表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re:Talk+  作者: 祐樹
第一部 【青空と真夜】
6/54

第二章  迷宮攻略のススメ(2)






 陽光が降り注ぐ原っぱに穏やかな風が吹き抜けた。見晴らしのいい草原には人影が二つ。ヘキサとデュランである。


「よし。はじめるぞ」


 周囲に他のプレイヤーやモンスターがいないを確認して、デュランは目の前に立つ黒髪の少年にそう言った。


「うん。よろしく」


 頷くヘキサが纏っているのは、鋲で補強された革鎧だ。いままで装備していた皮の鎧とは見た目からして頑丈そうだった。


 背中に鞘に収まっている大剣も、初期支給品だったブロードソードからアイアンソードに買い換え――ブロードソードは売ってもただ同然のため、記念品として手元に残しておくことにした――ている。


 どちらも固有名のない量産品ながら、鍛冶師の手による製造品で、NPCの販売品よりも性能値が高くなっている。


 さらに指輪もワンランク上のモノに変更していた。これは知らなかったのだが、指輪には装備同様にレベル制限があったようである。


 クルシスからの経験値とジェムからの経験値で、次の指輪を装備できる10になったのは、結果だけ見れば運がよかったといえるだろう。


 これらの装備は、当然ヘキサの懐事情で購入できる代物ではなく、すべてデュランから買ってもらったモノである。


 買ってもらったというのが実に情けないが、デュランの「装備品はケチるな」の一言で購入することになったのだ。


 彼は出世払いで返してくれればいいよ、と半ば冗談混じりで笑っていたが、できるだけ早く返そうと密かにヘキサは決意していた。


「まずはヘキサのいまの実力を見せてもらおうか」

「どうやって?」


 手頃なモンスターとでも戦うのかな、と思っていただけに、デュランの次の言葉はヘキサにとって意外なものだった。


「うーん、そうだな……じゃあ、俺が相手になってやるよ」


 え? と目を瞬かせるヘキサを一瞥すると、デュランは黒髪の少年から距離をとった。両腕を地面に垂れ下げたまま不敵に笑った。


「ってなわけで、勝負だ。かかってこいよ、ヘキサ」

「……いや、そう言われても」


 やる気満々の白髪の少年とは反対に、ヘキサは眉根を寄せて困ったような表情をした。そして、背中の大剣を指差しながら言った。


「勝負ってこれを使って……だよね?」

「? 当たり前だろ」

「そっか。そうだよね」

「なにか問題でもある――ああ、そういうことか」


 戸惑ってこちらを見やる彼にデュランを小首を傾げたが、すぐに合点がいった様子でがしがしと白髪を掻いた。


「一応訊いておくけど、モンスター以外に剣を向けたことはあるか?」


 無言で首を横に振るヘキサ。

 つまりはそういうことだ。モンスターとは戦えても、同じプレイヤー同士では戦えない。ましてや互いが使用するのは、玩具ではない。正真正銘の武器。凶器である。


 それをなんの躊躇いもなく人に振るえるほどの度胸など彼にはなかった。

 この箱庭世界には現実と同じように五感がある。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚――そして、もちろん痛覚もだ。


