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こてつ物語2  作者: 貫雪
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 そこには女がいた。暗く、涙に枯れ果てた赤い目をした女。自らの幸せをすべて奪われ、絶望の淵に立たされた女。女の目には自分の幸せを奪った男の妻の姿が映る。周りに居る男達の姿は目に入らない。


(私の幸せは奪われた。でもこの女はあの男とこれからも幸せに暮らすのだろう。……そんなこと、許さない!)


 女は駆け出した。握りしめた包丁を相手に突き刺す。相手が倒れた先から自らの胸を突き刺した。

 男達が右往左往する中、二人の女が血の海の中で横たわる……


「富士子!」

 土間は叫びながら飛び起きる。嫌な夢だ。最近昔を思い出さなければいけない事が多いせいだろうか?


 少し、疲れているのかもしれない。


 身も心も昔の面影を消し去っても、過去まで消すことはできない。だからこそ、この組の未来は自分の手で切り開きたい。それが自分なりの恩の返し方なのだから。


 そう自分に言い聞かせながら、土間は大きく深呼吸する。もうすぐ夜が明けそうだった。少し早いが起きてしまおう。今日は元の麗愛会の組長の四十九日法要があるのだから、早めに支度を済ませてしまいたい。


 土間は窓から夜の明けかかる空を眺めた。



 その日の午後、喪服姿の土間と礼似は寺の近くの喫茶店にいた。法要に出席し、関係者による昼食会を終え、帰路に就く前に二人は軽く休むことにした。店の中は静かで、午後の光にあふれている。窓の外は青空だ。


「土間が組長になって三カ月か。早いものね」礼似が切り出した。


「そうね。麗愛会の組長も安心したのか、穏やかな日々を過ごせたようね。家族に囲まれてとても安らかな最期だったそうよ」

 土間は自分の事には答えす、亡くなった故人をしのんだ。


「なんだか土間、少し疲れているみたい。仲居の仕事の方は辞めた方がいいんじゃないの?」


 普段遠慮のない礼似にしては珍しく、土間を気遣う言葉がでる。それほど土間には何か翳りがあった。


「逆よ。仲居の仕事や、ドマンナの経営がせめてもの気晴らしになっているの。これが無ければやっていられないわ、組長なんて」


 土間が愚痴るのも当然で、華風組の改革は遅々として進んではいなかった。

 血筋やしきたりにこだわらない家風を作る。言うは易し、行うは……


 昔から古風な華風組は、年配者の意見が大きくものを言って来た。


 本来なら杯を交わした以上、上が白と言えば黒い物も白と言う世界ではあるが、そこは歳の功と言うか根回しが早いというか、自分達のプライドにかかわる事態に対しては即座に年配者同士で話をつけ、それが組員の総意であるかのように訴える。いくら組長とは言え、組員の総意を無視することは出来ないのだ。


 そうさせないために代々の組長の意思を前の女組長と共に訴え続け、土間の「聡次郎」時代の実績を示しながら、広く組員達を説得する必要があった。土間にとっては封印したはずの過去を自ら利用する羽目となり、それさえも「所詮、腕っ節だけで成り上がった過去の栄光」と、片付けられかねない状況。


 結果、華風組の内部は「代々の(都合のよい)家風」を守る一派と、「次世代を託す新たな家風」を作ろうとする土間達とに分裂するぎりぎりのところに立たされている。


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