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明日天気になったなら  作者: 桃 春花
第二部 はじめての友
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「うるわしのユユ姫、ロウシェンの宝玉と呼ばれるあなたには、きっと数多くの求婚者がいることでしょう。ですが私は誰よりもあなたを幸せにしてさしあげられると自負しておりますよ。お父君の遺された領地と領民を、あなたはとても大切にしておられる。女性の身で立派に領主の務めを果たしていらっしゃる。そのご苦労は並大抵ではないでしょう。私はあなたを支え、お助けしたい。その細い肩にのしかかる重圧を、なくしてさしあげたいのです」

 ユユ姫の足元にひざまずき、アスラル卿は切々と訴える。芝居がかったあまりうまくはない口上を、私は邪魔しないよう空気になって聞いていた。

「ここ最近シャール地方の経済状況は、あまりかんばしくありませんね。業績が伸び悩んでいる。原材料の高騰も追い打ちをかけて、職人も商人も青息吐息とか。時代は変わりつつあるのです。いつまでも古いやり方では勝ち残っていけない」

 バブル崩壊後の不況ニッポンで生まれ育った私には、なんだかなつかしさを覚える話題だ。こちらも似たような状況なのか。

 でもスーリヤ先生の授業では、ロウシェンが不況にあえいでいるという話はなかったなあ。

「あなたに言われるまでもありません。シャールの商工組合とは常に話し合い、今後の展開を考えております」

「失礼ながら、彼らはあまり頼りになりませんよ。伝統と過去の業績に誇りを持つあまり、新しいものを受け入れることができない。工夫するといっても、しょせんこれまでのやり方の中での小さな努力でしかないのです。時代に対応していけるだけの力は持っておりません」

 ふむふむ、たしかに新しい発想を取り入れることは大切だよな。

「領地の未来をお考えになるならば、古いものを切り捨てる思い切りも必要です。因習にとらわれて新しいものを拒絶し、足を引っ張るばかりの者たちを甘やかしてはなりません。共倒れにならぬよう、あなたはもっと広い目をお持ちにならなければ」

「そうして、切り捨てた者たちの代わりにあなたの息がかかった者を迎え入れろと? それで事態がよくなるなど、到底思えません。あなたは単にご自分の事業を拡大させたいだけでしょう。そもそもシャールの経営が苦しくなった原因は、あなたのところが破格の安値で売り出したからでしょう。そちらが大量に買い入れるせいで原材料も高騰するのです。自分でしかけておきながら、よくもぬけぬけとおっしゃるものです」

 ほほう。少し話が見えてきた。新勢力であるアスラル社が、老舗ユユ社に会社合併という名目の乗っ取りをしかけているわけか。

 アスラル社の武器は安売りか。消費者は安いものが好きだから、そりゃあ食いつくだろう。

 んー、でも、どうなんだろうな。

 私はまたケーキを一口。いやこれ、本当に美味しい。止まらない。

「双方に利があると思って提案しているのですよ。私は何もあなたの領地をつぶしたいわけではありません。お互いに手を取り合って、よりいっそうの繁栄を目指そうと考えているだけです」

 お皿に伸ばした手がさまよった。ケーキがない。もう一個、あと一個と手を伸ばしているうちに、つい完食してしまった。我ながら遠慮のないことだ。いくら久々のスイーツだったとはいえ、ひとりで食べきってしまうなんて。

 でもユユ姫は全部食べていいって言ってたもんね。向こうは今ケーキどころじゃなさそうだし、気にしないだろう。

 私は口直しにお茶のカップを手に取った。ハーブティーのようにすっきりと爽やかな飲み口で、甘いものを食べた後にちょうどいい。

「それにユユ姫、若く美しいあなたには、苦労は似合わない。領地の経営などという無粋なことにばかりわずらわされて、せっかくの輝かしい時間を犠牲にしておられる。あまりにもったいないことです。私に経営を任せて肩の荷を下ろせば、これからいくらでも楽しく暮らせるのですよ。そのお身体で無理に視察に出かける必要もなくなります。一人の女性として、あなたご自身の幸せを求めてもいいはずです、違いますか?」

