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Re:Talk+  作者: 祐樹
第二部 【幻影の翼】
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第八章  闇の胎動(4)





「――はあぁ?」


 白髪の少年の呆けた声が、フロアの静まっていた空気を震わせた。それは同時にパーティメンバーの心理を表現したものでもあった。


 フロアは石壁とは違い黒い石で造られていた。等間隔に配置された篝火からは青白い炎が火の粉を散らし、室内に長い影を落としている。


 結局、一度もモンスターに遭遇することなく、ヘキサたち一行は地下迷宮の最深部に到達した。拍子抜けしたモノを感じながらも、装備とアイテムのチェックをして、飢魂の水晶球が安置されているフロアに侵入。


 そこで彼らを待ち受けていたのは、飢魂の水晶球を守るボスモンスターの”遺骸”だった。そう遺骸。即ち、死体である。


「ヘキサ様。これは……」

「わからない。とりあえず近づいてみよう。ボスから注意を逸らすなよ」


 困惑するメンバーにそう言い、ヘキサはフロアの中心に横たわる死体に近寄った。念のため武器は抜いたまま周囲に注意を払う。


 一歩ずつ足元を確かめるように、慎重に前へと進み、死体の手前まできたがリアクションはなにもなかった。新たにモンスターが出てくる気配もない。フロアに変化が起きないことにヘキサは、改めて目の前に骸を晒すモンスターに注視した。


 死体にはモンスターを示す、黒いカーソルが重なっている。ネクロモーフ。それがこの物言わぬ死体の名前だった。


 捻じ曲がった二本角を生やした牛の頭部。黒い毛に覆われた筋肉質の四肢。尻尾の先端に鋭い針がくっついている。傍らに転がっている大鎌の刃には、双眸を見開いたまま事切れた、ネクロモーフの牛顔が映っていた。


 そして、冷たい石の床に倒れ伏すネクロモーフの頭上に表示されたHPバーは空っぽ。一ドットも残されていない。完全にゼロだ。


 どういうことだ? かつてない事態に戸惑いを隠せない。このゲームをはじめてから二年以上が経つが、こんなことははじめての経験だった。


 事態がまるで掴めない。ダンジョンにモンスターがいないことといい、既にボスが死んでいるなど、一体なんの冗談なのか。


 前者はまだいい。老人の言葉との差異こそあれ、まだ許容範囲内ではあった。だが、後者はどこからどう考えても異常でしかなかった。


 死体が消えずに残っているなど、ファンシーのシステム的に考えてありえないからだ。HPがゼロになり死んだモノは、プレイヤーやモンスターを問わずその時点で生命子に還元されて実体を失う。


 それがこの世界における大原則。システムの根幹に食い込む法則である以上、そうそう簡単に覆るはずはない。


「バグっすかね?」

「どうかしら? 聞いたことはないけど」


 運営――誰も見たことはないが――の管理能力が優れているのか、この手のMMORPGにありがちな不具合の類は、少なくとも実感できる範囲内では過去に一度もなかった。仮にこれがバグだとするのならば、目に見える不具合はこれがはじめてである。


