13
その時ハルオはこてつが立ち止まった部屋の前にいた。今時のホテルのつくりではドアに耳を寄せたぐらいでは中の音は聞こえない。客室ではないとはいえそれなりの防音は効いているようだ。
ところがそのドアが不意に開く気配がした。ハルオとこてつが急いで柱の陰に隠れる。
さっきの男の一人が部屋から出て行った。と、いうことは中にはもう一人の男と美羽達がいるはずだ。
ハルオはそろりとドア近づいた。ドアノブが簡単に回る。鍵がかかっている訳ではないらしい。
「こてつ、お前はここで待っててくれ」
こてつにそう言い残して、ハルオは部屋の中にそっと身を滑らせて行った。
部屋の中は物置同然で、畳まれた衝立や、一人掛けのソファーやテーブルなどがあちこちに積み重ねられている。奥には大小のロッカーなども見える。二人はどこかに閉じ込められているのだろうか?
部屋の中では男がパイプいすに座り、何か雑誌を読んでいる。もう一人が戻るのを待っているのだろう。
ハルオは身をひそめながら、荷物に隠れて部屋の奥へと進んでいった。
男の様子に注意を払いながら、ハルオは二人を探し始める。ソファーの裏や、衝立の陰に二人の気配はない。
やはりあの大きなロッカーが怪しい。そっとロッカーに近付くと中からかすかに話し声が聞こえる。どうやら二人は無事らしい。
少しホッとしてハルオはロッカーを開けようとするが、鍵がかかっている。こじ開けられないものかと色々やって見たが無理なようだ。何とか鍵を手に入れようと振り返ると後ろに男が立っていた。物音に気付かれてしまったらしい。
「探し物はこいつかい?」
男が鍵をかざし、その鍵でロッカーの扉をあけると、中から沖と美羽の姿が現れた。
「全く、次から次へと余計なやつが顔を出すな。もうまとめて始末をするしかなさそうだ」
男の手にはいつの間にかナイフが握られている。
ハルオはあせった。自分ひとりなら逃げられるが、二人を置いて行く訳にもいかない。ここは何とかしないと……
くっそう。御子、何やってるんだ。早く来てくれ。
その時、沖が美羽にささやいた。「足のロープは緩んでいるか?」
美羽は小さくうなずく。
「なら、隙を見て走って逃げるんだ。ここは俺達で何とかする。助けを呼んで来てくれ」
「でも……」
「ためらっている暇はないんだ。もう一人が戻ってきたらおしまいだ。解ったね」
それはハルオの耳にも届いていた。とにかく美羽を無事に逃がさなければならない。
一瞬、沖とハルオの目があった。
直後に二人は低い姿勢から猛然と男に突進していった。
いきなり体当たりを食らった男は、のけぞって倒れ込んだ。慌てて起き上ろうとするが、上から沖がのしかかって行く。思わず手元が緩んだ所でハルオがナイフを奪い取った。
それを見て、美羽が全力で駆け出したが……。
目の前にもう一人の男が待ち構えていた。美羽が後ずさる暇もないうちに男の手が伸びて来る。まさに美羽がその手に捕まりそうになった、その時。
「ぎゃあ!」
男の悲鳴が部屋に響いた。こてつが男の足にかみついているのだ。
後に続いて清掃員姿の礼似が飛び込んでくると、男に手刀を浴びせ倒した。
「れ、礼似さん、た、助かりました」ハルオが思わず言う。
「間に合ってよかった。御子から連絡はあったけど、何処にいるのか解らなくて。こてつが部屋の前にいるのが見えたから、慌てて飛び込んだのよ」
「け、警察には?」ハルオが聞く。
「もちろん通報済み。時期に来るはずよ。来ると言えば……」
バタバタと駆け付ける音がして、御子が部屋に飛び込んできた。
「美羽? 美羽は無事なの?」御子が叫ぶ。
「私がいて無事じゃない訳ないじゃない。そこでピンピンしてるわ」
礼似が憎まれ口をたたいたが、御子の耳には入っていなかった。美羽の姿を見つけると
「良かった。本当に良かった。生きた心地がしなかった……」
と言って美羽にしがみつき、安堵の表情を見せた。