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Re:Talk+  作者: 祐樹
第一部 【青空と真夜】
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第五章  踊るように戯れろ(3)






「――むう。ねえ、デュオ。……この人、自己回復系のスキルかアビリティなんて持ってるのかしら?」

「いや。オレは知ってる限りはないはずだ」

「そっか。……でも、おかしいわね。だったらどうしてかしら?」


 遠くで声がした。水を挟んだような曖昧な響きだった。


「この人の傷、私の治癒とは別で勝手に回復してるみたいなの」

「へ? マジでか」

「ええ。効果自体は微量みたいだけど」


 ぬるま湯に浸かっているような心地よさが全身を満たしている。特に後頭部を包む柔らかな感触が最高で、できることならずっとこうしていたいくらいだった。


「あの……それでヘキサは大丈夫なのですか?」

「ええ。心配ないわ。傷は塞いだし、枯渇していた生命子も安定域まで補充したから。……でも、今後は気をつけてね。自分でいうのもなんだけど、私がいなかったら間違いなく死んでたわよ」

「まったく無茶するヤツだな。コイツ10界層クリアしたばっかりなんだろ。半分死にかけとはいえ、ミノタウロス相手に単独で突っ込むなんてよ」

「ってか、そもそもナハトが殺し損ねたのが原因なんだよな」

「おいおい。ワケは話しただろう。カイリの反応を発見して、そっち優先したって。そうしてなかったら、コイツとそこの嬢ちゃん、アイツにバラされてたトコだぜ」


 このままたゆたっていたいと思う意志とは裏腹に、身体のほうは目覚めようとしていた。曖昧だった感覚が収束し、意識が浮上していくのが感じられた。


「ふうん。……っで? その肝心のカイリはどうしたんだよ」

「オレに恐れをなして、尻尾巻いて逃げちまったぜ」

「つまり逃がしたと? ふうっ。これはデュオと一緒にお仕置きかしら」

「勘弁しろよ。オレはどこぞの誰かさんと違って、イジメられて悦ぶような趣味は持ち合わせてないぜ」

「おい。その誰かさんって、俺のことじゃないだろうな」

「自覚症状アリならそうなんじゃね」

「はいはい。そこまでっ。怪我人の前で喧嘩しない!」


 パンパン、と手の平を打ち合わせる音がした。それをきっかけにして、寝ぼけていた頭が急速に覚醒する。


「大体、それを言ったらお前だって、レイヴンとパメラを捕り逃したじゃねぇか。しかも二人がかりで。そこんトコ、どうなのよ。ドンキホーテさんよ?」

「その名前で呼ぶな。……仕方ないだろ。あの馬鹿、元素爆弾持ちだしてきたんだから。起爆を止められなかったら、被害がエラいことになってたぞ」


 目を開く。まず視界に飛び込んできたのは、白い雲と青い空。そして、逆さまになった金髪の少女の顔だった。


「起きましたか」

「らいら……? あれ、ここは……」


 状況が理解できずに困惑の表情を浮かべると、ぼんやりとした眼差しでライラの整った顔を眺める。

