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「ティト……っと」
別方向から声がして、私とリヴェロ公王は同時に振り返った。イリスが来ていた。彼はリヴェロ公王を見て居住まいを正し、お辞儀をした。
「これは失礼いたしました。その子が何かご無礼でも?」
礼儀正しい態度だけど、どこか警戒心を含んでいるようにも思える。
リヴェロ公王はやんわりと答えた。
「いいえ、無礼など何も。姿を見かけたので挨拶をと思い、立ち寄ったまでです」
「……左様ですか」
イリスが一瞬こちらを見る。私はあいまいな笑顔をキープしたまま、黙って二人のやりとりを見守った。
「用意しておいたものに、不足はありませんでしたか。必要なことがあれば、いくらでも言ってくださいね」
「ありがとうございます。おかげさまで、快適に過ごさせていただいておりますよ」
「それはよかった。では、またのちほど」
リヴェロ公王は私にも会釈をし、その場を立ち去った。お供を引きつれた彼が廊下の向こうに姿を消すと、イリスが私を振り返った。
「ちょっとびっくりしたな。彼に何か言われた?」
私は首を振った。
「ううん、こんにちはってご挨拶しただけ。あと名前聞かれたから答えた」
「わかったと思うけど、あの方がこの国の公王陛下だよ」
「うん」
イリスはバルコニーの手すりに腰かけた。私では座るにはちょっと高すぎる場所が、彼にはちょうどいい。それほど長身ではないものの均整のとれた見栄えのする体型だから、こんななにげない姿勢もグラビア写真のように絵になっている。
そんな彼と斜めに向かい合う位置で、私は造り付けのベンチに座り直した。
「王様っていうからもっとおじさんなイメージしてたけど、ずいぶん若い人だったのね。三十歳くらい? ハルト様より下よね」
「うん……たしか、まだ三十にはなってなかったんじゃないかな?」
私に聞かれてイリスは首をひねる。
「彼が即位したのはもっと若い頃だよ。二十歳になるかならないかだったって聞いてる」
「私の国にも王様……呼び方は違うけど、そういう立場の人がいたの。政治には関わらないから、どんなに若くで即位しようとかまわなかったし、亡くなるまで退位しないから最終的にはうんとお年寄りだったんだけど、こっちではどうなのかな」
「ああ……キサルスがそんな感じだな。あ、キサルスっていうのは隣の島だけど」
「この島では違う?」
「うん。このシーリース島の三公国は、王が政治および軍事の頂点だ。だから、あまりに幼すぎても高齢すぎても問題だね。そういう場合は摂政が立つ」
「二十歳は王として適切な年齢?」
イリスは軽く苦笑した。
「ティトは時々鋭いこと聞くよね」
「そう?」
「そうだよ。普通の女の子はあまり気にしないようなところに目をつける」
そんなことしたっけ? まあ、私が変人だってことは認める。小学校の頃からずっと、クラスで浮いていたからね。
なるべく周りに合わせようと思うのだけれど、根本的にどこかおかしいのだろう。だからなじめない。きっとイリスもそれを感じているのだろうな。
「さっき、二十歳くらいで即位したって言った時のイリスが、少し微妙な雰囲気に思えたの。だからその年齢に何か意味があるのかなって思って」
「……そんなにわかりやすかったかな。ま、正解だけど。二十歳は子供じゃないよね。十分大人として働ける年齢だ。ただ、一国の君主となるには若すぎる。経験が足りているとはとても言えない」
「でしょうね」
毎年ニュースで成人式のようすを見るたびに思っていた。彼らのどこが大人だろうと。私よりは年上でも、まだまだ一人前とは言えない人達だった。日本とこことを単純比較はできないが、二十歳という年齢は、これから大人になろうというスタートラインに思える。
