文通
カーメル様へ
こんにちは、チトセです。誕生祝い、届きました。ありがとうございます。
箱を開けて、とてもびっくりしました。たくさんの化粧品や道具をいただいて、すごくすごくうれしいです。姉とお化粧して遊んだのを思い出して、ちょっとだけ使ってみました。でも化粧品が高級すぎて似合わないような気がしました。もっと大人になったら似合うようになるでしょうか。
ハルト様にもお見せしたら、なぜだかとても複雑そうなお顔をなさっていました。ハルト様はいまだに私を小さい子供みたいに思ってらっしゃるようです。
エンエンナはもう朝晩は涼しいのを通り越して、寒いくらいです。昼と夜の温度差が激しいです。そちらは平地だから、まだ暑いのでしょうか? サリサリの花はまだ咲いていますか?
リヴェロの首都では、どこの家も窓に花を飾るのだと聞きました。一年中街から花が消えることはないのだと。すてきですね。夏はサリサリの白い花でいっぱいになり、とても涼しげだそうですね。いつか見てみたいです。
私の近況は、特に変わりばえしません。一の宮に引っ越しましたが、あまり出歩かないのでこれまでとほとんど同じ生活です。貴族の人たちから招待状がたくさん届きますが、全部お断りしています。知らない人には会いたくないです。どうせわざとらしいお世辞を聞かされるか、さもなくば嫌味を言われるかです。考えただけでうんざりします。来月の、ハルト様のお誕生日の祝賀式典も出席を断りました。お祝いは個人的にしようと思っています。
今度トトー君と街へ行くことになりました。前に約束したのを覚えていてくれたので、次のお休みにふたりでおでかけしてきます。
宮殿から出るのは初めてです。トトー君が一緒だから安心だし、楽しみです。面白い発見があったら、次のお手紙に書きますね。
カームさんはきっとお仕事が忙しいのでしょうが、お身体をこわさないよう、どうぞご自愛くださいませ。元気に長生きするのが王様の義務ですよ。
それではまた。
失礼いたします。
佐野 千歳
愛しき小さな姫君へ
ごきげんよう、佐野千歳。また文章力が上がりましたね。字もどんどんきれいになってきて、君がどれだけ努力しているのかがわかります。末尾に書かれてあったのは、君の国の文字なのでしょうか。おそらく署名なのだろうとわかりましたが、ずいぶんと複雑な文字ですね。君はこのような文字を日常的に使っていたのですか。なるほど、それならばこちらの文字を早く覚えたのも道理と納得しました。
君の名を書き写し、何度か練習して覚えました。もっとたくさん、君の国の文字を知りたい。よろしれば教えてくださいませんか? この世界では君以外に誰も知ることのない文字です。わたくしが覚えれば、ふたりだけのやりとりができますよ。楽しそうではありませんか? それに文字は使わないと忘れます。新しい文字を懸命に覚える一方で、君が故郷の文字を忘れていってしまうのではと心配です。君の十七年間を失くしてしまわないよう、ふたりで守っていきませんか。
贈り物は気に入っていただけたようですね。よかった。実は何にしようか結構迷ったのですよ。君がどんなものでよろこんでくれるのか、わからずに悩みました。お菓子では食べたら終いですから、何か形に残るものをと考え、あのような品になりました。よろこんでいただけて一安心です。
とはいえ、本当のところ君に化粧品はまだ必要ないだろうと思っていましたが。
君に化粧が似合わないのは、当然ですよ。そんな必要のないきれいな肌をしているのですから。せっかくの瑞々しさを、白粉で塗りつぶしてしまうのはもったいない。その不自然さが、似合わないという印象になっているのでしょう。それでよいのですよ。わたくしもおそらく、ハルト殿と同じ思いです。できればまだ当分は、手入れだけにとどめていてください。まあ、たまに遊ぶくらいはよいでしょうが。
それにしても、君はどのような立場になっても己を変えないのですね。公王に引き取られ、宮殿に住まいを与えられたとなれば、普通は舞い上がってしまいそうなものです。何不自由なく贅沢に暮らせる幸運を手にして、変わらずにいられる人間というのは多くない。媚を売りすり寄ってくる者たちを冷静な目で見て、けして乗せられずに己を保つのは難しいことです。それができる君は素晴らしい。願わくば、どうかそのまま変わらずにいてください。
ただ、人づきあいを拒絶するばかりなのは、上手いやり方ではありませんよ。知らない人と会うことや上辺だけの付き合いをすることは、君には負担なのだろうとわかります。ですが、それをこなせるようにもならなければなりません。
