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秘書官日記



 わたくしはリヴェロ公王第一秘書官シラギ・ルー・メイシェス。公王様ご幼少のみぎりより、身命を賭してお仕えしてまいりました。はばかりながら第一の臣と自認いたしております。

 我が主はシーリース三国一、いえこの世で最も優れた王にあらせられます。頭脳明晰眉目秀麗――ああ、このような凡百の言葉ではとても表現しきれません。もっともっと、人の言葉などでは言い表せぬほどに素晴らしいお方にございます。そのお美しさは人の域を超え、魔性と呼ばれ――あ、いえ、神のごとし。そう、あのお方は我らリヴェロの神なのです。性別などという些事は超越し、老若男女すべての者を魅了してやまぬ神々しさ。爪の先、髪の一筋にいたるまで、奇跡のごとき完璧な美を誇っておられるのです。あの紫水晶の瞳に見つめられれば、心を奪われぬ者などおりましょうか。低く落ち着いたお声は甘く響いて魂を揺さぶり、媚薬のごとく染み込んで深く酔わせられ、もうめまいがしてたまらなく――

 ――いえ、断っておきますが、わたくしに男色の気はありませんよ。そのような、いかがわしきよこしまな目で見ているのではありません。断じて違いますから。ただただ、公王様がお美しすぎるのがいけないのです。過ぎたる美は暴力にも等しい。抗いようのない圧倒的な力で引きずり回されてああしかしそれも快感でもっと振り回してほしいとこの身が求めてやまず――

 ――いえ、失礼しました。どうも、公王様について語りますと熱くなってしまいますね。それもこれもすべて、公王様がお美しすぎるのがいけないのです。あ、これはもう言いましたか。

 もちろん、公王様の真価は外見だけにとどまるものではありません。知略に富んだ頭脳、民を慈しまれる深きお心、いかなる敵にも恐れず屈することのないしたたかな強さ――腹黒だの策略家だのと言う輩もおりますが、公王様が知略を巡らせるのはすべて国のため、民のため。公正無私を絵に描いたようなお方なのです。ご自分の利益のために動かれることはありません。公王様の行動原理は常に国と民を守るためなのです。ご自身の全てを捧げ尽くされている崇高なお姿に涙と鼻血が止まらなく――いえ、鼻血は出ませんよ、比喩的表現です。そういう気分なだけです。

 そして公王様は一流の政治家であるだけにとどまらず、一流の芸術家でもいらっしゃいます。画家が恥じ入って絵筆を折るほどに美しい絵を描かれ、いかなる楽師にも出すことのかなわぬ妙なる音色を奏でられる。天の神はいったいどれだけの愛を公王様に注がれたのか――唯一、武術だけが公王様とは無縁ですが、それは単に習得されるご意志がなかっただけです。王たる者、自ら戦うなどあってはなりません。ですから公王様が武器を手にされる必要はないのです。けっして勇気がないわけではなく、ええ、もちろん公王様はどんな戦士よりも勇敢でいらっしゃいますとも。誰ですか、軟弱優男などと抜かす輩は。公王様への侮辱は断じて許しませんよ。八つ裂きにされる覚悟があるなら今すぐ出てこいやゴルァ!

 ――はっ、いけない。わたくしとしたことが、なんて品のない言葉を。うるわしくも優雅な公王様に恥じぬ、ふさわしき臣であれと常々己に言い聞かせておりましたのに、つい興奮してしまいましたね。こんなことでは公王様の御前に立てません、気をつけねば。

 そう、公王様は欠点などない完璧なお方。そのおそばに仕えるからには、わたくしも自らを律し完璧を目指さなくては。品よく優雅にそして聡明に。公王様をお手本とし、たやすく心を乱すことのないよう平静を心がけませんと。