 と、そこでどうして彼女の顔が逆なのだろうかという疑問を抱き、後頭部の柔らかな感触に彼は顔を真っ赤にした。


 膝枕である。いまのヘキサは地べたに座ったライラの膝の上にいるのだ。


「ちょ、ま……ッ」


 慌てて上半身を起こそうとし、引き攣った痛みに動きが止まった。おまけに貧血のような立ち眩みを感じ、またしてもライラの膝の上に逆戻りしてしまった。


「こらっ。無理しないの。いくら傷を塞いだからって、さっきまで重傷だったのよ。しばらくは安静にしてなくちゃ駄目だからね!」

「え……は、はい。わかりました」


 知らない少女だった。白いクロークを纏った少女の、やんちゃな子供を叱るような口調に、ヘキサはこくこくと頷いた。


「無事――ではないか。まあ、大事にならなくて安心した」

「デュラ……じゃない、デュオ。それに……」

「よう。また会ったな」


 デュオとナハトを交互に見る。彼らがここにいるということは、街は救われたのだろうか。表情からなにを言いたいのかを読み取り、デュオがやんわりと口を開いた。


「モンスターはあらかた倒した。残りもすぐ片付く。レイヴンたちは逃がしちまったが、当面の危機は去った」

「そっか。よかった」


 ほっと安堵の吐息を吐く。

 安心して張り詰めていたモノが切れたのか。またしても睡魔が押し寄せてきた。ふわっと欠伸をすると目を擦った。


「ごめん。ちょっと眠いから寝る」

「そうですか。では頑張ったご褒美に、膝枕をしていてあげますよ」


 優しく黒髪を撫でられる。こそばゆい感覚に目を閉じると、そのままヘキサは深い眠りに誘われた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 爽やかな風を全身に受け、ヘキサは大きく伸びをした。

 一週間も寝たきりの生活をしていたため、すっかり固まってしまった身体をほぐしながら、眼前の街並みを眺めた。


 レイヴンたち≪ナイトメアシンドローム≫の襲撃により破壊された街は、驚異的な速度で元の風景を取り戻しつつあった。


 裏路地の建物や外装などは破壊されたままだが、主要な施設の機能は早くも回復していた。白髪の少年曰く、ドゥナ・ファムのような拠点となる大規模な街の場合、NPCの手によって速やかに復元されるらしい。


 逆にフィールドに点在する村や小規模の町が、なにかしらの理由で破壊されたときは、復元されることなく、そのまま放置されるとのことだ。


「もう寝てなくてもいいのか」


 背後から近寄ってきたデュオが、ヘキサの横に並ぶと聞いてくる。


「うん。ようやくライラの許可がでたんだ。大分よくなったから、出歩くくらいならいいってさ。迷宮に戻るのは、まだ先になりそうだけど」


 あの日からヘキサはライラと、ひとつ屋根の下で暮らしている。

 店の修理の目処が立たないため寝るところがなく、また彼の看護もしなければとのことで、連絡なしで転がり込んできた――以前の宿屋は半壊したため、別の宿屋に引っ越した――のである。


 もちろん、テンパったヘキサは拒否した。お金をだすから別の部屋を、という意見は一言で断たれ、他の意見も受け入れてもらえず、半ば押し切られる形で了承してしまったのだ。


