楽園を探し続けた男の話
ある所にひとりの少年がおりました。少年は幼い頃から冒険の物語が好きで、いつか自分も冒険に出たいと思っていました。
ある時、子供の頃からの夢を捨て切れなかった彼は、ついに海に飛び出し冒険に出ることにしました。
目指すのは海の向こうにあるはずの楽園。少年は家族と友達を捨てて海に出ました。
1年が経ち、3年が経ち、5年が経ち、少年は男になり、男は幼さを捨てて精悍さを手に入れます。
10年が経ち、15年が経ち、20年が経ち、男は若さを捨てて老練さを手に入れます。
それでもまだ求める楽園は見つかりません。
旅の途中にはたくさんの困難がありました。
偶然立ち寄った港で流行り病にかかり、左目がただれてしまったので抉り落としました。痛くて痛くてたまらなかったし、見える世界は半分になってしまいました。それでも残る片目は、まだ見ぬ楽園を見つめています。
腹を空かせた鮫に食いつかれて右腕が動かなくなってしまったので、肘から下を切り落としました。出来なくなった『当たり前』に戸惑いながらも、これも未来のためと黙って耐えました。
それでもまだ求める楽園は見つかりません。
旅の途中に手に入れたものもありました。
寄り付く港寄り付く港で友人が出来ました。
ある場所では短いながらも恋をすることも出来ました。
同じ夢を追いかけられる仲間たちが出来ました。
それでもまだ求める楽園は見つかりません。
男の旅の終わりは、かつて経験したことがないような激しい嵐でした。
波はまるで無数の生き物のようにのた打ち回り、質量のこもった凶暴な拳で船を殴りつけてきました。
そのたびに船が大きく揺らぎ、耐え切れなくなった仲間がひとり、またひとりと海に食われていきました。
吹き付ける大きな雨粒や隣の仲間の声すら聞こえないほどの強風が、どんどんと船を壊していきます。
それでも諦めなかった男が死を悟ったのは、天上より降り注いできた一陣の雷を船が受け入れてしまった時でした。衝撃で、成長し大きくなったはずの身体は吹き飛ばされ、乗っていた船は一瞬にして大破してしまいます。
海に叩き落された男は、命を捨てる覚悟を決めたのです――。
静かに浮上していく意識を、男は感じました。
ゆっくりと目を開くとそこは荒れ狂う海ではなく、穏やかな日差しが差し込む陸の上でした。
木を組んだだけの吹きさらしの建物。南の方面の島でよく見る造りです。ということは、ここはどこかの島でしょうか。男は包帯だらけの身体を静かに起こしました。
上半身だけを起こして改めて周りを見回します。建物を囲む植物も南の地方に生息するものばかり。
降り注ぐ日差しはとても強くて、影との境がとてもはっきりしています。
天国が南の方面の様相をしているのでなければ、男は1億以上の幸福によって生き残ったことになります。
……では、仲間たちは?
男は痛む身体に鞭打って立ち上がりました。足はふらふらとして上手く力が入りません。
それでも何とか建物を支える柱の1本までたどり着きました。
抱きつくように寄りかかった時、正面に一人の女性が現れました。褐色の肌に黒い髪を緩くひとつにまとめた彼女は、男を見ると驚いた様子で駆け寄ってきました。
男は彼女から何が起こったのかすべて聞きました。
あの嵐の後、難破船と多くの死体がこの小さな島国に流れ着いてきたらしいのです。
男は、その中の唯一の生き残り。流れ着くことが出来た物言わぬ仲間たちは皆全て、海の見える丘で埋葬されたと言います。
男はそれを女性に付き添われ確認しました。身元を証明するものなど何も持っていなかったので、この下にいるのが誰なのか、島の人たちも男も分かりません。男は仲間たちの墓の前で声を上げて泣きました。
仲間は皆遠くへ行ってしまった。
船も大破してしまった。
家族を捨て、友を捨て、故郷を捨て、若さを捨て、左目を捨て、右腕を捨て、それでも楽園を目指して生きてきたのに、今、残っていた全てを、支えてくれた全てを失ってしまった。
楽園など、もはや夢のまた夢だ。
数年が経ち、南のとある小さな島国で大きな産声が上がりました。
母親は島で生まれ育った女。父親は左目と右腕のない遠くの島から来た男。
特別恵まれているわけではありませんでしたが、いつでも笑顔の絶えない、幸せな家庭でした。
生まれてからその手にしてきたものを全て手放し、長い長い旅路の末に男が手に入れたのは、妻と我が子。ふたりと過ごす日々。そんな、両手で収まるとてもちっぽけなものだったのです。
それでも男は確かに満たされていました。
そこが、男にとっての楽園となったのです。
前回投稿の話に引き続き、サイトに掲載していた話の再掲です。
こちらも2011年の作品でした。




