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Re:Talk+  作者: 祐樹
第一部 【青空と真夜】
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第四章  誰がための剣(3)






 すでに大半が避難をした後なのか、街は無人でまるで廃墟のような有様だった。否、事実として街は大部分の機能を失っていた。


 建物は破壊されて中には原型を留めていないモノもある。綺麗に舗装されていた地面は、あちらこちらが抉られ穴ぼこだらけで、走りづらくて仕方がなかった。


 さらに最悪なのは、街を囲うように配置された七基の結界発生装置タリスマンのうち、五基が破壊されて、結界の機能が消失してしまっていることだ。


 タリスマンは云うならば、ライラが使った錆色の金属板の強化版である。

 障壁には外部からのモンスターの侵入を遮断する効果と、なにかしらの手段で内部に持ち込まれたモンスターの能力を低下させる効果がある。


 これによって万が一、モンスターの進入を許してしまった場合でも、被害を最小限にすることができるのだ。大規模の街には必ず配置されている装置であり、複数の機構を共鳴させることで街そのモノを包む、巨大な障壁を展開させられるのだ。


 ヘキサも見た最初の爆発は、この結界発生装置を破壊するためのモノだったらしく、七基中三基が大破、二基が中破状態にある。


 一基や二基ならば他の装置で一時的に代用することも可能なのだが、流石に半分以上が動かないとあっては、結界を維持するのは不可能だった。


 犯人は間違いなくレイヴンだろう。さっきのカイリも一枚噛んでいるかもしれない。どちらも推測の域をでない考えではあるが。


「……くそがっ」


 荒々しい罵りを抑えることができない。

 それは街をめちゃくちゃにした犯人に対するモノであり、情けなくて不甲斐ない自分自身に対する怒りでもあった。


 カイリに殺されかけたとき、ナハトが現れなければどうなっていたのか。答えなど推測するまでもなく明白だった。


 助けると言っておいて、結局自分は誰かに助けられてばかり。助ける側の人間ではなく、助けられる側の人間だと、嫌というほど認識させられた。本当に彼女を無事にマリーゴールドまで運べるのか疑わしく感じられる。できることならば、いっそのこと誰が別の――、


「ヘキサ?」


 沈みかけていた思考が、その一言で引き上げられた。気がつけばヘキサは走るのを止めて、道のど真ん中で棒立ちになっていた。


「ゴメン。考えごとしてた」

「……しっかりしてください。寝惚けるのは安全が確保できてからにしてくれませんか? いま襲われたらひとたまりもないですよ」


 そのとおりだ。一人で勝手に落ち込んだ挙句、不意を突かれてモンスターに襲われるなど、当初の目的を忘れた本末転倒以外の何物でもない。


「わかってる。早く行こ――」


 突然、視界に出現した黒い二重円に言葉が途切れた。モンスターを示すカーソルがゆっくりと移動している。位置的には右斜め前の建物の裏側だ。


 反射的に離脱を図るヘキサだったが、初動の遅れがそのまま命とりになった。


 黒いカーソルが建物の裏でピタリと静止し――直後、建物の壁が粉々に吹っ飛んだ。内側から破裂するかのような激しい衝撃に、砂埃が舞い瓦礫の破片が撒き散らされた。


 壁をブチ破り勢いを落とすことなく、見上げるほどの巨体がこちらに向かって突っ込んでくる。地響きを響かせて迫る巨体に、ヘキサは硬直する身体を強引に動かすと、力いっぱい地面を蹴って跳んだ。


 まるで巨大な石の塊だ。真横を高速で通過する圧力に、彼は胸のライラを庇うようにして、地面に這いつくばってやりすごした。


 暴風がおさまるのを待って面を上げると、興奮に血走る縦長の瞳孔と目があった。そこにいたのは、両手に巨大な斧を持った、二足歩行の牛の化け物だった。


 一目で内に秘めた怪力を把握できる発達した筋肉。灰色の肌から発せられる熱で、周囲の光景が歪んで見えた。


 ミノタウロス。彼に判別できた情報はそれだけだった。その他の情報に関してはすべてが不明。解析結果も判別に失敗している。いまのヘキサでは実力差がありすぎて、独力では詳細データーを探れないということだ。


