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明日天気になったなら  作者: 桃 春花
第二部 はじめての友
21/130

10



 私の容体が落ち着いて話もできるようになると、毎日誰かが見舞いに来てくれた。

 もちろん私の知り合いなんて限られているから、顔ぶれはいつも同じだ。連れ立ってくることも多かった。

 スーリヤ先生も来てくれた。彼女は涙ぐんで私の生還をよろこんでくれた。先生との付き合い方も変えていきたいと思う。ただ知識を教えてくれるだけの人ではなく、一人の女性として付き合っていきたい。

 変わったところでは、ロウシェンに駐在中のリヴェロの大使がやってきた。初対面の知らないおじさんである。なぜそんな人がと思ったら、カーメル公からの見舞い品を届けに来てくれたのだった。

 カーメル公が私の怪我を知っている理由を考えれば、情報源はやはりこの大使のおじさんだろう。今回の事件は割と大きな騒ぎになったらしいし、ハルト様があれこれ手配して私の治療にあたらせたから、報告のついでにこんなことがありましたよとでも知らせたのだろう。

 見舞い品は、両手に収まるほどの小さな木箱だった。箱、なのだと思う。どうやって開けるのかはわからない。上面は細かな木片の組み合わせになっていて、それぞれのピースを動かすことができる。まちまちに彩色された木片は、おそらく正しく配置すればちゃんとした模様になるのだろう。つまりパズルだ。

「まあ、謎解き箱ね」

 部屋にいたユユ姫が、箱を見て目を輝かせた。

私が今いるのはユユ姫の館ではなく、宮殿最上層の一の宮だ。その方が治療をしやすいからとハルト様が運び込ませたらしい。ユユ姫もまた、あれ以来一の宮に滞在していた。警備の都合もあったし、心細いだろうからとハルト様が滞在するように勧めたそうだ。

「謎解き箱? そう呼ぶの?」

「ええ。木片を並べ直して絵を完成させたら、箱が開く仕組みになっているのよ」

 ほほう。面白い細工だな。むしろ箱の製作工程が知りたい。

 私は箱を振ってみた。特に音はしない。大して重みもないし、中に何かが入っているようすではなかった。

 中身ではなく、箱そのものに意味があるのだろう。私はこれを、カーメル公からの挑戦状と受け取った。

 ――やってやろうではないか。

 それから私は箱をひねくり回し、一日ほどで可愛らしい小鳥の絵を完成させた。

「なにもそう急いで解いてしまわずとも……療養中の無聊をなぐさめるためにと贈ってくださったのだろうに」

 ハルト様に呆れられたが、私は満足だった。ゲーマー舐めんなよ。私にかかればこんなもん――ちょっと難しかったけど――敵ではなかったさ。

 私は箱のふたを開く。すると、澄んだ音が流れ出した。

「…………」

 優しく可愛らしい音が、メロディを奏でる。

「ほう、歌仕掛けか」

 ハルト様が微笑んだ。オルゴールのことを歌仕掛けと言うのか。箱が歌うという考え方はロマンチックだな。

「きれいだけど、聞いたことのない曲ね。何かしら」

 耳を傾けながらユユ姫が言う。私は答えず、箱の中に入っていた紙片を取り上げた。

 二つに折られた紙を広げれば、流麗な文字が書いてある。

「……元気に、歌を、聞く……? いや、これだと聞きたい、になるのかな」

 まだちゃんとは読めない文章を前に首をひねっていると、ユユ姫が横から覗き込んだ。

「違うわ。元気になったらまた歌を聞かせてくださいって書いてあるのよ。ふうん? カーメル様に歌をお聞かせしたことがあるの?」

「…………」

 本当に、やることがいちいち気障というか、相変わらずツボを押さえるのが上手いというか。

 流れるメロディは、私が花の木の下で歌った曲だった。故郷で流行った、切なく優しい恋の歌。リヴェロの離宮で竜たちとお留守番していた時に、よく似た花を見て思い出したものだった。

 一度聞いただけの曲をよくもちゃんと覚えて、こんなオルゴールにまで仕立てられるものだ。楽器を弾ける人ってそうなのだろうか。音を違えることもなくちゃんとなつかしいメロディになっていた。

