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そばまで歩いてきたカーメル公は、私の手にあるお皿を見てくすりと笑いをこぼした。
「ほとんど食べないのに、甘いものだけは別なのですね」
さっきの令嬢たちと違って馬鹿にする響きはない。限界いっぱいまでケーキを乗せたお皿を、面白そうに見るだけだ。
「ちゃんと食べてますよ。こちらの人たちとは体質が違うだけです」
無駄と知りつつ、いちおう私は断りを入れておいた。本当に食べたい分は食べているんだよ。日本ならこうまで小食扱いはされないのに。
「こちらの……ね」
私の言葉をつぶやくようにくりかえし、カーメル公はテーブルからグラスを取り上げた。透き通った赤紫の飲み物はワインらしい。こっちの世界にもあるんだね。ならば葡萄があるはずとさがしても、フルーツの器にそれらしいものはない。現代日本とはちがうんだと、思い出した。この地において農作物は、旬の時期にしか食べられないのだ。今はあきらめて、秋を楽しみにしよう。
私もジュースのグラスを取った。これで両手がいっぱいだ。食いしん坊万歳な姿に、またカーメル公は笑いをこぼした。
「ようやく君と話ができると思ったのですが……どこかに腰を落ち着けましょうか?」
「ユユ姫に飲み物を取りに来てあげたんです。持っていかないと」
「そうでしたか。では代わりに届けさせましょう」
目くばせを受けて、背後からお供の人が進み出る。見覚えのあるクールビューティは、たしかシラギさんだっけ。いちおう面識のある相手なので会釈しておく。
「お預かりいたします」
会釈を返し、シラギさんは手を差し出す。私はお礼を言ってグラスを渡した。少し迷った後、ケーキのお皿も渡す。まあいい、私の分はまた取ろう。
一礼してシラギさんが立ち去ると、カーメル公は私をバルコニーへとうながした。いつの間に取ったのか、その手にはケーキを乗せた取り皿がある。どうせならもっとたくさん取っておいてほしかったなんてことは言わず、私は差し出されるお皿をありがとうございますと受け取った。礼儀、礼儀。
ほんの数歩、会場から離れただけで空気ががらりと変わる。
ひんやりした夜風を受けながら、私はさっそくスイーツを堪能した。美形の前だからって、それがどうした。この人にいいところを見せたいなんて思わない。失礼にさえならなければいい。
カーメル公が取ってくれたケーキなのだから、おいしくいただいてみせる方が礼儀にはかなっているだろう。私は遠慮なくぱくついた。カーメル公はグラスを傾けながら、楽しそうに私を眺めていた。
「見た目に反してしたたかなこと。さきほどの嫌がらせも、まったく気にしていないようですね」
「したたかというほどじゃありませんけど、あんな程度をいちいち気にしていたら身がもたないでしょう」
世の中にはもっとえげつない人間もたくさんいる。あんな可愛らしい悪口くらい、笑って聞き流せなくてどうする。
「でもカーメル様にはお礼を申し上げるべきですね。かばっていただいたのですから。ありがとうございました」
「どういたしまして。……カーム、と」
「はい?」
「カームと呼んでください。君に堅苦しい呼び方をされたくありません」
「…………」
普通の呼び方じゃないのか? みんなカーメル公と呼ぶではないか。
こちらではファミリーネームよりファーストネームで呼ぶのが一般的なようで、たいていみんなファーストネームで呼び合っている。イリスはフェルナリス隊長ではなくイリス隊長、アルタもローグ団長ではなくアルタ様と、そんな調子だ。
王族だとまた事情が違うのだろうか。ファーストネームは公用で、セカンドネームが親しい相手用とか?
