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Re:Talk+  作者: 祐樹
第二部 【幻影の翼】
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第十章  歪む日常(4)





 跳ね回る刃金の鞭が四人のナハトを同時に薙ぎ払う。偽者の残影は一瞬で掻き消され、本物は地面に叩き落された。


 空中で身体を捻り両足から着地したナハトを、直上から連結刃が追撃する。真っ直ぐ突っ込んでくる刃を横っ飛びでかわし間合いを取るが、しなる刃は周囲にあるモノを粉砕しながら尚も執拗にナハトを狙う。


 建物や石畳に鋭利な傷跡を刻むながら、大気を切り裂く刃金が、大鎌と眩い火花を撒き散らす。鞭としての特性を有しているが故に、刃の軌道は自在で予測が難しい。流石のナハトも早々簡単には間合いを詰められずにいる。


 連結剣。片手剣の汎用性と鞭の広範囲攻撃を兼ね揃えた合成武器で、なにかと癖が強い合成武器としては成功例の一つだといえるだろう。


 ≪幻影の翼≫以前はソロで活動していたヘキサが、不特定多数の相手と戦うために用意した手段。人前では滅多に使わないため、彼の片手剣が合成武器だと知っているのは≪幻影の翼≫の身内と、極一部のプレイヤーくらいである。


 立ちはだかるすべてを破壊しながら、街中を縦横無尽に駆け抜けるヘキサとナハト。誰もかもが避難して、無人と化した一角を舞台に、彼らの戦闘は激しさを増していく。


 飛来する<飛燕>を切っ先を翻す刃金で打ち消し、返す刀で赤い光を纏った刃をナハト目掛けて解き放つ。螺旋軌道で迫る刃を迎撃しようと大鎌を構え、直後、老朽化していた彼の足元の屋根が崩れた。


 片足を割れ目に取られて身体が沈み込む。それでも傾いた体勢のままで、大鎌を振り抜くと辛うじて連結刃の切っ先を逸らす。


 肩口を抉りながら通過する刃が、ヘキサの手を捻る動作によって反転し、大鎌の柄に何重にも巻きついた。ピンと伸びきった刃金の鞭を彼は力の限り手前に引っ張った。


 単純な腕力は強化状態のヘキサのほうが上。ナハトの手から離れた大鎌が、くるくると回転しながら明後日の方向に投げ捨てられる。


 手元に戻った刃金を巧みに操作し、元の片手剣の状態に戻す。屋根を踏む抜く勢いで蹴り、武器を失ったナハトへと肉薄する。


 一足で懐に飛び込んで剣を振るう。刀身がナハトの身体を斜交いに切り裂き――否、ヘキサが柄から感じたのは、肉を斬る生々しい感触ではなく、金属の硬質な手応えだった。


 目を見開いたヘキサが見たモノは、右手の短剣で振り下ろされた剣を押し止めるナハトの姿。噛み合う金属の異音に、白髪の少年は内心で自身の迂闊さを罵った。


 馬鹿か、俺は!? 怒りに我を忘れて、一番重要なことを忘れていた。ナハトにとって大鎌は、”無数にある武器の一つ”に過ぎないということを。


 短剣を滑らせるナハトの手が閃いた。五連続技<朝霧>。白い残影を纏った刀身が、高速でヘキサに打ち込まれる。


「くぁ……ッ!?」


 三撃目までは弾いたが、四撃目は二の腕を抉り、五撃目は脇腹を浅く掠めるように切り裂いた。白装束に滲む血に眉根を寄せ、ヘキサはすぐさま離脱を図った。


 密着状態にある二人の距離間は、片手剣よりも短剣の間合い。片手剣を振るうには窮屈すぎる。逆に間合いを取ってしまえば短剣など怖くない。だが、そんな定石はナハトに通じないことなど、ヘキサが誰よりも一番理解していた。


 ナハトの手元で短剣の輪郭が歪んだ。ぐにゃりと全体像が軋んだかと思った瞬間、右手から短剣が消失し、彼の両手には虚空から出現した槍が握られていた。


 穂先が白い輝きを発しながら、架空の刃を穂先の上から形成。どっしりと腰を落とした体勢から、鋭い槍の一撃が放たれる。外力術式<空尖>。貫通力に特化した突き技。単発技ながら威力は折り紙つきである。


 着地する一瞬を狙われたヘキサは、それでもギリギリのところで穂先と自分の間に、盾を挟み込むことができた。盾の表面をガリガリと削り、真横に深い傷跡を刻みながら、穂先は斜め後ろに抜ける。


