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明日天気になったなら  作者: 桃 春花
第六部 すれちがう想い
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 古い紙を傷めないよう、そっとめくる。独特の匂いに満ちた静かな空間に、ひそやかな音が落ちて沈んでいく。

 三センチはありそうな分厚い記録書の中、求める記述は一ページ分にも満たなかった。

 あっという間に読み終えて、私はため息をつく。半日かけて手に入れた情報は、あまりにも少なすぎた。

 本を棚に戻し、脚立を下りる。極力窓を小さくし、最低限しか光が入らないようにしている空間は、窓からの光が弱くなるとたちまち闇に支配される。もう文字を拾うのが難しい。火事による消失を防ぐため、この部屋では火の使用が禁止されている。電気照明もないから、暗くなったら作業をあきらめて出るしかない。

 書庫を出た所もまたたくさんの棚が並ぶ別の書庫で、そこには何人もの役人がいた。私は今出てきた奥の書庫の扉に鍵をかけて、管理係の役人に返しにいった。同時に紙一枚も持ち出していないことを調べられる。貴重な資料がたくさん収められた場所なので、本来は私なんて入れないのだ。ハルト様に頼み込んで、中で読むだけという条件で特別に許可してもらった。何も持っていないことを確認し、役人は私を解放してくれた。

 廊下へ出て、うんと伸びをした。ずっと資料を読んでばかりだったから肩が凝った。身体のあちこちがこわばっている。目も頭も疲れた。すっかり冷えきって寒い。一の宮に帰ったらまずお風呂に入って温まりつつほぐしたい。こういう時、いつでも入れる温泉はありがたい。

 そろそろ仕事を終えて帰宅する人たちが出始めていた。みんなが三の宮方面へ向かう中、私ひとりが一の宮方面へと歩く。外へ出れば色づいた山の景色が視界に広がった。秋もすっかり深まった。地面は落ち葉でいっぱいだ。

 寂しくなってきた枝をすりぬけて、風が髪を乱す。その冷たさに身をすくめ、私は急いで一の宮へ続く階段を昇った。




 そもそものはじまりは、以前から話のあったリヴェロ訪問を決めたことにある。

 ハルト様から遅れることひと月半、十月七日がカーメル公の誕生日だ。

 キサルスに侵攻してきたエランド軍は、シーリース連合軍の応援もあって撤退した。まだ火種はくすぶっているものの、ひとまずの落ち着きを取り戻した両島である。そこでリヴェロでは、予定どおり公王生誕日の記念式典を執り行うことになった。

 ロウシェンからも、もちろん特使が派遣される。ハルト様の時にはリヴェロから来ていたし、毎年恒例のお付き合いだ。

 その特使に、今回は私が立つことになった。

 一度は情勢をかんがみて訪問延期を申し出たのだ。ところがカームさんは、手紙のたびにおいでおいでと誘ってくる。キサルスも一段落したことだし、あまり断り続けるのも失礼だしなあとハルト様に相談して、特使という形で訪問することになったのだった。

 もっとも、ハルト様は最後までいい顔をしていなかった。

 今の時期に私がエンエンナから出て行くのは、危険が多いと渋り続けていた。少し前までなら、私が裏切ったり誰かに利用されたりすることを懸念しているのかと疑ったところだろう。今はもう、そんなふうには考えず、本当に心配してくれているのだと思える。でも今回はちょっと強くお願いして折れてもらった。

 実はしばらくロウシェンから――というか、ハルト様から離れたくもあったのだ。

 私がいると、どうしてもハルト様の時間をいくらかは奪ってしまう。何かと気遣って私との時間を大事にしてくれるのはうれしいのだけれど、婚約したばかりのユユ姫をさしおいてそれはまずすぎる。優しいユユ姫が我慢してくれるからって、甘えてはいけない。やっぱり婚約者同士で過ごす時間が大切だと思うのだ。

 そこでお邪魔虫はしばらくどこかへ消えることにした。行くあてなんてろくにないから、記念式典は渡りに船の口実だった。私も誕生祝いをもらったし、前から誘われてもいたことだし、この機会に行ってきますとハルト様に申し出て、護衛をつけることと移動には龍船を使うことを条件に許可されたのだった。