「そんな歳で即位されたのなら、大変だったでしょうね。それとも、摂政がいたの?」
「彼に限って言えば、いなかった。歴史上そういう王はたくさんいるけど、カーメル公は初めから名実ともに君主だったよ」
「名実ともに」
「そ。あんな優しそうな顔して、実はすごいやり手だよ。怖いんだ」
イリスはおどけた言い方をするが、冗談ではなく本気で言っているのだろう。リヴェロ公王――カーメル公と対面した時の、ちょっと警戒したようすがそれを物語っていた。
「海に隔てられてる他の国と違って、ロウシェンとリヴェロ、あとアルギリだっけ。この三国は地続きだから国同士のお付き合いが緊密になりそうね。もめごとも起こりやすそうだけど」
「おっしゃるとおりです」
「ハルト様はハト派っぽいけど、カーメル公はどっちなのかな」
「ハト?」
「ええと、穏健派ってこと。反対に過激なのはタカ派」
「ははあ」
イリスは面白そうに笑った。
「ティト、君の国では十六歳の女の子がそんな話をするのは当たり前なの?」
「……どうかな」
情報を入手するのは容易だった。テレビや新聞が毎日ニュースを流してくれる。インターネットもある。誰もが自宅にいながら世界の動きを知ることのできる時代だった。
でもクラスメイトたちの会話に政治や世界情勢なんてものが出てくることはない。話題の大半は、もっと身近なことだった。あるいは芸能人やスポーツ選手の話だ。私だって、学校で世界情勢について話したことなんかない。
知っていても話さない、が普通かな。
「今は特別よ。だって王様と一緒にいて、そういう話題が流れてくるんだもん」
「そんなものかな……そうだね、カーメル公は過激というわけじゃない。外交の姿勢はむしろ穏健派だな。でも、やる時はやる人だよ。あの方が即位された当時、リヴェロは国内でもめていたんだ。ほとんど内戦状態だったのを、カーメル公が鎮静させた。ありとあらゆる手段を用いてね」
ありとあらゆる……詳しく聞かない方がよさそうだな。ちょっと興味はあるけれど。
「それから足元を固めて、味方を増やし敵をつぶし、着実に権力を中央へ取り戻していった。外国へは穏便な態度だからいいものの、あれで領土拡大に欲を見せるような人物だったらたまらなかったね」
「ふうん」
でもカーメル公はまだアラサー。十分に若く精力みなぎる年齢だ。これまでは国内を落ち着かせることに力を入れていたが、それが一段落したら次はどこへ目を向けるのだろう。そんなことを、ちょっと考えてしまった。
「つまり、とても有能で油断ならない人物だと。だから警戒するけど、悪い印象を持ってるわけじゃない。一目置いておつきあいしてるってとこね」
まとめた情報を確認のために言ってみせると、イリスは目を丸くした。
「どうしてそう思うの?」
「どうしてって……イリスがそう言ったんじゃない」
「やり手だとは言ったけど」
「そうよ。でも言い方や態度には敬意が感じられた。嫌いな人のこと言ってるようには見えなかったわ。だから、立派な人だと認めてるんだろうなって思って」
「うーん……」
イリスは銀色の髪に手を突っ込んで、くしゃくしゃと乱暴に頭をかいた。
「僕そんなにわかりやすいのかな」
「わかりやすかったわよ?」
「あはは……」
なにやらがっくりしているようすのイリスから視線を外し、私は見るともなしに外の風景へ目を向けた。頭の中では、さっき会ったカーメル公のことを思い出しながら。
ごくわずかな時間のことだった。交わした言葉はほんのひとことふたこと、社交辞令な挨拶だけ。なのに印象は強烈だ。
男で、王様で、やり手で、そして超美形。
心の底から、全身全霊で、関わり合いたくない類の人物だ。
けれど、どっぷりと関わることになるんじゃないか――そんな嫌な予感がひしひしと押し寄せていた。
私の予感は当たっていた。