 パソコンのモニター越しとでは、まるで違う現実感。この現実と同様の圧倒的な現実味こそが、良くも悪くもファンシーの最大の魅力と言っても過言ではない。


 デュランが自分よりも遥かに格上のプレイヤーだというのは承知している。それでも武器を向けるのには強い抵抗を感じた。


 相手が強い弱いは関係なかった。行為そのものに拒否反応が生まれているのだ。


「まあ、気持ちはわからないでもないけど。だったらなおのこと、いまのうちに慣れておいたほうがいいぞ。『荒城派』の連中と鉢合わせたときのためにもな」


 でも、と渋るヘキサにデュランが続けて言った。


「それにいまのお前じゃ、俺にはかすり傷すらつけられないと思うぞ。だから心配するなって」


 それは彼なりの気づかいだったのだろう。別にヘキサに対して含みがあるわけでも小馬鹿にしているわけでもない。彼もそれはわかっている。


 だが、そう言い切られてしまうと、それはそれでなんだが面白くなかった。


「……やってみなくちゃわからないよ」

「いやいや。流石に素人相手に傷つけられるほど鈍くはないさ」


 むっとした顔になるヘキサにデュランは口の端を歪めると、食いついたとばかりにワザと挑発するように言った。


「よし。じゃあ、こうしよう。俺をこの場所から一歩でも動かしたら、お前の勝ちでいいぜ。勝ったらご褒美をやるよ」


 その言葉にヘキサは無言で大剣を構えた。そこまで言われたら退くに退けない。せめてぎゃふんと言わせてやらないと気がすまなかった。


「デュランは剣を抜かないの?」

「ハンデだよ。ハンデ。俺は素手でいい」


 流石にカチンときたのか、ヘキサは「わかった」と吐息を吐き、


「――<衝波っ!>」


 剣を横に振り抜いた。

 刀身から放たれた赤い衝撃波が、デュランに牙を剝いて襲いかかる。開始の合図もなく、不意打ち気味の一撃を前にしかし、彼は顔色ひとつ変えずにつぶやいた。


「甘いな」


 まるで小蝿でも払うような仕草で軽く手を振るい直後、唸りを上げる衝撃波がパン! と呆気なく弾け散った。


「……はあ?」


 これでケリはつくとはまったく思っていなかったが、こんな対処をされるとも思っていなかったヘキサは目を丸くした。


 <衝波>を素手で弾く。しかもヘキサが見る限りデュランは方術を使っていない。素の状態でそれをやってのけたのだ。


「これで終わりか?」

「! まだまだこれからだっ。<息吹>ッ」


 気を引き締めなおす。

 <息吹>で身体能力を強化すると駆けだす。さらにもう一度<衝波>を放つと、その影に隠れるようにして前進する。


 結果は変わらない。赤い衝撃波はあっさりと弾かれる。だが、そこにいたはずの黒髪の少年の姿はどこにもなかった。


「これならどうだ!」


 横手から耳朶を打つ声。

 <衝波>が打ち消されるのと同時に、デュランの横に跳躍したヘキサは、着地した足を軸にして大剣を振り下ろした。


 デュランに<衝波>を防がせて、動きを止めたところに大剣の一撃を見舞い回避させる。それがヘキサの算段だったが、その目論見は脆くも崩れ去ることになる。


「ほい」


 唐突に大剣が静止した。


 見れば肉厚の刀身をデュランが片手で受け止めていた。刀身の側面に添えられた五指。信じられないことに大剣の動きはそれだけで完全に束縛された。柄を摘む両手にあらん限りの力を込めるがぴくりともしない。