 そもそも消えないのがバグだとして、ネクロモーフを倒したのは誰だ。自分たちが一番乗りなのだから、プレイヤーではないはずだ。それともこれもバグだというのか。


 背筋がピリピリと粟立つ。


 理由は不明だが凄く嫌な予感がした。例えるならば凶暴な猛獣の前で棒立ちなり、しかもその危機を自分が認識できていない。そんな感じだ。


 特に自分の予感は悪いときに限って当たるという、過去の事例に基づく事実が、胸騒ぎに拍車をかけている。


「……飢魂の水晶球はどこにある?」

「多分あれだと思います。向こうの台座の上です」


 死体から視線を外し、フロアの奥にある台座を見る。古めかしい装飾がされた台座の上には、濁った色をした水晶球が置かれていた。


 水晶球から垂れ流されている澱みは、それが禍々しいモノであると証明しているようだった。他にそれらしいモノも見当たらないし、この水晶球が目的の代物なのだろう。


 今回のクエストの目的は飢魂の水晶球の破壊。ボスモンスターは障害でしかない以上、倒す倒さないはクリアに関係ない――はずである。


 右手の剣はそのままに、取り出した古びた短剣を左手に構える。いまだに状況は把握し切れないが、とりあえずクエストだけは完遂しよう。


「カシス。転移石の準備しててくれ。リグレットとリンスもいつでも撤退できるようにしていてくれ。どうも嫌な予感がする。ぶっ壊したら速攻で脱出するぞ」

「ヘキサの嫌な予感とか……もう、悪いこと起きるの確定じゃないっすか」

「本当に、ね。どうしてそうフラグを立てたがるのかしら」

「お二人とも酷いですよっ。ヘキサ様だって好きで、悪い予感だけ的中させているわけではありません。そうした境遇に生まれついてしまったので仕方がないんです」


 当然のように肯定された。自分がどういった目で見られているのかを再確認し、やるせないものを感じながらも、ヘキサは短剣を振り上げた。


「やるぞ」

「ええ。いつでもどうぞ」


 その言葉を合図にして、飢魂の水晶球に短剣を振り下ろした。錆びた刃が抵抗なく水晶球に突き刺さり、刀身を基点にして無数のヒビが生じた。


 切れかけの豆電球のように明々した直後、飢魂の水晶球は甲高い破砕音をフロアに響かせて、あっさりと砕け散った。同時に役目を終えた短剣も霞むように消失してしまった。


「……なにも起きないな」


 周囲に変化は見られない。静寂を保つフロアを見回し、ヘキサは肩透かしを食らった心境だった。案外、飢魂の水晶球の破壊がなにかしらのトリガーになるのでは、と内心では考えていたのだが、どうやら自分に思い違いだったようだ。


「ヘキサの予感が外れるなんて珍しいっすね」

「明日は雷かしら」

「もうっ。カシスさん、リグレットさんまで!」


 背後のやりとりに脱力しながらも、随分と柔らかくなった彼女たちの雰囲気に苦笑する。


 最初の衝突から短時間でよくこれだけ改善したものである。それを考えれば多少の野次も我慢できるというものだ。そう思っておくことにした。


「はいはい。雑談は帰ってからな。カシス、転移石を――ッ!?」


 ざわりと空気が戦慄いた。


 弾かれたように振り返る一同の目の前で、それは突如として姿を現した。ずるりと壁を貫通して、手が伸びていた。怠慢な動きで石壁から身体を引き抜いたそれは、長躯を猫背に丸めながらこちらを見やった。


 一言でいうならばそれは影だった。厚みを持たない人型の影。まるで子供の落書きだ。黒のクレヨンで乱雑に塗り潰したかのような、不恰好な影が次々に現れだした。


 オオオォォオオォ。耳にするだけで不快になる低くて重い怨念の声が、フロアの至るところから木霊する。


 全員が顔をしかめている。出現する影の数がどんどん増えていく。壁だけでなく床や天上からも際限なく沸いてきている。


「なんだ……どこから沸いて……?」


 耳障りな声もそうだが、それ以上に彼の表情を歪める要素があった。突如として現れた対象にスキルが反応して、複数のカーソルが表示された。


 視界を彩るカーソルの色は――


「な――”透明”なカーソルだって!?」


 黒い影に透明なカーソルが引っ付いている。


 当然のことながらファンシーには無色のカーソルなど存在していない。プレイヤーの青。NPCの緑。モンスターの黒。犯罪者プレイヤーを示す、紫と赤色のカーソル。それがすべてである。他の色、ましてや無色のカーソルなんてありえないことである。


 またしてもシステム外の現象だった。まるでシステム側が影の『属性』を判別しかねているかのようであった。


 おまけに本来なら頭上に表示されるべきHPバーもなければ、名前も表示されていない。【識別】スキルも沈黙している。


 ただ一つだけ確かなことがある。それはこの影どもが惑うことなく、自分たちの”敵”だということである。内側から滲み出ている負の思念が如実に物語っている。


「これは一体、どうなっているんですか!?」


 身体を引き摺りながら迫る影。ネクロモーフの死体を避けようともせず、骸を這い上がる影に嫌悪感が増す。


「カシス! 転移石を使え、逃げるぞ!」


 得体の知れない敵にわざわざ付き合ってやる理由はない。当初の予定通り撤退しようとして、カシスの焦りを含んだ声色が耳朶を打った。


「駄目っす。さっきからまったく反応しないっすよ!?」


 彼女の手の中にある転移石は、ウンともスンともいわない。何度トリガーボイスを口にしても、発動する気配はなかった。


 妨害されている? 誰に……こいつらにか?


 怨念を撒き散らす影の群れを一瞥する。影からは知能が感じられなかった。まるで生ける者を奈落に引き摺り落とす死者だ。


「これは……まさか、アンノウン? でも、どうしてこんなところに……」


 ぽつりと零れ落ちてきた言葉が聞こえた。反射的に横を見れば黒髪の少女が、険しい表情で影を睨みつけている。


「くるっすよッ!!」


 言葉の意味を問う猶予はなかった。ヘキサたちは各々の武器を構えて、正体不明の敵を迎え撃った。





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