「違いませんねえ」

 お茶を飲みほして一息ついた私は、アスラル卿の言葉に相槌を打った。

 一瞬、きょとんとした視線が向けられる。誰もが忘れていた私の存在を、今ようやく思い出したという雰囲気だった。

 もう少しお茶がほしかった私は、自分で勝手にポットを取り上げながら続けた。

「お仕事も大切だけど、ご本人がまず幸せでないと何事もうまくいかないと思いますよ。ただ、アスラル卿とご結婚されて幸せになれるかというと、さあそれはどうなんでしょうね? もっといい人が他にいるんじゃないかと思いますけど」

 アスラル卿の顔がゆがんだ。彼は控えていたヘンナさんに横柄に言いつけた。

「そこの侍女、この子供をつまみ出せ。まったく、分もわきまえず何を余計な差し出口を」

「女性に結婚を申し込むため口説きに来たんなら、もっと相手の好意を得られるような言い方をしないといけませんねえ。腹黒い考えは悟られないよう隠して、思わずときめいちゃうような好青年を演じないと。カーメル公に弟子入りでもしてきたらいかがです? 私はあの人大っ嫌いですけど、やり方が上手いことは認めますよ。彼こそ真の腹黒です。はた目には優しくて上品であくどさなんてこれっぽっちも感じさせずに、それは上手に相手を乗せるんです。あの人と比べたらあなたのは腹黒とも言えませんね。単なるわかりやすい悪役(小物)です」

 私はかまわずしゃべり続けた。ヘンナさんは動かない。怪訝そうにこちらを見ている。ユユ姫も困惑していた。

「ティト……?」

 淹れ直したお茶を一口飲んで、私はゆったりとソファの背にもたれる。

「あと、さっきのお話ですけどね。まあ、うなずけるところもありましたよ。でも安売りって必ずしもいいことばかりじゃないんですよね。消費者はつい目先の安さにつられがちですが、なんでもかんでも安いがいいってなるとデフレスパイラルに陥ります。一時的ではない、気合の入った不況に苛まれることになります」

「でふれ?」

 ユユ姫が首をかしげるが、説明はまた後にしよう。

「商品を安く売ってたら利益もそれほど上がりませんよね。資金繰り、大丈夫ですか? 原材料を大量購入するには、それなりの資金が必要になりますよね。どうやって調達してるんです? 生産コストをカットしてるんでしょうか。真っ先に割を食うのは従業員ですよね。賃金かなり安くしてこきつかってたり? それじゃあ労働意欲もわかないですよね。安く売るためには製造にあまり手間暇お金をかけられませんし、作る人間も適当になっちゃえば、値段は安くても品質のよろしくない粗悪品ってことになりますよね」

 アスラル卿が舌打ちをした。私の前に仁王立ちになってにらみつけてくる。

「いい加減にしろ。ユユ姫の御前だからと大目に見てやっていたら、どこまでも図に乗りおって。お前のような平民の小娘が口を利いていい場ではないぞ」

 叱られてもまったく気にならない。あー茶が美味い。

「実のところ、お金には困ってらっしゃるんじゃありませんか? 単に新しいやり方で事業を成功させているだけなら、そのまま頑張って単独で繁栄してたらいいでしょう。なんでわざわざ合併を申し出る必要があるんです? アスラル社が市場を独占するようになったら、駆逐された古い会社や工場はもっと簡単に傘下に組み込めるようになりますよ。今、一生懸命合併を推し進めようとする理由は何なんです?」

「うるさい、黙れ!」

「粗悪品を安く売るだけでは満足な収益は得られない。老舗の技術力を手に入れて、上質の物を他へ高く売りつけることで儲けようって考えてるんじゃないんですか。自分とこでいいものを作れるよう努力すればいいのに、手っ取り早く他人の技術を盗もうだなんて、そんな発想しかできない人は大成しませんよ。今ちょっと勢いがあるからって、だまされちゃダメです。こんなの、そのうちすぐ行き詰って転落しますから。結婚相手として、全力で却下です」

「ティト……もしかして、酔ってる?」

 ユユ姫の視線は空になったお皿に向けられていた。酔っている? 私が?