 ユユ姫にはもちろん、この機会にしっかりハルト様との仲を深めておくようにと言っておいた。なんなら婚前ベビーもオッケーですよ。絶対みんな躍り上がって喜んでくれるから。

 真っ赤な顔で怒るユユ姫に見送られて、私は昨日エンエンナを飛び立った。

 そして二日目の今日、昼を大分過ぎた頃に船室の扉がノックされた。

「ティトシェ様、そろそろ到着しますよ」

 顔をのぞかせ教えてくれたのは、ダンディなおひげの船長さんだ。私は机の上を片づけて立ち上がった。

 いつでも動けるよう荷物はちゃんと整理してある。まとめた勉強道具を買ってもらったばかりの鞄に放り込み、私は船長さんの元へ歩いた。

「ずっと勉強なさってたんですか。熱心ですなあ」

「他にすることもありませんし」

 荷物は後で人が運んでくれるということなので、私は手ぶらで船長さんと一緒に甲板へ向かった。飛行中の甲板にはなるべく出たくないのだけれど、着陸直前の景色くらいは見ておこう。

 階段を昇りハッチから顔を出すと、強い風に髪が吹きなぶられた。かなり寒い。以前船に乗った時とは季節が変わり、遠くに見える山もにぎやかに彩られている。

 あまり端へは寄らないようびくびくしながら下界をながめれば、エンエンナとは大違いな景色が広がっていた。

 まず山がない。遠くに見えているだけで、下もその周辺もずっと平地だ。郊外へ目をやれば緑の農地が広がっているが、船の下は完全に都会だった。建物がたくさん並んでいる。ロウシェンの首都エナ=オラーナよりも、こちらの方が私の持つヨーロッパのイメージに近かった。建物は多分、煉瓦や石造りだろう。大きな道路がいくつかあり、きれいに区画整理された印象の街だった。

 東へ目を向ければ港がある。街の中心からは電車で一駅か二駅くらいの距離かな。津波が来たら確実にやばいところではある。

 そういえば、こっちでは津波被害ってあるのかな。この間調べ物をした時にいくつか地震の記録は見つけた。私が見つけられなかっただけで、津波も過去にあったのかもしれない。

「あそこがリヴェロの王宮、カルブラン宮殿です」

 船長さんが街の中心にある大きな建物を指差す。上空から見ると、おおむねコの字形になった城だった。壁は白っぽく、屋根は黒に近いチョコレート色。同じ色の尖った屋根を持つ塔がいくつもあり、おしゃれな外観だ。広々とした庭園を抱え、徒歩で回ったらとても一日では済みそうにない広大な城だった。

 船は王宮を通過し、海の方へと向かう。

 街なかの川に大型の船は入っていない。多分水深が足りないのだろう。リヴェロの龍船も港に係留されていた。

 あっという間に海へ出て、船は静かに着水した。そこからあらためて港へ向かい、停泊する。

「お疲れ様でした」

「船長さんたちも、ここまでありがとうございました」

 船員が走り回り、あわただしく下船の準備が行われている。邪魔にならないよう甲板の隅に寄って準備が終わるのを待っていると、私のそばに若い騎士が立った。

「もうじき下りられるそうですよ」

 私が声をかけると、はい、と素っ気ない返事がかえってくる。

「リアちゃんは?」

「先に飛ばせました。呼べば戻ってきます」

 私は視線をめぐらせて、空に飛竜の姿をさがした。ああ、いるいる。少し離れたところをぐるぐる回っている。飛竜は船が嫌いだから、空を飛べてうれしいのだろう。

 私の護衛につけられたのは飛竜騎士だった。イリスが部下の中から厳選してくれた。ただ、基準は腕っぷしとかじゃなさそうだ。

 もちろん毎日の厳しい訓練に耐えている人なんだから、弱いはずはない。きっと頼りにできるだろう。でもこの人が選ばれた理由は他にある。

「ティトシェ様……ああ、メイリ様もご一緒でしたか」

 呼び声に振り向くと、三十過ぎの女性がドレスの裾を持ち上げつつ階段を上がってきた。その後ろから私たちの荷物を持った船員さんたちが現れる。彼女がいてくれるおかげで、私があれこれ手を回さなくて済むので楽だ。ありがたい。