 と、唐突にデュランが指を離した。必死に大剣を引き抜こうとしていたヘキサは、急なことに対応できずに、そのまま後ろに倒れてしまった。


 地面に打ち付けた腰の痛みすら忘れて、自分を見下ろす白髪の少年を凝視する。


「どうした? もう降参か」

「――ッ。だれが!」


 跳ね起きる。その頭からは人に剣を向ける拒否感はすっかり消えていた。いまあるのはどうやって彼に一矢報いるかそれだけだ。


 幾度となくいなされようとも立ち上がるヘキサだったが結局、一太刀入れることも叶わず、疲労で地面に突っ伏すことになるのであった。


 地面に大の字になって寝転び、ときどき咽ながら呼吸を繰り返す。鋲鎧の下の噴きだす汗の感触は気持ち悪かったが、吹き抜ける風の冷たさは心地よかった。


 全身が熱い。全身が冷たい。ぐつぐつと煮立っているかのような感覚と、末端から冷えていくような感覚。相反するふたつの感覚に、ヘキサは顔をしかめた。


 身体が熱いのは内力系方術を過剰使用によるもので、身体が冷たいのは外力系方術で生命子を過剰放出したからである。


 内力系の乱用により体内の生理機能のバランスが崩れての異常発熱。外力系の乱発によるアバターの生命子の損失が、肉体の低温化という形で現れているのだ。


 今回は限界の一歩手前で止まったためこの程度で済んだが、限界を超えればそれはアバターの崩壊に繋がりかねない危険な行為である。


 そして、そこまで身を削っても、白髪の少年は遠くて手が届かなかった。


「ほれ、これ飲んどけ。楽になるぞ」

「げほっ。ありがと」


 苦い笑いするデュランに手渡されたポーションを飲む。相変わらず赤い液体は苦かったが、身体の変調は緩やかなものになった。


 はあっと一息吐き、地面に横になったまま青空を見上げた。


「ったく、無茶しやがって。そんなんじゃこの先、身体がもたないぞ」


 隣に腰を下ろすデュラン。その横顔は汗をかいていないどころか、息ひとつ乱してはいなかった。その場から動かせることも、剣を抜かせることもできなかった。これが本当に同じプレイヤーなのかと疑わしく思える。


 そんな感想を脳内に浮かべつつ、ヘキサは気になっていた疑問を口にした。


「デュランのHPが、僕に、見えないのは、どうしてなの?」


 白髪の少年の頭上には、本来ならあるべきHPバーがなかった。見えるのはプレイヤーを示す、青いカーソルだけだった。


「そりゃ当然だろう。俺とお前とじゃレベルも相当離れているし、スキルの熟練度も違う。それに俺は『情報隠蔽ステルス』も上げてるしな」

「『ステルス』……? 確か索敵・識別系のスキルを妨害するマテリアルだっけ?」

「ああ。俺も一時期はソロ専だったときがあってな。結構なコストを割り振ったっけ」


 ちょっと勿体無かったかなぁ、と嘆息する彼の横顔はそれ以上の追求は憚れる雰囲気があった。なのでヘキサは早々に話題を変更した。


「デュランは、どこの、派閥に……属してるの?」

「俺か? 俺は――『居城派』かな」

「あ……そう、なんだ。『王城派』……じゃないんだ」

「正確に言えば脱落者さ。途中で、ついていけなくなってな」


 息を乱しながらの質問に答えるデュランの顔は、どこか寂しげで悲しそうだった。


 それにしても彼の実力でも脱落するなんて、一体『王城派』の連中はどれほどの化け物なのか。いまのヘキサには想像すらできなかった。


 プレイヤーは行動指針により三つの派閥に分類される。


 一つは、『王城派』。


 千界迷宮の攻略を最優先事項として、常に迷宮の最前線で戦う者たちだ。

 大概がこの世界に魅入られた重度の中毒者だが、その実力は正真正銘の本物。幾多の試練を乗り越えてきた歴戦の猛者たちである。


 白髪の少年が言う脱落者とはなにかしらの要因により、彼らの攻略速度についていけなかった者たちのことを指す。


 二つは、『居城派』。


 三種類の中ではもっとも人口の多い派閥である。

 冒険。クエスト。商売。彼らの行動方針は様々。ヘビーユーザーに対するライトユーザーといったところか。ある意味この箱庭世界を純粋に楽しんでいる者たちと言えるかもしれない。


 そして、問題なのは三つ目の『荒城派』。


 ろくでもない連中だ。凡そ人間の屑というのが一般的な認識であり、ヘキサは関わりたいとも思わないし、関わるつもりも毛頭なかった。


「そういやヘキサ。お前はじめてこの世界にきたとき、コロシアムみたいなところに飛ばされなかったか?」

「そうだけど、それが、どう……か、した」


 唐突に話題を振ってきたデュランに、意図がわからないまま返答する。


「いや、お前の方術に対する適正が妙に高かったからな。……自覚はないと思うが、普通あんな無茶な方術の使い方したら、ぶっ倒れるよりも先に身体が壊れるぞ」

「え。そう、なの……?」


 なにしろいままでずっと一人で行動してきたのだ。そんなことを急に言われても、なんと返事していいのか困ってしまう。


「それとステータス見ていて気づいたけど、魔力もないみたいだし。多分、コロシアムじゃないかなってさ。≪先見の儀式≫でコロシアムに当たった奴は、どいつも例外なく体内に魔力回路が生成されないからな」


