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Re:Talk+  作者: 祐樹
第二部 【幻影の翼】
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第九章  兆しと翳り(4)





 記録石から光が消える。外的な変化はないが、映像の再生終了と同時に、保存されていた情報が初期化されて消滅した。


 決して安い買い物ではないだけに、一回だけの再生は割りに合わない気はするが、この映像は気軽に公開していいモノではない。


 中身を見てしまった以上は、納得せざるを得なかった。


 衝撃的な映像だった。殺人鬼A。噂はあちらこちらで目にし、耳に入ってきていたが、実物があそこまで極まっていようとは思っていなかった。


 この手の話はあることないことで、大げさに誇大表現されていると相場は決まっているのだが、Aに限っては噂話のほうがヌルいときている。それは実物を目撃したプレイヤーの口も固くなるし、噤みたくもなるというモノだ。


「……そもそも本当にAはプレイヤーなんですか?」


 だからこそ、ふとそんなことが頭に浮かんだ。


「カーソルの色が無色ってことは、プレイヤーだって確証はないんでしょう。だったらあれは、プレイヤーではない可能性もあるんじゃ……」


 それはあんなモノをプレイヤーと認めたくないからなのか。あるいは自分があれの同類と云われるのが堪えられないからか。


 咄嗟に口を吐いた言葉だったが、よくよく振り返り考えてみれば、あながち的外れな意見ではないように思えた。


「なら、ヘキサはAをなんだと思うの? あの殺人鬼を」

「特殊クエスト専用のNPCってのはどうかな。カーソルが無色なのもそのためで、姿を消したのは攻略フラグを知らずに誰かが踏んだから、とか」


 矛盾を無視した強引な推論だったが、要点は抑えている気がする。少なくとも考察の一つとしては有りではなかろうか。


「ふむ。確かにプレイヤーだと断言する証拠はない。ヘキサ君の考えが実は正解の可能性も有り得るかもしれない」


 実際にそうした意見もあるにはある。ならば何故Aがプレイヤーである、と一般的にされているかと言えば、それは――


「心さ。狂気じみた言動。壊れた歯車の如き挙動。常軌を逸してはいるが、それも”心のある人間”故だとも言える」

「それならNPCにだって」

「単純な話だよ。”NPCは他者に対して敵意はあっても悪意はない。プレイヤーに害を成せるのは同じプレイヤーだけ”なのさ。まったくもって情けない話ではあるがね」


 プレイヤーキラーがまさにそれである。同族を殺すことに執着するPK。ゲームの楽しみ方は人それぞれ。であれば、誰にも文句は言わせない、と他者を無視した独りよがりな遊び方。そう考えるのはプレイヤーだけだと暗に語る。


 自身がそうであると認識されているだけに、ヘキサは身につまされた。


「それにNPCには致命的な欠陥――いや、意図的な欠点があるではないか。無意識下で行動を束縛する禁則事項。あれがある以上、Aのような暴挙にでるとは考えにくい」


 例えば件のクエストの老人のように。自分の意志で行動していると本人は思っていても、あずかり知らぬところでなにかの影響を受けている。


「目的も理由もない凶事がクエストに関連しているなど、それこそNPCの行動原則に反しているとは思わんかね?」


そう言われてはヘキサに返す言葉はなかった。結局、胸のつっかえを取ることはできなく、蟠りはより強いモノになっていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「少し待ちたまえ」