君はすでに人から注目される立場です。ハルト殿の許に留まると決めた以上、それは避けられない。なのに閉じこもって人との関わりを拒絶していれば、そのうちよくない影響が出てくるでしょう。君が顔を出さなければ、人は好き勝手に解釈してしまいます。君の意思とはまったく異なる思惑が独り歩きしてしまうことにもなりかねない。そうならないよう、ある程度は人前にも出、君がどんな人物なのか、どういう考えを持っているのかを示す必要があります。面倒だと思わず、頑張りなさい。少々嫌な思いをすることがあっても、君ならば乗り越えられるでしょう? 簡単にくじけてしまう弱い人ではないと知っていますよ。それに、君の周りには頼りになる味方がたくさんいる。わからないことや困ったことがあれば、彼らに相談すればよいのです。
本当は、わたくしが君のそばにいて、君を守り支えたい……遠く離れているのが口惜しい限りです。けれどいつでも相談には乗りますし、わたくしの協力が必要なことがありましたら言ってください。センダル大使にも君のことは気にかけるよう頼んでありますから、何かありましたら本当に遠慮なく言ってくださいね。
この手紙が届く頃には、とうに君ははじめての外出を終えていることでしょう。そのお供がわたくしでなかったことも残念でなりませんが、楽しめましたか? こちらも朝晩が涼しくなってきて、秋の気配を感じるようになりました。サリサリの花はまだ残っていますが、これからはクルチャやネリが中心になっていきますね。どちらも秋を代表する花です。エンエンナではもう咲き出していると思いますよ。さがしてごらんなさい。
ジーナの都は美しいところですよ。自然の絶景と融和したエナ=オラーナとは、また違った魅力を持っています。四季折々の花で飾られた風景はもちろん、趣のある建物や庭園など、見どころはたくさんあります。君にぜひ見てもらいたい。ハルト殿に相談して、訪問の予定を考えてはくださいませんか? いつでも歓迎しますよ。
君に逢えない日が重なるごとに、胸が苦しく焦がれるばかりです。わたくしの健康を願ってくれるなら、どうかその可愛らしい顔を見せてください。直接声を聞かせてください。君の訪れを、心より熱望しています。
君とまた逢える時を夢見て
カーメル・カーム・アズ・リヴェラス
カーメル様へ
こんにちは、千歳です。この文字で書いてもわかるのですね。うれしいです。
佐野は家の名前で、千歳が私の名前です。「千の年月」という意味があります。姉は「悠久に美しい」という意味の悠美子(ユミコと読みます)、弟は「広く生きる」という意味の広生です。やたらと雄大な名前ばかりで、よく笑われました。名付け親の祖父の趣味です。
私の名前を覚えてくださったこと、他の字も知りたいと言ってくださったこと、とてもうれしいです。ありがとうございます。でも教えるのは難しいです。
……ごめんなさい、今ちょっと事情があってあまりゆっくり時間をかけられないので、ここから先は口述筆記で女官に代筆してもらいます。自分で書くとものすごく時間がかかってしまうので、許してください。
龍の加護のおかげで会話に苦労しないのはありがたかったのですが、自動的に翻訳されて聞こえるので本来の発音がわからないのです。こちらの文字は組み合わせと意味を丸ごと暗記しました。本当の読み方はわかりません。
私の国では、カンジと呼ばれる文字と、ヒラガナ・カタカナの計三種類が使われています。カンジは字の一つひとつが意味を持つ表意文字です。私の名前を書いたものがカンジです。それに対してヒラガナ・カタカナは音だけを表す表音文字です。文章はこれら三種類を組み合わせて記述されます。たしかにややこしい言語だと思います。ヒラガナとカタカナは、それぞれ約五十文字ですが、カンジは何万も種類があって、日常的に使われている文字だけでも千単位です。私たちはこれを、子供の頃から学び覚えていきます。
私がこちらの発音を知っていれば、カナをそれに置き換えて教えることができるでしょう。けれど前述したように発音がわからないため、カナを教えたところで、それをどう組み合わせればこちらの言葉になるのかがわからないのです。
便利な龍の加護も、こういう面ではちょっと困りますね。
名前のように、単語単位でなら教えられます。文章にできるほどではありませんが、いくつか別紙に書いておきますね。
私が故郷の文字を忘れないようにと言ってくださったのが、本当にうれしかったです。そんなふうに考えてもらえたのは初めてで、私自身こちらの文字を覚えることに必死で失念していました。できるだけ忘れずにいられるよう、日記を書こうかなと思っています。誰にも読めないから一石二鳥だし。