「酔ってませんよ」

「そ、そう……? なんだか、雰囲気が違うように思えるのだけど」

「ケーキに入ってるお酒くらいで酔いません」

 私はお酒を飲んだことがないから酔った経験もないが、ちゃんとものを考えられるしろれつも正常だ。この状態を酔っているとは言わないだろう。

 これまで積極的に発言することがなかったから、ユユ姫は驚いているんだな。たしかに私は普段あまりしゃべらないが、必要ならいくらでもしゃべってみせる。

「ユユ姫、余計なお世話かもしれませんけど、職人さんたちの専門知識や技術が流出しないよう徹底するべきですよ。門外不出ってやつですね。そのくらいやってるかもしれませんけど、さらに厳重に。パクられたら終わりです」

「ぱ、ぱく?」

「私がアスラル卿の立場だったら、乗っ取りをしかけるのと同時に産業スパイを潜入させて、技術を盗み出そうとしますね。職人の技っていうのは知識があるだけで簡単に真似られるものではありませんけど、それでも他にない特殊な加工や製造法とかは大切な財産です。盗まれればそれだけ不利になります。多分そういった連中がうろちょろしてるんじゃないでしょうかね。早急に対策立てた方がいいですよ」

「ええい、うるさいと言っている! 黙れ小娘!」

「うるさいのはあなたですよ。怒鳴らないでください」

 私はアスラル卿にうんと冷たい目を向けてやった。

「私はあなたよりずっと若いんですから、耳は正常です。こんな間近で怒鳴って下さらなくてもよく聞こえています。小娘相手に血相変えて怒鳴り散らすだなんて、紳士とは言えない見苦しさですね。ちゃんと知性も理性も兼ね備えた大人の男性は、そんな簡単にキレてわめかないものだと思いますけど。みっともないったらありゃしない」

「こ、この……!」

「今のご自分のお顔を鏡で見てみたらいかがです? 女性が百人いたら百人ともドン引きして、結婚相手なんてムリムリムリって首振りますよ。そんなでよくもユユ姫に求婚する気になれましたね。よりにもよって、この美人で巨乳なお姫様に。身の程知らずって言葉知ってます? いっぺん豆腐の角で頭ぶつけて死んでから出直してくださいな」

「……っ」

 顔を真っ赤に染め上げたアスラル卿が、手を振り上げた。ユユ姫が小さく悲鳴を上げた。

 ふん、やるがいい。望むところだ。さあ、どんと来い。

 振り下ろされる手を私は待ち受けた。しかし衝撃は別方向からやってきた。いきなり何かが身体全体にぶつかってきて、ソファの上に押し倒される。重たい。無理な体勢が辛い。頭から抱え込まれていて抵抗もままならない。

 ヘンナさん……?

 顔の辺りにちょうどヘンナさんの胸がある。こちらも重量級だ。なんでみんな大きいの。秘訣はやはりよく食べることか。

 ――ではなくて。

 ヘンナさんが自身の身を盾にして、私を抱えかばっていた。

 なんでヘンナさんが。こんなことをしたら彼女が殴られてしまうではないか。

 私はもがいた。それで見えた。ヘンナさんの背後で、アスラル卿が腕をつかみ上げられていた。

 イリスが怖い顔をして立っていた。

「なんの真似ですか、アスラル卿。ユユ姫の館で暴力を働こうとするとは」

 アスラル卿は痛そうに顔をしかめている。よかった、間一髪でイリスが間に合ってくれたらしい。

 ヘンナさんも気づいて、ほっとした顔で私を放した。

「はなせ……! くっ」

 突き飛ばすようにイリスが手を放す。アスラル卿はよろめき、憎々しげな顔を向けてきた。イリスは私たちの前に立って彼の視線を遮った。

「その娘が私を侮辱したのだぞ! こちらを咎めるのは筋違いだ!」

「委細は知りませんが、何にせよ暴力はよくないでしょう。しかも相手は女性だ。あなたも良識を持って接するべきでは」

「礼儀をわきまえない下賤の娘に躾をくれてやって何が悪い! 陛下や姫のご厚情をいいことに、孤児ふぜいがつけあがりおって! よくもこの私に向かってあのような……っ」

「では、のちほどあらためてハルト様に抗議なさるといいでしょう。今はあなたも冷静さを欠いているようだ。落ち着いてから事の次第を報告し、ハルト様から処罰していただけるよう訴えればいい」