 ――そう、思っておりますのに。

 ああ、それなのに、心が千々に乱れてやまぬ。目の前の公王様の憂い顔が、悩ましげなため息が、わたくしをうろたえさせるのです。

 物憂げに頬杖をつき、一人思考に沈む公王様。ロウシェンの宮殿を発って以来ずっとこうです。普段は謎めいた光を宿す紫水晶の瞳が切なげに揺らぎ、ここにはいない誰かの姿を追っています。日頃の三倍増しで色香がダダ漏れで、うっかりそばを通ればあてられて失神してしまいそうです。現に先ほどお茶を運んできた小姓が魂を抜かれて運び出されました。これでは誰も近寄れません。少々抑制していただきたいものですが、今の公王様には申し上げても無理でしょうね。

 恋煩い――そのような言葉を、よもや公王様に向けて使う日が来ようとは。

 公王様をこんな状態にした原因は、よく存じ上げておりますとも。三月ほど前に一度離宮で会い、今回またロウシェンの宮殿で顔を合わせた少女。なんでも事故で天涯孤独となったところをハルト公に保護され、彼の元で育てられているそうですが、身分も持たぬただの娘です。しかも幼い。ほんの子供にしか見えないどこにでもいそうな平凡な娘ですのに、なぜか公王様は彼女に心を奪われてしまったのです。ああ、何故に!

 まあ、それなりに可愛らしいとは思いますよ。そもそも美しさでは公王様にかなう人間などこの世に存在しないのですから、並みの容貌があればそれでかまいません。どうせ誰が並んでも見劣りするのですから。公王様も相手の外見に惹かれるようなお方ではありません。過去の恋人たちも、必ずしも全員が美女というわけではありませんでしたからね。

 くだんの娘に話を戻せば……そう、頭はよさそうでした。度胸もあるようです。性格もなかなかしたたかで、公王様を相手に堂々と渡り合う小癪さときたら、あの年頃の娘とは思えぬほどで。たしかに、平凡よりは少し上かもしれませんが……それでも、納得がいきません。

 ただの遊びならばよいのです。公王様とて一人の男性、そういう相手が必要な時もございます。けっして非難されるべきみだらなお振舞いはありませんでしたし、相手に対してもきちんと誠意を持って接しておられました。線引きは常に明確にされ、もしも相手が増長するようなことがあれば即座に切り捨てます。どんな時でも、誰が相手でも、冷静さを失われることは一切ありませんでした。何も心配することなく安心して見守っていられたのですが、此度ばかりは、とてもそんな呑気な気分になれません。公王様は明らかに本気でいらっしゃる。信じたくはありませんが、これまでとはまったくごようすが異なります。政務の合間の息抜きに楽しまれた恋遊びとは、何もかもが違うのです。

 公王様もあと数ヶ月で三十歳。遊びは遊びとして、いい加減ご正室を決めねばならぬ時期です。即位以来抱えてきた問題を解決する意味でも、本気で想う相手を見つけられたのは喜ぶべきことかもしれません。しかしながら公王の妃ともなれば、やはりそれなりの家柄から迎えるべきもの。誰でもよいというわけにはまいりません。平民だから孤児だからと見下すわけではないのですが、国民を納得させられるだけの人物でなければ波乱が目に見えており、もろ手を上げて賛成するわけにはゆかぬのです。

 そもそも、身分を抜きにしても難のある相手です。十七歳ならまあ、どうにか許容範囲なのですが、見た目はせいぜい十二、三歳でしかなく、公王様の相手には幼すぎます。政略結婚ならばともかく、恋愛でとなると……周囲の白い眼を覚悟せねばなりません。これが市井の男ならば好きにしろと言って終わりですが、一国の主が妙な誤解をされるのはよろしくない。

 我らが誇り、敬愛する公王様が、幼女嗜好の誹りを受けるなど、想像するだけでも耐えられません。公王様はけっして、けっっっして! そのような異常性愛者ではございません! 過去の恋人たちは皆様立派な大人の女性でした! 今回だけが、たまたま、幼い少女だったという話で!