「いいなあ、僕も聞いてみたいな。ティトの国の歌、聞かせてよ」

 やはり部屋に来ていたイリスが言った。

「一曲百万円」

「エン? なんだ、そりゃ……っていうか、なんでそんなに不機嫌なんだよ。いいものもらってよかったじゃないか」

 別に! いいものって、そりゃ悪いものじゃないけれど。いいと言えばいいものだけど。なんだかんだ言ってパズルを解くのは楽しかったし、小鳥の絵柄は可愛いし、好きだったなつかしい曲をずっと聴けるのもうれしいかどうかって言われたらうれしいけれど。

 でも別に、よろこんでなんかいないんだからね! あんな奴からの贈り物をよろこんで受け取って、まんまと懐柔されたりなんかしないんだからね!

 ……そりゃあ、突き返すのはあまりにも失礼だから、もらっておくけどさ。

「礼の手紙を書いてはどうかな」

 複雑な思いと葛藤する私に、ハルト様がそんなことを提案した。

「手紙、ですか?」

「ああ、このような気遣いをしていただいたのだから当然だろう? あれだけ頑張って勉強していたのだ、その成果を見せるちょうどよい機会ではないか。何も難しい長い文章を書く必要はない。気持ちが伝わればよい」

 おっしゃることはごもっともなのだけれど。

「最初の相手がカーメル公ですか……?」

「……だからなぜ、そうも嫌そうな顔を」

「普段は感情見せないくせに、あの方の話題になると露骨に嫌がるよな」

「それって特別な相手ってことよね?」

 うるさいです、みなさん。特にユユ姫、何か勘違いしていないか。

「最初の相手は他の人がいいです。スーリヤ先生にしておきます」

 先生にお礼を伝えよう。これからもよろしくってお願いしよう。そして添削してもらおう。

「あら、じゃあわたくしもほしいわ。わたくしにも書いてよ」

「目の前にいる人に何を書けと。直接言った方が早いじゃない」

 ユユ姫は毎日やってくる。一の宮に滞在中でも領主のお仕事はちゃんとやっていると主張するが、それにしては入りびたりである。

「それとこれとは別よ。そもそもあなた、言わないじゃない。けんかを売る時には饒舌になるのに、普段は最低限しかしゃべらないでしょう。口で言いづらいなら手紙で書いてちょうだい。わたくしに言いたいこと、たくさんあるでしょう」

