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「ネグレクト? 養育放棄とか言うやつか?」真柴組長が聞いた。
「ええ、多分」御子が答える。
風呂から出た美羽は開口一番「くたびれた!」といって、御子のベッドで寝いってしまった。
そのあと帰って来た組長に、御子は事情を説明している。
「あの子のイメージが入って来た時、真っ先に空腹。それから深い孤独感が強く伝わってきたの。多分ちゃんと食べていなかったんでしょう。それから痛みと恐怖、大人への絶対的な軽侮。もしかしたら身的虐待もあったかもしれない。何よりも人と暮らしたイメージが湧かないのよ。まるで野良猫だわ」
「それでついつい、連れて来たという訳か。お前が連れてくるのだからよっぽどの事とは思うが。ただ、ここは保護施設ではないぞ」
「すいません、相談もせずに。軽率でした」さすがに御子も素直に謝った。
「それでこれからどうする?」組長が御子に聞いてくる。
「もちろん、学校や関係各所には連絡します。でも、あの子こういうことにはすっかり慣れているみたい。一時保護されても同じことを繰り返すでしょうね。親もあの子を金ずるにしているみたいだし。あまりにも大人への信用がなさすぎる。怨む気も、怒る気力もうせ果てているって言うのか……。何とか感情を取り戻して上げられればいいのに」
御子はため息をついた。組長は黙って話を聞いている。
話だけ聞けばその筋の家の会話には聞こえない。まるでどこかの教育施設での会話の様だ。
「感情を吐き出させるのが第一だな」
「おそらく。あのままじゃ、何をされても心に届くことはないでしょうね。明るくしていてもあれじゃ死人と変わらない。せめて自分の感情に気付いてほしい。あの子のこれからの事を考えるのはそれからだわ」御子は途中からひとり言のようになってつぶやいた。
「それならば……。物は試しだ。やって見るか」組長はそう言いながらひざをたたいた。
翌日、仲居の休憩室で、礼似は御子の話を聞いて笑い転げていた。
「ばかねえ。黙ってデートを楽しんでおけばよかったのに。それで御子、アンタ一晩中その子の事見張っていたの?」礼似がからかった。
「礼似、やめなさいよ」土間がいさめる。
「だって御子がきりきり舞いさせられるなんてよっぽどだわ。残念! 私もその場に居たかった!」
礼似はまだ笑っている。しかし御子は真顔で答えた。
「どうしても放っておけなかったのよ。年はずっと幼いけど、出会った頃の礼似によく似ているんだもの」
「私に?」礼似も笑うのをやめた。
「極度の人間不信、相手の急所を突いて自分を覗かせまいとする激しい自己防衛。昔のあんたにそっくりじゃないの」
「そうだったかしら?」礼似はとぼけた。
「それで真柴組長には何か考えがあるのね?」土間が聞いた。
「ええ、よくわからないけれど美羽をこてつ会長の家に向かわせたみたい。上手くすれば奥様が何とかしてくれるかもしれないって」御子が答える。
「あそこは別次元だからね。何が起きても不思議じゃないわ。……おっと、時間だわ」
礼似が慌てて席を立った。
「何? 礼似、早退? どうかしたの?」御子が聞く。
「礼似には今週中はこてつ組の仕事があるのよね」土間が代りに答える。
「こてつ組の?」
「ちょっとね。ホテルで清掃員のアルバイトをして来るわ」
そう言って礼似はそそくさと出て行ってしまった。