約束の庭4
無の空間に亀裂が入る。差し込んできた光に包まれ、私はゆっくりと目を開く。遠ざかっていた五感が一気に戻り、音や温度や匂い、そして自分の身体の重さも感じた。
そこは変わらず、離宮の一室だった。お茶に誘われて入った時から移動していない。私は長椅子の上に身体を横たえていた。すぐそばの床から細い煙が上がっている。落ちた香炉が割れて、周囲に灰をまき散らしていた。
ケナ=ディーは胸ぐらを掴み上げられていた。強い腕一本で彼の身体を半ば吊り上げているのはイリスだ。青い瞳が鋭くケナ=ディーをにらんでいた。
私は身体を起こした。少しめまいがする。身体がやけに重く、まだ夢の影響が残っているようだ。
「大丈夫か」
視線だけこちらへ向けてイリスが聞いてきた。
「うん、ちょっとふらつくけど、すぐおさまると思う」
「この香のせいだよ。ハノーエの神官たちが使う、暗示の香だ」
後ろからも声がする。ひょいと伸びてきた腕が水差しを傾け、まだ煙を上げていた灰に水を注いだ。
小さくジュッと音がして、完全に煙が消える。いつものにこにこ笑顔でホーンさんは私に手を差し出した。
「立てる?」
なんでここにいるのと、聞くのも馬鹿らしい。私は素直に彼の手を借りて椅子から立ち上がった。
人の足音と声が入り乱れる。騎士たちが踏み込んできて、離宮にいたハノーエ人たちを取り押さえた。
「……どれくらい経ったのかしら」
私は窓へ目をやった。全部閉ざされしっかりカーテンが引かれているが、隙間からわずかに光が差し込んでいるからまだ昼間だろう。暗い室内にはいくつかのランプが灯されていた。
ホーンさんが窓へ歩いていってカーテンを開ける。急なまぶしさに私は目をすがめた。
「イリス様たちが出発してから、一時間ほどかな。まだそんなに経ってないよ」
「ずいぶん早く戻ってきたのね」
聞いたのはイリスに向けてだ。彼はケナ=ディーを投げ捨てるように放り出した。
「出かけたと見せかけただけだからな。適当なところですぐに引き返したよ」
「ここに派遣されていた女官たちは?」
周囲にいるのはハノーエ人と騎士たちだけだ。女官たちの姿がないのが気になった。
「彼女たちも香で眠らされていた。外へ運ばせたよ。ホーンは心配ないと言うが……」
「死人が出たら騒ぎになるでしょ。こいつらだって、そこまで馬鹿な真似はしないよ。姫にしたように、暗示をかけてごまかすつもりだったんだと思うよ」
「暗示ね……」
私はケナ=ディーを見下ろす。彼は床に転がったまま、顔を上げなかった。
「私にあんな暗示をかけて、シーリースから連れ出そうとしていたわけ?」
「あんなって、どんなだった?」
ホーンさんの問いには首を振る。いちいち説明したい内容じゃない。
「まとめると、私がロウシェンに見切りをつけて出奔するように仕向けていたわ」
「ふうん、でも失敗したんだ」
「演出が下手すぎでね」
ホーンさんは軽く笑い声を立てた。
「本人には暗示をかけつつ、誘拐せんとたくらんだわけだね。一国の代表が馬鹿な真似をする」
「そちらはとうにお見通しだったみたいだけど? イリスにも話が通されていたようだし、つまり知らなかったのは私だけ?」
振り返ってにらむと、イリスは頭をかいて視線をそらした。ホーンさんは平然と答える。
「最初から知ってたら暗示なんてかからないからね。ただでさえ姫みたいな疑り深い人間には効きにくいんだ。尻尾を出してくれるのを待ちたかったから、悪いけど姫には餌になってもらいました」
「付け加えるなら、私がどの時点で気付くか試したわけね?」
「いやー、それは室長に聞いて? 俺は知らないよ。そこまで考えてなかったから、うん」
嘘全開の笑顔でホーンさんはばっくれる。怒るのも馬鹿馬鹿しくなってきた。ああそうだったね、うちの参謀官たちは、みんなこんなだよ!