その日の晩ご飯――もっと立派に晩餐と言うべきだな。家主がお客さんを招いての食事の場に、なぜか私も同席させられることになった。
そういえば廊下で会った時、カーメル公がそんなことを言っていたっけ。ただの社交辞令だろうと思っていたのに、わざわざ名指しで招待されたものだから、私だけでなくハルト様たちも驚いていた。
「いつの間にカーメル殿と知り合ったのだ?」
ハルト様に聞かれて、私は廊下で会ったことを答えた。
「そういえば、晩ご飯に招待するようなことをおっしゃってましたけど、ただの社交辞令だと思って聞き流してました。本気だったなんてびっくりです。私が出ていい場所じゃないと思うんですけど、どうしましょう」
「向こうが招くと言ってきたのだ。遠慮する必要はなかろう」
「何か、勘違いされているのかもしれませんよ? 私のことどう説明なさったんですか?」
「……身寄りのない子を、保護していると」
「それだけ? ……じゃあ、ハルト様に対するパフォーマンスなのかな」
「ぱほーまんす?」
「なんでもないです」
首をかしげるおじさんをほっぽって、私は考えた。王の地位にある人が、私なんぞに関心を抱くことはないだろう。私自身を招きたくて招待したのではなく、そういう態度をハルト様に見せたかったのではないか。
寛大を示すためか、それとも何か別の思惑があるのか。どっちにしろ、巻き込まれた私にはいい迷惑だ。
「私、こんなヨレヨレの格好ですし、こっちのマナーとか知らないですし、ハルト様に恥をかかせてしまいそうで心配です。カーメル公にも不愉快な思いをさせてしまうかもしれません。お断りした方がいいと思うんですけど……」
ウザいめんどくさい関わりたくないという内心を隠し、私はしおらしげに言った。もっともらしい理由を並べて、行きたくないとハルト様に訴える。しかしうまくいかなかった。ちょっと表現が婉曲すぎたか、ハルト様が空気読まないからか、安心させるような笑顔を返されてしまった。
「気にしなくてよい。そなたの食べ方はきれいだと思うぞ。カーメル殿も、そなたが貴族の令嬢などではないことを承知の上で招待されたのだ。うるさいことを言われる方でもないし、だいじょうぶだ」
「いえ、でも……」
「服装が気になるか? ふむ……若い娘なら当然か。急いで手配できるかな?」
騎士たちを振り返って何か命じようとするものだから、私はあわててさえぎった。
「いえっ、それはいいです! どんな服が出てくるかわかりませんけど、着慣れない服で行ったらかえって失敗しそうです」
「む、それもそうか」
納得してくれたのでほっとする。今からディナーに間に合うように服を用意するだなんて、命じられた人には大変な迷惑だろう。着替えは必要だからいずれ何かは手に入れたいが、おしゃれ服は必要ない。普段着だけでいい。あとパンツの替えはほしいな。
もういい、腹をくくろう。来いと言うなら行ってやろうじゃないか。どうせ私自身なんかどうでもいいんだ。招いたという事実だけであちらも満足だろう。
割り切ることにして、私はハルト様とイリス、トトー君の三人とともに食堂へ出向いた。
イリスとトトー君はハルト様の護衛をかねてだろうが、ちゃんと招待もされている。もしや、私が思っている以上に彼らも偉い人なのかもしれない。そのうちさり気なく聞いておこう。
あきらかに一人場違いに浮いている私に、使用人の人たちがちらちら視線を向けてくる。友好的なものでないと感じるのは、私が卑屈すぎるだろうか。多分間違ってはいないと思うのだが。
カーメル公は、表面上は完璧に友好的だった。オマケの私にも親しげに挨拶をしてくれて、来てくれてうれしいという態度で出迎える。会談の場でどんな話をしたのか知らないが、ここではなごやかに当たり障りのない話題が交わされた。私はつつましくオマケの立場に徹して、水を向けられないかぎり自分からは口を挟まず、黙々と食事を進めた。
