12
その頃、さらわれた二人は手足を縛られ、物置代わりに使われている部屋の奥に置かれたロッカーの中に押し込められていた。
部屋には人の気配が感じられて、下手に騒ぐことも出来ずに二人はじっと息を押し殺していた。
「厄介な事になったな。どうするんだ?」男の一人が聞く。
「ここじゃどうにもならない、準備がいるだろう。車もいるな、すぐに用意できるか?」もう一人が聞き返す。
「俺の車じゃ、すぐに足が付く。レンタカーでも借りるしかないな。俺が借りて来るからお前、ここで見張っていてくれ。目を離すなよ」
「そっちこそ逃げんじゃねえぞ。俺達はもう一蓮托生だ」
「解ってるさ。必ず戻るからちゃんと見張っておけよ」
ドアの開く音がして、人の出て行く気配。自分達の近くに気配は無くなったが、ドアの近くで一人が見張っているのだろう。
沖は美羽に小声で話しかける。
「大丈夫か? 怪我はしていないかい?」
美羽はこっくりとうなずいた。
「よかった。君、この間犬を連れていた子だね。本当にすまない、こんな事に巻き込んでしまって」
「おじさん、なんで追いかけられていたの? あいつらに何かしたの?」美羽が質問する。
「何かしてやろうと思ったんだけどね。あいつらの一人は俺の娘を引き殺した犯人なんだよ。悔しくて飛び出したら逆に追いかけられて、このざまだ。たまたま居合わせた君まで巻き込むし。何やってんだろうな、俺は」沖が吐き捨てるように言う。
「それなら何とかここを抜けだして、あいつをやっつけちゃおうよ。今は一人しかいないみたいだし」
「……君はとんでもない事を言う子だね。怖くはないのかい?」
「別に。それに捕まったままじゃ、どっち道ろくな目に合わないよ?」
「そうかもしれないが、君に無茶な真似をさせて怪我でもしたら、君の両親に申し訳が立たないよ」
「両親?」
美羽は自虐的な笑顔を見せて、縛られた手で器用にシャツをめくり、わき腹を見せた。青黒いあざがいくつも残っている。沖は思わず息をのんだ。
「うちの親はこういう事をする人たちなの。あたしが何処でのたれ死のうが気にしないと思うけど?」
美羽のやや挑戦的な言葉に一時言葉を失った沖だが、すぐにこう言った。
「そうかもしれないが、君にだって他にまだ会いたい人はいるだろう? あの犬や一緒に散歩していた女の人に会いたくはないのかい? それに君にはまだたくさんの出会いがあるよ。俺の半分も生きちゃいないんだから。本当は死んだ娘にこう言ってあげたかったんだけどね」沖は小さくため息をつく。
美羽はそれを黙って見ている。
「いいかい? 俺は今、せめて君を守ろうと思う。お願いだ、無茶はしないで静かにしていよう。ここは俺の職場だから、誰かが気付いてくれるかもしれないし」
その可能性はけして高いとは思えなかったが、沖は自分と少女を落ち着かせるように言った。
「これでも俺はここのガードマンなんだ。君の事は必ず守ってあげるから。君の名前は?」
「美羽」
「美羽ちゃんか。どんな字を書くんだい?」
「美しいに羽」
「いい名前だね。世の中に羽ばたいて行ける名前だ」
「うちの親がそんなこと考える訳ないよ」
「じゃ、俺が今考えた。だから君は絶対に大丈夫。必ず助かるから無茶なことは考えないでくれ。とにかく縛られた足を何とかしてみよう。足をこっちによこせるかい?」
沖は縛られたままの手で、美羽のロープをほどこうと必死に指を動かした。