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Re:Talk+  作者: 祐樹
第二部 【幻影の翼】
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第十章  歪む日常(3)




 思考が沸騰する。吹き上がる膨大な生命子が、周囲の光景を捻じ曲げる。全身に赤光を纏ったヘキサは、弾丸の如き速度でナハトに肉薄した。


 地面を手で叩き跳ね起きたナハトの大鎌と、大上段から振り下ろされた剣が再び激突。何度も繰り返されてきた光景。しかし、結果は異なっていた。


「ぐっ。この……馬鹿力がようやくやる気になりやがったな」


 二人の戦いが開始されてからはじめて、ナハトの表情が苦痛に歪んだ。


 みちみちと筋肉が張り詰めているのがわかる。全力で対抗しているのにも関わらず、じりじりと自身のほうへと迫る刃に悪態を吐く。


「エンジン掛かるのが遅いんだよ。退屈で寝ちまいそうだった、ぜ!!」


 歪曲した刃を斜めに傾けて、剣の切っ先の向きを横に逸らす。頬を浅く切る刃を横目に、ブーツの底でヘキサの腹を思いっきり蹴りつけた。


 僅かに体勢が崩れた隙を逃さず、ヘキサの刃圏から後退すると、返礼とばかりに振るった大鎌から巨大な生命子の塊を放出した。


 まるで水を裂く鮫の背ビレのように、白い牙が石畳を砕きながらヘキサに迫る。


 外力術式<衝刃>。<衝波>からの派生方術。攻撃速度は亀のように遅いが、その分威力は鈍重さを補って余りある。


 白い牙と小型の円形盾が接触。眩い火花を散らせながら激しくせめぎ合う。足元が割れて、足首までが地面に埋まった。が、そこまでだった。


 赤い光が白い牙を侵食し、ヘキサが左腕を振り抜くと同時に、<衝刃>はパンッとシャボン玉が破裂するような音を残して消滅した。


「ンなモン、効くかぁ!!」


 苦もなく<衝刃>を突破したヘキサは、踏みしめた地面を砕きながら疾走する。剣の威力を相殺しきれずに蹈鞴を踏むナハト。斜め下からの切り上げを紙一重でかわす。


 通過する摩擦熱で前髪の毛先が焦げ臭い匂いをさせている。余裕があるための紙一重ではない。本当にギリギリ故の紙一重だ。


 近距離では分の悪い大鎌でヘキサの攻撃を防いでいるのは、彼の高い技量あってのモノだが、それも次第に追いつかなくなっていく。息を吐かせぬ波状攻撃。次々と繰り出される連撃に、彼は完全に後手に回っていた。


 <息吹>の”改悪型”方術、内力術式<畏吹>。


 効果自体は原型である<息吹>と変わらない。身体能力の強化の一点に尽きる。唯一の違いは、強化の上限を外してしまっていることだ。


 一度、<畏吹>を起動させたら最後、体内で駆動する術式は使用者の意思を無視し、あるだけの生命子を燃焼させようとする。


 限界を超えた過剰の生命子が生みだす力は確かに強力で、一時的にとはいえ通常ではありえない爆発力を得られる。だが、自身の力量を省みない行動は大抵身を滅ぼすと、古来から相場は決まっている。<畏吹>も例外ではなかった。


「ったく。相変わらずピーキーな方術使ってるな。普通、頼まれたって使わないぜ。特攻万歳ってか。お前はどこの神風特攻隊だ」


 怒涛の攻撃を捌き、それでも身体中に細かな傷を作りながらも、ナハトの薄っぺらい態度はそのままだった。むしろ、この展開こそ望んでいるとばかりに快活に笑う。


「とはいえ、このままじゃジリ貧か。……まあ、お互い知らない仲ってワケでもないし。様子見はここいらで終わりにして――そろそろマジでいくぞ」


 途端、ナハトの雰囲気が変わった。他人を小馬鹿にする軽薄さは未だに健在だが、芯の部分は明らかに変化している。


 ピリピリとコメカミが疼く緊張感。張り詰めた糸のような空間で、防御一辺倒だったナハトがはじめて攻撃側に回った。


 旋回させた大鎌から光の輪が放たれる。<光輪>。切断能力に優れた外力系方術。


 至近距離からの一撃に回避も迎撃も間に合わず、剣で<光輪>を受け止めたヘキサは後方に弾き飛ばされることになった。


 チェーンソーの如く高速で回転する<光輪>を両断したときには、ナハトとの距離は大きく離れてしまっていた。


「ハッハー! 構えろよ。次、行くぜ!」


 笑いながら振るわれる大鎌から、今度は無数の光弾が発射させる。外力方術<孤月>。三日月の形状をしたそれは、街に被害を撒き散らしながらヘキサを襲う。


 ガガガガガッ――高速で翻る剣が<孤月>を片っ端から叩き落す。<畏吹>で強化されたいまの状態ならば十分に凌げるレベルだが、数が多すぎてその場から一歩も動くことができない。一ドット程度だが削られる自身のHPバーに口の端を歪める。