「…………」

 ないとは言わないが、それを書いて渡せるほど私の語学力はまだ上達していない。

 それにこれからは、ちゃんと言葉で伝えようと思っているのに。

「ふふん、なら僕も書いてもらおうかな。歌がだめなら手紙を書いてくれよ」

「私もほしいな」

 男ふたりまで面白がって乗ってくる。さらにそこへ、

「俺もほしいぞっ! 俺に熱い想いの丈を書いてくれ嬢ちゃん! 返事はさらに熱い抱擁で!」

「うせろおっさん」

「はうっ! 今日も絶好調の冷たさっ」

「失礼いたしました。大声とむさくるしさが傷に障りますので、お引き取り願えますと幸いです、おじさま」

「おおう、そのつれなさ、ゾクゾクくるなあ。飛竜隊の連中が騒ぐ気持ちがよくわかる」

 相変わらず騒々しい騎士団長がやってくる。トトー君も一緒だった。結局全員が顔をそろえた。

「うちの連中も気にしてるよ……野生の、それも子育て中の地竜を手なずけたものだから、すごいって評判になってる……で、手紙ってなに?」

「ティトがみんなに手紙を書くって話だよ」

 待てこらイリス、いつそんな話になった。

「へえ……じゃあボクも書いてもらおうかな」

「……まあ、トトー君となら文通してみたいけど」

「え、なにそれ、なんでトトーだけ特別扱い? 僕には冷たいくせに」

 イリスは感情をはっきり表す人だからわかりやすい。でもトトー君は何を考えているのか、いまひとつ読みにくい。彼とこそ、意思疎通を図る必要があるのではないかと思う。

「くそう、やっぱり僕が館に突入すればよかった」

「何言ってんだ……それじゃ脱出できないじゃないか」

「他の奴に待機させとけば済む話だろ」

「無理な三人乗りするんだから、体重の軽い奴でなきゃだめだろ……ボクより軽い奴なんて、いないだろ」

「そうだけどさあ」

「はっはっは、お姫様が一人に騎士が二人か! ようし、俺も参戦するぞ!」

「アルタは問題外じゃない?」

「年齢制限があるみたいだからね、三十路はあきらめな」

「お前らまでおっさん扱いかあぁっ!」

 ――こいつらは、私に静養させる気があるのだろうか。見舞いに来たことを忘れているのではなかろうか。

 やかましく騒ぐ連中から目をそらし、私はため息をつく。手の中の小箱は歌うのをやめていた。ネジを巻き直すのはまたにして、ひとまずふたを閉める。まあ、後で一応お礼の手紙は書いておこう。一応ね、いちおう!

 オルゴールの音がなくなっても、私の周囲はにぎやかだ。にぎやかすぎて勘弁してほしいくらいだ。

 でも不思議と気持ちは落ち着いている。この騒々しさが、案外嫌いではないらしい。

 言うとよけいうるさくなりそうだから、言わないけどね。




 やがて男性陣が引き上げると、待ってましたとばかりにユユ姫が聞いてきた。彼女はまだまだいるつもりらしい。

「ねえねえ、カーメル様とはどんな形で知り合ったの? ここへ来る途中でお会いしたのよね? 一体そこで、何があったの」

 目をきらきらと輝かせて身を乗り出してくる。この話がしたくて居残ったのは明らかだった。

 本当に、女の子だな。恋バナが好きなんだ。そういうところはクラスメイトと何も違わない。

 考えてみれば私とユユ姫はたったの二つ違い。先輩後輩で同じ時期に通学していたくらいの歳なのだ。

「聞きたい?」

 私が問い返せば、彼女は大きくうなずいた。

「ふ……聞きたいなら話してあげるけどね……ひとことでは語れない恨みを、とっくり聞かせてあげるわよ」

「う、恨み……? カーメル様はとてもお優しい、素敵な方でしょう?」

「ふっふっふ……そぉねえ……」

「え? あの、ティト? なんだか目が怖いのだけど……」

「ありもしない私の恋バナなんかより、自分の方を気にするべきなんじゃないの」

 たじろぐユユ姫に私は言ってやった。

「え、わたくし……? な、何のこと?」

 たちまち彼女は挙動不審になる。これでごまかしているつもりだろうか。

「ハルト様のことが好きなんでしょう?」

 はっきり指摘すると、ユユ姫の頬がピンクに染まった。

「な、え、そ、それは……」

 あわあわ、おろおろと、視線をさ迷わせうろたえる。無意味に指を組み替えてもじもじしていたかと思ったら、蚊の鳴くような声で聞いてきた。

「……わかる?」

 わからいでか。

 なんだこの可愛い反応は。ピンクの頬を両手で押さえて恥ずかしげにうつむくお姫様って、もう本当に惚れるだろう。私百合じゃないよね? このときめきは友情だよね?

「色恋沙汰は私からいちばん縁遠い話題だけど、それでもわかるくらいはっきりしていたわよ。お父さんや親戚のおじさんを見るまなざしではなかったもの」

 ユユ姫が小さくうめく。

「そんな……他の皆も知っているのかしら」

「そりゃ知ってるでしょうよ。私が気づくくらいなんだから。ハルト様が気づいていらっしゃるかどうかは知らないけど」

「あう……」

 まあ、気持ちはわからないでもない。ハルト様は優しくてかっこいいもんね。ユユ姫のことをすごく大事にしているし、ただの親代わりとは思えなくなっても無理はない。

「ひょっとして、私に妬いていた?」

 そこはかとなく抱いていた疑問をぶつけてみれば、彼女は迷いつつうなずいた。

「だって、ハルト様ってば、あなたのことばかり気になさるのだもの……そ、そりゃあ仕方ないとは思ったけど。でもちょっと悔しくて……うちの者たちがあなたに当たったのも、そのせいだったのよ。わたくしとハルト様との間に割り込むお邪魔虫だと思ったみたいで、追い出そうとしたの。まあ、イリスと仲がいいせいもあったんでしょうけど」

