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Re:Talk+  作者: 祐樹
第一部 【青空と真夜】
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第一章  箱庭世界(3)





 またねー、とお決まりの台詞に見送られて、マリーゴールドの三階の個室から出てきたヘキサは、はあっと大仰にため息を吐いた。


「……レベル、上がらなかったなぁ」


 ホーンベアを狩りはじめてから早くも三日が経過していた。あの日以来、毎日マメにマリーゴールドに通っているが、以前レベルは9のままだった。


 今日こそは10になれるのでは、と期待していたのだが、そうそう甘くはないらしい。


「これよりマシな指輪に交換できれば、もうちょい効率が上がると思うんだけどな」


 左手の指輪を眺めながらつぶやく。

 ファンシーで採用されているレベルアップのシステム。他存在の生命子を吸収して自己を強化する生命循環。


 例えるならばそれは、まったく型の合わない血液を輸血されるようなモノだ。しかも、同じ人ではなくて、種からして異なる異形の血を。


 それがどれだけ無謀なことかは語るまでもない。だが、それでも可能にしようとするならば、それ相応の準備と道具が必要になる。


 そして、それが指輪であり生命循環の儀式なのだが実はシステム上、回避不可能な問題がある。非常に効率が悪いのだ。


 何故ならば、倒したモンスターの生命子を全部指輪に吸収できるわけではないからである。吸収の際には必ず損失が発生し、さらに生命循環で指輪から体内に取り込むときにも、吸収漏れが生まれる。


 つまり二重の意味で経験値の損失が生まれてしまうのである。

 ただ、根本的な問題解決はないが対策がないわけではない。生命子吸収の要である指輪の質を高めることで、ある程度損失と漏れを防ぐことができるのだ。


 ちなみにヘキサがつけている指輪は、初心者に配られる大量生産品。指輪の性能は最低ランクであり、おそらく五割は経験値を損している。


 実質獲得する経験値が強制的に半分になるという、笑うに笑えない自体になっているのである。誰もが通る道とはいえ、なんだってこんなシステムにしたのか、もの凄く理解に苦しむ思いだった。


「指輪を買い換える――っていっても、そんなお金なんてないし」


 指輪の買い替えはマリーゴールドでできるが、そのための資金が不足している。宿屋の宿泊費に消耗品の補充。装備のメンテナンス代も馬鹿にならない。


 角熊を狩り対象にするようになって、ようやく一日で稼いだリラの幾ばくかを、装備を整えるための資金に回せるようになったが、それでも全然足りていないのが現状だ。


 装備すらままならないのに、高価な指輪を買うなど夢のまた夢だった。これは本格的に資金繰りをしないとマズいかもしれない。


「うーん。そうだな……クエストでも覗いてみるか」


 今日も角熊狩りのつもりだったが、急遽予定を変更することにした。

 螺旋階段を下り一階に向かう。普段なら階段の正面にある玄関からでていくところだが、ヘキサは玄関に背中を向けると、そのまま奥のエリアに足を運んだ。


 奥のエリアは仕切りで区切られたブースになっていた。彼は空いているブースに入ると、目の前にある半透明のウインドに触れた。


 灰色だったウインドが瞬き、画面が切り替わった。クエストの受注画面である。基本的にクエストの類はマリーゴールドで請け負うことになる。


 中にはマリーゴールドを仲介しないクエストもあるが、一般的にクエストといえばここで受注できるモノを指す。


 いわゆるおつかいからアイテム収集、討伐クエストまで幅広いクエストが、レベル別や人数などによってソートできるようになっている。


 ヘキサは画面を操作しながら、どのクエストを選ぶか頭を悩ませる。

 理想は条件を達しやすく、報酬がいいことだ。繰り返しできるタイプのクエストだと尚のことよい。が、そんなプレイヤーに有利なクエストが早々あるわけがない。

 

 似たり寄ったりのクエストが多くある中、少しでもいい条件の依頼を見つけようと目を皿のようにするヘキサ。

 と、右隣のブースからなにやら楽しげな声が聞こえてきた。


 仕切りで相手の顔は見えないが、どうやら男女の二人組みのようだ。あーでもない、こーでもない、と笑い混じりの会話に彼は苦い表情をした。


 箱庭世界にきてもうすぐ三週間になろうとしているが、彼がプレイヤーと話をしたのは片手で数えるくらいしかなかった。


 内向的な人間にありがちな口下手と人見知りのせいで、こちらからは話しかけられず、あちらから話しかけられても、反射的にその場から離れてしまうのである。


 それでも普段、やっているネットゲームならそんなことはないのだが、ここまでリアルだと現実で会話するのと同じようなもので、どうしても尻込みしてしまうわけだ。


 おかげでいまもプレイヤーの知り合いは一人もいないという、かなり悲惨なことになっていたりする。未だに登録者のいないフレンドリストを見る度、なんともいえない気持ちにさせられるのであった。


