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Re:Talk+  作者: 祐樹
第二部 【幻影の翼】
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第十二章  路地裏の託宣(3)




 結局、ヘキサは占い師の助言に従い、クレントへと足を運ぶことにした。彼女の言動に思うところがないわけではなかったが、助言は善意であることには違いないと思ったからだ。決して、他に考えが浮かばなかったからではない。


「……確かに簡単だったな」


 クエスト報酬である指輪を指先でイジりながらつぶやく。


 占い師の言葉通り、西門の傍には枯れ木が一本だけあって、その前にあるベンチに腰かけている青年のNPCを発見した。


 なんでも病気の妻を救うための薬の材料を探しているらしい青年の頼みで、フィールドを走り回ること一時間、ヘキサは見つけた花をNPCに渡すと、その時点でクエストはあっさりとクリアされてしまった。


 低層のクエストなので当然といえば当然なのだが、意味深な物言いだっただけに拍子抜けしたのは確かだ。手元の指輪も固有名称こそあれど、11界層基準で多少優れているといった程度でしかない。


 すべて言われていた通りと言えばそれまでではある。それまでではあるが、小首を傾げてしまうのも仕方がなかった。


 性能面で言えば装備するに値せず、かといってデザインが良いというワケでもない。真鍮色の輪に安っぽい硝子球がくっ付いているだけの指輪に嘆息する。


「うーん……本当にこれを渡して喜ぶのか?」


 喜ぶどころか喧嘩を売っているのか、と叩き返されるのがオチではなかろうか。渋面に冷や汗を浮かべながら思わず呻いてしまう。現に彼の脳裏には怒ったリグレットの姿は簡単に浮かぶが、笑った姿は曖昧にぼやけてしまい――、


「……あれ? あいつが笑ったところ見たことあったっけ?」


 なんて、今更ながらの疑問がふと沸いてきた。


 あれ? あれー? と歩きながら首を捻ってしまうヘキサ。


 だが、いくら記憶を引っ繰り返してみても、彼女の笑い顔はついぞ思い浮かばなかった。いや、嘲笑や苦笑いの類の笑みなら何度も目にしているが、こうなんというか純粋な笑みを見たことがないのだ。


「……そういや、俺、あいつが普段なにをしているか全然わかんないや」


 リグレット。容姿端麗。七属性を操る凄腕の魔法使い。アニクエの協力者。


 ”それだけだ”。端的にヘキサが知っている彼女の情報はそれだけだった。黒髪の少女が普段はなにをしているのか。何故、あれほどのプレイヤーは無名なのか。そもそも、彼女が協力者に自分を選んだのか、それすらわからない。


 高レベルのプレイヤーという条件ならば、自分よりも適格なプレイヤーなど他にもたくさんいるだろう。むしろ、レッドプレイヤーの時点で真っ先に弾かれていてもおかしくはない。ましてやリグレットの力量ならば”入れ食い”なのは容易に想像できる。


 数いるプレイヤーの中からどうして自分の身に白羽の矢が立ったのか。いくら考えてみてもヘキサには皆目検討もつかなかった。何度かそれとなく訊ねたこともあるが、いつもはぐらかされてしまい、肝心の部分は一つも判明していない。


 まあ、いまに至るまで、なあなあで済ませてきた自分も悪いのだが。きっと彼女との関係が悪化するくらいならば、と考えている部分があるのだろう。


 女々しいというか。こんなことを考えていると知られたら、さぞかしからかわれるに違いない。そういう場面だけはすぐに想像できて、口の端が引きつくのを堪えられなかった。


「あーあ。こんなんじゃまた、リグレットに呆れられるんだろうなぁ」


 ぽつりと零れる言葉は自嘲が混じった独り言で、自分だけに向けた言葉だった。


「――私がなんですって?」


 故に、背後から聞こえてきた聞き慣れた声にヘキサは、身体を硬直させるとぎこちない動作で後ろを振り返り、目の錯覚かと疑い目を擦ってしまった。


 切れ長の双眸を細め、不機嫌そうな仕草で顔にかかった黒髪を払う。腕を組んで仁王立ちするゴスロリ少女。否、彼女だけではなかった。


「私たちも――」

「――いるっすよ」


 追い討ちだった。桃色髪の少女と騎士然とした少女。彼女たちの全身から放たれている言い知れる気迫に、ヘキサはじりじりと小刻みに後退っていた。


「ふふ。随分と手間をかけさせてくれたわね。ずっと探していて、どこでなにをしているのかと思えば。……こんなところでなにをしているのかしら?」

「り、リグレット……それに、二人も……」


 咄嗟にそんなことを口にしたヘキサだったが、その物言いが気に入らなかったらしく、彼女たちは同時に唇を尖らせた。


「そうすっか。わたしたちは一括りっすか。……ふんっ、別にいいっすけど」

「ヘキサ様……酷いです……」

「と、とりあえず、場所を移動しないか? ここは、その、目立つしさ」


 下手に口を開くのは逆効果だと悟ったヘキサは、まずは場所の移動を彼女たちに提案した。低層故にプレイヤーの姿は見えないが、目に見えない範囲にいないとも限らないし、疎らながらNPCは複数いる。


