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こてつ物語2  作者: 貫雪
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 一方、真柴組にいた御子は組長達に頼みこんでいた。


「だから奥様に連絡をして美羽とこてつはここに来ている事にしてほしいの。巻き込まれると大変だから。とにかく私はすぐにいかなくちゃ。ああ、まだ出かける前で良かった。ここからならホテルまで十分も走れば着くわ」


 バタバタと飛び出そうとする御子に組員の一人が

「でも、奥様になんて説明を……」と聞いてくる。


「急にこてつを見せに来たとでも言っておいてよ。信じなかったらこてつの鳴き真似でもしておいて」

 と、無茶な事を言いながら走りだす。


 その背中に誰かが真剣に犬の鳴き真似をする声が聞こえていた。



 礼似はその頃、室内清掃のための準備に追われていた。チェックアウトからチェックインまでの数時間の間に広く、部屋数も多いホテルの掃除を済ませるためには事前の準備が不可欠だ。


 そんな忙しいさなかに礼似の携帯が鳴った。


「もしもし? ああ、御子か。今忙しいから後に……え?」


「だから美羽がさらわれてそこのホテルにいるの! 大至急探して頂戴!」


 携帯から御子の大声が響く。周りにまで筒抜けるほどだ。


「ちょっと落ち着いてよ、鼓膜が破れるじゃないの。それになんで美羽がさらわれるの?」


「私だって知らないわよ! とにかくハルオが後を追ってる。そのホテルの裏口に入ったのは確かなんだから早く探し出さないと」御子は気が気ではない様子。


「探すって言ったって、ここ、いったい何部屋あると思っているのよ。客室にいるとは限らないんだし」


「知らないわよそんなこと! カンでもなんでもいいから見当つけて探してよ! 頼んだわよ!」御子は一方的に通話を切った。


 無理な事を言っている。私はあんたみたいな千里眼じゃないんだからね。


 心の中で文句を言いながら、礼似は階段を駆け下りて行った。

 確か裏口って言ってたわね……。



 華風組で幹部達に背を向け部屋を出て行った土間は、すぐに元の女組長に声を掛けられた。


「ちょっと話があります。私の部屋へ来て下さい」険しい表情だ。


 土間にとっては最も頭の上がらない相手。おとなしく後について行った。


 部屋に入るとすぐに

「この話は組長としてではなく、私の身内、華風聡次郎として聞いて下さい」と言われた。


 これは厄介だ。この人から今さら聡次郎の名が出てくるとは思っていなかった。土間は思わず身構える。


「あなたが富士子さんと付き合い始めた頃、私の主人は猛反対していました。それはあなたも知っていますね? 正直なところ、あなたが富士子さんに近付いたのは主人に対する反発心からだったはず。違いますか?」


「……その通りでした」土間はいきなり痛いところを突かれて、表情を硬くする。


 元女組長の夫、当時の華風組組長は妹の富士子を溺愛していたことで有名だった。


 こてつ会長の泣き所が由美とこてつなら、当時の華風組長の泣き所は明らかに年の離れた妹の富士子。あの頃の富士子はそんな立ち位置にいた。


 その頃の土間……聡次郎はまだ青年になりかけ、少年の面影が抜けきらない年周りだったが、刀の使い手として組の地位を上がり続けている真っただ中だった。


 当時発足したばかりの麗愛会との小競り合いが激しくなっていた頃で、何かと小さないさかいが起こる中、聡次郎もシマをめぐる喧嘩に駆り出されては刃をふるっていた。


「血祭り聡次郎」「とことん相手をなぶり続ける華風組の鬼」そんな評判が付いて回り、組の内外から一目置かれる存在になっていた。


 しかし肝心の組長が聡次郎を認めなかった。むしろその刀さばきを恐れ、聡次郎から一切の刃物を遠ざけようとさえした。


 自らのよりどころとしていた才能を頭から否定された聡次郎は、組長への恨みを募らせた。


 そこで聡次郎は組長の妹、富士子に言い寄り始める。当時の聡次郎は自分が女性の憧れの的になっていた事を知っていたし、何より、刀と容姿に自信を持っていた。自己主張と自己顕示欲の最も激しい年頃である。


 富士子は地味でおとなしく、気のいい少女だった。その反面内証的で気の強い、頑固な面も持っていた。


 正直、聡次郎にとって富士子はかなり手ごわい相手でさすがはあの組長の妹だと感心させられてばかりいた。


 あの手この手を使ってもまるでなびかない。特に自分になついている幼い辰雄を使おうものなら、ますます機嫌が悪くなる。ついつい聡次郎もむきになって、むしろ喧嘩が増えてしまう始末。


 ところが縁とは不思議なもので、二人の喧嘩が返って功を奏したのか、聡次郎が本気で心を開く頃には二人は恋仲になっていた。もちろん組長は大反対していたが。


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