 これがレイヴンが言っていた『当たり』なのだろう。


 ただし、不可解なことにミノタウロスは、万全の状態ではなかった。誰かと戦闘を繰り広げた後なのか、全身に決して浅くない傷を負っていた。唯一視認できるミノタウロスのHPバーは危険域の手前まで減っていた。


 身体中の裂傷から血を滴らせ、フーフーと荒い鼻息を吐いている。牛の頭部の両側から生えている捻れた角も、片側は根元から折れ、もう片側にも薄くヒビ割れていた。


 モンスター故の強靭な生命力でまだ立っているのだろうが、これが人間だったらとうの昔に死んでいるだろう。


 ブモォォォォッ!! ミノタウロスが吼え、薙ぎ払われた斧が、瓦礫を木の葉のように巻き上げた。


 そして、ヘキサが覚えているのはそこまでだった。ふと我に返ってみれば、彼は不法侵入した家の中で、息を殺して蹲っていた。おそらくミノタウロスから無我夢中で逃げ回った結果なのだろうが、よく無事だったモノである。


「――ッ。ヘキサ、痛いです。力を緩めてください」


 無意識のうちに、強く抱きしめていたようだ。耳元で囁かれて、慌てて両腕から力を抜いた。


「……ここは、どこかな?」

「さあ、どこでしょうか。なにしろ私の言葉など耳に入っていない様子で、あのモンスターから逃げ惑っていましたから」

「逃げ切れたのかな」

「それはどうでしょう。私としては楽観視するには、状況が逼迫していると思いますが。……ヘキサには聞こえませんか」


 言葉の意味がわからないヘキサだったが、すぐに理解させることになった。遠くのほうで連続して破壊音が木霊している。


 理屈ではなく直感で、彼はその音の発信源がさきほどのモンスターだと悟った。

 ヘキサかライラ。あるいは二人共かもしれないが、どうやらミノタウロスに補足されているようだ。一時的に見失っているのだろうが、音は確実に近づいてきている。


「よくもまあ、こうも次から次にイベントを起こせますね。呆れを通り越して関心してしまいます。実は呪われているのではないでしょうね」


 冷静な一言に反論できないところが痛かった。今度、厄払いをしてもらいに、教会に行こうかと真剣に悩んでしまった。


「ヘキサ。時間がないので簡潔に言います。私をここに置いて行きなさい。貴方一人だけなら、逃げ切れるかもしれません」

「お前、またそんな――」

「聞けと言ったでしょう。私は可能性の話をしているんです。そうそう都合よく、助けがくるはずがない。このままでは共倒れです」


 客観的に状況を見るのならば、ライラの言っていることは正しい。それくらい考える頭はヘキサにだってあるが、それを受け入れられるかは別問題である。


「それともなにか妙案でもあるのですか? この状況を打開する考えが。……ないのでしょう? だったら、素直に私を――」

「ある」


 端的な物言いだった。

 虚を突かれたライラを床に下ろすと、ポーチに手を突っ込んで金属板を取り出した。彼女が店で使っていたアイテムと同種のモノだ。


 気休めにしかならないだろうが、ないよりはあったほうがマシだろう。

 起動させたそれを彼女の傍に置くと、続いて呼びだしたシステムブックを開き、補充したばかりの回復アイテムをまとめてポーチに移す。


 その他にも使えそうなモノを片っ端に詰め込む。


「なにを……しているのですか……?」

「あいつを倒してくる」

「……貴方、馬鹿ではありませんか」


 直球に直球で返すライラ。無謀としか思えなかった。素人である自分ですらわかる。いくら相手は半死状態とはいえ、彼よりも遥かに格上の存在なのだ。


「目を覚ましなさい。貴方は英雄ではありません。過ぎた願望は身の破滅を招きますよ」


 知っている。誰よりも自分自身が理解している。しかし、ここだけは譲れない。この一線だけは退くわけにはいかなかった。自分を無視して黙々と準備を整えるヘキサの姿に、業を煮やしたライラの甲高い声が、部屋の空気を震わせた。