 ただでさえ見麗しい少女が三人組みなのだ。それにマリーゴールドの支部もあるのだから、できれば目立つのは勘弁だった。


 上げたくても上げられないコミュスキルをフル活用しつつ、宥めすかせてどうにか物陰に身を潜めて、ほっと一息を――吐けなかった。


 ジトーとした視線を一身に受け、ヘキサは地面を見つめたまま脂汗を流すことになった。謝る気ではいたが、こうまで唐突だとは思わなかった。おかげで頭の中は真っ白だ。真っ白だったがしかし、だからこそ打算のない素直な言葉が口を吐いていた。


「ごめん、みんな! 昨日は俺が悪かったッ!」

「……ふうっ。もう、いいわ。幸い死者はでていない。先に挑発したのは向こうみたいだし。全部、ヘキサのせいにするのは筋違いでしょう」


 ふと顔を上げると、黒い双眸と目が合った。怒りというより呆れを含んだ苦笑は、つまりいつもの彼女が浮かべているモノだった。


「もっとも、必要以上に大暴れしたのはいただけないけど。二度目はゴメンだわ。色々と大変だったのよ? それに、私との約束を破って『裏技』まで使ったわね」

「めんぼくない」

「そう思うなら自重しなさい。もっとも、自重できると思ったのが間違いだったかもしれないわ。貴方のその暴走癖はもうある種のスキルみたいなモノですものね」

「……めんぼくない。あの……俺はどうすれば……なにかするべきなんじゃ」

「はぁ? 止めておきなさい。事態が悪化するのがオチでしょ。なにかしたいなら大人しく募金でもしていなさい」

「――うぃ」


 一刀の元に両断され肩を落とすヘキサ。そこまで信用がないのかと落ち込み、そりゃないだろうと納得してまた落ち込んだ。


「リンスも迷惑かけた。変なことに巻き込んじまって悪かったな、カシス。これは気をつけ――うん、できるだけ抑えるようにする」

「気にしてねぇっす。いつものことっすよ」

「はい。平常運転です」


 それはそれで駄目なんじゃと内心では感じたものの、自分を慰めてくれているのだろうと自己完結することにした。


「あ、そうだリグレット。これ……迷惑かけた侘びに良ければ受け取ってくれ」


 と、言ってヘキサは指輪を彼女に手渡して、ふとあることに気がついた。


 このタイミングしかない! と後先考えずに渡してしまったが、ひょっとして早まってしまったのではなかろうか。


 この場はとりあえず納まりそうなのだから、後日ちゃんとしたモノを渡したほうがよかったのじゃ、と考えたところで手遅れだ。


 まさか一度渡したモノを返してくれなんて言えるはずもなく、リグレットの反応を覗うように恐る恐る顔色を伺い――石みたいに固まってしまった。


 切れ長の黒目から溢れた涙は頬を伝う。零れ落ちた水滴が、指輪に当たって弾ける。声もなく黒髪の少女は静かに泣いていた。


「おま……っ。ちょ、それキャラが違うだろ!?」


 声が裏返る。予想外もいいところだ。ある意味、笑い顔よりも有り得ないモノに、ヘキサはおろおろと取り乱すしかなかった。


「――見ないで」


 ンなこと言われても! 押し殺した声色にパニックの一歩寸前まで追い詰められる。こういうときどうすればいいのか? ゲーマーである彼には荷が重過ぎる難題だった。


 そもそもなんで泣いているのかわからない。指輪のボロさ加減に悲しくなったのか。つまり――土下座か!? 土下座すればいいのか!?


「格好の悪いところを見せたわね」


 乱れに乱れる思考を遮ったのは、他ならぬ彼女自身だった。目元を拭う。涙はすでに止まっていたが、目が充血して赤くなっている。


「大丈夫。私はなんともないから」

「いや、大丈夫って」


 なにが大丈夫なんだ、という暇すらなかった。リグレットは手の平の指輪をぎゅっと握りしめてヘキサの横を通過した。


「ごめんなさい。ちょっと急用ができたから私はここで失礼するわ」


 それと、と一呼吸を置き、


「指輪……ありがとう」


 ポカーン、だった。足早に遠ざかる背中を無言で見送るヘキサの表情は、まさにそんな感じだった。他に反応のしようもなかった。


「なにがなんだか、だけど」


 一応は喜んでくれたのか? と首を捻るヘキサの肩を叩く指先が二つ。振り返るとそこにいるのは当然、リンスとカシスの二人だった。


「指輪、リグレットさん、喜んでいましたね?」

「泣くほどなんて、よっぽど嬉しかったんすね」


 あっ、不味い。にこにこと不自然な笑みを浮かべる彼女に、本質こそ理解していないものの、自分がなにかしらの地雷を踏んでしまったことを悟り、ヘキサは顔色を青ざめさした。


「ま、まあ、迷惑かけた詫びだし、喜んでくれたのなら良かったよ」

「わたしたちにはないんすか」

「え?」

「いえ、私たちにはなにもないのかと。……あ、決して催促しているワケではありませんよ? ただ訊いてみただけなので」

「そうそう。ヘキサの気持ち一つっすから」


 言えない。リグレットのことで一杯一杯で、彼女たちの分を用意するのを忘れていたなんて。とてもではないが言いだせる雰囲気ではなかった。


 あははは……どうしよう。


 新たな難問を前にして、ヘキサは頭上を涙目で仰ぎ見た。




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