しかし、いつ私が親しい相手になった。さっきの友人発言といい、なんだか気持ち悪い。まさかまた誘惑してくるつもりじゃないだろうな。
もうそんな必要もないのだし、気にしすぎだと思うけれど。相手はアラサーのおっさんだ。見えなくてもおっさんだ。ハルト様に聞いたら二十九歳という話だった。私よりひと回りも年上である。見た目的にはもっと差があるわけで、向こうもそれなりに気を遣い、子供に目線を合わせようとしているだけなのかもしれなかった。
ここで意地を張って断るのは、多分失礼なのだろう。私は要求を受け入れることにした。
「カームさん、いえ、カーム様?」
「さんでよいですよ」
おかしそうにカーメル公は肩を揺らす。
「公王様をさん呼びは失礼でしょう。叱られそうです」
「では、ふたりの時にだけ。人前ではこれまで通りに」
なんだか秘密の約束めいたやり取りだ。漫画かゲームにこんな展開なかったか。考えすぎだと思うのに、またモーションをかけられているような気分になり、ざわざわと悪寒が走る。
……いかんな。もっと男性にも平等な目を向けようと決心したのに。のっけから偏見と先入観にまみれている。きっと彼に他意はない。カーメル公が私を特別視する理由なんて、まったくないのだから。
いや、ハルト様やユユ姫と親しくしているから、そういう意味では特別視されているかもしれない。もしかして、養女に迎えるつもりだとハルト様から聞いたのだろうか。それなら今後も付き合いが続くわけだから、前回のいきさつも踏まえて、関係修復につとめようとしているのかもしれないな。
私も大人になろう。復讐心を忘れたわけではないが、それはもっと別の場面で、違う形でだ。ここで失礼な態度を取って突っぱねても復讐になんかならない。ハルト様の迷惑になるだけだ。
相手は国賓。そつなく接待し、気分よくお帰りいただけば、少しはハルト様への恩返しになるだろう。
すべてはハルト様のために。私の個人的感情なんて、二の次だ。
「こうして元気な姿を見られて安堵しましたが、先だっては大変でしたね。本当に怪我は大丈夫なのですか」
先ほどのやり取りは軽い前哨戦といったところだろう。カーメル公は話題を変えてきた。
「ええ。負担をかけるとまだ少し痛みますが、日常生活の範囲でなら問題ありません」
「そう。大丈夫ならよいのですが……ずいぶんと、無茶をしたそうですね」
「いいえ、何も。なりゆきに流されていただけです。そちらこそ、ずいぶん詳しくご存じのようですね」
「さて、どうでしょう? 知っているのは公表されている情報だけですが」
公表された内容なら、私は巻き込まれただけという話になっているはずだ。細かいところまで詳しく公表していない。たとえば、誘拐犯のアジトと知って館に乗り込んだこととか。そんな話を知らなければ、無茶をしたというセリフは出てこないはずだが。
内心の読めない笑顔に、私も作り笑顔で向かい合う。普通に接待するつもりでいるのに、気づけば腹の探り合いみたいになっている。なぜだろう。
「よろしければ、くわしい話を聞かせていただきたいものですが」
「申しわけありませんが、それは。ユユ姫の個人的なことにも関わりますし、私もあまり思い出したい話ではありませんので」
「そうですね、失礼しました」
カーメル公はあっさりと引き下がった。しつこくしないところがさすがである。
「見舞いに贈った謎解き箱は、一日で解いてしまったとか。けっこう難しい造りだったのですよ。驚きました」
話が無難な方向へ流れる。
「ええ、おかげで一日たっぷり楽しめました。療養中はとにかく暇でたまりませんでしたから、ありがたかったです。あの絵も可愛いですね」
「気に入っていただけたなら何よりです。急いで描いたので、簡単な絵になってしまったのが申しわけないのですが」
「……カームさんが描かれたんですか?」
「ええ、そうですよ?」
当たり前の口調でうなずかれたが、少し驚いた。目の前の王様をまじまじと見つめてしまう。丸っこい小鳥が花の枝でたわむれている、ほのぼのとした絵柄は、写実的で繊細だった。てっきりプロが描いたものだと思っていた。自作のプレゼントなんて痛い行動の代表格だが、あのレベルなら問題ない。