 それであの中途半端なイジメだったのか。

 嫌われている割に気合の入った悪意は感じられなかった。本気で陰湿な人間だったら、私が挙げてみせたイジメの初歩くらいはやってのけただろう。

「そういえば、彼女たちにはまだ罰を与えていないのだけど……あなたが回復してから、あらためて意見を聞こうと思っていたの。どうする? 理由はともかく、あなたに意地悪をしたのだし、何かしらの罰は必要だと思うのだけど」

「えー……じゃあ、私はいじめをしましたって書いたタスキでもかけさせて、歌いながらお城を一周走らせる、とか」

「……あの、実はすごく怒っていた?」

「いえ、別に。あの時言ったことは全部本心だし」

「じゃ、じゃあ、もう少し加減してあげてくれないかしら……悪い人たちではないのよ。あなたのことを誤解していたの。ちゃんと反省もしているから、大目に見てあげて」

 む、厳しすぎたかな。本当のところ罰を与えたいという気持ちは特にないので、違う方向で考え直す。

「じゃあハルト様攻略法を一人十案考えさせるということで」

「こ、攻略法って」

「ひそかに(でもないけど)想うだけで終わらせるつもり? どうせなら両想いになりたいでしょう。王様とお姫様ならお似合いじゃない。ちょっと年が離れてるけど」

 ハルト様は三十五歳。ユユ姫と十七歳違いか。そこまで離れちゃうと私には恋愛対象とは思えないが、世の中にはもっと年の離れた夫婦もたくさんいる。

 何よりハルト様はユユ姫のことを本当に大切にしている。やきもちなんて必要ないくらい、ちゃんとユユ姫のことを気にかけていた。十分見込みはあると思うな。

 しかしユユ姫は、なぜか急にしょんぼりとうなだれた。染まっていた頬も元の色に戻っていた。

「だめよ……ハルト様は、わたくしのことなんて見てくださらないわ」

「決めつけなくてもいいんじゃない」

 ふるふると首を振る。プラチナの髪が揺れた。

「ハルト様のお心には、今もずっと奥方様がいらっしゃるの。他の誰も入り込めない深い想いを抱き続けていらっしゃるのよ」

「……結婚、してたんだ」

 てっきり独身だと思っていた私は驚いた。

 当たり前の話ではあったのだけれど。私だって最初は既婚者だろうと考えていた。王様があの歳まで独り身って、あまり普通のこととは思えない。本人にその気がなくたって、周りが放っておかないだろう。

「早くにね。お子様も生まれていたのよ。わたくしより二つ下……ちょうどあなたと同じ歳の、若君がいらしたの」

 ユユ姫は過去形で話をする。その意味するところは。

「十年ほど前に、事故で亡くなられたの。奥方様と若君をいちどに亡くされて、ハルト様のお嘆きはとても深く激しかったわ……その傷は、今も癒えてはいないのよ」

 ユユ姫は寂しげだった。美しくも憂いに満ちた顔に、私は言うべき言葉を見つけられなかった。

 人の想いは、難しい。

 ようやく周りの人とかかわることを始めたばかりの私には、ここで偉そうに何かを言える資格はない。なんと言えばいいのかもわからなかった。

 ユユ姫の想いを応援してあげたい。彼女の恋が成就するように、できることがあるならしてあげたい。ハルト様にも幸せになってもらいたい。誰かを愛することで、悲しみが癒されてほしい。

 でもそう簡単に言ってしまえる話ではないのだろう。

 愛する人を亡くすって、どんな気持ちなのだろうな。祖父が亡くなった時私はまだ小さかったから、よく覚えていない。もう二度と会えない家族だって、死んだわけではなく故郷でちゃんと元気に暮らしているはずだから、永遠に失ったとは思っていない。寂しいし恋しいけれど、亡くした人の想いとはまた違うだろう。

 ――家族にとっては、私は死んだことになっているんだろうな。

 今、家族はどんな気持ちでいるのだろう。きっと立ち直ってくれると信じているけれど、悲しませていることを思うと切なかった。

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