる人を心から尊敬しますが、私はそんな人間になれないし大抵の人もそうでしょう。だからまず、無条件の善意なんて求めてはいけない。人に助けを求める前に、自分で自分を助けなければいけない。私はそう考えています」

 路頭に迷うか否かの瀬戸際で、ハルト様たちだけが唯一の命綱。そんな状況を思えば、彼らに見限られそうなことを言うべきではない。もっと殊勝にふるまって、少しでも同情を買うべきだ。頭の一部ではそう計算しているのに、口はどんどん動いてしまう。

「今の私は、自力だけで打破するのは難しい状況です。どうしても他人の助けが必要です。でも最初から頼りきって甘えっぱなしな人間ってどう思います? 助けてやろうって気持ちが薄れませんか? 私だったらそんな奴突き放したくなります。自分もできる限りの努力をして、助けられた分お礼もしようって考えるくらいでないと、相手の善意に見合わないでしょう。いたって当たり前のことなんですけど、小難しく理屈で説明するとこうなります。これで答えになっていますか?」

「う、うむ……?」

 半分うなずき、半分首をかしげるという複雑な反応をハルト様は見せる。

「で、助けをお願いしているハルト様のお人柄を、あらためて確かめたかったんです。失礼で申しわけありません」

「…………」

 ハルト様は額に手を当て、しばらく難しい顔で瞑目していた。

 座る彼と、その正面に立つ私。少し離れて、騎士たちが見守っている。イリスとトトー君も黙ってやり取りを聞いている。

 可愛げのない小娘だと、誰もが思っていることだろう。ずっと親切にしてくれていたイリスにも、これで一気に嫌われてしまったかな。

 少しだけ、気持ちが重くなる。誰にであれ嫌われるのはうれしくない。できれば誰にも嫌われずに生きていきたい。あの子みたいに、すぐに友達ができて話の輪の中心で楽しそうに笑っている人がうらやましかった。私だって、できることならあんなふうになりたかった。

 でも、私はどこで何をやったって、いつも嫌われるのだ。誰にも迷惑をかけず、すみっこで地味にしているつもりでも、気づけば周りから敬遠されている。そしてそのうち、攻撃してくる人間が現れる。

 自分でちゃんと理解できなくても、私には何か大きな欠点があるのだろう。きっと隠しようもないほどに。

 だったら、いい子のふりをしても無駄だ。彼らにもいずれ私の欠点は知られるのだろうから。

 私はけっしていい子なんかじゃない。根暗で、疑り深くて、可愛げのない理屈屋だ。それは事実。

 でも私だって精一杯考えている。できるだけ人に迷惑をかけないで、真面目に生きようとしている。私は私なりに、善良であろうと努力しているのだ。

 そのことを、少しでも彼らに理解してもらえたらいいなと思う。

「……ひとまず、話はわかった」

 ハルト様が言った。目を開けて再び私を見る。穏やかな顔に浮かんでいるのがどんな感情なのか、私にはわからなかった。嫌悪感ではなさそうだと思うけれど、それはただの願望だろうか。

「そなたは本当に賢い子だな。しっかりしていて、強い子だ……だが、わかっていないことも多い。私には、そなたはやはり幼い子供にしか思えぬ」

「……はい」

 深くハルト様は息を吐く。息と一緒に何かを吐き出して、笑顔に戻ってくれた。

 しょうがないなという顔だ。ああ、なんだか無性に両親を思い出す。

「それで、私はそなたの試験に合格できたのかな。私の答えは正解か?」

 私は笑った。ちょっとぎこちなくなってしまったかもしれない。出てこようとする涙を全力で引っ込ませる。

「自分が不運なのか幸運なのかはわかりませんが、ハルト様と出会えたことは大きな幸運だったと思っています。私を見つけてくれたイリスとトトー君にも心から感謝しています」