 痺れたように疼く左腕を無視し、槍の側面に上方から盾を打ちつけた。槍が下に落ち、屋根に穂先が突き刺さった。剣閃が走る。下から掬い上げるように繰り出された一撃はしかし、またしてもナハトを捉えることは叶わなかった。


 手放された槍が形を失うと、今度は片手剣が彼の手元に突如として現れた。剣と剣が交錯し、白と赤の光が火の粉のように散る。


 かと思えば、ナハトの持つ片手剣が消滅し、前方につんのめったヘキサの側頭部目掛けて重量級の斧が振り下ろされた。


 地面に這い蹲るようにして斧をやり過ごすと、起き上がりざまに剣を一閃するが、魔法のように手元に現れた短剣に防がれてしまう。


「ああ、クソ、またそれか。めんどくさいスキル使いやがって! ちょっとは自重しやがれ! このチート野郎!!」

「その言葉そっくりそのまま返すぜ。ってか、お前さんにだけは言われたかねーよ」


 くるくると変化する武器に苛立ちまじりの罵倒が零れる。


 レリティスキル【換装】。通常の過程を省略して、瞬時に武器を手元に出現させることができる代物で、ナハトがメインに使用しているスキルの一つである。


 しかし、ヘキサが”チート”と揶揄するのはその部分ではない。レリティに位置する【換装】は確かにレアではあるが、逆に言ってしまえば稀少というだけで、効果自体はそう大したモノではない。世間では微妙呼ばわりされたりもしている。


 何故ならば複数の武器を使えたところで、熟練度が低ければ意味がないからだ。武器熟練度は新しい方術の習得条件。派生武器のスキル開放トリガーであるだけではなく、プレイヤーの戦闘技能に直接作用する重要な要素でもある。


 大半が一般市民であるプレイヤーが、ぶっつけ本番でモンスターと戦える理由の一つであり、武器熟練度を上げていくと、自然に武器の使い方がわかってくるのだ。


 武器を扱う上での長所と短所。重心移動の方法。等々の武器の取り扱い方が熟練度の上昇に伴い、まるで最初から知っていたかのように身体を動かせるのである。


 故に、使用する武器を増やせば増やすほどに、熟練度が分散して戦闘では使えなくなってしまう。本来【換装】は戦闘方法の幅を広げるため、異なる属性の武器の入れ替えの隙をなくすことが主であり、ナハトみたく次から次に武器を変えることは想定されていない。


 なのに赤の道化師は有り得ないことに、あらゆる武器を”同じ精度”で使用している。どの武器も満遍なく均等に使いこなしているのだ。


「それがどうしたッ!!」


 そんなことは承知している。一筋縄ではいかない相手だと理解しているが、その程度の理屈でこの怒りは止まらない。


 ≪幻想の翼≫は大事な居場所だった。それを破壊された。蹂躙された。ならばこそ、こいつには代償を支払わせなければならない。相応の報いを与えてやらねばならないのだ。


 衝動が、感情が、殺意が。胸の奥から絶え間なく溢れ出る。


 奴を許すな、と。切り刻め。嬲り殺せ。奈落に叩き堕とせ。七度蘇るのであれば、八度殺せ。殺せ。殺せ。殺せ――。奴の存在を許すな、と自分の中の一番奥。”なにか”が耳元でがなり立てる。


 そうだ。許せない。”俺:ぼく”は”ナハト:めがみ”を絶対に許しはしない。


 どろりと漏れ出す黒い衝動。思考に混じる異音に気づく素振りすらなく、感情の命じるままに行動しようとし、がくりとその場に膝をついた。


 一瞬、息が止まった。舌を出してぜいぜいと荒く息を吐く。


 全身を覆っていた赤光が霞むように消えたと同時に、身体中から冷や汗が噴き出し、重苦しい倦怠感に指を動かすことすら億劫だった。


「な、に……が……!?」


 視界の端に表示された自身のHPバー。最後に確認したときは半分以上は残っていたゲージが、いまは僅かな残量しかなかった。


 最後の最後で<畏吹>の術式に組み込まれていたリミッターが働き、方術の駆動を強制終了したのだ。おかげで一気に反動がきてこのザマである。満足に立ち上がることすらできない。戦闘の続行などもってのほかだ。


「ほら、見たことか。後先考えずに暴走するから、ンな醜態を晒すんだよ。方術の過負荷で動けなくなるなんて、お前は初心者かってんだ。少しは頭冷やせよ。……これじゃあ張り合いがないだろ」


 頭上からナハトの呆れた声が降ってくる。余裕綽々と大鎌を拾いに行こうとする背中に、食いしばった唇が切れて血が滴った。






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