 ……よりにもよって、本気で恋をなされた相手がどうしてあのような少女なのでしょうか。いったいあの小さな娘のどこに、それほどの魅力があったというのでしょう。際立った美貌もなく、愛嬌とは無縁な人見知りの強い娘です。公王様に対しても素っ気なく、時に邪険なほど。初めて会った時の初々しい態度はすべて偽りで、実は公王様をだまして真意を探らんとしていたのですから恐ろしいったら。口を開けば生意気なことを言いますし、小賢しく知恵を働かせて駆け引きをしたりと、本当に可愛げがないのです。正直不気味に思う時もありますよ。やたらと鋭かったり抜け目がなかったりするのですから。

 そこがよかったというのでしょうか。公王様にとって、無邪気で素直な女は戯れに愛でる程度の存在で、本気で愛するには物足りないのでしょうか。しかしそれは――それは――ああ、敬愛する公王様に対してこのようなことは申したくありませんが、ご趣味が悪うございます。

 うう……しかし、わたくしは公王様の第一の臣。公王様をお支えし、お守りするのが我が務め。公王様が本気であの娘を愛されたというならば、わたくしは全力でその恋を応援しなくては。

「……シラギ」

 正直、複雑きわまりない気分ではありますが、わたくしの感情など二の次です。公王様のお幸せのため、できうる限りのお手伝いをいたしましょう。平民出身だろうと何だろうと、公王様にお妃が、ひいてはお世継ぎができるのです。喜ばしいことではありませんか。幼さなんて十年も経てば解決する問題です。

「シラギ」

 公王様の御子ならば、さぞかし美しくお生まれになることでしょう。母親に似てしまうと少々残念ですが……いえ、きっと愛らしい御子が生まれるに違いありません。両親どちらに似ても聡明さは約束されておりますし、リヴェロの未来は安泰ではありませんか。

「シラギ」

 リヴェロに帰ったらさっそく根回しにとりかかりましょう。話が表面化すれば妨害が入るのは必至ですから、先に手を打っておかなければ。ものは考えようです。いずれ片付けなければならなかった問題を、一気に解決する機会であるととらえましょう。かねてからひそかに進めていた準備をさらに進めて。彼女のことは、できるだけいい評判になるようさり気なく噂も流しておきましょう。幸いにして平民とはいえ後ろ盾はロウシェンの公王です。ハルト公の養女にしていただけば、話も通しやすくなるでしょう。それから……。

「シラギ」

「――はいっ!?」

 公王様のお声に、我に返りました。振り返ればかすかにお顔をしかめてこちらを見ておられます。ああ、いけない、御前にありながら公王様のことを忘れて考えに没頭してしまうとは。

「も、申しわけございません、少々考え事を……何かご用でしょうか」

 わたくしは急ぎ公王様のもとへ足を進めました。怪訝そうなお顔でじっとわたくしを見つめていらした公王様は、ひとつ息をついてからお命じになりました。

「これを。鳥を飛ばしなさい」

 特別製の薄く軽い紙を数枚差し出されます。そこに細かな文字でびっしりと書き込まれたのは、各地の領主や工作中の密偵に宛てた指示です。さきほどはこのようなものはありませんでした。いつの間にお書きになられたのでしょう。恋に煩いつつもちゃんとお仕事をしておられたのですね、さすがです、我が君!

「かしこまりました」

 それぞれの行先を確認しつつ、わたくしは手紙を預かりました。さっそく、伝令鳥につけて送り出しましょう。

「次の停泊地まで、どのくらいですか」

「は……あと二時間もあれば着きますかと」

「そう。では、その間ひと眠りします」

「はい」

「急の知らせでも来ましたら、かまいませんから起こしなさい」

「かしこまりました。ごゆっくりおやすみなさいませ」

 わたくしは一礼して扉へ向かいました。移動中も時間を無駄にすることなく持ち込んだ仕事を片づけておられる公王様が、休むとおっしゃるのです。邪魔をせずすみやかに退出しなければ。どうせ停泊地に着けばそこの領主がうるさく接待して、またお疲れを増やすのです。今だけでもゆっくり休んでいただきませんと。

 扉の前でもう一度礼をし、わたくしは外へ出ました。預かった手紙を送り出すべく、扉を閉めて歩き出そうとしたその瞬間、公王様がつぶやかれるのが聞こえてしまいました。

「夢でなら、君に逢えるでしょうか……」

 ――はうああぁっ!!