「なん……」

「これ以上、ユユ姫の前で醜態をさらすおつもりですか?」

「……っ」

 アスラル卿は身体を震わせて私たちをにらんでいた。到底おさまったようには見えない。それでも、これ以上騒ぎ立てるのはまずいと判断する頭は残っていたらしい。物も言わずに背を向けると、足音も荒く部屋を出て行った。

 イリスが息をつき、軽く私をにらんでからユユ姫へ向かう。

「大丈夫ですか」

 床に膝をついて手を差し伸べる。見ればユユ姫はソファから崩れ落ち、床にほとんど伏していた。

 イリスの手を借りて身を起こす。

「ええ……だいじょうぶよ、ありがとう」

 イリスはユユ姫の身体に腕を回して抱き上げた。これが本当のお姫様抱っこ。

 ものすごく丁寧に、優しいしぐさでソファに下ろす。

 ……ふーん。

 美男美女でお似合いじゃないか。

 ――しかし、これって……。

「ティート」

 振り向いたイリスが私の思考を邪魔した。

「何やってるんだ」

「なにもしてない。座ってただけ」

「屁理屈言うな」

 あいて。頭に拳が落ちてきた。

 私は頭をさする。女性に暴力は駄目とか言っておいて、これは暴力じゃないのか。

「いったいアスラル卿に何を言ったんだ」

「いろいろ」

「どんな色々」

「イリス、ティトを責めないで」

 ユユ姫が口を挟んだ。

「わたくしをかばってくれただけよ。アスラル卿が困った人なの。ティトは悪くないわ」

「それにしたって、あんなに激昂させるなんて。君は頭がいいはずだろう。洒落の通じる相手じゃないことくらいわかっただろうに」

「シャレのつもりはないわよ。ガチでケンカ売ったわ」

「堂々と言うな!」

 ユユ姫とヘンナさんが同時にため息をつく。私もため息をつきたい気分で説明した。

「あのまま殴らせればよかったのよ。そうしたら、傷害の現行犯よ。無礼な発言に腹を立てたんだって主張しても、無抵抗のか弱い少女に暴行したという事実は非難されずにはすまないでしょう。あいつの立場を落とす絶好の機会だったのに」

「……待て。まさか、わざと怒らせたのか? 手を出させるために?」

 私はうなずいた。

「どういう事情があろうといたいけな少女に手を上げるような男、ユユ姫の夫として認められるわけがないわ。ハルト様だって絶対に許さないでしょう。まずはあのウザいプロポーズを退けることができる」

「いたいけって、誰のことだよ」

 何か聞こえた気がするが、空耳だろう。気にしない。

「こっちの法律にはまだ詳しくないから、彼の行動がどう判断されるのかわからないけど、私の国でなら暴行は犯罪よ。被害届を出せば法的な制裁を受けさせられる。こっちでそれが無理でも、あいつのしたことを言いふらしてやれば、立場はずいぶんと悪くなるでしょうね。いきさつも適当に脚色しつつ広めれば、事業にも影響が出るんじゃないかな。風聞って怖いから。どこの国でも人は悪口やうわさ話が好きなものだし、醜聞(スキャンダル)には大喜びで飛びつくでしょうね。ユユ姫を、ひいてはその後見人であるハルト様を敵に回した、なんて話が広まれば、取引相手はみんな逃げ出すんじゃないかしら。ただでさえ無理な事業展開してるみたいだし、風評で打撃を受けてもつぶされずにふんばれる力が彼にあるのかどうか、興味深いと思わない?」

「…………」

 イリスもユユ姫もヘンナさんも、口を開けて私に注目している。驚くのはいいとして、何か気味悪いものでも見るような目はやめてほしい。

「……ちゃんとわかって言ってるか? その前提として、君が奴に殴られるって事実がなきゃいけないんだぞ」

「そう言ってるじゃない。こんなこと言うとせっかくかばってくれたヘンナさんにすごく申しわけないんだけど、本当はあのまま殴らせてほしかったの」

「馬鹿を言うな! 殴られたら痛いだけじゃすまないんだぞ!」

 イリスは私のほっぺたをつまんで引っ張った。痛い。

「男が感情に任せて力一杯殴ったら、どうなると思う」

「相手が刃物を取り出したならさすがに怖いけど、素手で殴るくらいなら取り返しがつかないとこまではいかないでしょう。しばらく顔腫らすくらいは我慢するわよ。立派な証拠品としてありがたく見せびらかさせていただくわ」

