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こてつ物語2  作者: 貫雪
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 結局美羽はこてつ家で、由美の話をただ聞いただけで何も語ることなく真柴組へと戻った。


 話と言っても特別な事は何もなかった。


 花の話。鳥の話。庭の池のコイや、亀の話。散歩中に吹く風の事。木漏れ日のぬくもり。そんな話ばかりだ。


 最後にこてつの相手をさせてもらい

「またいつでもいらっしゃい。今度はこてつと散歩をしましょうね」と言われて送りだされたのである。


 あれはいったい何だったんだろう? 美羽には訳が解らなかった。

 ただ、帰りの足が少し軽く感じたのと、出迎えた真柴組長の満足げな顔だけが印象に残っていた。



「ただいま。今日は警察に行ったんだっけ?」


「おかえりなさい。ええ、行って来たわ。……あら? その箱。ケーキ?」


「ああ、また前田さんがとっておいてくれた。食後に食べよう。どうした?」妻は戸惑った様子だ。


「それが……私もパート先でこれ貰っちゃって。頂きものだからって」


 見るとテーブルの上にはタルトが置かれている。二人で顔を見合わせる。どうやら二人とも仕事先で気を使われているらしい。


 何となく二人で笑いあって、「このくらいなら食べられるだろう。夕飯は軽めにしよう」と、沖が言うと妻も「そうね」と言いながら、ケーキとタルトを仏前に供えた。


 娘の事故死から一カ月とちょっと。時期、四十九日を迎えてしまうが実感はなかった。


 この家の中にも娘の気配が強く残されている。食事時に娘がいない事に強い違和感を感じながら、何とかそれに慣れようとしている。そんな日々が続いている。


 

「それじゃ、結局あの車は盗難車だったのか」警察の説明を聞いてきた妻の話に沖は相槌を打った。


「ええ、しかも指紋は拭きとられ、カーナビやステレオは盗まれ、タイヤまで外されていたって。さらには消火剤が車内にまかれていたそうよ」


「消火剤?」


「指紋や、乗っていた人間の痕跡を消す手段なんですって。おそらく初めから車の盗難を狙ったプロの犯行だろうって。慌てて逃げる時に轢いたんじゃないかって言われたわ」そう答えながら妻の顔が曇る。


「そうか……。それじゃ、捕まるまでまだ時間がかかりそうだな」沖もつい、ため息が出た。


「そうね。もちろん全力を尽くすって言ってくれていたけど、時間はかかるでしょうね」


 娘を轢いた犯人が捕まらないかもしれない。そんな考えはたとえ頭をよぎっても口に出したくはなかった。


 食事が終わると「じゃあ、頂いたお菓子を食べましょうか」妻が食器を下げ始める。


「そうだな。何か入れてくれ」そう言いながら沖も洋菓子の箱を手に取る。


「紅茶がいいわよね。ダージリンでいい?」と聞く妻に


「いや、ティーパックで十分だろう? 二人だけだし」と答えた時、急に妻が手を止めた。


 見れば妻の手元にはカップが三つ並んでいる。慌ててカップをしまい込む。


「じゃあ、ティーパックで」と言う妻に「うん」と答えながら、沖はしまい込まれた娘のカップを見つめていた。



「だから何故今T建設を使う必要があるの?」土間は幹部達にかみついていた。


「あそこは代々華風組が仕切ってきたところです。あそこを使うのが今までの慣例です」幹部は言い切った。


「いくら慣例でも今回は引いてもらうべきでしょう? あれだけの騒ぎを起こしたんだから。相手はホテル、客商売なのよ。信用にかかわるじゃないの」


 華風組の幹部達を集めての会議。土間はいい加減いらいらしていた。


「いい? あのホテルの後ろ盾はこてつ組なのよ。傘下のうちが適当なやっつけ仕事をさせる訳にはいかないの。T建設はこの間のひどい欠陥リフォームで訴えられたばかりじゃないの。いくら内部の人間を入れ替えたからって、しばらくはもっと地道な仕事をさせるべきでしょう。実績を積めばまた大きな仕事を回すこともできるけど、今はまだ早すぎる。T建設は使いません!」土間も負けずに言い切った。


「T建設とは長い付き合いがあります。こんな時に外野の声をもみ消して昔馴染みの会社に義理立てするのが私たちの役目です!」


「いくらそうでも今度ばかりは目に余るから言っているのよ!」


 土間と幹部との間に目には見えない花火が散る。ここは是が非でも押し通さなくてはならない。土間は腹をくくった。


「組長として命を下します。T建設は使いません。どうしてもというなら私を組長の座から引きずり落としてからにしなさい。あんた達にその度胸があればだけどね」


 言うだけ言うと、土間は席を立って部屋を出て行った。



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