 一瞬意識が吹っ飛びましたよ! なんですか今のお声は! 悩ましげで切なげで、妖艶なまでの色気は! わたくしが女なら声だけで妊娠しておりましたよ!

 ああ……こんなお声を何度も聞かされては身がもちません。やはり公王様の恋を成就させるべく、全力で励まねば。でないと、あてられて使い物にならなくなる者が続出してしまいます。けっこう深刻な事態です。

 まったく、あの娘も大したものですよ。慣れたわたくしですらこうだというのに、どうして公王様の前でああも平然としていられるのか。あれほど熱烈に口説かれておきながら、まるでなびくそぶりもなくむしろ迷惑そうな顔までして――

 はたと気づき、思わず足を止めてしまいました。わたくしは今さらに気づいた事実に、愕然となってしまいました。

 そう……そうでした。公王様の恋は片想いなのです。あの娘は公王様に少しもなびかない。どれほど熱心に言い寄られても、どれほど色香にさらされても、なんら感じるようすもなく白けた顔であしらって……。

 いやいやいやいやいや! 何故ですか! なぜああも平気でいられるのです。おかしいでしょう。たとえ籠絡されずとも、多少は照れたりのぼせたりしそうなものではありませんか。なんで迷惑そうなんですか、ありえないでしょう!

 あの娘の非凡なるところに、初めて気づいた思いです。なるほど、公王様が目を止められるわけです。

 しかし、これは困りました。国内の根回し以前に、まず彼女をその気にさせなければ話になりません。

 一体どうすれば彼女が公王様の想いに応えてくれるのか。難題です。弱みを握ればよいというものではない。狙う相手を味方に取り込む策はいくつも思いつきますが、この場合には有効でないでしょう。必要なのは彼女の心なのです。心から公王様を愛してもらわねばならないのですから。

「…………」

 しばし通路に立ち尽くしたまま、わたくしは途方に暮れ――そして、行先を変更して自分の部屋へ向かいました。

 女の気持ちは男にはわかりません。永遠の謎です。ならば、女に訊けばよい。

 伝令鳥をもう一羽追加です。宛先は故郷の妹へ。

 私用だなどと思わないでいただきたい。これはれっきとした国の大事です。

 わたくしには色恋事も女の気持ちもわかりませんが、両親の反対を押し切って大恋愛の末に嫁いだ妹ならば、よい案を授けてくれることでしょう。いやしかし、公王様の恋だということはまだ伏せておくべきですね。身内とはいえ、みだりに口外すべきではありません。友人の話ということにしておきますか。

 部屋に着いたわたくしは、猛然と手紙をしたためました。年の離れた幼い少女が相手であること、なかなかその気になってもらえず苦戦していることなどを説明して、どのように攻めれば射止めることができるのかを訊ね、鳥に託して飛ばします。これで、多少なりとも公王様のお役に立てればよいのですが。

 船の甲板に立ち、青空に吸い込まれていく鳥たちを、わたくしは祈る気持ちで見送りました。




 ――その後のことはあまり語りたくはありません。

 手紙には友人の話と断りを入れておいたはずなのに、どうしてなのかわたくし自身の恋と勘違いされ、両親や親戚までも巻き込んだ騒動に発展してしまい、あげくそれが他人にも知られてしまい、わたくしは幼い少女に恋する三十男と可哀相な目で見られる結果に……。

「シラギ、最近何か悩みがあるようですが」

 公王様に問われても、お答えのしようがありません。ええ、悩んでおりますとも。おもいきり予想外な方向に!