船での食事はかなり質素なものだったのだと知った。ハルト様は旅行中でも豪華な食事を要求する人ではないらしい。みんなと同じものを食べていて、それは今目の前に並ぶ料理とはまるで違うものだった。
王様の食卓としては、多分こっちの方が普通なのだろう。どれも手の込んだ料理だということがわかる。品数も多く、テーブルの上があふれんばかりに料理で占められている。
フルコースのように順番に配膳される形式の食事ではなかった。とにかくごちそうを並べて、それぞれが食べたいものを食べる方式だ。おかげで助かった。
味も見た目も、おおむね日本で食べていたものと大差ない。びっくりドン引きゲテモノ系はなくてよかった。しかしとにかく量が多い。ハンパない。ハルト様たちをそっとうかがうと、それ一つだけで満腹になりそうなお皿を次々平らげていく。小柄なトトー君も、お人形みたいなカーメル公も、私から見ればあり得ないほどの健啖家だ。やっぱりこっちの人たちはよく食べる。そういう体質なのか、それとも成人病まっしぐらな食生活なのか、若いふたりはともかくそろそろメタボを気にすべき年頃のハルト様とカーメル公、お腹周りは大丈夫ですか。
「あまり食が進んでいないようですね。チトセの口には合わなかったでしょうか」
ちまちま食べている私にカーメル公が訊ねてくる。不愉快に思わせてしまっただろうか。
「いいえ、とてもおいしいです。ごちそうがいっぱいで幸せですけど、たくさんすぎて食べきれないのが残念です」
「ほとんど食べていないように見えますが」
「チトセは小食なのですよ。ミル一個で満腹になる子なので」
ハルト様ナイスフォロー。料理に不満があるわけじゃないんだと、アピールよろしく。
じつのところ、苦手な肉料理が多くて苦労しているのだけど。こういうご馳走って、どうしても肉系でこってりしたものが中心になるよね。味の濃いものや脂っこいものは嫌いだからつらい。肉はちょびっとだけつついて、ほとんどサラダや果物ばかり食べていた。
男性陣は食事をしながらお酒も楽しんでいる。複雑な模様にカットされたグラスを手に、カーメル公は私に微笑みかけた。
「まるで小鳥のようですね。珍しい色と愛らしい鳴き声の小鳥……ハルト殿が可愛がられるのがよくわかります」
……えーと。
ちょっと寒かったけど、ここは引いてみせる場面じゃないよな。
美形にお世辞を言われたら、女としては喜ぶべきだろう。私は頑張ってはにかんだ微笑みを返してみせた。視界の片隅でイリスとトトー君が微妙な顔をしている。なんだよ、あんな寒いリップサービス、真に受けたりしないぞ。でもここはうれしそうにしてみせるべきだろうが。
「若いお嬢さんがいらっしゃると知っていれば、もっと喜んでもらえそうなものを用意しておいたのですが。チトセは何がお好きでしょう? 滞在中、楽しんでいただけるようにしたいので、よければ教えてくださいませんか」
そうですね、漫画とアニメとゲームが好きです。小説も読みます。ゲームは乙女ゲームからアクションRPG、シミュレーションに落ちモノなんでもござれです。
――とは言えないよなあ。
「物語(漫画・ラノベ・同人誌)を読むのが好きです……あまり出歩かない方なので(軽く引きこもり)家でひとり遊びをすることが多かったですね。(ゲームとか、ゲームとか、あとネットとか)どうぞお気遣いなく、この離宮や街の風景を眺めるだけで十分楽しめます。こんなところ、滅多に来られませんし(ここは本当)」
何重にもオブラートで包み、丁寧に、ほっといてほしい旨を伝える。これで話は終わると思った。相手は招待者としての誠意を示し、私も礼儀正しく答えた。儀礼的なやり取りが完了して別の話題へ移ると思ったのに、予想に反してカーメル公は私に話を振り続けた。