 ≪先見の儀式≫。意味がわからずにきょとんとするヘキサだったが、その単語にふと『2ch』で見た情報が脳裏を過ぎった。


「初回ログインの場所や行動で、アバターの性能が変化するって話だよね?」

「そうそう。あれは一種のイベントでな。ナビゲーターも言ってただろ? 魂の形質を示せってな。アバターの傾向は初回のログイン場所がどこかで、大まかに特定できるようになっているってわけさ」


 つまりキャラクターメイク時の行動や選択で、初期のスタータスや装備武器が変動する、ゲームでよくあるチュートリアルイベントなのだ。


「コロシアムは俺やお前みたいな、方術の扱いに特化した奴が選ばれるステージだ。体内に余計な変換回路を待たないが故、純粋な生命子――方術への適正が高いってのが、巷の一般的な見解だな」

「じゃあ、やっぱりデュランも魔法が……」

「使えない」


 途端にどんよりとした空気を纏う。どうやら魔法を使えないことに劣等感があるらしい。


 回路というには、生命子を魔力に変換する体内機能のことである。魔力は魔法の原動力。当然、魔力がなければいかなる魔法も使用することができない。


 生命子の増大に比例して拡張する特性があるのだが、彼らのように最初からないモノを拡張することはできない。とまあ、そういうことである。


 フォースブレイドを選ぶのは必然的に、魔力を持たないプレイヤーが多いという記述があったから、彼はそうだと知ったときもしかしたらとは思っていたのだが。


「いいよなぁ。魔法の使える奴らは。……くそっ。指先に火を点すくらいできたっていいじゃんかよ」

「わかる。凄くよくわかる」


 ははは、と半笑いのデュオに深く同意する。


 実用性の有無ではないのだ。魔法のある世界観で、魔法が使えないだなんて、一体なんの嫌がらせだろうか。当初、魔法が使えないと知ったときの落胆はいまも忘れられない。


「……話を戻すぞ」


 これ以上は不毛と判断し、デュランは頭を振って会話の軌道を修正する。


「ヘキサ。ちなみにコロシアムの様子はどんな感じだった?」

「コロシアムの様子……? えっと……真っ暗な夜で、地面には色々な種類の武器が刺さっていたかな」

「観客はいたか?」

「いない。観客席は無人だった」


 星の輝きも月明かりすらない闇夜。沈黙する武器の群れに囲まれた無人のコロシアム。寂しいといえば寂しい光景だった。


「実は同じ場所だったとしても、細部はプレイヤーによって別でな。俺の場合は昼だったし、観客席も満員で声援がうるさかった。それと地面に突き刺さっていた武器も、片手剣が一本だけだったな」


 それがなにを意味するのかは、誰にもわからない。だが、きっとなにかしたの意味が含まれているのだろうとデュランは語る。


「……どうせ俺にはもう関係ないか」

「なんだって? ごめん。聞こえなかった」

「ンや、なにも。それよりも、どうだ。体調は回復したか?」


 風で流れてきた小声に聞き返すも、デュランは曖昧に言葉を濁した。代わりにヘキサのほうに手を伸ばすと、腕を掴んで彼を起き上がらせた。


 まだ若干、体調に不安はあるものの、ほぼ回復していた。HPも満タンだ。さっき飲んだポーションのおかげか。おそらく自分の使用しているものよりも上級の薬だったのだろう。


「問題なさそうだな」


 黒髪の少年の様子からそう判断したデュランは、拾った大剣をヘキサに渡すと空を仰いで、陽光の眩しさに目を細めた。


「日もまだ高いし、これからレベル上げするか。……とりあえず目標は、一ヶ月で5界層に到達することだからな」

「わかっ――え? ちょ、無理でしょう」


 頷きかけて慌てて否定する。

 三週間経っても1界層だというのに、一ヶ月で5界層とか無茶すぎる。どれだけの強行軍で突っ走る気でいるのやらだ。


「大丈夫。大丈夫。このくらいの界層の難易度なんて、似たり寄ったりだって」

「……本当に大丈夫なのかなぁ」


 ヘキサのつぶやきは誰の耳にも届くことなく、青い空に吸い込まれ消えていった






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