「着きましたね」

「ええ、お疲れ様でした。体調は大丈夫ですか?」

「問題ありません。ずっと勉強してたし、一の宮にいる時と同じでしたよ」

「今夜は広い寝台でゆっくり休めますよ」

 一の宮の女官レイダさんは、外出に不慣れな私をねぎらってくれる。でも馬車と違って龍船での旅は、乗り物酔いをすることもなく快適なものだ。狭い場所に閉じ込められるのが苦手な人だと苦痛かもしれないが、引きこもり属性の私にはどうということもない。飛行機よりずっとのびのびできるしね。

 今回の旅には護衛だけでなく、侍女も同行させるようにと言われた。私に侍女なんて必要ないと言ったら、ハルト様は首を横に振った。

「こことは勝手の違う他国の宮殿へお邪魔するのだ。無論あちらにも大勢女官がいて世話をしてくれようが、気心の知れた者のひとりくらいは連れていった方がよい。そなたひとりではわからぬこともあるだろうし、式典や夜会に出る前などは支度を手伝う者が必要だ。連れて行きなさい」

 お姫様じゃあるまいし――という反論は飲み込んだ。なにせ今の私の立場はロウシェンの特使だ。もしも不細工なふるまいをして笑われることにでもなれば、それは即ハルト様の恥になる。私ひとりが馬鹿にされるだけならいいけれど、ハルト様やロウシェンの人たちまで私のせいで笑われたら困る。十分ありうる話に思えたので、了承することにした。

 といって、私に侍女なんてついていないから、一の宮の女官から派遣してもらうことになった。私とある程度親しい女官といえば、レイダさんかミセナさんだ。ミセナさんはねえ……どうにも落ち着きがないというか、口の軽いおしゃべり好きの噂好き、ありていに言ってミーハーなので、今回の人事に適材だとは思えない。女官長と話し合った結果、侍女役はレイダさんにお願いした。ミセナさんからは盛大にブーイングをくらった。お土産を持って帰ると約束したので、カームさんに協力してもらおう。彼ならきっと、女性を喜ばせる物をそつなく選んでくれるだろう。

「これがリヴェロの都ですか……噂どおり、洗練された雰囲気ですね」

 船の上からレイダさんは街をながめる。たしかに洗練された都会だ。建物が多いのに、あまりごちゃごちゃした印象はない。初めに街を造る時に、きっちり計画されたんだろうな。

「レイダさんはリヴェロへ来るのは初めてなんですか?」

「ええ。ロウシェンから出たのも初めてです。今回同行させていただいたおかげで、またとない経験ができましたね。ありがとうございます」

 私に向かって軽く頭を下げてくる。いえいえ、こちらこそ一緒に来てくれてありがとうございます。特別手当はちゃんと出ますか? 職務外のことをしてもらっているのだから、ボーナスくらいは出さないとね。帰ったらハルト様にきちんと確認しておこう。

「メイリ様はお役目柄出張もなさいますの?」

 レイダさんはかたわらの騎士にも話しかけた。

 忙しく働く船員を見ていた明るい緑の瞳が、彼女へ向けられた。

「はい。まだ先輩たちほど経験はありませんけど、何度か首都から出ましたね。この間も隊長と一緒にナハラへ行ってきたんですよ」

 私が話しかけた時とは大違いな、明るい愛想のいい返事がかえってくる。人なつこい笑顔も浮かべていて、素っ気なさや冷たさなんて微塵も感じさせなかった。

 多分、こっちの方がこの人の普通なんだろうな。道中、船員さんたちとも楽しそうに話している姿を見かけた。人と話すのが好きな、社交的な人という印象だった。

 ――私以外に対しては。

 いつものことだ。元いた世界の学校でだって、クラスメイトたちからは遠巻きにされていた。私はとっつきにくい印象を与えるようだ。この人も、私にいい印象を持てずに嫌っているのだろう。

 イリスが選んでくれたのは、なんと女性の騎士だった。

 これまで男性の騎士しか見たことがなかったので、女性もいたことに驚いた。漫画じゃよくある設定だけれど、現実に女性の身で騎士になるのは難しいだろう。それでもけっこういるものなのかと尋ねてみれば、