「でも、なんとなく気付いてたんじゃないの? 一度は夢に落ちながら自力で破れるなんて、普通はないよ」
初めから疑いを抱いていたのではないかと聞かれ、私はうなずいた。
「まあ、最初から嫌な印象だったし。それに神様のお告げだの神力だのなんて話、頭がおかしいかお金を巻き上げる口実に決まってるでしょ。絶対何か裏があるなと思ってた」
彼らがただ奉納だけして、エンエンナに生えていた木ならどれでもいいと持ち帰るだけだったなら、そういう信仰しているんだなと見守ることができた。でもどこかにある神木を神様に導かれて探すだなんて話、信じろと言う方が無理だ。そんな儀式があるとしても、彼らの地元でやるはずだ。宗教儀式は普通その土地に密着したもののはず。遠い外国まで遠征するなんて、あまり聞いたことがない。
いい大人の集団が神様のお告げなんて言ってるんだもの、怪しいとしか思えないじゃないか。
「いいねえ、そのばっさり斬って捨てるところ、姫らしいねえ。やあ、うちの新人は優秀だなあ」
ホーンさんは手を叩いて喜んでいる。なにをわざとらしい、とにらんでいたら、騎士たちがこそこそと囁き合っていた。
「優秀っていうか、ものすごく疑り深いだけなんでないの?」
「そりゃ、俺も神様の声なんて聞いたことないけどさ。でも神官が言うなら、そうなのかなーって思うよな」
「そういうの、一切信じてないってことだよな。姫様ってけっこう、罰当たり?」
「真っ先に考えるのが金目当てとかさ、世知辛い発想だよな」
……なんだよ、なんで私の方がおかしいみたいに言われているの。
イリスを見ると、困ったように苦笑された。
「まあ、怪しい連中を見抜けるってことだよな。うん、チトセらしいし、それが役に立ったんだからいいじゃないか」
――この世界ではまだまだ不思議が信じられていて、私のような考えの人間は変わり者と言われるのだと、後日知ることになる。思い返せば魔女と呼ばれたこともありましたね。みんなけっこう純真だったんだっけ。参謀室は奇人変人曲者ばかりだから忘れていましたよ。
むくれる私にイリスが手を差し伸べる。帰ろうと言われ、その手を取ろうと足を踏み出したが、私が届くより先にイリスに飛びついてきた人がいた。
「イリス様! これはどういうことなんですの!? なぜこんなひどいことを……っ」
ルゥナだった。彼女はイリスにすがりながら、私に訴えてきた。
「わたくしたちが何をしたというのです。ティトシェ様はご気分を悪くされて休まれていただけでしょう? 介抱してさしあげたのに、なぜ悪いことをしたように言われるのですか。あんまりな話ではありませんか」
大きな目に涙を溜めて、ルゥナは悲しげに言う。私はだまって彼女を観察した。
「ティトシェ様、どんな夢をご覧になったのか存じませんけれど、しっかり目をお覚ましくださいませ。現実と混同なさらないで」
「混同していないから、こういうことになっているんですけど」
「ケナ=ディーが悪いことなどするはずがありません。そうよね? ケナ=ディー」
私の言葉を無視して、ルゥナは床のケナ=ディーに呼びかける。それでようやくケナ=ディーは顔を上げ、ゆっくりと身体を起こした。
「……清めの香を焚いておりましたので、そのせいで眠られたのかと。精神を落ち着かせる作用のある香ですが、まれに効きすぎる人がいるのです。ティトシェ様もそうなのでしょう」
うろたえるようすもなく、静かに話す。すぐに立ち上がろうとしないのは、周りを警戒させないためだろう。
「眠ってもじきに自然と目を覚まします。何か悪影響を与えるようなものではございません。でなければ、私共も身の回りで使えるはずがございません」