「私は貴方が心配だと言ってるんです! どうしてそれがわからないんですか!?」


 耳朶を打つ声にヘキサは手を止めた。ライラの怒号を耳にするのは、これがはじめてだったが、できればいまではなくて違う状況下で聞きたかった。


 止めていた手を再び動かすと、意図的にライラの顔を見ないようにしながら、ヘキサはゆっくりと口を開いた。


「わかってる。僕は弱い。そんなこと散々、思い知らされたさ。……でも……それでも、僕は行く。行かなくちゃ駄目なんだ」

「何故ですか。……そもそも貴方はどうしてそこまで、私の生死にこだわるのです。二ヶ月にも満たない付き合いですよ。たかだがその程度の浅い関係に、命を賭ける価値があるとは到底思えません」

「僕にはある。あると思ってるから戦うんだ」

「本当に貴方は意味のわからないことを。……それともひょっとして貴方、私に惚れてるのですか? だから無謀な戦いに挑もうとしているのですか? でしたら、残念なお知らせですが、私は貴方のことを好きでも嫌いでもありません。わかりますか? 私とヘキサは所詮、商売上の付き合いでしかないのですよ」


 捲くし立てるように言葉を吐きだすライラ。普段の平坦な話し方からは、想像もできない感情のこもった語調だった。


「なんでしたら、お情けで一回くらいなら抱かれてあげてもいいですよ」

「……ライラこそ、なんでそんなに投げやりなんだ」


 パタンとシステムブックを閉じる。役目を終えて消滅する”本”を見ながら、ヘキサは淡々と言葉を紡いだ。彼女の露骨な挑発に、怒りよりも疑問を感じてしまう。


「諦めるなよ。確かに僕は頼りないさ。信用してくれなんて言える身分じゃないけど、頑張ってライラを守るから」

「現実を見なさい。努力では覆せないことも世の中にはあります」


 ライラを守りたいヘキサに、ヘキサに無謀な行いをしてほしくないライラ。互いが主張を変えない以上、二人の会話はどこまでも平行線だった。


「前にも言ったでしょう。私は自分の不手際に他者を巻き込むのが、我慢できない性質なのです。私の不運にヘキサを巻き添えにするつもりはありません」

「……僕はいつも助けられてばかりだった」


 唐突な言葉にきょとんとするライラを横目に、黒髪の少年は独白するような調子で、暗い天井を見上げながら言葉を洩らした。


「いつもそうなんだ。……今日だけで何回助けられたか。もう嫌なんだよ。誰かに助けられてばかりなのは。不相応だとは思うけど、僕は助ける側になりたいんだ」

「結局、ただの偽善ではないですか」

「そうかもしれない。でも、いいんだ。そうなりたいって思ったのは本当だから」


 憧れた背中がある。焦がれた想いがあった。自分もああなりたいという感情は、なによりも強く衝動として、彼の根本で脈打っている。


 だからこそ戦おうと決めた。力不足だろうが、不適格だろうと、いま彼女を守るために戦えるのは自分だけなのだ。


「もっとも……他の人に聞かれたら、NPCのために命張るなんて、馬鹿な奴だって言われそうだけどね」


 たかだかNPC――、そういうプレイヤーも中にはいるだろう。だが、少なくともヘキサに限っていえば、NPCはただのモブキャラクターではない。プレイヤーと同じ人間なのだ。