 ヘキサがソロなのはそう望んだからではなく、他に選択肢がない故のソロなのである。なんの自慢にもならないし、落ち込むだけなのであまり考えないようにはしているけれども。


 くそっ。【対話】なんてスキルがあれば、真っ先に取るのに。


 隣の談笑に内心で毒づくヘキサ。ないモノ強請りのつまらない嫉妬だとわかってはいるが、こうして充実した迷宮生活を送っている人物に遭遇すると、どうしれも湧き上がる妬みの感情を抑えられないのである。


 これ以上ここに居続けるのは精神的によくないと判断したヘキサは、画面を切り替えながら手頃そうなクエストを探した。


「ん? これなんてどうだろう」


 画面に表示されているクエスト名称は、『クルシスの巣駆除依頼』。

 名称にもあるようにクルシスの巣を壊すのが目的のようだ。


 ソロでの推奨レベルは10と満たしてはいないが、クルシスはいままで狩ってきた――正確には子供だが――ので、特に問題ないだろう。報酬も悪くない。


「決めた。これにしよう」


 なによりもこの場を離れたかったヘキサは、受諾ボタンをタッチすると、そそくさと離脱を図った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「――ねえねえ。コレなんてどう?」

「んん? どれどれ……ああ、これかぁ」


 画面を覗き込む少女が指差すクエストに、仲間の少年は苦い表情をした。そんな彼の様子に少女は小首を傾げて言った。


「どうしたのよ。なんか問題あるの?」

「あるといえばあるし、ないといえばない」

「はあ? 意味わかんないんですけど」

「クエストには問題ないよ。討伐対象のモンスターいる場所が問題なんだ」


 一種の罠クエストというべきか。クエスト自体は難易度が低く報酬もいいのだが、異なる要因によって危険度が高くなってしまっているのだ。


「ここにはジェルってモンスターが徘徊していて、僕たちみたいな初心者にはかなり厄介だって『@ch』に書いてあったんだよ」


 個体数が少なく遭遇する可能性は低いが、万が一出くわす羽目になったら、彼らのような初心者ではどうにもならない。


 情報収集を怠った結果、なんの準備もないままにこのクエストを選び、運悪くジェルに遭遇するケースが後を立たないそうだ。毎年、二桁の単位でジェルに殺される初心者がいるようなのである。


「こわっ。なんでそんなクエスト仕込んでんのよ」

「だよなー。誰かの悪意を感じるよな」

「わたし、やーめった。別のクエストにしよ」

「それがいいよ。わざわざ自分から危険に飛び込む必要はないからね」


 二人は互いにそう言い合うと、『クルシスの巣駆除依頼』と表示されたクエストを画面から消し、別のクエストを探し始めた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ひとつの界層はいくつかの要素によって構成されている。

 拠点となる『都市』。次の界層に繋がる『回廊』。界層の特色を反映した『フィールド』。フィールドに点在する『ダンジョン』である。


 あとはそこに界層固有の要素が追加されたりもするが、基本的に階層はこれらの要素によって成り立っているのだ。


 ヘキサが狩りをしているのはフィールド。回廊やダンジョンにはまだ行ったことがない。危険度が上がるからだ。


 なにせ死んだら終わりなのだ。ましてこっちはソロで行動している。慎重になり過ぎて損はないだろう。


 まあ、マリーゴールドの職員が言うには、10レベルになったら回廊に行く頃合いらしいので、レベルが上がったら一度どんなところか覗いてみようかとは思っている。


 などと思案していると、いつの間にか目的地のすぐ傍まで来ていた。ヘキサの右横には彼の動きに追随するウインドが展開されている。1界層のフィールドマップである。


 『自動地図作成オートマッピング+0』では、現在の位置座標と簡易マップしか表示されないが、強化すれば機能が色々と追加されるとのことだ。


 1界層のフィールドマップはマリーゴールドが無償で提供してくれるが、次の界層からは自分の足で調べるか、情報屋で購入もしくはプレイヤー間で交換する必要がある。


 目的地は草原だった。地面には複数の穴が開いている。これがクルシスの巣である。巣にはクルシスの子供と親がいて、これを殲滅した後で、巣を破壊すればクエストクリアだ。


 全部破壊する必要はない。ひとつだけでいい。時間と余裕があれば片っ端に壊してもいいが、どうせしばらくしたらリポップするのであまり意味はない。


 ヘキサは草原を見回して、他の巣から離れた場所に開いた穴を見つけると、マップ表示を消して大剣を抜いた。視界には穴の奥に潜むクルシスのモノと思われる黒いカーソルが複数表示されている。