「では、明日はこの離宮を案内しましょうか。見ると言っても、ごく一部しかまだ見ていないでしょう? ここは二百年ほど前に建てられたもので、修繕は行われていますが基本的に昔のままの造りです。今では珍しいものも多いですから、面白いと思いますよ」
むむ。これはちょっと返答が難しい。
離宮の見学ができるのはありがたい。正直興味はある。
しかしこの話しぶりからして、ガイドはカーメル公自身なのだろうか。
私は視線をハルト様に向けた。どう答えるのが正解かはかりかねたので、彼の判断を求める。今度はちゃんと空気を読んでくれ、ハルト様は言った。
「ああ、たしかにここは歴史的価値のある建物だ。せっかくのお申し出だから、お願いしてはどうかな」
「ハルト様もいらっしゃいますか?」
「そうだな……」
「おや、保護者同伴ですか。それは興醒めなこと」
くすりと、カーメル公が笑いをこぼした。
「カーメル殿」
苦笑を向けるハルト様に、カーメル公はいたずらっぽく言う。
「可愛いお嬢さんを誘っているのに、ついてくるなどと野暮をおっしゃらないでください。悪さなどしないとお約束しますよ」
「いや、そのような……」
んん? なんだこの流れ。もしや二人だけで行きましょうと誘われているのか。
聞きようによってはデートのお誘いじみている。
ウザい、めんどくさいとばかり思っていた私の心に、さわりと波が立った。
カーメル公は蠱惑的な視線を私に向けてくる。あからさまな秋波ではない。元が美形だからそんな真似をしなくても、普通に微笑みかけるだけで威力がある。存在自体がエロい人だ。
――そう、たいていの女性なら何かを期待し、彼の関心を引けたことを喜ぶだろう。
それをわかっていないはずがない。知った上で、私にこういう態度をとる。その、真意は。
私は表情が変わりそうになるのを、意識してこらえた。
「どうですか、チトセ? わたくしの誘いを、受けてくださいますか」
大人が小さな少女をほほえましくからかう。そんな態度を装いながら、カーメル公は私を誘惑してくる。
誘惑。間違いなく、これは誘惑だ。
無自覚な天然には見えない。イリスだってやり手で怖いと言っていたではないか。そんな人物が、自身の美貌がもたらす効果に無頓着なはずはない。その気がないなら、相手を舞い上がらせるような態度は取らないはずだ。
もし、ハルト様のように私を十歳の子供だと思っていたとしても。
そのくらいの年頃なら、女の子は恋をする。男よりずっとおませなのだ。子供なだけに年齢にもとらわれない。初恋の相手は学校の先生なんて、定番だ。
すべて承知した上でこんな態度をとっているならば、私の気を引くことが目的だと解釈するしかない。つまり、誘惑だ。
私の口元が、ゆっくりと弧を描いた。意識しなくても勝手に笑いがこみあげてくる。邪悪な微笑みにならないよう、抑えなければならないほどだった。あくまでも無邪気に、浅はかに、美しい人に憧れる愚かな少女の顔を作る。
「見学はとてもしたいですけど……ご迷惑じゃありませんか?」
期待を隠しきれないようすで、一応そんな遠慮をしてみせる。もちろん、返ってくる答えなんて決まりきっている。
「いいえ、とんでもない。わたくしにも楽しい時間になりそうです。では明日、ご一緒しましょうね」
「ありがとうございます」
私は今うれしくてたまらない。そう自分に言い聞かせる。演技をする時は、気持ちからなりきるべし。ある意味嘘でもない。楽しい気持ちはたしかにあった。
一体何を目当てに、私に接近してくるのか。しっかり見極めさせてもらおうじゃないの。
ハルト様とイリスたちが困惑のまなざしを交わしている。それを視界の端に確認しながらも、私はカーメル公しか目に入らないという態度を続けた。
この時の私の気分をわかりやすく表現するなら、こうだ。
「上等だコラ、表へ出やがれ」
ただのウザい男から全力で返り討ちにしてやりたい男に、カーメル公が昇格した瞬間だった。