「驚きました。とてもきれいな絵だったので、てっきり本職の画家さんが描いたものかと。絵がご趣味でいらっしゃるんですか?」
「そうですね。あまり本格的に取り組む時間はないので、簡単なものしか描けませんが」
いやいや、あれで簡単とか言われたらオタクの立場がない。
私は読み専だったが、多少は絵も描ける。しかしあそこまでの技術や才能はない。オタクとして、カーメル公に軽い羨望と敬意を抱いた。
王様で美形で楽器も演奏できるくせに、絵まで上手いのか。まあ顔と違って芸術面は努力あっての結果だから、すなおにすごいと称賛しておこう。
考えてみれば、カーメル公に好意的な感想を抱いたのはこれが初めてだ。いや、今のはオタク心のツボを突かれた。
向こうもそれを感じたのか、絵の話につっこんできた。
「チトセも絵に興味が?」
「ええ、まあ。ジャンルは違いますけど」
漫画絵だし我流だし、ちゃんと絵を勉強した人の前では恥ずかしくて見せられたものではありません。
「いちおう道具は持ってきているのですよ。旅の間の手慰みにね。よければ一緒に何か描きますか?」
「……いえ、そういう技術はないので」
みんなをデフォルメキャラにした絵くらいなら描いてみせますけど。王様のご趣味じゃないですよね。
「では、君の絵を描かせていただけますか?」
「それもちょっと……」
苦笑いで辞退する。モデルならもっと美人に頼んでくれ。
「明日から会談も始まりますし、そんなにお時間はないでしょう?」
「ふふ、チトセは知らないのですね。たしかにいちばんの目的は会談ですが、それだけで集まっているのではないのですよ。親睦を深め、交流をはかるのも目的のひとつです。ですから、期間は長めに設定し、会談にあてる時間は一日の半分程度です」
「そうなんですか」
どうりでやけに日数が長いと思った。色々議題が多く、もめることも考慮して設定されているのかと思ってた。
「それなら、ご挨拶しなければいけない方々がいらっしゃるんじゃないですか?」
「ええ、もちろんですよ。ですから、その合間にね」
合間ね。そんなゆっくり時間を取る余裕があるのだろうか。
「実は君にお願いしたいことがあったのです。わたくしの絵を気に入ってくださったのなら、交換条件にできないものかと」
いや別に絵をねだるつもりはない。あの箱ひとつで十分だ。
「お願いって、何ですか」
「あの歌を教えてほしいのですよ。一部分しか覚えられませんでしたので。歌仕掛けにするくらいはできますが、奏でるならちゃんと全部を覚えたい」
「…………」
それはつまり、私に歌って聴かせろと。そうおっしゃるわけですか。イリスといい、こいつといい……。
さあ歌えと言われて面と向かって歌うなんて恥ずかしいじゃないか。これがカラオケとか盛り上がった場の勢いとか、状況が後押ししてくれるならともかく、普通にふたりでいていきなり歌い出すってどんなだよ。
「……公王様にお聴かせするような歌では。大衆音楽ですので……」
苦しい言い訳に、我ながら説得力を感じない。しかし言葉よりも私の表情に説得力があったようで、カーメル公は不思議そうに首をかしげた。
「歌うのは嫌ですか? 竜の前ではあれほど楽しそうに歌っていたのに」
そりゃ竜に恥ずかしがる必要はないから。おまけに喜んでくれてノリノリのダンスを見せてくれたから、こっちも楽しかった。しかし人間相手に同じことはできない。私にも羞恥心はある。
というか、あのリサイタルを見られていたことだって、考えれば十分恥ずかしいできごとなのだが。
「残念ですね。とても気に入ったのですが」
「……好きな人が、自分と離れた場所で別の人と幸せになることを祈る歌です。優しい歌ではありますけど、楽しい歌と言えるかどうか……」
さらに言うなら、もともとはテロ事件をきっかけに友人のために作られた歌だとか。まあそんな裏話まで教える必要はないけれど。
「おや、そうなのですか。明るい曲でしたから、てっきり想い合う恋人同士の歌なのかと」
あの時聞いたといっても、距離もあったし歌詞をきちんと聞き取るところまではいかなかったのだろう。むしろ、よくあれだけのメロディを拾えたものだ。
「では、楽しい歌を教えてください……と、言いたいところですが、それは頼めそうにありませんね」