前回の手紙の後、いろんなことがありました。今ゆっくり説明することはできませんが、すべて終わって落ち着いたら改めてお手紙を書きますね。
ただ、カームさんはすごいなと思いました。私の問題点を、この場にいないのに見抜き、どんな事態が起こるかを的確に予想していて、今思い返してびっくりしています。お手紙を読んだ時にはぴんとこなかったのですが、その後言われた通りの状況になり、さすがだなあと思いました。
それに関係して、出席しないと言っていた祝賀式典は、出ることに変更しました。今はそのための準備に必死です。なにせ庶民生まれの外国育ち、こちらの礼儀作法なんてさっぱりです。あわてて練習を始めました。もっと早くからやっていればよかったのにと、絶対みんな思っているでしょうね。
昼間は作法やダンスを習い、夜は貴族たちの情報をまとめた資料を読んで、頭に叩き込んでいます。私、元々勉強は得意な方ですが、それでも故郷ではここまで必死に頑張ったことはありませんでした。あの頃これだけ頑張っていたら、きっともっと上の学校に合格していましたね。人間、必要性のためには頑張れるんだなと実感しています。
なぜこんな状況になったのかは後日説明しますね。胸を張って成果を報告できるよう、今は頑張ります。
終わったら……そうですね、旅行してみるのもいいかも。ハルト様の許可が出たらですが、リヴェロの首都も見てみたいです。もしご迷惑にならないのでしたら、行っちゃおうかな? 手紙が往復で約十日かかるということは、片道三~四日? ……え、そうなんですか? 手紙がそのくらいで届くから同じかと思ってて……えー、七日も!? じゃあ、なんで手紙はこんなに早く……え、そんな特急便で配達されてたんですか? 郵便屋さん迷惑じゃ……はあ、そうなんですか……。
――コホン。うーん、こっちでは旅行するのも一苦労ですね。私の世界なら、龍船より速い乗り物があるから短時間で長距離移動できたのですが。海の向こうの外国へも一日くらいで行けたんですよ。
ほとんど一瞬で届けられる手紙みたいなものもありましたし、遠くに離れた人と直接会話することもできました。それを思うとこちらの生活はひどく不便に感じます。でもお手紙が届くのを待つのも楽しいと知りました。ゆったりした生活もいいものですね。道中を楽しみながら行く旅行にも、新しい発見がありそうです。
そんなことを考えつつ、今日もこれからもうひと頑張りします。次回の報告を乞うご期待! なんちゃって。……あれ? そこまで書かなくていいんですよ、レイダさん。
――それでは失礼いたします。カーメル様の変わらぬご健勝とご活躍を、心よりお祈りしております。
佐野 千歳
愛する君へ
ごきげんよう、千歳。君の名を正しく書けることをうれしく思います。
君の国の人々は名に意味を持つのですね。千の年月……とても深い、よい名です。
普段使う文字が何千もあるとは、実に驚異です。そのような文化に慣れ親しんだ君なれば、なるほど頭がよいはずだとつくづく感じ入ります。わたくしがその言語を習得するのは、たしかに難しいでしょうね。ですが君が、読めないこちらの文字を懸命に覚えたように、わたくしとて努力すれば覚えられるはず。どうか教えてください。少しずつでもかまいません。君のことは、何でも知りたいのです。君と同じものを共有し、少しでも君を理解できるようになりたい。千の年月を君と共に有れたらと願ってやみません。
さて、君の身辺に起こったできごとなら、おおむねは承知しています。気を悪くしないでくださいね? 駐在国の状況を本国に知らせるのも、大使の役目なのですよ。
そしてわたくしの期待どおり、君はちゃんと問題に気づき、立ち向かうことを選択したのですね。さすがです。君の活躍をじかに見られないのが、まったくもって残念でなりません。
海の彼方へも一日で移動でき、遠く離れていながら言葉を交わせるなど、君の世界の話はまるでおとぎ話です。薄々感じてはいましたが、君の国はこちらよりはるかに優れているのですね。
こちらにもそれだけのものがあれば、今の君との距離など何の問題にもならないでしょうに……つい、そう思ってしまいます。君の手紙を心待ちにしつつも、顔が見たい声が聞きたいという願いは日ごとに増すばかり。君との逢瀬も朝になれば儚い夢と消え、近頃では目を覚ますのが辛い。朝など訪れなければよいのにと思います。