「うーん、珍しい存在なのはたしかだね。まったくいないってわけでもないけど、現在竜騎士団に所属する女騎士はメイリだけだな。他の騎士団には何人かいたはずだよ」

 という答えだった。三隊合わせて約千名の竜騎士団に、女性騎士は彼女ひとりだけ。まさに万緑叢中紅一点だ。

 しかもこのメイリさん、聞けば私と同い年だという。紹介された時、思わず私は彼女の胸元を見てしまった。うん、ご立派で……あれが普通の十七歳なら、私なんて小学生だと思われてもしかたないよね。

 なんでこの世界の女性は誰も彼もが巨乳なのだろう。Eカップが標準で大きければHも余裕。65D(アンダーが70ならBになるというマジック)の私には生きづらい世界だ。

 人種が違うからね! そのせいなんだからね、絶対に!

 胸はともかく、女性でしかも同い年。男嫌いの私でもそれなら気楽だろうという、イリスの心遣いなのは疑うべくもなかった。

 私も以前よりは成長したつもりである。自分の何が悪いのかも少しはわかったし、メイリさんと親しくなるべく、頑張って自分から話しかけてみた。当たり前のことだと言わないでほしい。これまでの私は、相手が話しかけてくるまで黙っているばかりだったのだから。

 はじめは当たり障りのない挨拶から、そのうち打ち解けてくればもっと色々話して、友達になれたらいいな――なんて、期待も抱いたのだけれど。

 現実はそう甘くなかった。返ってくるのは素っ気ない返事ばかりで、ろくにこちらを見てもくれない。用がなければ近づいてもこないし、ああこれは嫌われているんだなと悟るまでに時間はかからなかった。

 何がいけなかったのかな……話題の選択を間違えただろうか。女性の身で騎士だなんてすごいですねとか、そんなことを言うべきではなかったか。考えてみれば、きっとこれまでにも珍しがられたり、場合によっては嫌な思いをすることもあっただろう。女性騎士という点に注目されることに、うんざりしているのかもしれない。いちばんふれてはいけない話題を選択してしまったのだとしたら、嫌われてもしかたがなかった。

 考えると落ち込んでくる。いきなり失敗だ。せっかくのイリスの心遣いをだいなしにしてしまった。それが申しわけない。

 もっと上手な会話ができるようになれないものかな……そこのところもカームさんを見習いたい。訪問中、機会があれば相談してみようかな。

 個人的な感情はどうあれ、メイリさんは任務放棄なんてする気はないようだ。必要な時にはちゃんとそばへ来てくれる。下船を待つ私のもとへ、こうして呼ばないうちに来てくれるのだから、それでよしとしておこう。仲良くしてほしいだなんて贅沢は望むまい。

 私の方は、これ以上彼女を不愉快にさせないよう気をつけるしかないな。私に話しかけられるのはうっとうしいみたいだから、必要以外では声もかけないようにしよう。

 メイリさんとレイダさんがおしゃべりを続ける横で、聞くともなしに聞き流していると、準備が整ったと船長さんが知らせに来た。私は彼らの手を借りて船から降りた。

 タラップなんてないからね。船の乗り降りには通常縄梯子を使う。荷物の運搬をする人は、まるでシーソーのような細く長い板を渡して、その上を歩いていく。どちらも私にはとてもきつい。メイリさんは余裕で縄梯子を使っていたけれど、私とレイダさんは大きな籠に入り、荷物のように吊るされて地上へ下ろしてもらった。

 地面に足をつけてほっとする。丸一日ぶりの地上だ。さて、ここからはまだ仕事の残っている船長さんたちと別れて、カルブラン宮殿へ向かうことになる。リヴェロに駐在している大使が迎えにきてくれるはずなのだけれど――

「チトセ」

 聞き覚えのある声に呼ばれた。しっとりとした艶を含んだ、低めなのに柔らかく優しい、色気ダダ漏れの声だ。

 こんな声を出せる人を、他には知らない。振り向かなくても誰が呼んだのかすぐにわかった。

 でも、どうして?