なるほど、失敗した時のためにちゃんと言い訳は用意してあったのか。同じ室内にいた彼が眠っていないから、この説明はそれなりに筋が通っている。騎士たちの中にも困惑を浮かべる者が出始めた。
「なら、なぜ窓を閉ざしてあんなに暗くしていた?」
イリスが厳しい声で問う。ケナ=ディーはしおらしげに頭を下げて答えた。
「眠り込んだ時に刺激を与えますと、それこそ具合を悪くするおそれがございます。と言っても悪夢を見る程度の話ですが……静かにお休みいただくのが一番と判断しました」
「イリス様、ケナ=ディーの言うことは本当です。ハノーエでも時折ティトシェ様のようになる者がいるのです。でも何も問題ありませんわ。ケナ=ディーも言いましたけれど、怪しげな薬であったならば同じ部屋にいる者は皆被害を受けるのです。彼がこうして元気にしているのが、誤解であるとの何よりの証拠でしょう?」
ルゥナはいっそうイリスに身を寄せて、切々と訴えた。
「ティトシェ様は夢を見て、混乱なさっているのですわ。もともとわたくしのことが気に入らないごようすでしたし、夢のせいで敵意が増大したのでしょう。いえ、そうした悪感情がおかしな夢を見せたのだと思います。意図的になさったわけではないのですから、それについて抗議する気はございません。ティトシェ様ご自身もお気の毒だと思います。でもわたくしたちがよからぬ企みを抱いているなどという妄想は、どうか信じないでくださいませ。そんな事実はどこにもございません。イリス様には、冷静なご判断ができますよね?」
よくこれだけペラペラと嘘が出てくるものだと、呆れるより感心して私は見守った。私が彼女を敵視しているせいでこうなったのだと印象づけたいわけか。理不尽な言いがかりをつけられた被害者を装い、懸命に潔白を主張するという芝居の傍ら、私のネガキャンも抜かりなく取り入れるとは――典型的な小ずるい女だな。現代日本でも普通に見かけそうだ。しかし小さい頃から神殿で育ったルゥナが、どうしてそんな技を会得しているのか。これはもう才能と言うしかないのかな。
――なら、私も相応の対応をしてあげようかな。
「気に入らない、とはおかしなことを」
わざと挑発的に、私はくすりと笑ってやった。
「なぜ私があなたに敵意など持たねばならないのでしょう」
「わたくし、気付いておりました。初めてお会いした時から、ティトシェ様に嫌われていたことに。他の人が見ていないところで、怖い目でにらんでいらっしゃいましたよね。特にイリス様とお話していると、刺すような視線を感じましたわ。わたくしが婚約者を奪うとでも思われたのでしょうか。そんなつもりはまったくありませんでしたのに」
悲しそうにルゥナは言う。拍手してやってもいいくらい、見事な演技だ。周りは男ばかりだから、けっこう本気で信じる奴もいそうだな。
「つまり、美しいあなたに私が嫉妬して、イリスに近付くなと敵愾心をむき出しにしていたと言われるわけですね――だそうよ、イリス?」
私はルゥナにくっつかれたまま黙っているイリスに微笑みかけた。
「婚約者の醜い姿を暴かれて、幻滅したかしら? 可愛い彼女に乗り換えたくなったのなら、遠慮なく言ってくれていいわよ。ハルト様に言って婚約を解消していただきましょう」
「馬鹿言わないでくれ」
イリスは大きく息を吐き出し、ルゥナの身体を押しのけた。
「イリス様」
「ここに至るまでにどれだけ苦労したと思ってるんだ。男嫌いだし、子供だし、ひねくれ者だし。君と友達以上の関係になるのはすごく難しかったんだぞ。おまけにカーメル公みたいなとんでもない人が恋敵になるし。やっと恋人になれて求婚もできたけど、いざ結婚まで話を進めようと思ったらなかなかうなずいてくれないし。延びに延びて、ようやくあと少しってとこまで来られたのに、また一からやり直しとか言われたら立ち直れないよ」