 当初は夜も眠ることができず、このままでは衰弱死するのではと、本気で危惧したものだが、人間は慣れる生き物らしい。


 いまではどうにか折り合いをつけて生活している。


「そっちは?」

「俺? 俺は……あれだよ。あれがあれしてあれだったさ」


 あれとはなんだろうか。そう思わずにはいられなかったが、虚ろな表情で青ざめるデュオを見ると、訊かないのが優しさなのかもしれない。


 だからヘキサは変わりに、この一週間ずっと気になっていたことを訊ねることにした。


「これからデュオはどうするの?」

「戻るよ」


 それはヘキサの想像通りの答えだったが、彼自身の口から実際に聞くと、やはりショックは隠せなかった。


「見つかったからな。戻らないと色々と面倒なことになるんだよ」

「……それじゃあ仕方ないね」

「本当はもうちょい、隠居生活をしてたかったんだけどな。……そういや、ヘキサにはまだ、俺がここきた理由を話してなかったっけ」

「いいよ。別に話さなくても」


 少なからずいまの生活を気に入っていた。彼がそう思っていてくれたならそれで十分だ。理由を訊く必要はない。


 そっか、と言葉を洩らすと口を噤む。

 お互いに口を閉じ、会話のない時間が続いたが、不思議と嫌な感じはしなかった。たまにはこうした時間の使い方もいいかもしれない。


 なんてことを考えていると、ふいにデュオが口を開いた。


「なあ、ヘキサ。俺と一緒にこないか?」


 それは思わぬ提案だった。

 ヘキサの想像にはなかった提案である。デュオとはここでお別れだと考えていただけに、彼の言葉は強く黒髪の少年を揺さぶった。


「お前にとって悪い提案じゃないと思うぞ」

「でも……僕のレベルだと迷惑なんじゃ」

「心配するな。そこは問題ない。ちゃんと許可をもらっている。この件に関しては、他のみんなも了承済みだ」


 ここまでお膳立てしていてくれているのならば、答えは決まったようなモノだった。デュオと一緒に行けば、ソロで行動するよりも遥かに早く成長できるだろう。


「一緒に行こう、ヘキサ」


 差しだされる手。後はその手を掴めばいい。それだけで強くなれる。なによりも、これからも彼と冒険ができる。一人にならずにすむのだ。


 ゆっくりと手を伸ばし――デュオの手を掴むことなく、ヘキサは伸ばした手を引っ込めると、申し訳なさそうな表情して言った。


「誘ってくれたのは凄く嬉しいけど……やっぱり止めとく。自分の力だけで強くなりたいんだ。デュオと対等な立場になるためにも」


 ミノタウロスと戦ってわかったのだ。自分はデュオに甘えすぎていた。彼に着いて行って強くなっても、それは本当の意味での強さではない、とそんな風に考えたのだ。


 贅沢すぎる悩みだと呆れられるかもしれないが、これだけでは譲れない。自分にとっての目標に辿りつくために。


「せっかく誘ってくれたのにゴメン」

「……謝ることじゃないさ。ヘキサがそう決めたなら、それでいいんじゃないか。自分の信念に従えばいいさ」

「だから待っててよ。必ずデュオに追いつくから。そしたら今度はパーティの仲間として、一緒に冒険しよう」


 言ってから照れたように頭をかくヘキサに、デュオもまた苦笑した。


「なら、早く追いつけ。そうじゃないと、先にどんどん進んじまうぜ」

「もちろん。すぐに追いついてみせるっ」

「おう。待ってるぞ」


 餞別の言葉を残し、白髪の少年は踵を返した。黒い襟飾りが風に煽られ、白いレザーコートの裾が翻った。


「行くの?」

「ああ。――じゃあ、”また”な」

「うん。またね」


 別れは簡潔に。湿っぽさは必要ない。最後に一言だけ言葉を交わし、二人の進む道が分岐した。再び交わるかどうかは彼ら次第だ。長い別れになるかもしれない。少々ハードルはキツいが、目指す目標は高いくらいがちょうどいいだろう。


 目標は遥かに遠く、いまは足元すら見えない。しかし、諦めなければ道は開けるかもしれない。すべては自分の意志一つ。


 辿りつくべき背中を目指し、黒髪の少年の戦いがはじまった。



 ――そして。



 ……………………。



 …………。



 ……。



 ”奴”を殺そう。

 パーティの誰が言いだしたかはわからない。しかし、その提案がだされたとき、パーティの全員が頷いていた。拒否する者はいなかった。


 彼らは≪聖堂騎士団≫に所属するプレイヤーたちである。

 ≪聖堂騎士団≫は三大ギルドの一角を担う『王城派』のギルドであり、ここに所属することは一種のステータスであるといっても過言ではない。


 これで自分たちも一流の仲間入りをした。所属が決まったとき彼らはそう考え、それが間違いであると気づくまでに、そう時間はかからなかった。


 彼らが訪れたのは、千界迷宮70層『砂塵の墓場』。名前が示すとおり、界層全体が砂漠で構成されているのが特色である。


 目的はこの界層のフィールドに存在する、オアシスのダンジョン。そこに棲息する植物型のモンスター、マッドプラントである。


 より正確にいうのならば、マッドプラントが低確率でドロップする黄色い花の収集が、ギルドから彼らに与えられた役割だった。


 マッドプラントが落とす黄色い花は、高品質の魔法薬の原材料になる。噂では現在の最前線である80界層の攻略が、そろそろ佳境に入ったと聞く。


 ボスとの戦闘を目前にし、準備を整えておこうということなのだろう。彼らのほかにも多くのメンバーが、それぞれのアイテムの回収を命じられているのだ。


 結局、彼らは≪聖堂騎士団≫の中の下っ端にすぎないのである。上の下。それが自分たちに対する評価だと、彼らが一番よく理解していた。


 ボス攻略などの重要なときには招かれず、今回のような人手が必要なときだけ召集されるのが、如実にそれを物語っている。


 最前線より10界層下ではあるが、『砂塵の墓場』の攻略難易度は決して低くはない。低くはないのだが、仮にも『王城派』である彼らにとって、なんだか物足りなく感じるのは当然だった。