「……どうぞ、おかまいなく……お耳に入れるまでもない些末事にございますので」

「そなたがようやく結婚する気になったと、故郷の親御殿から報告を受けましたが」

「――!!」

 手から書類がこぼれ落ち、拾おうと踏み出した足がけつまずいて膝から床に倒れてしまいました。強打した膝が泣けるほどに痛いが、それよりも。

「ち、違います、それは誤解なのです! 妹に宛てた手紙を、妙な方向へ勘違いされてしまいまして!」

 床に手をついたまま、わたくしは必死に弁明いたしました。公王様にまで誤解されてはたまりません。

 だというのに、

「別によいではありませんか。親御殿は喜んでおられましたよ? いつまでも女っけがなく縁談を勧めても突っぱねていた跡取り息子が、ようやくその気になってくれたと。この際相手が平民であろうと、身寄りのない孤児であろうと、十以上も年の離れた少女であろうと歓迎すると息巻いて、わたくしにも協力を頼んでこられるほどでした」

「そ、そのようなご無礼を……申しわけございませんっ」

「いいえ、謝る必要はありません。乳兄弟(あに)の人生に関わる問題ですからね、わたくしにも他人事ではありません……しかし」

 そこで一旦言葉を切った公王様は、にっこりと微笑まれました。それはそれは美しく……しかし、瞳の奥に鋭い刃を隠した恐ろしい微笑みです。存じておりますとも。この笑顔は、標的を前にした時のお顔ですよね。生まれた時からのお付き合いですから、公王様のことはよくわかるのです。

「不思議な符号ですね。そなたの想い人の特徴は、わたくしの知っている人と共通するところが多いのですが」

「い、いえ、ですから誤解だと……」

 立ち上がることもできず、わたくしは床にへたり込んだまま冷や汗を流します。公王様の笑顔が怖い。今しも蛇に呑まれそうになっている蛙の気分です。

「考えてみればありうる話でしたね。そなたも彼女とは同時に出会っていたのですから。わたくしの知らぬところで接近していたとは驚きでしたが……他でもないそなたに、そのような器用な真似ができるとは思いませんでした。恋とは人を変えるもの。そういうことですか」

「違います公王様!」

「しかし困りましたね。つまりわたくしとそなたは、恋敵ということになりますか。大切な乳兄弟が相手とはいえ、さてどうしたものか……」

「違います違いますちがいますうううぅっ! どうか信じてください公王様ーっ」

 泣きたい気分で公王様の足元に這い寄って必死に訴えるわたくしを、一転して冷たいまなざしが見下ろします。ああ、そんなお顔をなさっても美しい……などと言っている場合ではないでしょう。

「知っています。よけいな真似をするのではありません」

「は……はい……」

 力が抜けた。わたくしはその場に倒れ伏しそうになるのを必死にこらえました。

 なんてお人の悪い……いえ、そうです、勝手な真似をしたわたくしが悪いのです。

「わたくしは、わたくしの言葉でチトセを振り向かせたい。他人の言葉を受け売りで口にするような情けない男になる気はありませんよ」

「はい……」

「応援しようと思ってくれるそなたの気持ちはうれしいが、手助けは無用です。見ていなさい、必ず彼女をこの城へ迎えてみせますから。わたくしがなそうと思ってかなわなかったことなどありましたか」

「いいえ、ございません」

「では、そなたはただわたくしを信じていればよい。二度とおかしな真似をせぬように」

「はい。申しわけございません」

 公王様のお言葉に、わたくしは深く(こうべ)を垂れました。

 ああ、そうです。公王様は、とても自尊心の高いお方なのでした。恋の手助けなど望まれない。いえ、忘れていたわけではありません。だから知られないようにこっそりと動くつもりでしたのに……うちの家族が妙な暴走をしてくれたおかげで!

 疲れがどっと押し寄せて、わたくしは立つこともできずにため息を吐き出しました。はあ……やはり色恋事は苦手です。嫁など当分いりません。公王様の恋が成就する日を、おそばで見守り待ち続けましょう。

 ……成就、しますよね?

 遠いロウシェンの空の下にいる少女を思い出し、一抹の不安がよぎりましたが、いいえわたくしは公王様を信じるのみです。ええ、この完璧な美貌と才知と執念深さ――もとい、不屈の精神をお持ちの我が君に不可能なことなどありましょうか。きっといつか、彼女をこの城へお迎えする日が来ましょうとも。

 その日をただ待って、今日もわたくしは公王様のために働くのです。




                    ***** 終 *****

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