やたら実感を込めてイリスは言った。ここぞとうらみごとを言われたような気がする。周りの騎士たちも何気の毒そうな顔してるんだよ。私はそんなにひどい女だったか? 失礼だな。
「ルゥナ姫。それからケナ=ディー。釈明の続きは取り調べ担当官にしてもらおうか。連れていけ」
イリスは冷たく言って、部下に命じる。騎士が近付いてきて手をかけるのに逆らい、ルゥナは悲鳴のように叫んだ。
「イリス様、信じてくださいませ! わたくしは本当に……っ」
「我々が事前に察知して行動していたことを思い出してもらおう。むしろ、チトセの方がほとんど知らされていなかったんだ。あなたを敵視していたのはチトセではなく、僕らだ」
「そんな……」
ルゥナは身を震わせる。この期に及んでもまだ哀れな被害者ぶっているので、私はとどめを刺してやることにした。
「ご自分に自信を持つのは結構ですが、少々自惚れすぎですよ。私よりはずっと美人でも、世間の基準から言うと大したレベルじゃありません。イリスは数えきれないほどの女の子と付き合ってきたけど、聞くところによるとみんな美人だったそうですよ。幼なじみも綺麗な人でしたし」
「ちょっと待て! 僕がとんでもない女好きみたいに聞こえるぞ!」
「元カノが山ほどいるのは事実でしょうが――美人を見慣れているイリスにとって、あなた程度のレベルならさほど特別には感じないかと。籠絡作戦をするには力不足ですよ」
「……っ」
ルゥナの頬に朱がさした。いちばん自信を持っているであろう部分を否定してやれば、冷静を保つのは難しいだろう。案の定怒りが計算を上回ったようで、彼女は隠すことなく私をにらみつけてきた。
「なによ……あなたに何がわかるって言うのよっ」
騎士の手を振り払い、彼女は叫んだ。
「わたしより劣っているくせに! そんな偉そうな口を利かれる筋合いじゃないわ! 血筋も美貌も、わたしの方があなたなんかよりずっと上よ! なのになんで、あなたの方が恵まれているのよ!? おかしいじゃない! あなたにそんな立場ふさわしくないわ! そこはわたしこそが立つべき場所よ!」
手近のものをつかんではこちらへ投げつけてくる。よけられない鈍臭い私を、イリスが抱き込んでかばってくれた。
騎士がルゥナを止めようとする。その隙を狙っていたのか、それまで大人しくしていたケナ=ディーがいきなり立ち上がった。まだ火がついたままだったランプをつかんで投げつける。私を抱いたままイリスが身をかわし、床に叩きつけられたランプから油がこぼれてたちまち絨緞が燃え上がった。
あわてて騎士たちが消火にとりかかる。クッションで叩いて火を消そうとするが、ケナ=ディーは次々とランプを取り上げては燃えそうな場所をめがけて投げつけた。あちこちで火が上がる。
「外へ出ろ!」
私をホーンさんにあずけ、イリスは逃げようとするケナ=ディーを追いかけた。他にも混乱に乗じて逃げ出すハノーエ人がいて、それを騎士が追いかける。大騒ぎだ。煙にやられないうちにと、私たちは出口へ向かった。
「きゃあ!」
後ろで悲鳴が上がって、おもわず振り返る。ルゥナの衣装に火が燃え移っていた。私は周りを見回し、壁際の大きな花瓶を取り上げた。おう、けっこう重い。
パニックを起こして暴れるルゥナめがけて、花瓶の水をぶちまける。消せた火は半分ほどだが、ルゥナの動きを止めることには成功した。その隙にホーンさんが火を叩き消す。私たちはほっと安堵の息を吐いた。
「大丈夫か」
向こうでもイリスがケナ=ディーを取り押さえている。それに答えて、私はへたり込んだルゥナを引き起こした。