私の表情をたしかめながら、カーメル公は苦笑する。
「残念なこと。ですが、気がむいたら遊びにきてください。お土産のお菓子も渡したいので」
「……お菓子?」
おおう、今ものすごく魅力的な単語が聞こえたぞ。
「ええ。離宮で甘いものをよろこんでいましたから、焼き菓子や砂糖漬けなど、君が好みそうなものを持ってきました」
ぬうう、これは心を揺さぶられる。ハルト様もユユ姫も、私にいろいろ親切にしてくれてちょっと甘すぎるんじゃないかと思うくらいだが、食べ物に関してだけは厳しい。お菓子を食べたらご飯を食べなくなるとか、甘いものを食べすぎるのはよくないとか言って、なかなか許してくれないのだ。
イリスやトトー君も同様だし、アルタもみんなから言い含められている。自分で買いに行くお金がない私にとって、スイーツを味わえる機会はものすごく貴重だ。だからこそ、さっきの意地悪令嬢たちの厭味も無視して、せっせとケーキを取っていたのだ。
たとえ相手が宿敵カーメル公であっても、もらえるものならありがたくいただきたい。
「……お邪魔してもいいのは、いつごろですか」
私の言葉にカーメル公はうれしそうに微笑み、都合のいい時間を教えてくれた。破壊力満点の美形にとろけるような笑顔を浮かべられると、スイーツに魅了されていた心が少し冷やされる。バルコニーに出ていてよかった。こんな顔を周りの人が見ていたら、またどんな問題が起きることやら。
そっと会場の方をうかがえば、向こうからもこちらを気にして、興味津々で目を向けてくる姿がいくつもあった。
そろそろ中へ戻ったほうがいいかもしれない。いくら子供相手とはいえ、いつまでも二人きりで話し込んでいると、彼にも都合の悪い状況になるだろう。私は誘われた時点でとうに手遅れだが。
私はカーメル公に言って広間へ戻った。ちょうどカーメル公に話しかけてきたおじさんがいたので、これ幸いとその場で彼と別れる。もう一度ケーキをたっぷり確保して、ユユ姫のところへ戻った。
「また取ってきたの? こんなにたくさん取っておきながら」
私の手にあるお皿を見てユユ姫は呆れた。彼女の前にあるお皿には、まだ半分以上ケーキが残っていた。
「好きなだけ食べて。残った分は全部引き受けるから」
「どうしてその食欲を普段の食事に向けられないのかしら」
しみじみとなげくユユ姫だったが、すぐに気を取り直して聞いてきた。
「カーメル様とお話してきたのよね? どうだった?」
「なにが?」
「あん、もう。そんな冷たい反応しないの。あんな素敵な方と二人でお話したのだもの、楽しかったでしょう?」
「……ふうん。ユユ姫はハルト様をやめて、あっちに乗り換えるのかな」
「なっ……! な、なぜそうなるのよ!?」
「だってやたらと素敵すてきって連呼するし。カーメル公のことを話す時はいつもうれしそうだし。さっきの挨拶でもいい雰囲気だったよね」
「んまあ……! ふ、ふうん? それってつまり嫉妬しているってことね? あらそう、そんなに気になるの」
虚勢を張って笑ってみせる彼女に、私は意地悪とはこうやるのよとお手本を見せてあげた。
「大丈夫、ユユ姫がカーメル公に乗り換えるなら、私は遠慮なくハルト様にアタックさせてもらうから」
「え……」
「養女の話だって、本当は断りたいの。だって親子になっちゃったら、そういう関係は望めないじゃない? 私男は苦手で一生恋人なんかできない結婚もできないと思ってたけど、ちゃんと大丈夫な相手もいるものね。ハルト様のことは、不思議と出会った当初から好きだった。でもユユ姫がいるから、あきらめようと思ってたんだけど……そっか、ユユ姫はもうハルト様のことはやめにしたんだ。なら遠慮する必要ないよね。初めは親子みたいな関係でも、そばにいて心を通わせていればいつか恋人になれそうな気がする。私頑張るわ。これってきっと運命だから」
「…………」
ユユ姫はどんどん青ざめていき、言葉もなく震えだす。ちょっといじめすぎたかな。ていうか、そんな素直に信じるなと言いたい。いや、その素直さが彼女の魅力か。
「――なんてことにならないように、うかつに他の男をほめないの。あと私が嫌がってるのいい加減理解して。正直あの人はものすごく苦手なんだから」
冗談だよとネタばらしをしてやれば、ユユ姫は魂を吐き出すかのごとく肩を落とした。