「……この子は……っ」

 ぷるぷるしながらイリスは何かをこらえている。彼の手は、今度は私の頭に乗ってギリギリと締め付けてきた。痛いいたい。さすが騎士様、握力なんぼだ。

「……やめてちょうだい」

 低い声が割って入った。

 ユユ姫が私にとがめる視線を向けていた。

「そんなこと、望んでいないわ。二度としないで」

「…………」

 すとんと気持ちが落ちて、しぼんでいくのを感じた。

 そうか、私の行動はユユ姫には迷惑だったか。

 ああ……そうか。アスラル卿と面と向かって喧嘩できない事情があったのかもしれない。少し考えればわかることだった。嫌いな相手だからって喧嘩しておしまいってわけにはいかない。もめて波風立てれば、後々に影響する。私だって、ずっとそんなこと考えて、いじめっ子たちに仕返しせず文句のひとつも言わずに黙って我慢し続けていたのに。

 アスラル卿の機嫌を損ねれば、ユユ姫は困った立場になるのかもしれない。それなのに何も考えず、勝手な判断で事態を悪くしてしまった。

 私のしたことは……本当に、迷惑行為だ。

「……申しわけありません」

 私は顔が上げられなかった。

 ため息が聞こえる。

「イリスが間に合ってくれてよかった……呼んでてよかったわ。もうあんな怖いことはしないでちょうだい。あなたに怪我なんてさせたら、ハルト様にもお詫びのしようがないわ」

 そうか、そういう問題もあるんだ。私が勝手にけんかして勝手に怪我したといっても、ユユ姫には責任が問われてしまうのだろう。

 本当に、どこまでも申しわけない。

「とてもおとなしい子だと思っていたのに、びっくりよ。イリス、あなたは知っていたの? この子がこういう無茶な性格だって」

「いや、まあ……見た目ほどおとなしくないとは知ってましたけどね。そういえば、カーメル公の時も同じだったかな……どうも、嫌いな相手にはとことん攻撃的になるみたいですね」

 そんなことはない。私は攻撃されてもやり返さない無抵抗人間だ。いちいち喧嘩していたら面倒でしかたがない。実害がないかぎり無視していればいい。

 ただカーメル公にはものすごくやる気をかきたてられてしまったし、今回はユユ姫に十分な実害が出ているようだったから、ちょっとやり返しただけだ。自分に対するいじめくらいなら適当に聞き流して無視で終わりだ。これまでずっとそうしてきた。

 ……今回も、そうするべきだったのだろうか。

「さっきからカーメル様のお名前が出てくるわね。あの方と何があったの」

「なんというか……それは、本人から聞いた方がいいんじゃないかと」

 やだよ。あの時のことなんて知られたくない。特にラストのアレが!

「おいティト? 顔上げなよ」

「二度と無茶しないと約束してくれればいいのよ。結局誰も怪我しなくてよかったわ」

 ごめんなさい。本当にごめんなさい。

「ティト? そんなに落ち込まなくても……」

 イリスが私の肩に手を置き、軽く揺すった。私は姿勢を保っていることができずに、ぐらりと倒れかかってしまった。

「っと! え……あれ?」

 イリスが抱きとめてくれたおかげで、床に転がらずに済んだ。

「……寝てる? ええ!? なんでこの流れで!?」

 いや、寝ていない。まだちゃんと意識はあるよ。

 ただものすごく眠くて目が開けられない。身体にも力が入らない。

 ……すう。

「やっぱり、酔っていたのね」

「はあ? 酔ったって、酒なんか飲ませたんですか?」

 飲んでいないし酔ってもいない。

「いいえ。ただ、ケーキにね、香りづけのためにお酒が使われていたのよ。大丈夫そうだと思ったのだけど……」

「それだけで!?」

 だから酔っていないってば。

 私はただ眠いだけだ。それだけだ。

 だからこれ以上意識を保っていられない。

 その後のユユ姫たちのやりとりは、もう記憶には残らなかった。

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