 彼は宮殿にいるはずだ。もちろん訪問の予定は伝えてあるけれど、会うのは宮殿へ行ってからのはずだった。各国からお客さんがやってくる時に、私だけをわざわざ港にまで迎えに来るはずがない。

 それなのに、来てくれたのだろうか。

 私は振り向いた。さがすまでもなく、声の主はまっすぐ後ろにいた。十メートルと離れていない。

「待っていましたよ。よく来てくれました」

 カームさんは、とろけるような笑顔で私を見ていた。

 うわあ……なんか、パワーアップしていないか?

 光り輝いているような気がするよ。あそこだけ異空間だ。

 しばらく会わないうちに、私の方が彼のインパクトを忘れかけていたのだろうか。久々に見るカームさんは、記憶にあるより五割増しなくらい美人で色っぽかった。

 美しすぎる王様に内心ドン引きしつつ、なんとなく周りに目をやれば、ロウシェンの一行が呆けた顔で立ち尽くしていた。わあ、みんな魂吹っ飛んでる。レイダさんやメイリさんも呆然とした顔でカームさんに目を奪われていた。今ここにテロリストが現れたらひとたまりもないな。カームさん、存在するだけで爆弾並みの威力だ。

 ひょっとしてこの人を先頭に立たせたら、リヴェロの軍は戦わずして勝てるんじゃないだろうか。

 なんて馬鹿なことにまで思考が及びかけた時、温かいものが私の手を包んだ。いつの間にかすぐそばまでやってきたカームさんが、私の手を取っていた。

「会いたかった……チトセ。ああ、本当に君なのですね」

 吐息混じりの声で囁き、私の指に唇を落とす。だからその色気、もうちょっと抑えられませんかね。

「この小さな手、柔らかなぬくもり……本物なのですね。この時をどれだけ夢に見、心待ちにしたことか。ようやく君の存在を現実に感じることができる……幸せです」

 いや、再会をよろこんでくれるのはいいんだけど、頬ずりはやめようよ。かなり危ない人と思われるぞ。見ろ、周り中が引いている。私も引いている。

「もっとよく顔を見せてください」

 すでに十分近いのに、今度は私の頬を両手で挟んでさらに顔を寄せてくる。まさかそのままアレする気じゃないだろうな。私は彼の手を振り払う勢いで、深々とお辞儀した。

「お久しぶりです、カーメル様。お元気そうでなによりです」

「……ええ、君も」

 一拍遅れて返事が聞こえる。ちょっとだけトーンダウンしたようだ。正気に戻ってくれたかな。

 姿勢を戻しつつ、さり気なく数歩下がってカームさんから距離を取った。

 ――のに、下がった分詰められて、結局変わらなかった。お人形な見た目と裏腹に押しの強い人だよね。

「わざわざ迎えに来てくださったんですか?」

「ふふ、待ちきれず来てしまいました。少しでも早く君の顔が見たかったものですから」

 ちょっと照れが入った、やけに初々しい表情でそんなことを言う。ほんのり染まった頬がますます色気を増量させていて、なんだか正視するのをためらってしまう。目のやり場に困るな、本当に。

 この人こんなだったかな? お色気魔人なのは以前からだけど、ちょっと雰囲気が変わったかも。前はなんというか、もっと超然としていたように思う。孔雀が優雅に羽根を広げてドヤァと見せつけているような、そんな印象だった。それが今は、人懐こくすり寄ってくる猫みたいだ。

 腹のうちをさぐる気もなくすくらい、カームさんは心底うれしそうにしていた。久しぶりに会えたことを純粋によろこんでくれているのなら、そりゃあ私としてもうれしいかぎりなのだけれど。

 ……そこまで喜んでもらえるほど、仲がよかったかなあ。文通の効果なのかなあ。

 向こうが熱烈歓迎してくれているのに、こんな冷めたことを考えているのが申しわけなくて、私もできるだけうれしそうな顔をすることにした。いえ、まるきり嘘の演技じゃないですよ? 私だって会えてうれしいのは本当だ。

 うれしいけれど、疑問がぬぐえない。友達って、こんな感じなのだろうか。経験のない私には、これで普通なのか、やはりおかしいのかもわからない。

 ただ周りの人が、そんな認識で私たちを見てはいないだろうなということだけはわかった。

 うーん……ややこしいことにならないといいけど。

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