ですから千歳、お願いです。ジーナへの訪問はぜひ実現させてください。祝賀式典にて君がどんな活躍をしたのか、大使の報告や手紙だけでなく君から直接聞きたい。夢ではなく現実に、君の存在を感じさせてください。
わたくしからもハルト殿へお願いしておきましょう。このまま君に逢えない日が続けば、わたくしは胸を痛めて倒れてしまいそうですから。
わたくしとリヴェロの平安のため、君という特効薬を差し入れてくださいますね? 待っていますよ……わたくしの、何よりも愛しい子。
切なき想いとともに
カーメル・カーム・アズ・リヴェラス
「どんだけ大げさ。こういうのが手紙の様式なの?」
「――はい?」
「千年一緒にって、無理だし。頑張っても百年が関の山でしょ。千年生きるつもりかあのお色気魔人」
「どうかなさいましたか、ティトシェ様」
「あ、女官長……いえ、なんでもありません」
「またお手伝いが必要ですか?」
「いえ、大丈夫、読めてます。返事も今回はちゃんと自分で書きます。ありがとうございます」
「わかりました」
「リヴェロ公とどんなお手紙を交わされてるんですか? 教えていただけませんか」
「ミセナ、失礼ですよ。控えなさい」
「ええー、だって気になりますぅ。相手はあのリヴェロ公ですよ? 一体どんなお手紙を書かれるのか、すごく知りたいじゃないですか」
「あなたは……そうやって他人のことに興味を持ちすぎるのが悪い癖です。おまけに口が軽い。この宮で見聞きしたことは口外無用との決まりを忘れ、外でティトシェ様のことを話したせいで地竜隊長にご迷惑がかかったのですよ。本来なら免職もののところを、ティトシェ様が陛下にとりなしてくださったおかげで見逃していただけたのをもう忘れたのですか。もしまた同じようなことを起こせば、たとえ陛下がお赦しになっても私が赦しませんよ。この先も勤めを続けたいのであれば、下世話な好奇心は持たぬように」
「うう……わかりましたぁ……」
「えーと……まあ、そうですね、今度はカーメル公に迷惑がかかったら困りますから、変なふうに言いふらさないでくださいね? 内容っていっても、普通の手紙ですよ。近況を報告し合っているだけです。それに、今後しばらくは控えようと思ってますし」
「え、どうしてですか?」
「向こうも忙しくなっているはずですから。私をかまっている時間はないでしょう。それこそ迷惑になりそうなので」
「ああ……そうですねえ、キサルスの問題はシーリースも無視できませんものねえ」
「ええ。ジーナの都がきれいな所らしいので、ちょっと行ってみたいと思っていましたけど、それも無期延期ですね。なるべく早く情勢が落ち着いて、また旅行の計画も立てられるようになるといいんですけど」
「そうですねえ。戦争になるのかしらって、もう心配でたまりませんわ」
「そうならないよう、ハルト様たちが一生懸命動いてらっしゃいますし、きっとリヴェロやアルギリも同じです。だから今度の返事に、しばらく手紙を控えることと旅行は問題が落ち着いてからにするって書こうと思ってます」
「残念ですね。早く落ち着くといいですねえ」
「ええ、本当に」
「――ああ……」
「公王様!? いかがなさいましたか。なにか、よくない報せでも?」
「なんという……せっかくその気になりかけていたものを……おのれエランドめ、いまいましいこと」
「は……」
「このような状況になれば、真面目で優しいあの子が遠慮をするのは当然……くっ、皇帝め、どうしてくれましょうか」
「まことに由々しき事態にございます。これ以上のエランドの増長を許してはおけませぬ。かならずこのシーリースにも災いをなしましょう」
「その通り。すでに戦は始まっているのです。手をこまねいて遅れをとってはならぬ。クラルス殿は迷っているようですが、彼は少し押せば動かせるでしょう。問題はハルト殿……あの方は意外に頑固です。しかしローシェンの竜騎士団は戦になくてはならぬ切り札。どうやって彼を開戦へ傾けさせるか……ああしかし、開戦状態になってしまえば、それこそチトセはエンエンナから出てこないでしょう。なんとしてもその前にこちらへ引き寄せて……そう、その間に戦が起きれば帰るに帰れなくなりますね。それはよい……どうせならば、この状況を利用しましょうか」
「はあ、あの、公王様?」
「ふ……わたくしはあきらめませんよ。勝利も彼女も、必ず手に入れてみせます」
「……はい。公王様ならば、必ずやなされましょう」
「チトセ……現での逢瀬はもう少し先になりますね……胸が焦げ付きそうです。お預けをされた分、今度会ったらけして離しませんよ。ふふ……楽しみなこと」
「……御前、失礼いたします」
***** 終 *****