 経験値が美味しいわけでもない。レアアイテムがドロップされるわけでもない。ただ言われたことをこなすだけの単純な日常だった。


 レベルが低いから重要案件で召集されない。召集されないから、どうでもいいときだけ呼びだされて、レベルが上がらないし装備も整わない。この悪循環である、


 一時は嫌気が差して≪聖堂騎士団≫の脱退も考えたが、それでは今度は本当に孤立してしまう。そうなればいまの位置を維持することすら難しくなる。


 『王城派』に属するプレイヤーの大半が、なにかしらの形で三大ギルドに関わっているのは、それが自己を強化する手段として最善だと判断しているからだ。


 ソロが通じるのは中界層まで。高界層でソロなど自殺行為でしかない。――もっとも、極一部分はその限りではないのだが。


 なんにせよ、つまらないダンジョンにつまらない任務。機械的な狩りに辟易しているときに、それは彼らの前に突如として現れた。


 それは彼らがその日のノルマを達成し、帰路につこうとした直前に起こった。事前に決めてあった集合場所に集まり、解散しようとした彼の目に映ったのは一人の少年だった。


 血のように赤いカーソル。白髪に赤い瞳。白いレザーコートを身に纏い、腰の後ろに鞘を吊るし、左腕に小型の円形の盾を装備している。


 何故”奴”がここにいるのか。理由は皆目検討もつかなかったが、チャンスであることには変わりなかった。


 もしここで”奴”を殺すことができたのならば、自分たちは一気に有名になれる。≪聖堂騎士団≫の幹部席だって夢ではない。


 幸い向こうはまだ、自分たちに気がついていないようだ。距離が離れていることと、こちらの隠蔽結界とで、【索敵】スキルが反応していないのだろう。


 遠くで見る限り”奴”は一人で行動しているようだ。一方、こちらは四人一組のパーティが五組。二十人いる。


 やってやれないはずはない。彼らは背後から”奴”を強襲し――直後、二人が『喰われた』。なにが起こったのか正確に把握できた者はいなかった。


 何故か”奴”が自分たちの背後にいて、仲間の二人が地面に倒れていた。身体が揺れていいるので、死んではいないようだ。


 いつ間に抜いたのか、”奴”の右手には片手剣が握られていた。刀身は血に濡れ、不気味な雰囲気を発している。退けば見逃す。無機質な赤い瞳がそう言っているようで、激昂した彼らは各々の武器を振り上げて、”奴”へと突撃した。


 結果からいえば勝負にすらならなかった。それは一方的な蹂躙だ。

 ”奴”と対峙して五分と経っていないのに、立っているのは二人だけだった。後は地面にうずくまり、呻き声を洩らしている。


 その二人のうちの片方も、腕を切断され戦闘不能になった。


 朱の線を引き空中に跳ね飛んだ腕を、おもむろに”奴”が掴まえた。”奴”の手の平の中で、腕の輪郭が崩れ、淡い光に変換される。輝く粒子は緩やかな螺旋を描き、残滓も残さずに”奴”の身体に吸収された。喰っているのだ。生命子を。


 本来、同類であるはずのプレイヤーの命を喰らい、自分の糧にしているのである。


 あまりにも非常識。

 あまりにも理不尽。

 あまりにも出鱈目。


 自分たちを馬鹿にしているとしか思えない、不条理の塊がそこにはいた。こんなプレイヤーが存在しているなど信じたくなかった。


 ああ――だからなのか。

 自分たちが所属する≪聖堂騎士団≫をはじめてとし、名だたるギルドが”奴”を抹殺しようと躍起になっているのは。


 いまのいままで彼は、それを大げさと感じていた。たった一人のプレイヤーにそこまでこだわるなど、時間と労力の無駄だと呆れていた。


 だが、違った。正しかったのはギルドのほうだった。”奴”は存在してはいけないプレイヤーなのだ。それをまざまざと思い知らされた。


 10万人の憎悪と嫌悪の象徴。

 同胞殺しの悪鬼。

 殺人鬼Aの後継者。

 現在の箱庭世界においてもっとも凶悪なプレイヤーキラーにして、その首に最高額の賞金を懸けられた狡猾で残虐な殺戮者。


 即ち――、


人喰いマンイータ、ヘキサッ!!」


 憎悪に濡れた声に答えることなく、白髪の少年は振り上げた剣を無慈悲に振り下ろした。






 第一部【青空と真夜】 -了-






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