 クルシスの外形は巨大化した兎そのモノで、攻撃方法も単調でホーンベアに慣れたいまとなっては実に張り合いがなかった。


 親は子供とは違い多少強化されているようだが、それでも許容の範囲内だった。さくさくと兎のモンスターを狩り、特にこれといったハプニングもなく巣を破壊すると、これからどうしたモノかと思案する。


 他の巣も壊してもいいが、それで報酬が上がるわけではない。経験値的に考えても、この場に留まっている理由はなかった。


「……ホーンベアのトコに行こうか」


 そう決めたヘキサだったが、この思考時間が彼の命運をわけることになった。


「――ン、なんだ?」


 背後から聞こえた音に振り返る。

 どこまでも広がる草原に、気のせいか、と小首を傾げ、突如として出現したカーソルに、ヘキサは咄嗟に大剣を構えて警戒態勢をとった。


 が、その警戒心もすぐに緩んだ。拍子抜けしたような表情をするヘキサの前には、草むらから飛びだしてきたぷるぷると震える軟体状の不定形モンスター。


 半透明の軟体の中心には白い球体が浮かんでいる。不定形モンスターは地面をゆっくりと移動しながら、ヘキサのほうへと近づいてくる。徐々に接近するモンスターに、しかしヘキサは気の抜けた声でつぶやいた。


「なんだ。スライムか」


 緊張して損した。初めて遭遇するタイプのモンスターだが、スライムといえば古今東西あらゆる漫画において雑魚の代名詞。初見故に詳細情報はないが、戦闘にも慣れたいま、負ける要素などなかった。