「なんですか? まだなにかありました?」


 店を出ようとしたヘキサはその声に足を止めた。まだなにか用があるのか、と小首を傾げながら訊ねる。


「ある。君にではないが」


 するとクライスは意外なことを口にした。視線をヘキサから黒髪の少女に移すと、眼鏡の縁を押さえながら言った。


「リグレット君。”例の件”の報告がまだだったが、いま時間はあるかね?」


 一瞬、リグレットは彼の問いかけに眉根を寄せる仕草をし、すぐに合点がいったとばかりに大きく頷いて見せた。


「ええ、そうだったわね。私としたことがすっかり忘れてたわ。……ヘキサ。先に行っててくれるかしら」

「それはいいけど……リグレットって、クライスさんと知り合いだったっけ?」

「それがなにか?」

「……いや、別になにもない。なんなら待ってようか?」

「そっちの娘たちにも悪いからいいわ。後で連絡するから」

「……わかった。先に行ってる。カシス。リンス。行こう」


 外套のフードを目深に被り直し、ヘキサは二人の少女を伴ってクライスの店を後にした。静かにドアを閉めると、地平線の彼方へ消えようとしている夕日に手を翳す。


 予定よりも長居したようだ。もう日が落ちかけて、夜の帳が迫っている。


「ヘキサ様はこれからどうなさるのですか?」

「さあ、どうしようか。……まずは飯かな」


 よくよく今日一日を思い出してみると、まともに飯を食べた記憶がない。一日中ドタバタしていたからだが、そうだと意識した途端、妙に腹が空いたように感じた。


「それがいいっす。どこかで食べながら、リグレットを待つっすよ」

「ンじゃ、とりあえず移動しよう。できれば余り人がいないところにさ」


 フードを手前に引っ張る。ただでさえ目立つ二人がいる状況で、人ごみの中を歩く気にはなれなかった。万が一、正体が露見すれば飯どころではなくなってしまう。


 そこいら辺の事情は当然、彼女たちも把握しているワケで、彼の意見に従うようにして、三人は人の少ないほうへと歩き出した。


 適当にぶらぶらしながら空いている店を探そうと、彼らは他愛のないことを話しながら歩く。もっとも、主に喋るのは少女二人組みで、ヘキサは合間で相槌を打つ程度だったが。


 相槌を打ちながらヘキサは思案する。

 自分のこと。Aのこと。リグレットのことを。


 思えばヘキサはリグレットのことをなに一つとして知ってはいなかった。彼女と行動するようになって何ヶ月も経つが、その割に把握していることはもの凄く少ない。


 私生活――自分と一緒ではないとき、彼女がなにをしているかなどまるで知らない。クライスといつ知り合ったのかも不明なら、そもそもリグレットが自分以外といるところなど、一回も見たことがない。


 期間限定とはいえ曲がりなりにもパートナーと言いながら、実際のところ彼らの距離感はむしろ他人のそれである。


 あえて苦言を呈するのならば仕事だけの付き合い。言ってしまえば事務的なのだ。まあ、そんな当たり前のことに対して、いまさら疑問を抱くこと自体がすでにおかしいのだが。


 なんというか自分にとって、彼女は空気のようなモノなのだ。居ても居なくても――ではなく、居て当たり前の存在。故にいままで疑問を持つことすらなかった。


 最初の出逢いの瞬間から、彼女には抵抗を感じなかった。むしろ、懐かしいとすら感じた。あるべきモノが戻ってきた。そんな甘い感覚を――



「――よう。”相棒”」



 反応が遅れた。回想に耽っていたため不覚にも、ヘキサは耳朶を叩く音の連なりに硬直してしまった。いままで考えていたすべての事柄が、その一言で木っ端微塵に砕けた。


「やっと見つけたぜ。ったく、余計な手間かけさせんなよ。こっちがどんだけ街中探し回ったと思ってんだ」


 瞳孔が窄まる。視線が舗装された通路の反対側に立つプレイヤーに固定された。軽装鎧にローブを組み合わせた赤と白の装束。ボサボサの金髪を掻きながら、三白眼を愉快気に細めている。


「ま、それは置いといて。久しぶりだな、ヘキサ。元気にしてたか」


 口に咥えた煙草から紫煙を燻らせる。


 まるで無二唯一の親友に話しかけるような砕けた口調。いつかの日のように変わりのない姿に、噛みしめた奥歯が鈍く鳴った。


「どうして貴方がここに……ッ!!」

「おいおいなんだよ。どこかで見た顔が揃ってるじゃないか。ちょうどいい。お互い積もる話もあるだろうし、これから晩飯でも食いにいかね? 昔話なんて俺たちらしくもないが……たまにはいいだろう」

「ナ、は……おま、ふざけッ」


 目の前が赤一色に染まる。怒りに呂律が回らない。視線は禍々しく歪み、道路越しの少年以外のモノはすべて思考から削ぎ落とされていく。


「――ッ!? 待つっす!!」


 静止の声もいまのヘキサには聞こえてはいない。反射的に伸ばされた彼女の手は届かず、虚しく空を掴むことしかできなかった。


「ナハトォォォォォ――ッ!!」


 ここが街の真っ只中だなんて情報は、彼の頭からは綺麗サッパリ蒸発していた。


 雑音を削ぎ落とす。白熱する思考。止まらない殺意。胸に溢れる衝動に突き動かされて、白髪の少年は眼前の少年に襲いかかった。








 どうも、祐樹です。


 遅くなりましたが九章はこれにして終了です。

 ようやくAとナハトが出せました。そして相変わらず話が進んでいません。どうしてこうなったし。


 次章はナハト遭遇戦と久しぶりに現実での話になります。いい加減、現実の方の話も進めないといけませんしね。


 

 感想や意見などは随時受け入れています。

 では、今回はこれにて失礼します。




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