「……ひどいわ」
涙目で私をにらんでくる。先にしかけたのはそっちだろう。
「何度も嫌だって態度を示してきたのに、しつこく恋バナにしようとするからよ。人の嫌がることをするそっちもひどい」
「う……」
ばつの悪そうな顔をして、ユユ姫はしおしおとうなだれる。ヘンナさんは私たちのやり取りに呆れた顔をしていた。
「……でも、不思議なの。どうしてそんなにカーメル様を嫌うの? 客観的に見て、素敵な方でしょう?」
「私にとって素敵な人っていうのは、裏表のない性格で、誰に対しても優しく誠実で、女の子に悪ふざけをしかけたりしない、真面目な人よ」
「カーメル様はそれに当てはまらないの?」
「全然」
言い切って私はケーキを口に放り込んだ。甘いあまい、美味しいケーキ。たいていの女の子は大好きで、心をとろかせる。甘いお菓子はカーメル公の微笑みに似ている。
あの甘い微笑みと言葉に、うっかり乗せられたらおしまいだ。
もう私を誘惑する理由なんて、ないと思っていたんだけどな。今度は一体どんな魂胆があって私に近づいてくるのだろう。いくら考えてもさっぱりわからなかった。
私がハルト様の養女になったとしても、だからってカーメル公があれこれ画策する必要はないはずだ。彼にはあまり関係のない話である。それが原因とは思えない。
他に、何か理由があるはずだった。
私は何に利用できるのだろう? 保護されているだけの、何の力も持たない小娘なのに、何に役立つのだろうか。
あれやこれやと気を引く話を持ち出して私を招待しようとしたカーメル公に、下心はないだなんて呑気なこと、もう考えていなかった。あれは計算だ。ただお土産を渡したいだけなら、わざわざ招待する必要なんかないのである。部下の人に届けさせればいい。それじゃだめだというなら、会談のついでにでもハルト様に預ければいいのだ。直接渡すために招待までするなんて、不自然きわまりない話である。普通の知り合いじゃないのだ。まがりなりにも一国の王様が、お土産あるから取りにいらっしゃいなんて言わないだろう。そんな理由で国賓の宿所へお邪魔できるかっての。
前回のような色仕掛けは通用しないと承知しているだろう。他意はなさそうな無害な好意を装っていたが、結局のところバレバレだった。あくまでも私自身を懐へおびき寄せようとする時点で、どんな偽装も無意味だ。
あの人は自身の特殊性をわかっていないのだろうか。そう気安くお近づきになれる人ではないということを、わかっていないはずはないのに、なぜこんな手を使うのか。もしや、私が見抜くことも承知の上で、あえて誘いをかけているのだろうか。
私はせっせとケーキを口に運んだ。横からユユ姫が食べ過ぎだと咎めたが、かまわなかった。糖分をしっかり摂取しておかないと。あの腹黒公王に対抗するには、こちらも脳をフル回転しなければ。
真意が読めないなら、相手の誘いに乗ってみるしかない。私が誘いに乗ることで何か動きが出るのなら、それを見極めよう。
別に、お菓子が欲しいからではない。誘いに乗るのは、彼の真意をさぐるためだ。本当だから。
もちろん手数料としてお菓子はもらってくるけどね。
ユユ姫はなぜ彼を嫌うのかと不思議がった。その答えがこれだ。
裏のない好意ではなく、何かしらの思惑を持って近づいてくる。そういう人だから、どうしても好きになれないのだ。
ただ純粋に私と友達になりたいと思ってくれたのなら、以前のアレコレは忘れてもよかったのに。結局あの人は、私を利用することしか考えていない。それが腹立たしい。
ひそかに怒りを燃やしていた私は、ふと気づいた。こんなに腹が立つということは、私は彼と普通に友達になりたかったのだろうか?
……そんな気持ち、いっさい、全くないと言いたいけれど。
でも向けられる笑顔が偽物だと知るのは、ひどく傷つくことだ。もし、あの笑顔が何の裏もない本物だったなら――無駄なことを考えて、息をつく。ありえない話だ。
遠くにカーメル公の姿が見えた。誰よりも美しく、あらゆるものに恵まれて、常に中心に立つことが約束された人。
私とは対極の存在だ。
あの人とは友達になんてなり得ない。期待するのも馬鹿馬鹿しい。
私は頭を振って、意味のない考えを追い出した。