 どうせならもう少し、歯応えのあるモンスターと戦いたかった。さっさと倒して先に行こう、と目前まで迫ったスライムに剣を振り上げた。


 大上段からの一撃に、不定形モンスターは驚くほど呆気なく両断され、光を撒き散らして消滅――しなかった。


「――、え?」


 次の瞬間、ヘキサが目撃したのは、弾力のある軟体に弾かれる大剣と、自身の左肩を貫通する鋭い針状の物体だった。


 一瞬、なにが起こったのかわからなかった。

 攻撃が弾かれたと認識した瞬間、細長い針が肩を貫いていた。見ればスライムの軟体の一部分が伸びて、細長い針のような形状に変化している。


 いままで体感したことのない激痛に、口から引き攣った声が漏れた。ふらりと身体が揺らぐ。蹈鞴を踏んだ拍子に肩から針が抜けて、真っ赤な血が傷口から噴出した。


 反射的に右手で肩を押さえるが、手の平から零れ落ちる血が皮の鎧を赤く染めた。しかもスライムの持つ能力なのか、傷口が酸を浴びたかのように焼け爛れている。


 半身を濡らす鮮血。ぜいぜいと犬のように舌を出して荒い息を吐き、全身にはびっしょりと嫌な汗をかいていた。


 痛い。痛い。痛い――。


 白熱した頭にはそれしか浮かばなかった。自分が置かれた現状も、目の前のモンスターのことも、痛みの衝撃で吹っ飛んだ。


 ああ、そうか。

 これが”はじめて”だった。


 傷を負うことはあった。しかし、精々それは切り傷の類であり、ここまでの激痛を伴う負傷はこれがはじめてなのだ。


 もはや戦闘どころではない。ここにいては駄目だ。早く逃げなければ一方的になぶり殺しにされてしまう。


 じりじりとゆっくり距離を詰めてくるスライムが、いまのヘキサには途方もない怪物に見えてしかたがなかった。


 喉の奥から声が零れる。ヘキサはその場に大剣を放り捨てると、雑魚と嘲笑ったスライムに背を向けて、脱兎の如く駆け出した。


 幸いにもスライムの動きは遅い。全力で走れば逃げ切れるはずだ。沸騰した頭で下したにしては、正しい判断だった。


 ――敵が一匹だけだったのならば。

 涙で歪む視界の端になにかが映った。そう認識したときにはすでに手遅れだった。


 いつのまにか死角から迫っていた別のスライムが、軟体を鋭い針状に変化させて襲ってきたのだ。

 右足を貫く半透明の針。右足を発せられる熱と痛みに、ヘキサは顔から地面に転倒した。顔面を地面に強打し、鼻から鮮血が滴った。


 足をやられてもう走ることができない。絶望が全身を支配する。この世界にきてまだ一ヶ月と経っていないというのに。ここで終わってしまうのか。


 脳裏をナビゲーターの言葉が過ぎる。

 ファンシーにはセーブもリセットもない。死んでしまえばそれで終わり。箱庭世界から永久に退場させられてしまう。


 血を流しすぎたからか。意識が朦朧とする。薄暗く明滅する視界には、こちらに近づく複数のスライム。さらに数は増えていた。見える範囲だけでも五匹はいる。


 視界の隅の自身のHPバーは、この世界にきてはじめて三割を切り、赤く点滅していた。加えて、傷口からの流血のためか、残された僅かなHPも緩やかにだが減り続けている。


 もう駄目だ――そう覚悟した刹那だった。横から直進してきた青い衝撃波が、その五匹のスライムをまとめて薙ぎ払った。


 燐光を残して消滅するスライム。呼吸一回の間に、すべては終わっていた。二度・三度と青い閃光が瞬き、ヘキサの背後にいたスライムも一掃される。


 目まぐるしい展開の変化についていけない。なにが起きたのかわからないヘキサは、最後の力で身体を捻ると背後を振り返り――そして見た。


 力強い後ろ姿だった。まるで存在感が違う。真っ白な髪に白いレザーコート。黒いマフラー(襟飾り)が風にはためている。


 それはまるで――。


 そこで限界だった。意識が落ちる。目蓋が勝手に閉じ、ヘキサは深い暗闇に転がり落ちるように気を失った。



 ……………………。



 …………。



 ……。



 目を覚ますと青い空が視界に飛び込んできた。心地よい風が吹き抜けた。青空をゆっくりと流れる白い雲をぼんやりと眺める。


 天気がよく陽光は温かい。こんな日に昼寝でもしたら気持ちいいんだろうなぁ、と寝惚け眼で考え、スライムに殺されかけた記憶を思い出し、一瞬で意識が覚醒した。


 背筋に氷柱を突き刺されるような感覚を覚えつつ、横たわっていた上半身を跳ね起こす。違和感にはすぐに気がついた。


「あれ……傷が……」


 ない。貫かれたはずの左肩と右足。痛みはなく傷跡もなかった。全損寸前だったHPも全回復している。ただ穴の開いた衣服。それに血で黒ずんだ皮の鎧が、夢ではなかったことを物語っていた。


 なんだ、これ? と頭の中がハテナで埋め尽くされたときである。傍で足音が聞こえて、頭上から声が降ってきた。


「お。ようやく目が覚めたか」


 反射的に伏せていた顔を上げると、青い双眸と目が合った。

 白髪に白装束。首元には黒い首飾り。左腕には小型の盾。腰の後ろに剣が収まった鞘が吊るされている。そのいでたちに束の間、気を失う直前に見た後ろ姿が重なった。


「ほら。これお前のだろう?」

「う、うん。ありがと」


 手渡されたのは投げ捨てた大剣だった。どうやらわざわざ拾ってきてくれたらしい。軽く頭を下げて、大剣を背中の鞘に戻す。


「しっかし、見事にやられたモンだな。俺が通りがからなかったら死んでたぞ」


 そのとおりだった。白髪の少年に助けられなかったら、確実に死んでいた。


「ひょっとして傷も?」

「まあな。……つっても、口にポーション突っ込んだだけだけど。――ああ。気にしなくていいぞ。どうせ余りモンだ。ポーチの中で腐らせるくらいなら、人助けに使ったほうがよっぽどマシだろ」


 言って、彼は笑った。

 対してヘキサはまた俯くと唇を噛みしめた。情けない。まさかスライム相手に死にそうになるとは。これでは先が思いやられる。


「そう落ち込むなって。ジェルはこの階層では最強の部類に入る。初心者がソロで勝てる相手じゃない。伊達に『初心者殺し』なんて呼ばれてないってことだ」


 ジェル。それがあのスライムの名前らしい。というか、いまなにやら聞き捨てならない言葉が聞こえたのだが。


「初心者殺し? スライムが……?」

「なんだ知らないのか?」


 白髪の少年曰く。

 スライム――ジェル種は軟体状のモンスターで、身体のどこかにある核を破壊しない限り、何度でも復活する特性を持っているらしい。半透明の軟体に浮いていた白い玉がそれである。