ハノーエ人たちが悪あがきをしてくれたせいで、消火活動が後回しになってしまった。家具や壁まで燃え始め、室内は汗が吹き出すほど暑くなっている。酸素が足りなくなってきたようで、息苦しい。これはもう一旦逃げるしかない。ぐずぐずしていたら危険だ。
「みんなすぐ外へ出ろ」
ケナ=ディーを引っ張りながらイリスが指示を飛ばす。私たちを最前列に、イリスが最後尾になって外へ向かう。ほとんどの人が廊下へ出た時、部屋の中から爆発音が響き、熱気が吹き出してきた。
「なんだ!? 何が起きた!?」
「隊長! 大丈夫ですか!?」
まだイリスが残っていたんだ。全身から血の気が引いた。私は夢中で戸口に引き返した。止める騎士たちを押し退けて中を覗き込む。さっきまでとは比べ物にならない熱気に肌が炙られた。
「イリス!」
部屋中が火の海になっている。なぜこんな急に燃え広がった? 理由はすぐにわかった。窓が割れている。熱に耐えかねて、硝子が割れたんだ。そうして新しい酸素が流れ込み、室内でくすぶっていた火を一気に燃え上がらせた。フラッシュオーバー現象が起きたんだ。
「イリス!」
炎の中に倒れる姿があった。駆け寄ろうとする私を騎士が抱き止める。数人が助けに行こうとしたが、それより早くイリスが動いた。
「大丈夫だ……っ、みんな早く脱出しろ」
言いながら立ち上がろうとする。けれど途中でがくんとのけぞった。
やはり床に倒れていたケナ=ディーが、すさまじい形相でイリスの髪をつかんでいた。救いを求めたのか、それとも道連れにしてやるとでも思ったのか。彼の下半身は倒れてきた家具の下敷きになっていた。
「ちっ」
舌打ちをしてイリスが腰から剣を引き抜いた。ケナ=ディーを斬るのかと思ったら、背中に担ぐように後ろへ回す。
ざくりと、長い髪が切り落とされた。
引っ張る力から逃れたイリスは、それでもケナ=ディーを見捨てなかった。剣をおさめると家具の残骸を持ち上げ、横へ投げる。自力で立ち上がれないケナ=ディーを担ぎ上げ、こちらへ駆けてきた。
今度こそ全員で外へ向かう。火事に気付いた人々が離宮の周りに集まっていた。
「早く、消火を!」
「水を持ってこい!」
「二の宮へ連絡を!」
怒号が交差する。ケナ=ディーを他の人にまかせて地面に座り込んだイリスを、私は覗き込んだ。
「イリス、怪我は?」
「あー……あちこちヒリヒリする。君こそ火傷しなかったか」
疲れた声で答えるイリスの顔は、火傷で赤くなっていた。燃える家具を掴んだ手はもっとひどい。服も焦げている。だけど命に関わったり後遺症が残ったりするほどではなさそうだ。ほっと安堵したあまり、私は泣きそうになった。
「冷やさないと……」
半泣きで周りを見回す。水を求め、目についた場所を指差した。
「イリス、とりあえずあそこへ」
「いやいやいや、ちょっと待って。今川に放り込まれたら泣くから」
「川って言っても浅い水路じゃない。溺れるほどの深さはないんだから、応急処置だと思って」
「そんな乱暴なやり方じゃなくて、もっと優しく手当てしてくれよ。騎士団でも火傷した人間を川に沈めたりはしないぞ」
「火傷は少しでも早く冷やす必要があるのよ。つべこべ言わないで飛び込みなさい!」
「ホーン、笑って見てないで助けてくれ」
「いやあ、愛されてますねえ。うらやましいなあ。姫にそんな顔させるのはイリス様だけですよ」
「もっと優しい愛がほしいよ……」
幸いにしてイリスの火傷は大したことなく、火事もすぐに消し止められた。死者はもとより、大きな怪我をした人もいなくてなによりだった。いちばんの重傷者はイリスだけど、自力で歩ける程度だ。川で冷やすことは最後まで拒否していた。