「いまなんて言いましたか?」


 黒髪の少年の独白じみた言葉にしかし、ライラは眉根を寄せると片手で耳を押さえた。


「一瞬だけ耳鳴りがして、聞こえなかった部分があったのですが」

「……それならそれでいいよ。どうせ大したことじゃないし」


 耳鳴り、と彼女は言っているが、その現象がなんなのかヘキサは知っていた。プレイヤーの間では、フィルターと呼ばれている現象だ。


 MMORPGによくある禁止用語対策のようなモノだ。チャットなので特定の単語を表示させないようにするアレである。


 ライラのような俗にNPCと呼ばれる存在は、『NPC』や『現実世界』などの言葉を認識できないようになっているのだ。


 さきほどのヘキサの発言も、フィルター対象の部分が認識できず、彼女にはその箇所だけ口パクで話されたように感じたのだろう。


 プレイヤーとNPCを分かつ、相違点の一つである。


「まあ、いいでしょう」


 前のめりになっていた上半身を壁に預けると、毒気が抜けた様子でライラは言った。


「もう知りません。そんなに死にたいのなら、勝手に野垂れ死にすればいいでしょう。人の忠告を無視する駄犬には、ある意味お似合いの最後かもしれませんよ」


 とはいっても、ヘキサの態度に思うところがあるのか、不機嫌そうに唇を尖らせると視線を横に逸らしてしまった。


 さっきよりも破壊音が大きい。ミノタウロスが近づいている証拠だ。残されている時間は幾ばくもなかった。


 ヘキサはライラに向かって口を開き、喉の奥につっかえている言葉を吐きだすことなく、そのまま飲み干してしまった。


「仕方ないですから待っていてあげます。早く――迎えにきなさい」

「……うん。すぐに片付けてくる」

「戻ってきたら一回ヤラセてあげましょうか? ちなみに私は処女です」

「――――――……遠慮しておきます」


 妙に長い沈黙の後のお断りだった。


「なんでそこで、急にヘタレるのですか」


 温度の低い声だ。ライラに背中を向けているのに、彼女がどんな顔をしているのかわかるような気がして、ヘキサは脂汗をかくと俯いた。


「そこまでカッコつけたのなら、最後まで突き通しなさい」


 挙句の果てに駄目だしだ。これだから……、なんて嘆息が聞こえてくる。白茶けた雰囲気が胸に痛かった。


 ――だが、こんなモノなのかもしれない。


 自分は英雄ではない。いまの自分には――大変遺憾ではあるが――これくらいの、シリアスになりきれない雰囲気が相応しいのだろう。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい。退屈ですから、早く戻ってきてください」


 ひらひらと手を小さく振るライラに見送られて、ヘキサは空き家から外にでた。奇しくもドンピシャのタイミングだった。


 通りに跳びだしのとほぼ同時に、向かい側の建物の壁を破壊して、怒りに狂う傷ついたミノタウロスが姿を現した。


 はち切れんばかりに膨張した筋肉の熱で周囲が歪む。全身から血を滴らせ、陽炎のような揺らめきを纏うミノタウロスに、ヘキサは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。


 目を逸らせば殺される。そんな強迫観念すら抱く。そして、それは彼の思い過ごしではない。一寸先にあるかもしれない結末なのだ。


 戦おうとする心とは逆に、この場から逃げ出そうとする自分に気づき、ヘキサは平手で思いっきり頬を引っ叩いた。


 強く叩きすぎてしまい、口の中が切れて血の味がした。ズキズキと口の中が痛むが、キツケにはこれくらいがちょうどよかった。


 オーケー。覚悟を決めろ、僕。


 強く自分に言い聞かせる。背後にライラがいる以上、逃亡は許されない。ここでミノタウロスを倒す。進むべき道は定めた。後はその道を脇目も振らずに駆け抜けて、目の前に立ち塞がる壁を叩いて砕くだけだ。


 深呼吸をして大剣を抜く。汗で滑る柄を握りしめ、ミノタウロスに突進する。

 モンスターの怒号に、ヘキサの咆哮が重なる。瓦解した街を舞台にして、黒髪の少年にとっての死闘の幕が上がった。






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