 トトー君が小さく肩をすくめた。イリスの笑顔はハルト様のものとよく似ている。

「そうか。ならば、今後のことについても心配しなくてよいと思えるな?」

「はい」

 ハルト様はうなずいた。私の方は合格できたのだろうか。彼らに、少しはわかってもらえただろうか。

「では、初めの話に戻るが、カーメル殿の申し出はどうする? そもそもなぜ彼がそんなことを言い出したのか、いきさつを知りたいのだが」

「ああ、いいんです。あの人のお世話になる気はありませんから」

「え、あ、うむ……?」

「まあ、ハルト様たちがもっと意地悪だったり冷たかったりするなら、あっちに乗り換えるのもアリかなとちょっとくらいは考えましたけどね。天秤にかけるまでもなく、両者の違いははっきりしてますので、その気はないです」

「うむ……?」

「私、あの人嫌いですから」

 はっきり宣言した時の周囲の反応は見ものだった。

 ある程度驚かれるだろうとは思ったが、ここまで大きな反響があるとは思わなかった。

「嫌い? なついていたように見えたが」

「とろけそうな顔してたじゃないか……てっきり惚れたと思ったけど……」

「うそだろ。あのカーメル公に惚れない女なんているのか!?」

「女どころか男まで引っかける天性の魔性だって評判の御仁だぞ。なんで嫌い!?」

「くうぅっ、男は顔だけじゃないんだなっ。よかった、生きててよかった……っ」

「俺にもまだ希望は残されているのか……!」

 ハルト様とトトー君の反応はともかく、それに続く騎士のみなさん、何か妙な盛り上がりしていませんか。どんだけ女に不足してるんだ。カーメル公はたしかに美形だが、ワイルドな男が好きとか、ちょっとダメな男に弱いのとか、オヤジ萌えとかショタとか、いろんな好みの女性がいるだろうに。

 一人、イリスだけが、

「うん……なんとなく、そうなんじゃないかと思ってた。嫌いとまで言うとは思わなかったけど、惚れてるにしてはなんか妙だったもんな」

「え、どこが?」

 それは聞き捨てならない。私の演技に問題があったのかと食いついてしまった。

「カーメル公の前ではたしかにうっとりしてるんだけど、彼がいなくなった途端普通に戻るだろ。聞きたがる話は軍事や国同士の関係ばかり。カーメル公の話なんてほとんど出てこない。恋する女の子って雰囲気じゃないだろう」

「うっ……」

 しまった。言われればたしかにその通り! 当人の前でだけ取り繕えばいいってものではなかった。なんて間抜けな。

 そしてその失態を、この大雑把男に見破られるとは。

 イリスは腕を組み、ちょっと意地悪な笑顔を私に向けた。昨日竜騎士について話していた時と同じ、こちらを挑発してくる表情だった。

「あれ全部演技とはね。ティト、君相当いい性格してるね」

 私はつんと言い返す。

「カーメル公には負けるわ。向こうからしかけてきたのよ。私は売られたけんかを買っただけ」

「どういうことだ? カーメル殿はそなたのような娘に喧嘩を売る方ではないぞ。立派な人物なのだが」

「王様としては立派でも女の敵です」

 言い切る私にハルト様は目を白黒させた。

「まあ、それはともかく。話がそれましたね。カーメル公の誘いに乗ったのは、あの人が何を狙っているのか知りたかったからです。イリスには戦争してないから安心しろって言われましたけど、私の見たところけっこう危険は高いんじゃないですか? おそらく、島外の国との間に。リヴェロとはちゃんと理解し合って、今後に備え協力態勢を強化するべきでしょう。お世話になっているささやかなお礼として、両者の橋渡しができればと考えています」

 本当言うとカーメル公には痛い目みせてやりたかったのだけれど。

 そこまで悪質な相手ではなかった。あの人はあの人で、ちゃんと事情があって行動していただけだ。

 だから報復はあきらめる。気にくわない相手だけれど、個人的な感情は排除する。

 私はハルト様に、明日カーメル公との話し合いの場を設けてほしいとお願いした。

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