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「あの頃のあなたは刀さばきの天才と呼ばれ、自分の腕に酔っていた……と言うよりも何かに取りつかれているようでした。自分の力加減一つで相手の運命をもてあそぶ事が出来る事に陶酔しているように見えました。だから主人はあなたのする事をいちいち否定してしまった。それが若かったあなたの反発心を膨らませてしまったのでしょうね」
まったくもってその通り。あの頃は自らの技術に酔っていた。刀を振るう、あの一瞬、一瞬に至福の時間が流れている気がした。あの感覚に浸ることは、自分が万能な者になって行くような気がしていた。しかしそれも今となっては恥ずかしく、顔から火の出る思いで土間は話を聞いている。
「どれほど組の役に立とうとも、そんな不安定さと残酷さを持ったあなたと富士子さんの事を主人はどうしても許す気にはなれなかったようです」
「それは当然でしょう。組長は正しかった。その後許していただけた事の方が間違いでした。私と一緒になっていなければ富士子は今も生きていたでしょうから」
土間は苦い思いをかみしめながら答える。
実際、二人が一緒になりたいと言った時、二人の交際にあんなにも反対していたにもかかわらず、組長はあっさりと結婚を認めた。意外と言えば意外。そんなものと言われればそうかもしれない。
ただ、そのまま二人が別れていれば、自分への逆恨みを富士子が受ける事もなかったはずだ。
「そういうことには運、不運もあります。ましてやこんな世界ではちょっとした不運で取り返しのつかないことも起こります。富士子さんもそこは覚悟があったでしょう。あの時は運が悪かった。あなたが演奏者として立ち直りかけていた青年の手の筋を切ってしまうなんて」元組長が目を伏せる。
「運、なんかじゃありません。あれは私が自ら招いた不幸です。彼以外にも私を怨んでいたものは山ほどいたはず。富士子はそれに巻き込まれてしまったんです。彼の手は治っても演奏者としては永遠に葬られた。自ら死を選んだのも仕方のない事でしょう。彼の恋人に富士子が殺されたのも、その場で自らの胸を突いて死んだのも、すべては私が不幸を招き寄せてしまったのが原因です。私は自らの手を汚すこともなく、三人もの命を奪ってしまいました。そんな私に富士子は虫の息の中、私に生きるようにと言いました。生きて、組を守って欲しいと。だから私は未だに生きています。男を捨てる事で生き延びています。富士子との最後の約束を守るために」
しばらく二人の間に静かな時間が流れた。そして元組長が土間に聞いた。
「なぜ主人はあなたと富士子さんの事を許したと思いますか?」
「今でもそれは分りません。富士子が説き伏せたものだと思っていました。許していただかない方が良かったのですが」
「でも、結局主人はあなたを認めていましたよ。あなたは若い頃の主人に似た所がありましたから」
土間は驚いた。「認めていた? あの頃の私をですか?」
「ええ、そうです。主人はあなたが刃に魅入られて行く姿を恐れてはいましたが、あなたは力に頼るだけではない、人を納得させる何かを持っていると感じたようでした。私もそう思っています。今でもね」
元組長が土間を真っ直ぐに見る。
「あなたは今回の件で、皆を説得するのにどんな手段を使いましたか?」
そう問われて土間はあらためて考える。
確かに自分は聡次郎の名を使ってしまった。幹部を頭ごなしに否定していた。人を否定しておいて、自分は安易に簡単な道を選んでいる。もっと聞くべきこと、やるべき事があったかもしれない。
「こんな時主人だったらどうしたかしらね。……それから、T建設の新しい社長は良くない噂があるようです。その辺も調べて良く考えてみてください。組長」
そう言って元組長は土間にほほ笑んで見せた。