 と、唐突に<孤月>による攻撃が止んだ。一瞬だけ訪れる束の間の静寂。しかし、直後にヘキサは膝を撓めて跳んだ。


 唸りを上げる光の帯。白い帯状の生命子が、緩やかな孤を描きながら、地面を這うように迫る。独特の軌跡を刻む<帯刃>から逃れたヘキサに、様々な方術が次々に撃ち込まれる。


 軌道を変化させる<飛燕>。三連からなる牙<影伐>。


 ナハトのスタイルはヘキサと同じフォースブレイド。方術の使用に関しては紛れもなく一流。外力と内力の両方を均等に扱える才を持っている。しかも彼の有するアビリティの特性上、方術の多彩さにおいて右に並ぶプレイヤーは存在しないだろう。


 目まぐるしく変化する方術に苛立つヘキサ。ゆっくりと減少していくHPバーは、間もなく緑から黄色の境界線上に到達しようとしている。


 生命子――即ち、HPを対価にする方術の宿命だ。<畏吹>が無制限に生命子を消費する以上、当然の結果だともいえる。ナハトが特攻方術と揶揄する理由だ。


 にも関わらず、ヘキサは≪畏吹≫を切り札の一枚として運用していた。理由は簡単。使用時のデメリットを考えなければ、≪畏吹≫がもたらす強化は他の術式の遥か先を行っているからである。それは現在の状況からも明らかだ。


 だから選んだ。いつの日か、赤の道化師を殺すために。強くなるために手段を論ずる時間など自分にはないから。


 方術による波状攻撃に身を晒し、半ば強引に突破を図る。正面から放たれる<帯刃>を自身の方術で相殺。ダメージを受けながらもナハトに接近すると剣を薙ぎ払った。


 避けないのか。それとも避けられないのか。ナハトは回避行動を取ろうとはしなかった。横一文字に振られた剣がナハトを捉え、なんの手応えがないまま、左から右に擦り抜けた。ザザッと一瞬、赤い装束が残影の如くブレる。


「残念。ハズレだ」


 空気を震わす声が背後から響く。声が耳朶を打った瞬間、身体を反転させる。居場所を感で割り出し空気を切り裂く剣が、狙い違わすナハトを直撃――しなかった。


 先程と同じように手応えがない。剣は音もなくナハトの身体をあっさりと擦り抜けて、切っ先が地面を叩き鈍い音がした。


 ぞくりと背筋に寒気が走る。反射的に翳した盾が甲高い金属音を響かせた。いつの間にか自身の横に移動していたナハトの大鎌を防ぎながら、ヘキサは小さく舌打ちしながら剣を突き出す。


 またもや剣先は赤い衣を空振りすると、輪郭をブレさせながら消失した。剣を引き戻して素早く視線を周囲に配り、面を上げたヘキサは目を大きく見開いた。


『さて。本物はどれでしょうか?』


 四人のナハトが異口同音に口を開く。


 目の錯覚ではない。本当にナハトが三人存在していた。愉快げな口調の三つの姿が、頭上からヘキサに強襲を仕掛ける。


 外力術式<空蝉>。生命子を練り込んだ囮。実体を持たない分身を生みだす、頭に超が付く高等方術の一つ。特にナハトのそれは特殊なカスタマイズをしているのか。HP表記やカーソルすら欺瞞するため、視覚情報から本物を割り出すのは困難である。


 だったらすべてを切り裂くまでだ。


 右手の中で剣の柄をくるんと回す。カチンと軽い音がして、肉厚の刀身が”バラけた”。じゃらりと擦れる金属が鳴る。等間隔で分離した刃は内部に組み込まれたワイヤーによって、鞭のようにしなり奇妙な線を空中に刻んだ。


 片手剣の主属性に鞭の副属性を併せ持つ合成武器。連結剣ローゼンネイヴェはまるで蛇のような執拗さを持って、ナハトの首元に牙を食い込ませた。






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