 一階層に出現するジェルの攻撃方法は軟体を鋭く尖らせる、もしくは体当たりだけと単純な物理攻撃だけなのだが、実はここに思わぬ落とし穴があったのだ。


 単純は単純でも軟体から繰り出される攻撃は出が読み難く、対処がし辛かったのである。

 これが動物や人型なら攻撃の予備動作を見てから対処も可能なのだが、人型とゲル状の軟体とではかってが違い過ぎた。


 考えてみれば当然だ。よほどの事情がない限り、プレイヤーの大半は現代の一般市民。ましてやそのときは、ペーペーの初心者である。

 初心者にそこまで求めるのは酷というものだ。


 さらにジェルの弾力のある軟体は強酸性であり、斬撃による攻撃に強く、魔法耐性も持ち合わせているため、初歩魔法では有効打になり得ない。


楽勝だろうという根拠のない考えのもと、ぷるぷる震えるジェルに突撃した結果、ヘキサのように返り討ちに合うプレイヤーが続出。


 結果、いつしかジェルは初心者殺しなどという、ちょっと洒落にならない呼び方をされるようになったわけである。


 長年のゲームの影響で、スライムは雑魚という印象が、脳に焼き付いてしまっているのも大きかもしれない。


「不運っていえば不運だったな。この界層でジェルが出てくるのはこの辺りだけ。しかも個体数も少ないってのに、よくあんな大群に出くわしたな」


 運がいいんだか悪いんだか、と肩を竦めて嘆息する。


「そうなんだ。知らなかった」

「誰も教えてくれなかったのか?」


 何気ない発言に言葉の刃が心臓を貫いた。どんよりとした空気を背負い、はははと乾いた笑みを浮かべる。


「……知り合いなんていないからね」


 そもそもここにきたのだって、半分はそれが原因なのだ。


「あーそう、か」


 地雷を踏んだと悟ったのか。白髪の少年は気まずそうに頬を掻いた。


「ところでこれからどうするつもりだ?」

「どうするって、なにを?」


 質問の意図が見えず訊き返す。


「ファンシーだよ。あんな痛い思いをしてもまだ続けるのか?」


 その言葉にヘキサは無意識のうちに左肩を押さえる。痛みも傷跡もないが、残滓のようにこびりつく不快感に顔を歪める。


 正直に言えば痛い思いをするのは嫌だ。もし、このまま探索を続けていけば、もっと酷い重症を負う危険も十分にあり得た。


 しかし――、


「続ける」


 真っ直ぐ白髪の少年を見上げてヘキサは言った。


「僕は止めない。このままやられっぱなしなんて嫌だ。こう見えても僕は負けず嫌いなんだ」

「まあ……それもアリ、か」


 ぼそりとつぶやき、白髪の少年はなにか考え事をするように頭上を仰ぐ。そして、こちらを見やるヘキサに言った。


「だったら俺が鍛えてやろうか?」


 思いがけない言葉だった。きょとんと目を点にしていると、口の端を曲げる白髪の少年と目が合った。


「ここで会ったのもなにかの縁だ。俺でよければ戦い方教えてやるよ」

「本当にいいの?」

「せっかく助けてやったのに、あっさり死なれちゃ後味が悪いからな。基本的な知識は一通り叩き込んでやるさ」


 なんだろう。なにかトントン拍子に話が進みすぎている気もするが、ここで断る選択肢はヘキサにはなかった。なにしろ一度死に掛けているのだ。白髪の少年の申し出を謹んで受け入れる。それに個人的にも彼ともっと話がしたかった。


「決まりだな。しばらくの間よろしくな。――と。そういや、まだ名乗ってなかったっけ。俺はデュ――ラン。デュラン、だ。お前は……?」

「僕はヘキサ。よろしく。デュラン……さん」

「呼び捨てでいい。俺もそうするから」


 わかった、そうすると頷く。


 ――確かに黒髪の少年の命運は、この出逢いにより大きく変わることになる。それがいかなる結果をもたらすのか。


 二人はまだ知らない。

 知る術を持ち合わせていなかった。






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